風紀委員シマエナガ、ご奉仕メイド ラビ、被害者ハリネズミ

 山の如きクッキーを相手にするにはこちらも相応の犠牲を払う必要があった。

 だが、それに見合うだけのものは手に入れた。


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 ★デイリーミッション★

 毎日コツコツ頑張ろうっ!

 『愛と焼き菓子』


 焼き菓子を受け入れる 3,000/3,000


 ★本日のデイリーミッション達成っ!★

 報酬 『アダムズの聖骸布 1/24』


 継続日数:305日目 

 コツコツランク:ブラック 倍率100.0倍

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 最初はもっとオシャレなデイリーなのかなって。

 そう思っていたんだ。朝起きてデイリー確認した時まではさ。

 誰も口のなかの水分を奪われながら、もはや味もわからなくなって、なおクッキーを食い続ける苦行だなんて思わないんじゃん。『愛と焼き菓子』なんてオシャレな名前で詐欺するのよくないと思うよ、デイリーくん。


「ち、ちー(訳:こんな食べたらカロリーが気になってしまうちー……乙女は食に気を遣わないといけないちー……)」

「にゃあ……」

「師匠、すみません、私はここまでのよう、です……ぅ」


 ラビのクッキー暴走は、屋敷の人間総出で食い止めることができた。

 おかげでシマエナガさんとフワリとセイがまん丸になって絨毯のうえで伸びているが、みんなHPとMPを補給できたと思うのでヨシとしよう。


 デイリーも完了したし、アダムズの聖骸布も集まった。

 これでなんだかんだ7枚目だ。大事にしまっちゃうおじさんして保管しておく。

 これが完成すればずっと俺のターンになるはずなんだ。

 

「うぅ、もう何もする気が起きない……」


 流石にハード過ぎた。

 その晩、俺は重たい身体を引きずってベッドに転がり込んだ。

 たぶん血管のすべて、細胞の隅々までクッキーが詰まっているんだと思う。

 今日はもう寝よう。とても疲れた。



 ━━ラビの視点



 最近はご主人様たちが屋敷にずっといてくれます。

 以前はよく遠くまでお出かけになられていたようですが、たくさん説得したらわかってくれたみたいです。外は危険で、この屋敷のなかだけが安全なのだと、ご主人様たちも気がついてくれたのでしょう。


 今はすべてが幸せです。日々が充実しています。

 屋敷にたくさんの方がいて、たくさんお世話できる。

 ご主人様は尊敬できるお方ですが、私がいなければ出来ないことも多いです。私がいないとダメなんです。私が支えないと。

 

 でも、不満なこともあります。

 それはご主人様の夜のお世話の時に起こりました。

 約2ヶ月前、そう、あれは初めての夜の時━━━━

 

「ご主人様、どうか私をお使いください」

「え? 使う?」

「はい。さあどうぞ触ってください」

「さわ、うっおお! そ、そういうことか……っ、確かにメイドさんのご奉仕というのは聞いたことがあるようなないような。え、いいんですか、まじで? ラビさん、俺すっごい触り方しちゃいますよ?」

「ご主人様のお好きなようにしてください。大きいのはお好きでしょう?」

「大好き、です……でも、小ぶりなのも全然好きです」

「ラビの心も、体も、すべてはご主人様のためにあるのです。さあどうぞ」

「でも、やっぱり、ラビさんに無理させるわけには」

「うさぎは寂しがりやなんです」

「寂しがり屋」

「大好きな殿方とたくさん交尾するのも好きです」

「交尾!?」

「いっぱい繁殖するのも好きなんです。たくさんたくさん、繁殖したいのです。だから私はご主人様とたくさん繁殖したいのです」

「は、繁殖!? 確かにウサギはそういう動物だって聞いたことあるけど、マジ、か……これはすごいことになった、まさかこんなところで童貞卒業イベントが舞い込んでくるとは……おっほん、げふんげふん。ラビさんがそう言うなら、それじゃあ遠慮な、おおッ! す、凄い、こ、これが本物の女の子のお胸、初めて触った、重たくて、柔らか━━━━」

「ちーちーちーちーちぃぃいいいいいいい━━━━━━!!(訳:風紀が乱れているちー! この泥棒ウサギ許さないちぃぃい!)」


 そんなこんなで乱闘事件があったのです。

 シマエナガ様もまた私の仕えるべき大切なお方。

 協議の末、私はご主人様の夜のお世話をすることができなくなってしまいました。それが風紀を乱さないための、シマエナガ様と私との約束なのです。

 

 でも、私は精霊。そしてウサギでもあります。

 ご主人様へのこの想いを消し去ることはできません。

 精霊には寝る必要などはなく、ゆえに夜の間はすることがありません。

 だから、ラビはシマエナガ様との約束を守りつつも、ご主人様にご奉仕できる方法を考えました。


「ご主人様、寝ていますか?」

「もう、クッキーは……いや、クッキー、だけは……い、や、だ……(寝言)」

「安らかに眠られているようですね」


 私はシマエナガ様との約束を守ります。

 その代わり、夜はご主人様のお側に控えさせていただきます。

 それくらいは許されるはずです。

 

「さてと今日もご主人様の寝言をメモしちゃいましょう。ふむふむ、昨夜までの61日間で何度が同じ単語が出てきますね。特に多いのが『修羅道さん』……ですか。呼び名からして只者ではないのでしょう。邪悪な悪魔でしょうか?」


 時折、ご主人様の心が乱されているのを感じます。

 メイドである私はご主人様の心まで守らねばならないと言うのに。

 私はメモ用ノートとペンをしまって、ご主人様のベッドに潜りこみます。


「大丈夫です、怖い夢から私が守ってあげます。夢だけじゃないです。現実からも守ります。私がご主人様を守るのです」

 

 そうして一晩中、ご主人様の寝顔を、同じベッドのなかで観察し、朝日の気配が近づく頃、私はそっとベッドを出て、朝食の準備をはじめます。


 これが普段の私の夜のお仕事です。 

 でも、たびたびご主人様の部屋にはお客さんがやってきます。


「お父さんと一緒に寝たい」


 たまに部屋にレヴィアタン様が入ってきます。

 どうやら父親であるご主人様と一緒に眠りたくなってしまうらしいです。

 そう言う時はちいさなウサギになって、ご主人様の足の間で身体を丸めて隠れます。ご主人様の股の間は温かくて、とっても心地が良いのです。


「ちーちー(訳:一緒に眠るちー。今夜は冷え込むらしいちー)」

「師匠、フワリが一緒に寝たがってます。猫係として私も師匠といっしょに眠ることにしました」

「にゃあ〜」


 なんやかんや皆さん、ご主人様の部屋に集まってくることが多いです。

 そういう時はキングサイズのベッドが大活躍します。


「う、ぅぅ、重たい……暑い……なんだ……? ぇ、なにこれ、なんでみんな俺のベッドにいんの……?」


 ご主人様が苦悶と困惑の声で起きると、また新しい1日が始まります。

 今日もたくさんお世話できる良い一日になるはずです。



 ━━修羅道の視点



 修羅道は神妙な顔でドリーム通信機を見つめていた。

 前回の通信から2ヶ月が経過し、ようやく修理が終わった。

 手が滑って破壊してしまったため、今日までドリームできずにいたのだ。

 今日は久しぶりのドリーム通信。通信量は心許ないがきっとできる。

 しかし、修羅道は不安であった。2ヶ月ぶりにドリームしても平気だろうか、と。もしかしたら新しい女の子でも出来て、自分のことを忘れているのではないだろうか、と。


「今こうしている間も可愛い女の子の取り巻きを増やしてハーレムしているのでは……? 嫌な予感がします」


 目元には深い影が落ちる。心なしか、すっかり着慣れたペンギン着ぐるみの目元にも影が落ちて湿度が高くなっている気さえした。


「きゅっきゅっ(訳:考えすぎるのは良くないっきゅ。英雄殿は義理硬いお方っきゅ。修羅道殿の可愛らしい気持ちには気付いてるけど、そのことを表に出すのが恥ずかしいからどっちつかずな態度をとっているんだと思うっきゅ)」


 一般通過ハリネズミは両手に湯気のたつコーヒーカップを手にドリーム通信室に入ってくると、片方を修羅道の前に置いた。

 修羅道の気持ちに気がついているハリネズミにとって、毎日のようにドリーム通信を試みる彼女の姿は微笑ましいものであった。

 修羅道は怪訝な顔で「ありがとうございます」とコーヒーを受け取る。


「きゅっきゅっ(訳:英雄殿に乙女たちが引き寄せられてしまうのは仕方のないことっきゅ。英雄殿は大英雄であるからして。あと顔もいいっきゅ)」

「なるほど、確かに神は許すかもしれませんね。でも、この修羅道は許しません」

「きゅっ、きゅっ(訳:顔が恐ろしくなっているっきゅ。だ、大丈夫っきゅ。我が約束するっきゅ。もし英雄殿が可愛いメイドさんとか侍らせて、毎日甲斐甲斐しくお世話されて、楽しい思いしてたら、その時は我を煮るなり焼くなりしても構わないっきゅ。英雄殿は信頼できるお方っきゅ。だから信じるっきゅ)」

「そうです、ね……ん?」

 

 ドリーム通信機のプロジェクターが光を発し始めた。

 それは通信対象の夢に繋がった証拠だ。通信機は接続対象、その周辺情報も読み取る機能を有している。


「きゅっ!(訳:よかったっきゅ! 英雄殿の状況をこれで確かめることができるっきゅ!)」

「赤木さん! 聞こえますか! 赤木さん!」


 プロジェクターは次第に明確な景色を写しだした。

 暗い部屋、赤木英雄が大きなベッドで眠っている。その隣には大きなウサ耳の生えたメイドがいた。大変可愛らしく、胸が大きい美少女だ。

 美少女は赤木英雄を愛おしそうに抱きしめながら、耳をぺろぺろ舐めたり、なんだか怪しげなことをしている。しまいには赤木英雄の身体にぎゅーっと抱きついて、胸を押しつけて密着しはじめて……ドゴン! そこで映像は一時乱れた。


 通信機にめりこむ修羅道の拳。

 ドリーム通信室は底冷えの静寂に包まれる。

 ハリネズミはコーヒーカップを置いて、そっと部屋から出て行こうとする。

 修羅道は黙ってそれを追いかけ、一瞬で丸っこい身体を鷲掴みにする。


「きゅ、きゅきゅ!(訳:我は悪くないっきゅ、お助けを! きゅ、きゅぅうう〜! 英雄殿、嘘だと言って欲しいっきゅ! ひ、英雄殿ぉお━━━━!)」


 滂沱と泣きながら調理場に連行されるハリネズミの叫びが、赤木英雄に届くのは、まだまだ先の話であった。

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