石像贈呈と娘の蘇生

 逃げ去っていく奴らの背中が霧のなかに消えていく。

 風貌や、言動、セイを狙っていたところから察するに、やつらはパール村を襲っていた悪党の集団と同じ目的を持っていたのだろう。


 攻撃してきたやつにはHP1ATK10,000のフィンガースナップであしらった。

 もれなく消し炭になったが、さしたる経験値にはならなかったな。

 この世界の経験値は基本的に美味しくないのはわかっていたので、特段気にしてはないが。


「ちーちーちー(訳:世の情けというやつちー。英雄はお人好しちー)」

「殺さずに済ませられそうだったから、そうしただけですよ。皆殺しにする必要はないです」

「師匠、すみません……っ、私が足手纏いになってしまって……お手は大丈夫ですか!?」


 心配そうな顔をするセイに手のひらを見せる。

 足元に転がっているルーンの刻まれた剣。やつらがルーンブレードと呼んでいたそれを受け止めた手にはうっすらと傷がついている。剣を掴んで受け止めた時にステータス表示を見ていたが、ダメージが1入っていた。いまの俺に銀の盾は存在しない。ゆえにどんな攻撃でもダメージは入る。それゆえの1だ。だから、気にすることではない。手のひらの線は1の傷跡だろうから。


「問題はないです。あの刃じゃ通りませんから」

「師匠の身体、本当に頑丈なんですね……」

「デイリーミッション。毎日コツコツ頑張ることが大事です」

「っ、はい、そうでしたね。師匠に教えてもらったことは覚えています。それにしてもさっきのはさすがでした!」

「さっきの?」


 言って彼女は可愛らしく猫手をつくって、猫撫で声で「にゃあ♪」と言った。

 ウィンクも相まって大変にプリティだ。猫と少女の組み合わせがこんなにも息吹を……猫と成人男性とは親和性が違うと言いたいのか?


 いや、違う。セイは俺に対抗して猫活動をはじめたんじゃない。

 もっとより本質的なミスを俺は犯している。

 彼女に見られてしまった。


 俺は天を仰ぎ、目元を覆う。

 やらかした。


 精神に干渉してくるタイプの能力をつかってきたので、レヴィを攻撃した相手だとすぐにわかった。だから、異様に腹が立ったんだ。

 気がついたら俺は「にゃんにゃん」と猫活動をしていた。真心を込めた猫活動だ。俺は怒りに震えていたのだ。「レヴィを酷い目にあわせてやがって。俺まで洗脳するだと。そんなおもちゃみてえな洗脳が効くわけないだろう」━━というメッセージと怒りを表現するために、勝手に猫になっていたのだ。


 結果として俺のメッセージは届いた。

 だが、俺は尊厳を失った。

 よりにもよってセイに見られてしまった。

 それだけじゃない。冷静になればクゥラにもエリーにも見られてる。

 これもデイリーくんのせいだ。猫なりきり癖がついてしまってる。にゃんにゃんしすぎたのだ。猫活動しすぎたのだ。もう半分猫と言っても過言。


「英雄的誇示━━。流石の一言に尽きます。只人では至れぬ果てしない”高み”と、彼我の距離を言葉よりも雄弁に表現してみせるとは!」


 セイはキラキラした瞳で見上げてくる。

 尊敬が薄れた様子はない。それどころか増しているように見えた。


「あれが英雄的誇示……なるほど、私も圧倒されてしまった。流石だな、フィンガー。常人では至れない”高み”へ登る道は狂気と紙一重なのだと理解させられた」

「私にはとても無理です……フィンガーさん、すごい……!」


 あれ? クゥラとエリーもなんか賞賛をくれるな……。

 なんで褒められてるのか全然わかんないけど。英雄的誇示? 高み? かなりポジティブに解釈されているような気がする。

 ようわからんが、尊厳が失われていないのならヨシとしよう。


「ふぅん、この”高み”は…………高いぞ?」


 すごくIQの低い発言をしてしまった気がするが、「さて、お腹も空いたし、朝ごはんにしよう」と話題を先に進めることにした。


「英雄さま、あの騎士たちは、もう戻ってはこないのでしょうか?」


 渡りに船。村長がオロオロした調子で話かけてきたので、これ幸いとそちらへ話の水を向ける。俺を助けてくれ。


「もうこの村により着くことはないでしょう。そう念押しして言っておきましたから」


 去り際、蒼い髪の少女を二度と狙わないこと、霧の漁村には近寄らないこと、湖の精霊は諦めること、そしてフィンガーマンは二度慈悲を与えないこと、もろもろをあの騎士連中に伝えておいた。


 震え上がっていたようだし、リーダーの綺麗な女もこくこくうなづいてた。

 だから、たぶん大丈夫だとは思う。


「よかった……また救われてしまいましたね、英雄さま」

「別になんということはないですよ。ところで、これを拾っておいては」

「あ、それはあの者たちの剣?」


 ルーンブレードだ。

 以前、ミズカドレカ地底河でスケルトンの軍団を倒した時、ニールス商会の面々がスケルトンの使っていたボロボロの武器防具を回収していた。

 俺には相手の武器や防具を回収するという習慣がないので馴染みがないが、この世界では相手の武装は売り払って金にするのが普通なのだ。


 俺はルーンブレードを持ち上げて、顎に手を添え、なんでも鑑定をはじめる。


「この刃、なるほど。ふぅん、なかなかの値打ちがあると見ました」

 

 知らんけど。

 

「おお、たしかに。これほど立派な武装ならば袋いっぱいのクリスタになります。英雄さまのお墨付きがあるなら間違いないです。あはは、ますます恩義が増えてしまいますね」


 ご機嫌な村長らはその晩、盛大に祝宴を催してくれた。

 俺が湖の精霊を倒したことの祝いと、騎士を追い払ったことの祝いだ。


「にゃあ」


 魚の山にフワリも満足そうである。


「ちー(訳:そういえば、目的を聞き出さなくてよかったちー?)」


 宴会の席で、腹を十分に満たして気分も落ち着いたところで。シマエナガさんは藪から棒に切り出した。


「ちーちー(訳:あいつらはパール村で戦ったっていう悪党と仲間っぽいって英雄が言っていたちー。だとしたらどこの誰なのか、上には誰がいるのか聞いておいたほうが対策をとりやすいちー。そうじゃなくても、情報は多いに越したことはないちー。どうしてセイラムが狙われているのかとかも、英雄もセイラム自身もよくわかってないちー)」

「シマエナガさん、わかってないですね」

「ちー!?(訳:もしかして、英雄には考えがあって、あえて聞かなかったちー!?)」

「今更そんなこと言われても遅いじゃないですか、いやだなぁ」

「ちーちー!(訳:失敗を開き直ったちー!?)」

「失敗? もっとはやく言わなかったシマエナガさんの不手際です」

「ちーちー!(訳;とんでもない言い草ちー!)」


 今になってミスに気がつくとはな。

 もう〜、もっとはやく言ってよ〜(鼻ほじ

 奴らの正体を聞くのを忘れてたじゃないのよ。

 泣きながら命乞いしてくるものだから、つい良心の呵責で逃してあげてしまったが、よくよく考えればやつらの正体を知ることこそ、今後のセイの身の安全を保つうえで重要なことだったんじゃないかと思えてくる。


 あの金髪の女、一団のリーダーっぽい女、やつに次会うことがあれば、今度こそ聞き出しておかないといけないだろう。追いかけ回してでも。


 ━━翌朝


 霧の漁村の広場には石像の群れが陳列していた。

 種類はさまざまで、白色、黒色、赤色、青色から、成人男性を模ったもの、美しい少女像、4本腕の怪物、蛇の怪物を模したもの、武器をもったもの、おおきな鐘を背負ったもの、などなど、レパートリーは無限だ。


「村に危機が訪れた時、この石像を頼るといいです、ある程度は役に立つはずですから」


 俺は霧の漁村に『召喚術──深淵の石像Lv7』で呼び出した深淵の石像(月隠)を30体ほどプレゼントしておいた。石像たちに与えた命令は『村と村人を守れ』である。その範囲に限ってのみ、村人の命令も聞くようになっている。


「よ、よろしいのですか!? こんな高等な使役モンスターを……なにより私たちに、操れるものなのでしょうか? 使役魔術など、とてもとても扱えませんが……!」


 大丈夫だ。パール村ですでに実験は済んでいる。

 あの村にも30体ほど召喚して置いてきたし、村人の言うことも聞いていたし。


「ご心配なく。特別な手入れも必要ないです。平常時は影の中に潜んでいますが、その時がくれば現界して働きますから」

「そ、そんな便利な使役モンスターが……」

「いるんですよ、これが」


 ずぼらな方にはおすすめのモンスターとなっております。


 黒き指先の騎士団に比べれば、武力は劣るが、防御性能は悪くない。攻撃性能に関しても、この世界では深淵の石像(月陰)だけでも、十分にガーディアンとしての機能を持てる。埃かぶっていた彼らに活躍の場を与えてやるのも一興だ。



「しかし、こんな数、いただくわけにはとてもとても! 私たちには支払える財などないことはご存知でしょう?」

「財? お金なんてとりませんよ。別にたいしたコストはかかってないですし」


 言ってステータス画面のスキル欄を眺める。


 ───────────────────

 『召喚術──深淵の石像Lv7』

 深淵の彫刻家はいまも作り続けている

 それは終わること無き探求である


 深淵の石像(月陰)を召喚する

 消費MP 1,000

 ───────────────────

──────────────────────

 深淵の石像(月隠)

 HP1,500,000/1,500,000

 ATK1~1,000,000(100万)

 DEF800,000(80万)

 

 スキル

 『身代わり』

──────────────────────


 深淵の石像(月陰)の召喚はいつでも消費MP1,000。たったのMP1,000で不意打ちすら勝手に守ってくれるゴーレムがあなたのものになるんです。

 ってな訳でほとんど無料だ。異世界に来てからMPの出番も減ったし、まあ、そんなわけでこうしてタイミングがあればプレゼントしてあげている。


「英雄さま、シマエナガさま、本当にありがとうございました。また機会がありましたらいつでもいらっしゃってください。歓迎いたします!」


 村長や村の者たちに礼を言われつつ、俺たちは霧の漁村を出発した。

 俺とクゥラは並び立ち、セイとエリーはフワリのうえにまたがり、お世話になった霧の漁村へ別れをつげ、霧のなかに消えていく村の影を見届けた。


「ここら辺でいいか」

「師匠? 何をするつもりですか?」


 ほどなく離れたところで、俺はスキル『超捕獲家』を発動し、捕獲ボックスにしまっておいたレヴィの遺体をとりだした。安らかな顔で横になっている。アドルフェンの聖骸布をかけてあるので、コンプライアンスはクリアされている。


 これから俺は……いや、俺たちは蘇生を試みる。


「みんなすこし離れていてください。シマエナガさん、準備はいいですか?」

「ちーちーちー!(訳:もちろんちー!)」


 俺とシマエナガさんは、安らかに横たわるレヴィにともに手をかざす。もちろん、シマエナガさんの方は翼という意味でだが。

 

 今朝のデイリーミッションは『娘を蘇生する』だった。


────────────────────

 ★デイリーミッション★

 毎日コツコツ頑張ろうっ!

  『娘を蘇生する』


  娘を蘇生する 0/1


 継続日数:241日目 

 コツコツランク:ブラック 倍率100.0倍

────────────────────


 それすなわちデイリーくんの導きだ。

 現状、レヴィを救う手段はないかと思われたが、おそらくはどうにか頑張ればうちの子を救う手段がある━━そういう風にヒントをくれている気がしたのだ。


 俺とシマエナガさんは議論を重ね、IQ180の会議を3分に渡って続けた。

 結果、俺の眷属限定蘇生スキル『最後まで共に』とシマエナガさんのインチキ蘇生スキル『冒涜の明星Lv4』を同時に使えばいけるんじゃねという結論に辿り着いた。


───────────────────

 『最後まで共に』

 眷属は主人のために尽くす

 主人は眷属に応えねばならない

 眷属を蘇生する

 消費MP100

───────────────────

───────────────────

 『冒涜の明星 Lv4』

 世界への叛逆

 暗い世界を荒らす導きの明星

 死亡状態を解決し HPを10,000与える

 720時間に1度使用可能 ストック4

 MP10,000でクールタイムを解決 

───────────────────


 なお『最後まで共に』単体でも、『冒涜の明星Lv4』単体でも、レヴィを蘇生できないのはすでに試したあとなのでわかっている。


「うぉぉおお━━━━!」

「ちぃぃぃいい━━━━!!」

「うぉぉおおおおおおお━━━━━━!!!」

「ちちちちちぃぃぃぃぃいい━━━━━━!!!!」


 スキルを強力にレヴィにかけると手応えがあった。

 暗くて重たい泥沼の底から、沈んだ体を引き上げるような感覚だ。

 戻ってこい、あとすこしだ、いいぞ、頑張れ。


 白い衝撃波が炸裂した。

 レヴィに手をかざしていた俺とシマエナガさんは弾かれてしまう。


「いてて……」

「ち、ちぃ(訳:やっぱり、こんな脳筋じゃだめちー……)」

「……いや、そうでもないですよ」


 青肌の彼女はがむくりと起きあがり、アドルフェンの聖骸布を肩に羽織った。

 きょろきょろとあたりを見渡し、シマエナガさんで視線を止めると「いた」と嬉しそうに声をあげて鷲掴みにして雑に引き寄せた。ちょうどバスケットボールサイズだったので大変掴みやすかったようだ。


「ち、ちー!(訳:この掴み方は不服ちー! 異議を申し立てるちー!)」

「シマエナガさん、勝手に迷子になった。悪い鳥だと思う」


 言って復活したうちの子━━レヴィはシマエナガさんをぎゅっと抱きしめた。


「足りなかったら足すだけ、ということか」


 こんな方法でよかったなんて。同系統スキルならわりと融通が効くんだな。


「おかえり、レヴィ」

「ん。お父さんだ。聞いて、シマエナガさんが勝手に迷子になった」

「ちーちーちー!(訳:どう考えても迷子だったのはレヴィのほうちーっ!)」

「迷子? それは悪いことだね。シマエナガさんにはあとでしっかりとするように説教をしてやらないとだね」

「ちーちー……(訳:英雄、流れるようにレヴィの味方になってるちー……)」


 当然だろう。

 俺はお父さんだぞ。

 父親はいつだって娘を全力で味方するのだ。

















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こんにちは

ファンタスティックです


サポートいつもありがとうございます。

サポーター限定の短編小説『魔導のアルコンダンジョン編、トリガーハッピー視点、その2』を更新しました。赤木英雄こと指男が異世界を旅している一方で、ハッピーさんがなにしているのか……。

ご興味あればどうぞ。


過去の設定資料・短編小説は下にまとめておきました。


───短編小説


短編小説『俺だけデイリーミッションがあるダンジョン生活』

  ──『シマエナガさんと四つ目の結末』

https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16816927861073643882


短編小説『俺だけデイリーミッションがあるダンジョン生活』

  ──『絶滅の戦争とちいさな勇者』

https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817330651294695033


短編小説『俺だけデイリーミッションがあるダンジョン生活』

  ──『魔導のアルコンダンジョン編、トリガーハッピー視点 その1』

https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817330654157915234


短編小説『俺だけデイリーミッションがあるダンジョン生活』

  ──『魔導のアルコンダンジョン編、トリガーハッピー視点、その2』

https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817330655942334563


───設定資料


『ダンジョン財団について その1』

https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16816927863203083521


『探索者』

https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817139554640586146


『7つの指輪』『クトルニアの指輪』

https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817139555399515817


『魔法剣』

https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817139555884073697


『魔法銃』

https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817139556406527142


『魔導の遺した世界 アズライラの地の地図 第一版』

https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817139558740939693


『魔導の遺した世界 アズライラの地の地図 第二版』

https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817139559147250204


『魔導の遺した世界 アズライラの地の地図 第三版』

https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817330649340114339

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