ウサギの動く城、出発

「あっ、そういえば、ラビの作ってくれたお弁当忘れてたな」


 今日はミズカドレカを出発する日。一日かけて、知り合いのところをまわって別れの挨拶をするので、ラビがお昼を用意してくれていたんだった。

 ふと思い出し、俺は屋敷へとひきかえす。


 門をくぐると、屋敷まで伸びる石畳みの玄関アプローチのうえにラビとイグニスが横たわり、彼女たちを簀巻きにしている不審なロン毛を発見した。


 これ以上に不審者というシチュエーションもそうないだろう。

 俺は確信をもって不法侵入と傷害、加えて誘拐までおかす犯罪ハットトリッカーを処するべく、拳を握りしめ、その後頭部を殴りつけようとした。


 ぐるんっと振り向いて、斬りかかってくる。

 刃物まで持っていたのか。だが、おもちゃで俺は殺せない。


 剣を手でとめて、左ストレートで顔面を穿つ。

 屋敷にたたきつけあとになって気が付く。

 あれこいつ……ブラッドリーじゃね。


「ゆ、指男……!」


 やっぱりブラッドリーだ。

 まさしく感動の再会だ。

 異世界で長旅のすえにようやく出会えたって感じを醸し出してる。


「むう」

「ど、どうしたんだ、なんでそんな険しい顔をしている」

「なんで俺の名前を知ってるんだ、この不法侵入者、だれだよこのロン毛野郎」

「いや、お前も俺のこと忘れてるのかよ……」

 

 ブラッドリーは鼻と口から血を流しながら、ひどく悲しい顔をした。


「冗談ですって。久しぶりですね、ブラッドリーさん。いま俺、すごく喜んでるんですよ」

「まったくそうは見えないが」

「そんなまさか。離れ離れになったギルメンがようやく再会できたというのに喜ばない人間はいませんよ」

「俺のひどい顔を見てその言葉をいえ」

「謝りますって。後ろ姿はまじで不審者だったんですから。黒服にロン毛に、そんな殺し屋みたいな凶相してることに責任を感じてください」


 俺は手を差し伸べ、膝をつくブラッドリーを立ちあがらせる。


「本当によく見つけ出してくれましたね。ありがとうございます」

「はぁ……本当に大変だったし、いろいろ聞きたいこともありすぎるが」

 

 ブラッドリーはそこらへんに転がっているラビやイグニス、セイにフワリを眺め、最後に屋敷を見上げて、ため息をつく。


「この家、風呂はあるのか」

「もちろん」


 ──しばらくのち


 俺は気絶したみんなをとりあえず屋敷のなかへ。

 ほどなくしてみんなが目覚め、ブラッドリーも風呂をあがって戻ってくる。


 集まったところで食堂の長机にて、みんなにブラッドリーのことを説明した。

 ラビ、イグニス、セイラムとフワリを並べて。


「そういうわけで彼は極悪人ですし、友達とのデュエルでメタビしかつかわないくらい終わってる人間ですが、かろうじて絶交しない程度には話のわかる人間です」

「お前その説明で俺のどんな印象を改善しようとしてるんだ?」


 風呂あがりのホクホクしたブラッドリーは長い髪を結わえながら口をはさむ。

 やれやれ、文句の多いギルドメンバーだ。


「また私は失敗してしまったのですね……」


 ラビがシュンとして言う。

 耳が垂れ下がってしなしなだ。


「ご主人様のお役に立とうと張り切ったのに……結局、ご迷惑をおかけしてしまいました……ラビはどうしようもないダメダメウサギです……」

「えっと、師匠の友達のブラッドリーさん、本当に申し訳ありません……っ。このたびは酷いことをしてしまいました! セイもてっきりとんでもない極悪人がやってきたのかと……!」

「セイちゃん、こいつは極悪人なことに変わりはないよ。ゲームいっしょにやってて全然おもろくないもん。終わってるもん」

「黙ってろ指男、ことがややこしくなるだろう。……こほん。ラビとセイラム、だったか? 俺は別に気にしてない。たいしたダメージを負ったわけでもない。むしろ一番腹が立ってるのはお前たちではなく、こっちのクソ野郎だから安心してほしい」


 ブラッドリーは俺を指さしながら、柔らかい声でラビたちを慰めた。

 

「ありがとうございます、ブラッドリー様。この無礼の代価を払うためにラビにできることはこの屋敷での快適なサービスを提供することです。奉仕することしかできませんが、どうかご容赦ください」

「奉仕もなにもいらないがな」

「ブラッドリーさん、甘んじて受け入れて。ラビはメイドの精霊なんです(小声)」

「メイドの精霊……? たしかにメイドっぽい恰好はしているが……はぁ、これもお前の趣味というわけか。家をもったり、メイドに奉仕させたり、女を侍らせて、猫まで飼って……さすがに異世界満喫しすぎだろ。もっとまじめにやれ」

「いやいや、けっこう真面目にやった結果、なりゆきで……」

「ご主人様、ブラッドリー様、なにをこそこそ話されているのですか?」

「いや、なんでもないですよ、ラビ」


 食堂での会議でしっかりとブラッドリーが有害な存在ではないことを示し、今日から彼がこの屋敷の新しい入居者になることも説明した。


 一同を解散させ、俺はブラッドリーとふたりきりで裏庭に移動した。


「いや、でも、本当によく来てくれましたね」

「説明しろ。こっちは旅に次ぐ旅でさんざん歩き回ってたのに、お前だけ悠々自適に楽しんでるわけをな」

「もうさっきからずっとカリカリしてるじゃないですか……わかりました、俺の苦労も話しましょう」


 俺とブラッドリーは裏庭の池のそばの椅子にこしかけ、テーブルをはさんでむかいあう。どこからともなくラビが現れ、静かにお茶とお菓子を配膳する。


「ん。この人、見たことある」


 池のほうから声が聞こえた。

 水面からぬーんっと顔をだしてるのはレヴィだ。

 ブラッドリーはレヴィを見て「おお」っと嬉しそうな声をだした。


「たしかお前の子供という話だったか。レヴィアタンとははぐれなかったのか」

「はぐれましたよ。情報を頼りに旅をして合流したです。その時はこっちの世界の教導師団とかいう連中に洗脳されてて大変だったんですよ」

「教導師団? 聞いたことないな」

「まあいろいろ積もる話があります。あぁそうだ、シマエナガさんも合流できてます。いまは外出してますけど」

「シマエナガもか。ふっ、流石は指男……どうやら俺は勘違いをしていたみたいだな。てっきり堕落しきっていたのかと、お前を疑ってしまった。俺の信じたお前は、すでに策を張り巡らせているというわけだな」

「そういうことですよ、ブラッドリーさん。俺にはもう100手先まで見えています」

 

 俺とブラッドリーは情報交換を緊密におこなった。


「ご主人様、方々へのご挨拶はよろしいのですか」

「あぁそうだった。すみません、ブラッドリーさん、実は用事がありまして。出かけないといけないんです。また夜、続きを。8時までには帰ります」

「構わない」

 

 気が付けば日はすっかり傾き、太陽は落ちていた。

 俺は挨拶まわりを終え、ウサギの動く城に帰ってくる。


「ちーちーちー!(訳:すごいちー! おうちに帰ってきたらブラッドリーが沸いてたちー! 仲間との再会ちー! 感動したちー! よかったちー!)」

「ふん、シマエナガはすぐに誰か気づいてくれるんだな」


 シマエナガさんとブラッドリーも再会を喜んだようだ。ちょっと俺へのチクチク言葉が気になるが……。これはしばらく言われ続ける気がするな。悪いのは俺なので甘んじて受け入れるほかない。


「ちー!(訳:英雄が帰ってきたちー! 見るちー! ブラッドリーちー! ブラッドリーがちーたちを見つけてくれたちー!)」

「はいはい、俺たちは今朝、再会を済ませてますよー、シマエナガさん」

「ようやく帰ってきたか、指男。それじゃあ、ゆっくりと話をしようじゃないか」

「すみません、その前に出発式を、いえ、発射式を済ませましょう」

「発射式……?」


 困惑するブラッドリーをよそに、屋敷の者たちは星空のした、裏庭にでる。

 

「ようこそ皆様、お集まりいただきました。これよりウサギの動く城は大地という束縛を破り、広々とした世界へと駆け出します」


 ラビはデカいレバーにそっと手を添える。

 庭のまんなかに用意された不自然なレバーが、ガチャッと音を鳴らして傾いた。


 その途端、大きな重力を感じた。

 空に押しつぶされそうなGだ。


 星々と暗い夜が目の前までせまってきて、すぐに急降下がはじまった。

 だが、安心せよ。ウサギの動く城は強力なラビットマジックに守られている。


 たとえ、屋敷ごとウサギの健脚で跳躍して、ミズカドレカの都市郊外に離脱しようとも、庭で発射式に参加している者たちが夜空に放り出されることはないのだ。


 跳躍を終えて、ズドンッ! と激しい物音が響き渡った。

 門の外を見やれば、鬱蒼とした森が広がっていた。


 着地したのだろう。

 発射式は無事に成功だ。


「家ごと移動したと、いうのか……指男、お前とんでもないことを考えるな。メイドご奉仕生活と仲間捜索──趣味と実利を両立させるとはな」


 感心したようにブラッドリーはうなづく。


「異世界でさえお前には趣味を楽しむ余裕があるとはな。お前にはいつも驚かされる」


 そういうわけじゃないんですけどね。メイドは勝手に湧いただけなんです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る