精霊術師 後編

「精霊契約とはその名前の通り、精霊と契約を結ぶことを意味する。これは書面に書いて約束事をする人間の契約とは違う。魔術的な契約だ。精霊と、その精霊から対価を得ようとする者との間にのみ成立する契約だ」

「精霊契約ですか。それを俺がラビと結んだと言いたいんですね」

「その顔、何が言いたいかわかるよ、フィンガーマン。君は精霊契約を結んだつもりがないと、そう言いたいのだろう」

「よくわかりましたね」

「精霊契約は発生していたんだよ、君が屋敷精霊に名前をつけた時にな」

「名前をつけた時」

「彼らは魔力の塊だ。精霊は、一般的に自然の奥深くで偶発的に生まれるとされている。特に自然魔力が濃く沈澱するような場所にな。彼らは常に不安定な状態にある。通常、精霊は名前を持つことはないが、名前を与えられることで存在が確立し、一個体としてのカタチを強く持つらしい」

「では、ラビは俺が名前を与えたことでパワーアップしたと」

「そう考えることができる。屋敷が綺麗になったと言っていただろう」


 そう言えばボロ屋から新築に外観が変わったのは名付けの前後だったか。


「どうやら確からしいですね、名前を持つことで精霊が力を増すというのは」


 点と点が繋がった。

 ラビのやつ、知らないうちに進化していたようだ。

 あるいは進化したからラビなのか。


「名前をあげるだけでパワーアップ。なにか仕掛けがありそうですね」

「察しがいい。その通り。君はラビに名前をつけるために力を消耗したはずだ。魔力とか」


 ラビに名付けをしたあと、確かに奇妙なめまいを経験し、しばらくしてMPが100万くらい消失していることに気がついたんだったか。

 さっきからどんどん点が繋がっていくな。

 

「名前は力を持っている。怪物にとっては特にな。名前は個を確立し、人間からの恐れを高める。名付けは主に使役魔術の領域で高位のものとされてる。強力だが、非常に危険な行為だ。モンスターに対して行える汎用的な儀式だが、名付ける対象が強力であるほど、命名者は力を消耗させられてしまうのだ。そしてもっとも消耗を強いられる怪物が……精霊だ」

「ラビが強力な精霊だったから俺もめちゃ消耗したと」

「強力な精霊への名付けなど、理論的に考えれば人間では試みた時点で死にそうなものだが、なぜか君は生きている」

「不思議ですねえ」

「他人事ごとだね、豪胆な男だよ、本当に」


 言われてみればたしかに。俺のことなのにな。

 もうしばらく死を感じたことない。

 危機意識が希薄になっているのかな。


「別に通常は名付けは勝手に発動するものではないが、もしかしたらその屋敷精霊が名を欲していたから、勝手に魔力を吸われて結果的に名付けが成立したのかもしれん」


 少なくとも俺の意思ではない。

 ならばラビの意思という線はありえる。


「それじゃあ、その名付けが精霊契約のキッカケになったと。精霊契約をしたらどうなるんです」

「精霊の力を一部、あるいは完全に行使することができるはずだ。これは精霊術と呼ばれている。行使する者を精霊術師という。フィンガーマン、君は精霊術師になったのだよ」


 Sランク探索者にして、オリハルコン級冒険者にして、フィンガーズギルドギルド長にして、株式会社フィンガーズエクスペリエンス社CEOにして、アノマリーコントロール厄災島総帥にして、ブラック会員にして、パパにして、精霊術師にもなってしまった……ってコトか。肩書が増えてきたな。名刺がごちゃごちゃしちゃうよ。


「とはいえ、精霊術師というのは通常はその道の修練を積んだ末、儀式を通してはじめてなれるものだと聞く。フィンガーマン、君は指鳴らしの神秘に始まり、多くの超常的なチカラ、それも私がまるで知らない異端的なものを修めているようだが、精霊術に関してはてんで素人だ」

「おっしゃるとおり。俺の専門分野は力とパワーの調和にこそあります」

「力とパワーの調和……深いな」

「精霊術。仮の話ですが、今から学ぶことはできませんか」

「精霊術に興味が出てきたのかね」

「言うほどは。でも、せっかく精霊契約を結んだのなら、なにかしらそのチカラを試してみたいと思うのが人間というものでしょう」

「なるほど。しかし、残念だが、知っての通り私もまた、精霊術に関しては素人だ。何も知らないに等しい。加えて、そもそも精霊術は広く伝わってはいない。いわゆる秘術の類いだ。マーロリとエンダーオ、両国を見渡しても、精霊術について教えられる魔術師は一握りだろう」

「あんまりポピュラーではないんですね、精霊術師って」

「ルーンだけを修めてる魔術師とは根本的な性質が違う。精霊術師は稀少かつ変態的だ。強力なものだが、命を落とす者も多いと聞く。御することができれば強力だ。一流の精霊術師は精霊のチカラを引き出し操ることができるのだからな」

「ままならないものですね。わかりました、片手間になんとかなるものじゃなさそうですし、精霊術については諦めます」

「そんなものがなくとも君は十分に強力だ。欲張る意味はあまりないだろう」


 ちょっと使ってみたかったな、精霊術。


「あぁそうだ代償について言い忘れていた。精霊契約の代償だ」

「また仰々しいですね」

「大事なことだよ、フィンガーマン。ラビと名付けたあの精霊、死なせないことだ。精霊術師は契約した精霊が死ぬと、その反動でいっしょに逝くらしいからな」


 ラビとは運命共同体ってことか。重い。


「その逆もしかり。精霊術師が死ぬと精霊も死んでしまう。だから、精霊は精霊術師の身を案じるのだそうだ」


 ラビが屋敷の防衛性能をあげたり、俺の身の安全を心配する理由がすこしわかった気がする。本人に精霊契約の自覚があるかは不明だが。


 この重大な契約内容についてラビに教えるべきだろうか。

 俺が死んだらお前は死ぬ。お前が死んだら俺が死ぬ、って。


 いや、やはりやめておこう。

 今一瞬『私が死んだらご主人様も死んでくれるんですか……?』って、淀んだ瞳をして、口の端から血を垂らすラビの姿が浮かんだ。

 迂闊にこういう情報は伝えないほうがいいな。彼女は病んでる。何をしでかすかわからない。


「伝えるべきことは伝えた。フィンガーマン、君は屋敷精霊を大事にしたほうがいいぞ」

「言われなくても。ところで、なんで街中の廃屋のなかにラビみたいな精霊が発生したのか、その原因はわかりましたか」

「現状では不明だが……人の意志かもしれない、とのことだ」

「人の意志?」

「彼女は言うのだろう、あの屋敷を守る、住む者に奉仕することが使命だと。だから仕様人の姿などをとっている。あるいは屋敷に仕えたかった者の意志……それも強い意志が、魔力を帯び、偶発的に命をもったのかも、しれないとのことだ。屋敷から出られないという奇妙な制約も、きっと存在の成り立ちそのものに関わっているのだろう、とも彼女は言っていたな」


 ふむ。結局のところよくわかってない感じか。

 だが、ロマンティックは嫌いじゃない。

 ラビという精霊のなかに、今は亡き者の意志が生き続けている。悪くない。

 

「ところで、プロフェッサー、今日の言葉はやけに他人事ですね」

「え?」

「それもいつもと違って情報量が多い」

「実は件の専門家に直接会えたんだ。私もまさか向こうから会いにくるとは思っていなかったから、びっくりしたのだが」

「会いにくる? ここに来たんですか?」

「あぁそうだとも。ついさっきまでここにいた」


 そう言えば、普段はプロフェッサーの屋敷についたらすぐ中に通してもらえるが、今回は彼が玄関に出てくるまで時間がかかった。

 あれは俺とは別に客人対応していたからだったのか。


「となると、その客人ってもしかして、黒い髪の、ちょっと赤い毛が入った、フードの女ですか。彼女が精霊術の専門家?」

「あぁそうだ……本当は話すつもりはなかったのだが、他ならぬ君だ。情報の出所について話してあげよう」


 プロフェッサーはメモ用紙をポケットにしまい、茶で唇を湿らせた。


「君が会ったその女が精霊術の専門家であっているよ。名はイグニス・ファトゥス。火教かきょうの代行者だ。若き天才という言葉を彼女から学んだ」


 火教。俺もこの2ヶ月で異世界のいろんな知識を身につけた。

 だから知っている。火教は俺の住んでるミズカドレカのを含む広大な国土を誇るエンダーオ炎竜皇国の国教だ。赤い火を尊ぶ教えらしい。


 しかし、代行者という言葉は聞きなれない。


「代行者ってなんです」

「炎竜皇の意志を代行するもの。特に武力面でな。簡単に言えば、荒くれ者だよ。彼女はえらく可愛いらしい顔で、胸もビッグボインだが、騙されてはいけないぞ。なにせ”精霊喰らい”のイグニスと呼ばれるほどに気性が荒い」

「精霊喰らい? 食べちゃうんですか?」

「君のところのラビがスライムの精霊の残留物を捕食し、力を高めたように、精霊術師たちは自分の契約精霊に、ほかの精霊なんかを食べさせて進化させるのさ。彼女は精霊術の専門家でありながら、精霊狩りの専門家でもある。だから”精霊喰らい”なのだよ」


 精霊を食べて進化するか。

 シマエナガさんに経験値を分けて強くするのと同じ感覚か。


「しかし、まさか火教の代行者でも序列を持つイグニスが、竜都からわざわざ辺境都市まで訪ねて来てくれるとは思わなかった」

「大事な友人であるプロフェッサーのために遥々来てくれたんじゃないですか? 嬉しいことじゃないですか」

「いいや、彼女はそういうタイプではない。もっとこう、なんというか、具体的な目的をもって、自分の利益のため行動するタイプだ。私の相談など、行き掛けの片手間と考えるほうが自然だ。私に精霊術の知識を伝えることは、彼女にとって何の利益にもならない。だというのに、わざわざ足を運んでくれるとは思えない」

「じゃあ何のために来たんですかねえ」

「さてな。昔から天才というのは、何を考えているかわからないものだ。もしかしたら本当に気まぐれなのか……あるいはミズカドレカに他に用事があったか。はは、精霊喰らいのイグニスと呼ばれるくらいだ。もしかしたら良い感じの精霊がミズカドレカにいるという情報を掴んだから、自分の契約精霊に食べさせるためにやってきたのかもしれないな」

「あぁなるほど。確かにそれならありえそうですね」


 俺とプロフェッサーは納得した結論にたどりつき、薄く笑いあった。

 ミズカドレカの精霊かぁ。意外とこの街っていっぱい精霊いるのかな。

 

「ん?」


 茶を口元に運ぼうとし、奇妙な胸騒ぎを覚えた。待てよ。この街にいる精霊で、イグニスが存在を知り得る個体って…………ラビじゃね?


 あれ? ん? あれれ? これは……あれか? まずいのでは?

 んーあれれ、おかしいですよ、あれ、これが、あーして、こーして。ぴゃー。


「プロフェッサー、お話ありがとうございます。急用ができましたのでこれにて失礼。シマエナガさん、レヴィ、もういきますよ」

「ちー(訳:まだおやつを食べ終わってないちー)」

「お父さんもこのケーキ食べていいよ。レヴィのやつ、分けてあげる」


 おやつをしまっちゃうおじさんで異空間に吸いこんで、シマエナガさんととレヴィを脇に抱えて、俺は急いで屋敷を飛び出した。

 これはまずいですね、イグニスさん、うちのラビ食べようとしてますよね?

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