ペットと一緒に住める場所

 サーカス団みたいな所体になったせいで宿屋を追い出されてしまった。 

 デカい猫に、デカい豆大福、大家からすれば迷惑な宿泊者であることは間違いないので、あんまり反発する気にはならなかった。俺は常識人なので、道理が通っていることや、俺自身が納得できてしまうことには弱いのだ。


「そういうわけでビリー殿、巨大な猫と鳥を連れ込んでも怒られない宿屋を教えてくれませんか」

「帰ってきて早々、また変な注文をしてきますね」


 ニールス商会の若きリーダー、ビリー・ニールスは困った風におでこに手を当てた。


「えっと、フィンガーマン殿、その巨大猫……━━━━」

「フワリさんです」

「にゃん、にゃあ〜」

「フワリ殿ですね。どうぞよろしくお願いします」


 床のうえでごろーんと伸び伸びとくつろぐフワリは、大きなお手手でビリーと握手をかわす。賢い。うちの猫はインテリジェンスキャットだ。


「どこでこのような雄大な獣を?」

「雄大な獣ですか」

「そりゃあもちろんですとも」


 ビリーは香箱座りするフワリを緊張の面持ちで見つめ、震えた声で語りだす。


「この佇まい、整った顔立ち、ふわふわの毛並み。すべてに置いて比類なき品性を持ってます。なによりこの知性の宿った瞳……偉大な怪物は人間を超える時を生き、知性と魔力を宿すといいます。見ただけでわかります、フワリ殿はまさしくそういった偉大な怪物の類なのでしょう?」


 納得した風にビリーは顎に手を添え「これはすごい」とフワリのお手手と固く握手をする。

 フワリさんは褒められて鼻高々といった感じだ。


 薄々気づいてたが、やはりフワリレベルのモンスターでも、この世界ではべらぼうに強力な存在として認識されるのはもはや確定だろう。


「ちーちーちー(訳:くくく、このにゃんこはフィンガーズギルドでも最弱ちー。この程度で驚いているようでは、ちーの真の力を解放したら大きな騒ぎになってしまうちー)」

 

 最近、自尊心を傷つけすぎてシマエナガさんが汚いやり口で自己肯定感を高めようとしてますねぇ。この鳥は本当に。


「シマエナガさんはただいてくれるだけでいいんです。それで十分ですよ」

「ち、ちー(訳:英雄の心が戻ってきたちー……!?)」


 よしよしと撫でてあげると、シマエナガさんは満足そうにちょっとふっくらした。悪ノリであんまりいじめすぎるのはよくないね。


「フワリ殿だけじゃなく、そちらの賢鳥殿もさぞ高名な怪物なのでしょう」


 ビリーに褒められてさらにふっくらしてしまうシマエナガさん。


「ビリー殿、あんまり甘やかすと調子に乗るので、そこらへんで」

「へ?」

「ちーちー♪(訳:ちーは賢鳥ちー、偉大で、高名なスーパーバードちー♪)」


 ちょずき始めちゃったよ。


「とにかく、ビリー殿、宿屋が必要なんです。俺とセイとレヴィ、あとペット2匹が住める宿が」

「期待は薄いですよ? これほどの怪物たちを従える英雄なんて聞いたことも見たこともないんです。それは僕以外だって同じです。だから、おそらくこれだけ巨大な怪物たちを連れ込める宿は存在しないかと……」


 そこまで言われちゃうか。


「フワリ殿とシマエナガ殿を馬宿にいれるという選択肢はありますか?」


 馬屋か。あくまで騎乗動物として扱うと。

 フワリがほかの馬たちと並んでいることを想像する。いや、この流れだとフワリだけじゃなくて、シマエナガさんも馬屋送りか。


 想像した結果、無理だということが判明した。

 フワリもシマエナガさんも賢い。自由意志がある。俺が主人だが、たまに言うこと聞かないし。そうしたムラは知性ある者の魅力だと俺は思ってる。


 フワリもシマエナガさんも馬屋生活には耐えられないだろう。

 まあ、でも当事者たちの意見を聞いたわけじゃない。一応聞いておこう。


「シマエナガさん、馬屋とかは━━━━」

「ちー(訳:無理ちー)」

「にゃ(訳:嫌にゃ)」


 だめだった。


「ダメですね、これは。やっぱり温かい室内しか受け付けないようです」

「馬屋も温かいですよ? 宿に泊まるお金がない時は、馬屋の藁のうえに寝転がったりして、意外と暖かくてですね、寒い夜もなんとかなるんです」

「って言ってますよ、シマエナ━━━━」

「ちー(訳:無理ちー)」

「だめですね、ビリー殿。このタイプの鳥は交渉に応じないです」

「そう、ですか」


 ビリーは冒険者としての旅の経験から、馬屋の快適さを説いたが、シマエナガさんもフワリさんも納得することはなかった。特にシマエナガさんは断固拒否の構えだ。こうなったシマエナガさんはテコでも動かない。


「フィンガーマン殿、宿は無理ですよ、やっぱり」

「ビリー殿、まだ探してすらいないじゃないですか。ガッツはどこにいったんですか」

「あなたは恩人です、尊敬もしてます、つい4分前にあなたへの畏敬の念は増した。でも、無理なものは無理です。ガッツの問題じゃないです」


 ビリーはびしゃりと言い切った。さっきは「まあ、ちょっとは頑張ってみますけど」みたいな雰囲気だったのに。本音は「無理に決まってるだろ!」だったか。


「ニールス商会はミズカドレカでは顔は利きますが、宿屋に無理は言えませんよ」

「ビリー殿ならなんとかしてくれると思ったのに」

「そんな顔しないでください。なんとかはしてみますから」

「本当ですか?」

「はい。そちらのペットたちと住めるお住まいがあればいいんですよね?」

 

 話し合いは終わり、ビリーは奥に引っ込んでいった。

 

「師匠、さすがです」

「交渉力は大事ですよ」

「勉強になります!」


「お待たせしました、フィンガーマン殿」


 ビリーが紙束を片手に奥から戻ってきた。外套を羽織っている。


「お住まいに案内します」


 ニールス商会をあとにし、フワリとレヴィ、シマエナガさんにセイと俺はぞろぞろとビリーの後に続いた。

 

「なんだ、サーカス団が来たのか?」

「すごい、お母さんもふもふ!」

「大きな猫さんねえ」


 ビリーはチラッと見てくる。


「さっそく街の名物になってますね」

「光栄ですね」


 俺の目的自体、名を広めることだ。

 フワリという看板猫により名前が早く広がるなら良いことだ。

 もしかしたら本当にサーカス団でも結成したほうがいいかもしれないな。


「ここですね」


 ビリーは立ち止まり、ボロボロの怪しげな建物を見上げた。

 俺たちは釣られて建物の外観をしげしげと眺める。


「空き家です。ニールス商会が保有してる物件ですが、買い手がしばらくついていなくてですね」

「ふむふむ」

「これを差し上げます」

「ふむ? え?」


 あれ、宿屋という話では?


「宿屋は無理です。なので、家を持ってください。フィンガーマン殿の家ならば、他人はなにも言いません。あなたにはベルモット男爵の後ろ盾もあるようですし、巨大なペット2匹と暮らすこともできますよ、たぶん」


 社会のルールから外れたやつが、自分の好きなようにやりたいのなら、プライベートな空間でどうこうするしかないというわけか。


「ありがとうございます、ビリー殿。ちなみにおいくらで?」

「タダでもいいですが、一応取引として形に残しておきますか」


 ビリーは紙をぺらぺらめくり、ペンで書き込む。


「10ミニクリスタでお譲りします。パン2つ分の値段です」

「もしかしてクッソ安いのでは」

「ニールス商会は慈善事業ではないですが、他ならぬフィンガーマン殿の頼みならば、これくらいお安いご用ですとも」


 ビリー、いいやつだな。

 

「こちらが鍵です。あとはお好きにどうぞ」


 言ってビリーは踵をかえして、来た道を戻ろうとする。

 ふと立ち止まり「そうだ」と、言って指を一本立てた。


「まだなにかありましたか」

「ええ。ひとつ言い忘れてましたが、この家は……”出る”らしいです」

「出る?」

「ええ。……まあ、フィンガーマン殿ならどうとでもなるかと。ご武運を」


 ビリーはそれだけ言い残して、そそくさと去っていった。

 

「師匠、出るって一体……」

「入ればわかりますよ」


 軽くこすり合わせ、指のストレッチをしつつ、玄関を開錠し家に足を踏み入れた。何が出ようとも消し炭に帰せば問題ではなくなる。

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