ドリーム通信 4
瞼が重たいな。
「ここは一体……」
瞳を開けると真白い砂浜にいた。
青い海が寄せてはかえす渚がどこまでも続いている。
ビーチ。真夏のビーチ。どうしてこんなところに俺はいるんだ。
俺は何をしていたんだったか。
そうだ、朝起きて、ラビに甲斐甲斐しくお世話されながら、フワリをモフって昼寝をしていたはずだ。だというのになんでこんなところに。
ザッ。砂を踏み締める音。
視線をやれば陽を背負った大きな影があった。
赤い髪がなびき、キリッとした恒星の輝きをもつ眼差しが見つめてくる。
美しい顔立ちはハリネズミを模した着ぐるみに包まれ、全体的に分厚いゆるふわっとしたシルエットが可愛らしい。可愛くて、美しい。最強。
「赤木さん、どうやら指導が必要なようですね!」
「修羅道さん!? ど、どうしてここに!」
「もう御託を並べるのは結構ですっ!」
「さして並べてないですよ、修羅道さん」
「ドリーム修羅道です、間違えないでください! ドリームぱんち!」
ハリネズミ着ぐるみの一見短足っぽく見える足が、槍の如く突き出され、俺の鳩尾を突き刺す……ことはわかっていたので、両手でパンっと挟んで受け止めた。
「その動きはすでに見切りましたよ、修羅道さん」
「ドリームきっく!」
普通に拳骨が飛んできて、頬をぶん殴られた。
「ぐへ」
砂浜のうえを転がり、のたうち回る、痛い。
「ふっふ、まだまだのようですね、赤木さん」
「このパンチの痛みは間違いなくドリーム修羅道さん……2ヶ月もドリームがなかったので心配しましたよ。何かあったんじゃないかって」
「ちょっとした機材トラブルがありましてね。ってそんな御託を聞きたいんじゃありません!」
「だからあんまり御託並べてないですよね?」
「御託は結構です!」
御託って言葉、最近覚えたのでしょうか。
「目を離した隙に、美少女ウサ耳メイドを侍らせて、甲斐甲斐しくお世話してもらっているようですね、証拠は押さえてあるんです、観念してください!」
「やっぱりバレているのか……違うんです、修羅道さん、ドリーム修羅道さんこれ深い事情がありまして。色々な経緯が重なって今こういう状況に落ち着いているだけなんです」
「本当ですかぁ?」
目元に深い影を落とし、ジトッとした懐疑の眼差しを向けてくる。
「本当です、あのメイドさん、ラビというんですが、ラビさんとはエッチなことは一切してないです! 朝のお着替えだってしてもらったことないです!」
「でも、夜、耳をぺろぺろしてもらいながら一緒に寝てはいるんですよね。わかります。赤木さんのくせに生意気です!」
「俺の知らないところで何が……」
一緒に寝てないはず、はずだけど、ラビのことだ、確かに何をされているかわからない。
「魔導のアルコンダンジョンに入ってからというもの、可愛い女の子ばかりを侍らせて、ハーレムを作って、気づいたら異世界ハーレムものに鞍替えして、ご機嫌すぎです、本当に何してるんですか、赤木さんは!」
今日の修羅道さんは辛辣だ。
まあ確かにご機嫌ではあるんだが。
「しまいには可愛い女の子に自分のことを師匠と呼ばせて、気持ちよくなって、いやらしいことまで」
「わりと脚色してますよね。あと呼ばせてはないんですよ」
「やれやれ、もう良いです。赤木さんのことなんて知りません。もうどうでも良いです。完全にどうでも良いです。健康なのは良いことですが、こうも女の子と不純異性交友して楽しみまくっているようでは心配する気持ちも失せるというものです」
これは結構、怒っているな。
調子に乗りすぎたか。いや、でもそんな乗ってないんだよなぁ。
成り行きで女の子の知り合いは増えてるだけだしなぁ。
どう言えば誤解ないように伝わるだろうか。
言葉を選び考えていると修羅道さんは話を進めてしまう。
「ドリーム通信は安くはないんです。時間を浪費せず、進捗状況を伺います。2ヶ月前、シマエナガさんとレヴィちゃんを回収したところまではお話し伺っていますが、その後はどうですか」
俺は修羅道さんに情報を共有した。
異世界探索の進捗、知り合った協力者、周辺のマップ情報など。
「なるほど、捜索は行き詰まっているようですね」
「ええ、わりと困った状況だったりします。ほかの探索者とはドリーム通信できましたか?」
「いえ、それはまだ時が満ちていません」
「前回もそんな感じのこと言ってませんでしたっけ……?」
「細かいことは気にしないでください」
修羅道さんの声に事務的な雰囲気が強い。
やっぱり遊びまくってると思われて軽蔑されてるのかな。
「厄災島のことは何か分かりましたか。通信が取れないとか言ってましたよね。地図上からも消失してしまったとか」
「それについてはまだ調査中です。調査中としか言いようがありません」
「そうです、か……えーっと、あとはそうだ、なんでハリネズミの着ぐるみを着てるんですか」
「それは今、関係あることですか?」
真面目腐った顔で、修羅道さんはジト目を送ってくる。
だめだ。怒っている。修羅の怒りだ。これをどうにかしなければ。
彼女は俺が異世界で遊び回っていると思っている。
誤解を解くためには……俺の真摯な気持ちを伝える必要がある。
「今から話すことは俺の誠実な気持ちです。正直言うと、俺は異世界でちょっとエッチな展開になりそうな時も歯をくいしばって我慢してきました」
修羅道さんはチラッとこちらを伺う。
品定めするような瞳がじーっと見つめてくる。
「露出の激しい女の子と主従関係を結んだ時も、おっぱい揉んでいいよって言われましたけど揉みませんでした。本当です。あとで後悔しましたけど、今は後悔してません。フワリさんの背中のうえで心頭滅却しなければ股間が爆発しそうになる楽しいイベントもありました。でも、耐え切りました。ラビにおっぱい揉ませてもらえるようになった時も、覚悟が薄れてつい2揉みくらいしましたけど、意思の力で我慢しました。シマエナガさんが来てくれなかったら危なかったですが……」
「どうやら嘘は言っていないようですね。結局ちょっと揉んでいるのはモヤモヤしますけど。赤木さんのくせに専属ご奉仕メイドとは生意気すぎです」
「それは俺も思います。なんでこんな恵まれたことになっているのか、前世でどんな徳を積んだのか気になります。でも、重要なのはそこじゃないです。これは誰にも語ったことがないのですが、俺には密かな思いがあるんです」
「密かな思い?」
言葉にすることは憚られる。
とても言えるものではない。
だが、それは明確なものだ。
「女の子にたくさん囲まれていても、えちちイベントが起こっても、決して揺るがないものです。多分。揺るがないです」
「今ちょっと揺らいだのは気になります」
「修羅道さん、驚くかもしれませんが、俺は童貞なんです。ゆえに精神的な潔癖症を患っている節があると思います。最初にそういうことする相手は特別でありたい。そう思うんです」
「赤木さん……」
「その相手は今は手の届かないところにいます。わりと届いてるような気はするんですけど、厳密には届いてないというか……とにかく俺は異世界で浮ついた心で遊び回ってるわけじゃないってことだけわかってもらえれば……」
ちょっと恥ずかしくなってきて、言葉を重ねて誤魔化してしまった。
「ふふふ、そうですか、そうですか」
修羅道さんは腕を組み、口元を引き結び、瞼を閉じてうんうんっとうなづく。俺の罪状を考慮し、判決を考えているのか、じっーっと考え考え考え━━━━紅瞳をゆっくりと開いて、こちらを見ると、薄く微笑んだ。
「分かりました! 信じましょう! どうやら赤木さんには大好きで仕方のない想い人がいるようです。そのために数々のおっぱいチャンスを我慢してきたのは正当に評価しなければいけません!」
機嫌を直してくれた。
湿度の高い修羅道さんじゃない、いつもの修羅道さんに戻ってくれた。
「修羅道さん、わかってくれましたか!」
「ドリーム修羅道なのでそこは間違えないでください」
「その設定まだこだわるんですね……」
「設定ってなんですか設定って! そういうのやめてください!」
ハリネズミの着ぐるみがペシペシ叩いてくる。
「では、今後の方針としてはとりあえずそのラビちゃんに回復してもらいつつステータスの充実を図ってください。アダムズの聖骸布が何故か集まってきているのはさすがダンジョンに愛されている赤木さんだと言わざるを得ません」
それはデイリーミッションのおかげなんですけどね。
「赤木さんがピンチになっている手前、他の残留探索者さんたちも同じようなピンチに陥っている可能性がありますが……焦って赤木さんがポックリ逝ってしまっては元も子もありません。HPMPの回復手段がラビちゃんしか存在しないのは心許ないですね。なんとか他にも手段を見つけられれば良いのですが……」
心当たりが全くないことはない。
ヴォールゲートへの旅の道中、出会った大聖女とかいう聖職者。
確かメルセデス・アブソライツとか言ったが……彼女は俺のHPを回復して見せた。この世界にはよそ者を癒す力が確かに存在している。探せば他にもあるかもしれない。
「とりあえず俺たちはしばらくはミズカドレカで体力を整えることに注力します。名声は高まってますから、あるいは誰かしらそろそろこの都市に『黄金の指鳴らし、フィンガーマン』の噂を聞きつけてきてもおかしくない頃合いですし」
「南極遠征隊との合流、アルコンダンジョンのダンジョンボスの撃破、道のりは長いですが、赤木さんなら必ずやり遂げられます。頑張ってくださいね!」
お仕事のやり取りを終えると、映像が乱れ始めた。
ドリーム通信量に限界が来たか。
修羅道さんは「そうだ、良いことを思いつきました」とポンっと手を打つ。
「赤木さんが頑張っている手前、応援しないわけにはいかないですね」
「ドリーム修羅道さん?」
「赤木さんはおっぱい大好き童貞ボーイなので、ご褒美を用意してあげましょう。赤木さんがもうひとり南極遠征隊員と合流できたら━━━━」
「合流できたら……?」
修羅道さんは得意げな顔で俺の手首を掴んで、彼女の胸元へ寄せる。
俺の手のひらが修羅道さんの胸元にぺたっと触れる。なおハリネズミ着ぐるみの上からなので、当然着ぐるみ触ってるなっていう感触があるだけだ。
「?」
「もし合流できたら、私の胸を触らせてあげます」
「………………………………ぇ?」
「着ぐるみの上からじゃないです。もっと薄い布の上からです」
修羅道さんのおっぱい?
好きな人のおっぱいを触れるのか?
この世のどんな事象よりも価値があるじゃねえか。
「でも、その間に他の女の子のおっぱいを触ったり、えっちなことに負けたらこの約束は放棄されます」
固まって動けないでいると、修羅道さんはすぐ近くにきて、俺の手と握り、白い指を絡ませてくる。
「赤木さん、約束守れますか?」
「……ひゃい」
「うん、よし。それじゃあ頑張ってくださいね!」
「ちょー頑張ります、見ていてください修羅道さん」
「赤木さん」
「はい?」
「ドリーム修羅道です、間違いのないように!」
眩しい笑顔でそう言われ……そこでドリーム通信は終わった。
瞼を開くと、俺はフワリを枕に絨毯のうえで昼寝していた。
俺の胸には固い決意が宿っていた。
修羅道さんのおっぱい。絶対に触る。
あれ、ところでまた何か聞き忘れたような。まあええか。
────────────────────────
こんにちは
ファンタスティックです
サポートいつもありがとうございます。
デイリーミッション関連の近況ノートを更新しました。
ハッピーさん異世界編、その3です。
よかったらどうぞ。
過去の設定資料・短編小説は下にまとめておきました。
───短編小説
短編小説『俺だけデイリーミッションがあるダンジョン生活』
──『シマエナガさんと四つ目の結末』
https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16816927861073643882
短編小説『俺だけデイリーミッションがあるダンジョン生活』
──『絶滅の戦争とちいさな勇者』
https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817330651294695033
短編小説『俺だけデイリーミッションがあるダンジョン生活』
──『魔導のアルコンダンジョン編、トリガーハッピー視点 その1』
https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817330654157915234
短編小説『俺だけデイリーミッションがあるダンジョン生活』
──『魔導のアルコンダンジョン編、トリガーハッピー視点、その2』
https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817330655942334563
短編小説『俺だけデイリーミッションがあるダンジョン生活』
──『魔導のアルコンダンジョン編、トリガーハッピー視点、その3』
https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817330657826549939
───設定資料
『ダンジョン財団について その1』
https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16816927863203083521
『探索者』
https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817139554640586146
『7つの指輪』『クトルニアの指輪』
https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817139555399515817
『魔法剣』
https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817139555884073697
『魔法銃』
https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817139556406527142
『魔導の遺した世界 アズライラの地の地図 第一版』
https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817139558740939693
『魔導の遺した世界 アズライラの地の地図 第二版』
https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817139559147250204
『魔導の遺した世界 アズライラの地の地図 第三版』
https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817330649340114339
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