屋敷精霊の歓迎

 屋敷はなかなかに立派なものだった。

 外観はボロ屋敷以上の感想を述べるに値しないものだったが、家のなかは小綺麗に掃除が行き届いているようで、埃ひとつ舞っていない。


 飾ってある風景画は新しいものではないが、その表面はしっかりと手入れされており、指で触れようとも汚れが少しも浮きやしない。

 壁や床、柱に天井、どこもかしこも小さな傷や凹みがある。それらはかつてここに人間が住んでいた痕跡だ。壁には大きな穴が空いた痕もある。でも、修繕されている。一部壁の色が変わってるのはそのためだ。

 壊れたら直して、壊れたら直して━━━━そうやって大事に住んでいたのだろう。


「にゃあ〜」

「師匠、フワリさんが」


 フワリとセイが示す先へと進む。

 人が住んでないにしては不自然なほど綺麗な廊下の奥には、絨毯が敷かれた広間があった。

 パーティでも開催できそうな間取りだ。壁際には甲冑や剣や槍が、規則性を持って飾られている。

 

「あんなオンボロみたいな見た目だったのに、中はすごく立派なお屋敷ですね」

「にゃあ」


 フワリが寝転んで匂いをつけはじめる。おでこをこすりこすり。背中をこすりこすり。入念に縄張りを展開する。真面目だ。勤勉だ。かあいい。


「ちーちーちー(訳:ここをマイホームにしていいちー? ビリーは太っ腹ちー。いい奴ちー)」


 シマエナガさんが広間の真ん中ではしゃぎ始めたところで、俺はこちらを伺っている奇妙な気配に気がつく。ふわふわしている不定形の気配だ。

 ちらりちらり、そろりそろり。のぞくように視線が地味に刺さってくる。


「誰だ?」


 やがて視線は気配を決したように接近してきた。


「シマエナガさんデカすぎです、ふっくらしすぎです。ちっちゃくなってください」

「ちーちー(訳:どうしたちー?)」


 首を傾げるシマエナガさんの背後、ふわ〜っと青白い影が浮かびあがる。

 

 青白い影は素早くカタチに収束した。

 1秒の後には白いウサギがちまーんっと鎮座していた。

 俺が黙って指差すと、みんな振り返ってウサギに注視する。

 

「師匠、なにを指しているんです?」

「見えてないんですか、セイ」


 セイは首を傾げて、視線を泳がせている。

 幽霊の姿が見えていないと言うのか。


「ちーちー(訳:気配がいきなり現れたちー。もしかして、このウサギが例の……?)」

「にゃあ?」

「ゴースト」


 レヴィのつぶやきにみんな静かになる。

 ゴースト。つまり幽霊。思ったよりかあいい。


「し、師匠、もしかしてゴーストがいるんですか!?」

「いますよ」


 セイは目を凝らして努力してるが、焦点がウサギに合う様子はない。雰囲気からして、フワリ、レヴィ、シマエナガは見えてそうだが。


「ウサギです。可愛いでしょう。こんな可愛い私を攻撃できますか?」


 声が脳内に響き渡る。

 たぶん目の前のウサギが語りかけてるんだ。


「この赤木英雄を甘く見てもらっては困る。俺は可愛いチワワだろうと、柴犬だろうと、ダックスフンドであろうと、フレンチブルドッグだろうと、敵ならば消し炭に変えてきた。かあいいウサギの姿をしていようと無駄だ」


 指を擦り合わせる構えをとり、ウサギに突きつける。


「では、こんな姿はどうですか?」


 ウサギが青白い光に再び包まれた。

 小さい輪郭が急速にサイズを拡大させ、人型になると、パァン! と弾けた。

 光の粒が降りそそぐなか、モノクロのメイド服を着た白髪の少女が現れた。紅瞳は爛々と輝き、大きな縦長の耳はピンと直立している。


「ウサ耳美少女メイド、だと……?」

「これでも消し炭にできますか」

「ちーちーちー!(訳:赤木英雄という男をわかっていないちー! 英雄はたとえ相手がウサ耳美少女メイドだろうとも、敵であれば容赦ないちー!)」


 俺はスッと掲げていた手を下げる。


「消し炭は勘弁してやる」

「ち、ちー(訳:軟弱になったちー……)」

「失礼な。俺は賢くなったんですよ。そもそも、幽霊だからって悪い存在だと断定して掛かることが間違えているんです」

「ちー(訳:さっきまで消し炭にする気満々だったちー)」

「シャットアップ」


 シマエナガさんをむぎゅっと隅に追いやり、俺はウサ耳美少女メイドへ向き直る。


「うちのデカ餅豆大福が失礼しました。俺の名前は赤木英雄です。そちらの名を伺っても?」

「私はこの屋敷の精霊です。名前はないです」


 ウサ耳メイドは言って俺の手を握ってくる。あっ、手が、柔らか、あっ。


「ずっと待っていました。この家に住んでくれる人が現れるのを。新しい主人が現れるの日を」

「敵対心はないと?」

「あるはずがありません。私はあなたを新しい主人として歓迎します、赤木英雄」

「ちーちー(訳:信用していいはずがないちー。獣からすぐ美少女化するやつは信用できないちー)」

「シマエナガさん、お父さんの邪魔、だめだよ」


 レヴィはシマエナガさんのクチバシを押さえ封じた。もごもご言うばかりで騒がしい鳥は言葉を発せなくなった。いいぞ、永遠にそれでいい。


「どうして待っていたんですか。ビリーの話じゃこの家は何年も買い手がつかない困った家だとか言っていましたよ。外観はそれこそボロいですけど、中は素晴らしいほどに管理が行き届いてます」

「えへへ、そうでしょう?」


 やけに嬉しそうだ。ウサ耳がひょこひょこ動いてる。


「私は精霊です。この家の精霊です。この家を綺麗に維持することが使命であり、この家に住む者に誠心誠意仕えるために生まれたのです。ですが、その、怖がれてしまいまして。この家にくる人みんな私のことが見えないせいで、意地悪なゴーストが住んでいると噂され、地元で名物の幽霊屋敷になってしまったのです」

「だからセイは見えてないのか……しかし、そうなると逆にどうして俺には君の姿が見えているんです」


 ウサ耳メイドは肩をすくめる。


「それはわかりません。ですが、もしかしたら私が精霊であることに関係しているのやもしれません。精霊は魔力の塊ですから。高位の存在とされてるらしいですよ。高位の存在を見る、知る、聞くためには”高める”必要があるんだとか。家の前を通る冒険者たちがそんな話をしていたのです」

「なにを高めるんです?」

「私も詳しくは知りません。私はほかの精霊に会ったこともなければ、この屋敷から出たこともないのです。赤木英雄、あなたのほうがよほど広い世界のことを知っていらっしゃるのでは?」


 ウサ耳メイドは可愛らしく首をかしげてそう言った。

 俺も世間知らずさで言えば彼女と大差ない。


「私は来る日も来る日も待っていたんです。屋敷の2階の窓辺から、屋敷に人が来るのを日がな一日眺めては、あのビリーという少年が入居者候補を連れてくるのを。そしてその入居者のなかから、新しい主人となれるお方を見つける日を」


 寂しげな声だった。最初は平静で、平坦で、凛とした声音だったが、やがてそれは涙声のようなものに変わっていった━━懇願するような、すがるような声へ。

 長い時間、彼女はひとりでこの屋敷のなかで過ごしてきたのだろう。誰にも観測されず、恐れられ、ついには人すらまともに寄り付かなくなった。


「赤木英雄、この家の主人になっていただけますか?」

「いいですよ。ただしひとつ条件が」

「なんでしょうか」

「猫と鳥がいっしょでも構いませんか?」


 ウサ耳メイドはチラッと視線を動かす。

 くちばしをレヴィに押さえられ発言権を奪われたシマエナガさんと、すでに床のうえで匂いをつけるため真面目にこすりこすりしてるフワリさん。


「ペットのお世話もお任せください。もちろん、赤木英雄も、あなたの娘も、みんなお世話させてください」

「それはよかった。この家に決めます」


 新居決定だ。メイドさんも付いてくるぞ。

 文句がないどころか、最高の物件ではないか。


「よろしくお願いします、ご主人様」

 

 そう言ってウサ耳メイドは恭しくスカートの端をつまみ、右足を少し後ろにさげ、頭を丁寧にさげた。カーテシーだ。初めて見た。


 まさか本物のメイドさんにお世話してもらえる日が来るなんて。

 赤木、高まります。

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