ラビットマジック

 どうも、赤木英雄です。

 修羅道さんがご褒美をくれるそうなので今日もアルコンダンジョン攻略頑張りたいと思います。まあいまは次なる一手のための準備期間なのですが。


「さて、仕事にとりかかるか」


 食堂で俺は書類仕事に向かう。

 足元にはフワリが寝転んでる。

 猫を足でふみふみする遊びの楽しい。


 机のうえには今日も山盛りのクッキーが置かれている。苦めの茶と一緒に食べ続けているがなくなる気配はない。たぶんクッキーとクッキーがくっついて子供を産んでるんだと思う。食べ切るまであと5億年はかかるだろう。


 窓を見やれば庭でセイが剣を振っているのが見える。

 少し視線を移動させれば、シマエナガさんとレヴィが庭の端っこのほうでなんかしている。レヴィは庭で土遊びするのが好きだ。本当は池が欲しいらしいが、ポンっと用意できるものでもないので、我慢してもらっている。


「お庭に池をつくるそうです」


 俺の疑問に応えるのはラビだ。温かいお茶を配膳してくれる。

 礼を言って受け取り、再び外を見やる。


 レヴィは『海』を召喚するスキル『魔海の降臨』を持っているが、致命的なことに今はコレが使えない。彼女もまたシマエナガさんや俺と同じようにアダムズの祝福が不足しているのだ。

 レヴィにとってすべての能力の起点である『海』を用意できないということは、つまり彼女がただの可愛い儚い女の子であることを意味している。


「なるほど、自分の手で作ると。しかし、どうやって?」

「井戸を掘るらしいです」」

「井戸? 掘れるんですか?」

「それはわかりません」

 

 可愛い娘の姿を眺めていると、レヴィは池のための井戸を掘りはじめた。しかし、自分でスコップを手に取り、掘ろうとし、意気揚々と地面に刺したスコップの先端が石にあたり、その衝撃でつんのめり、ぱたっと倒れた。え?


 レヴィが動く気配はない。


「ちーちー!?(訳:岩を叩いてびっくりして逝ってしまったちー!?)」」

「儚すぎる……」


 俺とシマエナガさんでレヴィを復活させた。

 スコップは禁止にしておいた。


 俺はシマエナガさんにレヴィの保護を強化するようにしっかり言いつけておき、庭から戻って、机のうえの書類に意識を向けた。

 商品の納入受領書だ。ニールス商会を介して、プロフェッサー・ノウから買い物した分を今日のうちに作成しなくてはいけない。


 セイが勉強を教えてくれるおかげで、すっかり異世界言語にも慣れた。

 俺は物覚えがよくなかったが、ステータスには知力というやつが存在しているため、こうして異言語も2ヶ月ちょこっと勉強すればマスターできるのだ。


「ご主人様、お疲れでしょう。肩をお揉みします」

「あぁどうも」


 ラビはスッと俺の背後にやってくると、柔らかい手つきでぐいぐいしはじめた。彼女はマッサージも上手だ。


「これでいいですかね。どうです、ラビさん」

「申し分ないかと」


 ラビに確認してもらい、書類をまとめておく。

 これはあとでニールス商会に持って行こう。


「このような雑事、すべて私が対応しますのに」

「勉強もかねて、自分でできるようになっておきたいんですよ」

「ご主人様がそうおっしゃるのなら構いませんが……私を気遣ってのことならば、ご遠慮なくお申し付けください。どんな仕事であろうとも、このラビが完璧にこなしてみせます」

「必要な時は頼らせてもらいますよ」


 書類を脇に寄せ、先ほど届いたトランクをずいっと引き寄せる。

 

「プロフェッサーのお弟子さんが届けにきたとのことですが、一体何を買ったんですが。あの方は魔術師なのですよね」

「ええ、なので魔術に関する品を」


 重量感のある蓋を開けると、中には10本の酒瓶が入っていた。

 

「いわく魔力物質だそうですよ。魔力から生まれた精霊ならこういった物が役に立つとか、言ってましたね。どうです、役立ちそうです?」


 2ヶ月前、まだラビについてわりと警戒心を抱いていた頃、プロフェッサー・ノウにラビのことを相談したことがあった。

 彼は精霊という単語を聞いただけで「私はこの街を出るぞ、フィンガーマン!」と言いだし、血相を変えるほど慌てた様子だった。その豹変ぶりは、普段冷静な彼らしくはなく、精霊という存在がいかに恐ろしいかを俺に理解させてくれた。


 俺は彼を落ち着かせ、面倒なことにはならないことを約束した。

 その代わりに精霊に関する知識を求めた。

 もっとも彼は精霊に関してはまるで専門ではないと言っていた。

 だが、彼にはアテがあるらしかった。魔術師の知り合いが、精霊に詳しいらしく、その知り合いにラビのような特殊な事例を聞いて、情報を集めてくれるとのことだった。


 そういった経緯があり、俺はたびたびプロフェッサーのもとへ足を運ぶようになっていた。そこで聞いたのだ。精霊が有する魔力に関する能力を。


「精霊は魔力から生まれた怪物だから、人間より遥かに魔力の操作に長けるとかプロフェッサーは言ってましたよ」

「そうは言われましても、魔力の塊なんて初めて見ました。この屋敷には広いお部屋とベッドにシーツ、食器や、調度品くらいしかありませんから。魔術に関する品など初めて見ました」

「精霊なら本能とかでうまいことできるんじゃないですか」

「ふむ、わかりました。ご主人様が大事な身銭を切ってくださったのです。このラビ、必ず期待に答えてみせます。ちょっと待っててください」


 ラビは酒瓶を手にとる。

 持ち上げてみたりして小首を傾げ、何か閃いたような顔をすると、瓶を机のうえに置き、ラビは3歩下がって飛び跳ねた。


 空中でくるりと回転すると、美少女メイドは巨大なウサギに変貌をとげ、ドスンっと着地する。衝撃で机と椅子がちょっと浮く。

 ラビは大きな口を開けると、瓶ごとぺろりと平らげてしまった。


「これはイケます。ご主人様、残りも欲しいです。この姿では箱のなかから器用に瓶を取り出せませんので、あーん、してください」

「瓶ごと食べたらお腹壊しそうで怖いんですけど」

「大丈夫です。私はラビ。ご主人様のメイドですから」


 あんまり答えになってない感じはしつつも、ラビの口元に瓶を近づける。ラビは俺の手首ごとぱくと口に入れる。もきゅっという感じの効果音が聞こえてきそうだ。

 

「失礼しました、勢い余って」

「いえ、大丈夫ですよ」

 

 どうにもウサギ形態では力の制御が難しいらしい。

 ラビはその後も、俺の手首ごともきゅもきゅと魔力物質を食した。餌あげてる気分だ。ウサギの口のなかって温かいんだなって知識が増えた。


 ラビは再び獣人フォルムに戻ると「見ててください」と言って、窓に近づき、開いて、庭のほうへ手をかざした。

 シマエナガさんが一生懸命に井戸を掘っている姿を、レヴィが横で応援している姿が見える。レヴィじゃ危ないから、シマエナガさんが代わってあげたんだな。


「シマエナガ様、レヴィアタン様、すこし退いていただけますか。池をお作りします」


 シマエナガさんは不思議そうにしながらも、レヴィを大事に抱っこしてその場を退いた。


「ラビットマジック」


 キリッとした顔でつぶやかれた技名。ラビットマジック。

 ゴゴゴッ! っと大地が揺れ始め、庭に白い光の粒がまばらに出現した。光の粒は流線を描いて、庭の一角へ収束し、眩い閃光を発した。 

 

 一瞬視界を奪われたあと、光は収まり、収束点には広々とした噴水らしきものが建設されていた。想像してた池ではない。


「私にはかねてよりこの屋敷との強い繋がりがありました。私と屋敷は一体なのです。ですが、それは完結した空間でもあります」


 ラビは手を下ろし、こちらへ向き直る。


「この屋敷の内部の魔力ならば高度に操作することが可能です。厳密には庭をふくめた敷地内ですが。外から魔力を持ち込んでくだされば、望む改築行えると思います。どんな改築だろうと」

「おぉ、これがラビットマジック……なるほど、凄くラビットマジックですね」

「違う」


 レヴィが噴水を指さしてつぶやく。

 

「レヴィアタン様、違う、とは」

「鯉が泳いでるやつがいい。お金が投げ込まれてるやつじゃなくて」

「レイアウトが違うということでしょうか」


 レヴィはもっと和風なやつを想像してたみたいだ。

 

「レヴィアタン様、ではこちらへいらしてください」

「うん」


 ラビはレヴィの頭に触れながら「ふむふむ、たしかに少し違いますね」とつぶやきながら再びキリッとした顔で「ラビットマジック」と力強く言った。


 噴水は光の粒となって霧散し、晴空に星屑のように広がると、再び一点に収束し、形を成し、錦鯉が泳いでそうな和風の池を庭に誕生させた。


「すご」


 思わず言葉が漏れた。ラビットマジック。すごいですねえ。

 羽生マジック、マッキーと並んで世界三大マジックになれますね。


「ラビは万能メイドなのでお仕えする方々の要望を叶えることができるのです。たとえそれがどんな要望であろうとも、必ず叶えます」


 ふむ、すごい力ということはわかった。

 池のまわりでわーわー喜んでいるレヴィとシマエナガさんたちを見てると、こっちまで幸せな気分になれた。

 

 ラビは魔力さえあれば敷地内だと全能染みたチカラを使える、とな

 まだお金たくさんあるし、よりよい快適生活のために、プロフェッサーからさらに魔力物質を調達してもいいかもしれない。


「では、残りの魔力で玄関に大砲を設置しますね」

「どういう文脈ですか」

「この屋敷は武器が必要なんです」

「なんでですか」

「強い武器が必要です」

「俺の声聞こえてますか」

「この屋敷は無防備すぎます。いつどこからご主人様の身を脅かす存在が現れるかわかったものではありません。この屋敷を世界で一番安全な場所にします。すべてはご主人様のためなのです」

「……そういうなら、まあ、良いと思いますけど」

「ラビットマジック」


 玄関を開いて、ラビがキリッとした顔で手をかざすと、二門の大砲が扉横に設置された。

 大砲そんなにつけたいのなら、別に止めはしないけどさぁ……なんか逆に物騒になってませんかね? 閑静な住宅街に大砲おいたら景観なんとか法とか抵触しませんかね?


「今のリソースでは二門が限界ですね……これでは全然足りない……どんなことがあろうと屋敷を守らないといけないのに……」


 ラビは親指の爪を噛み、深刻な顔をする。

 そんな心配しなくてもいいと思いますけどね。

 いや、増やしたいなら別に止めはしないけどさ。


「そろそろお昼ですね。ニールス商会に書類出してきます。あと帰りにプロフェッサーのところ行ってきます。魔力物質の成果とかも報告したいので」

「プロフェッサー・ノウ。いつも会いにいかれている魔術師ですね。私も一度会っておきたいですが」


 たぶん向こうは会いたがらないだろうけど。


「お父さん、私もいく」

「レヴィも?」

「うん。お出かけしたい」

「ちーちー(訳:レヴィがいくならちーもついていくしかないちー)」


 ラビが目元に深い影をつくっている。いかん。きっと自分だけ置いていかれることに不快感を抱いているんだ。


「それじゃあ、ラビさん、セイとフワリのお世話よろしくお願いします」

「…………かしこまりました、お帰りお待ちしております。絶対に帰って来てくださいね。ずっと待っていますからね」

「ええ、すぐ戻ります」


 ラビに笑顔でいい、屋敷をあとにした。

 レヴィとシマエナガさんを連れ、俺はプロフェッサーの屋敷へ向かった。

 魔力物質。ラビットマジックの素。あるだけ貰ってこよう。

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