指男 VS 首枷の教導師団
━━ナイル・ヨセフスカの視点
首枷の教導師団。使役術に明るい魔術師たちが、あつまり使役のルーンで武装した怪物の捕獲・使役・洗脳などを専門とする特殊な部隊である。
今日の教導長ナイル・ヨセフスカは若干20歳の頃に教導長に就任した才女であった。
もっとも前任者が事故で死んでしまったことが就任の主な理由であったため、当初から「実力不足」と周囲に言われることも少なくはなかった。
とはいえ、彼女は天才としての格をすでに持っていたため、そうしたマイナス意見は表にあがってくることはなかった。
ナイルは幼い頃から優れた才能を認められてきた。
マーロリ首都アズライラの荘厳な城塞都市、その一等地の裕福な家庭で不自由なく育ち、勉学に励み、ルーンの勉強にて特別な成績を収めてきた。
剣術でも才能を発揮し、修剣院では最上位のマスター段位にまで上り詰めている。容姿にも優れ、はっきりとした目鼻と、輝く金髪はゲブライカ大神殿のまえで男子たちの目を惹いた。彼女は皆に好かれ、愛されてきた。
アズライラ魔導魔術学校を卒業後、聖堂騎士になり、教導師団に配属され、トントン拍子で教導長まで登り詰めた。
才能に溺れることなく、真面目で、しっかり者。
顔もよく、器量があり、実力に優れ、家柄もいい。
「私にできないことはない」
ナイル・ヨセフスカは23年の人生のなかで自信を高め続け、認められてきた。
困難なことでも、自分なら成し遂げられると自負し、実際に他人にできないことを数多くこなしてきた。
教導長になり3年が経ち、すっかり優秀な人材として評判を確立した彼女は、大きな困難に直面することになった。
湖の精霊によって団を半壊させられ、撤退する霧の森のなかで、ナイルは泣いていた。
(失敗した失敗した、失敗した失敗した! お父さんに怒られるっ!)
「ナイル様、お気をたしかに。まだ取りかえせるはずです。あの強大な怪物を手中におさめれば十分に挽回可能ですとも」
副長の提案を受けて「たしかにまだ失敗してない……」とナイルは考えた。
(こんなところでコケるわけにはいかない。私は優秀なんです、誰にもバカにされたくない、ナイル・ヨセフスカは失敗をしない……仕切り直す)
フラストパールの教会で付近にいる使えそうな駒を探し、見事に『深みを拓く教導師団』のメンバー、イカロニクを捕まえることに成功した。
(私はついています。運がいい、成功する定めなんです)
自信をすこし取り戻し、いざ事件のヴォール湖まで戻ってくるとなんということだ。さらなる手柄が転がっているではないか。
(滅びの火! 震える瞳の教導師団が全軍をあげて捜索していたと言われる、予言の少女ですね? それがあれば私の失敗なんて霞むはず!)
ナイルは昔から自分の幸運というものを信じてきた。
すこし危なげになっても、必ず物事はいい方向へ転がってくれるのだ。
だから、今回も「やった! チャンス到来! 魔導神さまありがとう!」という、自分のリアルラックの威力に感謝した。
(英雄イカロニク殿とて失敗を恐れる臆病者でしたか。ですが、私は違いますよ。成功を掴んできた。これまでも。だからこれからも成功する。そのためには失敗を恐れず勇敢であらねばならないのです)
ナイルは半眼になって「ふふふ」と得意げな表情をつくると、村長の背後へ視線をやった。雰囲気のちがう男がいた。
黒髪黒瞳の異国風の青年だ。歳はナイルと同じくらいだろうか。
(この村のものではなさそうな者が何名かいますね。男は彼だけ。イカロニク殿の言葉を聞く限り、フィンガーマンは男のようですから、おおよそあの青年で間違いないでしょう。あの頭に白い玉を乗せた男がフィンガーマンです)
「わかりました、村長さん、では、私だけでまずは話を聞かせていただきたく思います。さきほど『湖の精霊』も『死霊使い』もいなくなった、とあちらの女の子が気になる事を言っていたものですから、それについて確かめさせていただきます。ですが、その前に━━」
ナイルは得意げな顔でビシッと指男を指し示す。
指男は自分の左右を確認し「え? 俺?」という反応をする。
「フィンガーマン、ですね?」
「……。ああ、いかにも。俺がフィンガーマンだ」
襟を正し、指男は澄ました顔をする。
ナイルは「ちょっとタイプかもしれない……」と思いつつ、雑念を振り払い、声高らかに命令をした。
「もしや滅びの火をご存じではないですか」
「ひえ」
指男の隣、フードをかぶった背の低い人物がビクッと震えた。
ナイルと指男は揃って、その人物━━セイを見やり、お互いに顔を見合わせる。
「いいや、まったく知らないな」
「語るに落ちるまでもなく、おそらくその子でしょう」
冴え渡るナイルの推理は見事に的中していた。
指男は顎に手をあて思案げにする。
村長含め周囲の村人は物騒な予感を感じ取り、そそくさとその場を離れる。
「ちーちーちー」
どこからともなく聞こえてくる鳥の鳴き声。ナイルは初めて指男の頭のうえに乗っている白玉が、生き物であることに気がついた。
(え? それ鳥なの? ただの豆大福かと……)
「滅びの火とはなんだ」
「人の世に災いをもたらす悪、とだけ答えておきましょうか」
指男の問いに、訳ありげに答える。
実際のところは、ナイル自身もよくわかっていなかった。
担当者ではないからだ。
恐ろしく危険な秘文字が、蒼い髪の少女に宿っているとだけ知っていた。
「我々の目的は別にありますが、あなたが災いの種を匿っていることを知っている以上、それに対処しないわけにはいきません」
「あるかもわからない不確定の災いに恐れをなしているのか」
指男は頭のうえでふっくらしている厄災の禽獣を撫でながら問いかける。
指男にとって災いとは恐れ距離を置くものではなく、ともに笑い、ともに喜び、ともに歩くものなのだ。
「議論するつもりはありません。滅びの火をこちらへ渡しなさい」
ナイルは腕をあげ、背後の師団員たちに指示をだす。
教導長の命令を受け、皆がいっせいに展開、半円で指男を囲むように広がった。
抜剣。鋼の冷たい輝きが足元の水面に反射する。
セイはフードを取り払って、剣を抜き放った。
(やっぱりさっきフード取れてたの見られてたんだ)
内心でそう思っていたので、誤魔化せる可能性を捨て、開き直ったのである。
指男はセイの姿を見て「ふむ」と、顎を撫でる。
「以前にもそんなことを目的に動いているやつらがいた。滅びの火がどうとか、なんとか、かんとか。胸糞の悪いやつらだった。そいつらはどうなったと思う」
「興味はありませんね。抵抗するのなら容赦はしませんよ。あなたが一角の英雄なのは存じていますが、この人数ではどうすることもできないのもまた事実」
ナイルは静かに剣を抜き、刃に刻まれたルーンを起動させる。
鋼の刃に黒い光が宿る。続いて師団員たちも刃に光を宿す。
(星のルーンによる斬撃性能の向上。フィンガーマンは見たところ、重鎧を着ていない。あのマントの下ならば着ていてもせいぜい革鎧でしょう。同質の鋼剣を斬り折ることができるこのルーンブレードならば問題なく刃が通るはず)
「ルーンは脳裏に宿る。頭だけ持ち替えればいいはずです」
「了解」
ナイルの残酷な指示に、師団員たちは了承を示す。
「うおお!」
指男の背後から師団員が斬りかかる。
「受けて立つ、ちぇすとー!」
セイは勇敢に挑む。
刃を合わせた瞬間、セイの直剣はべきっと斬られてしまった。
「え?」
「バカな小娘め。ルーンブレードの威力をみよ!」
並の刃では文字通り歯が立たない。
セイがそのことに気がついた時には、時すでに遅し。
突き出される切先がセイの平らな胸を貫こうとする。
がしっ。
セイの背後、ヌッと手が伸びて、ルーンブレードを止めた。
素手のまま鷲掴みにして握り止めている。
指男であった。
剣を受け止められた師団員は血の気がサーっと引く感覚に襲われた。
指男と間近で目があう。
無表情のまま首を45度傾ける指男。熱を宿していないような黒瞳は「それで次はどうするんだ」と問いを投げてきているようだった。
師団員は生きた心地がしなかった。
本能的に自分は指男と戦っていないのだとわからされてしまった。
(なんなんだこの男は。こいつは、こいつは、戦っていない。これは戦いではない。相手の芸を確認するような作業、のつもりなのか……!?)
「バカな、ルーンブレードを素手で止めるなんて!」
「ありえない……」
「やつに刃は通らないのか?」
「慄くな、トリックだ!」
「刃の効かない人間などいない!」
仰天し、取り乱すのは新米の師団員たち。
混乱を収集しようとするベテランたち。
そんななか「チャンス!」と攻勢にでる者は教導長ナイル・ヨセフスカだ。
(背中がガラ空きですよ、フィンガーマン!)
ナイルは刃に魔力をこめる。
修練の果てに戦術ルーンと化した得意技を行使する。
「『
テンション高く剣を振り抜く。ほとんどウェイ系女子。
戦術ルーン『
その特性は遠隔から対象を斬りつけることにある。
(斬撃は飛び燕のごとく軌道を変えながら、対象へ飛んでいく。斬撃性能を向上させているルーンブレードで放てば、燕の斬撃性能もあがる。抜群の相性コンボです!)
斬撃燕はびゅーっと勢いよく飛んでいき、指男の後頭部へ突き刺さった。
「当たった!」
ナイルは剣を振り下ろしたままの姿勢で勝利を確信した。
だが、指男がのそっとふりかえってきたことで、短い確信は終わりを迎えた。
「ぇ……効ぃてなぃ……?」
パチン。
音だけがナイルの耳に届いた。
それだけだ。指男がなにをしたのかは視認できなかった。
爆炎に吹っ飛ばされ、ナイルは「ぴぎゃ」と鳴き声をあげ、浅い水辺を転がった。
わからせられるまであと100秒。
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