ドリーム通信 3

 ドリーム修羅道とはいったい何者なのか。

 俺はその答えをまだ明確には見つけてない。

 だけど、わかることがひとつある。

 こちらがドリーム修羅道を見つめている時、ドリーム修羅道もまたこちらを見つめているのだ。そして、こちらが見つめてない時も、ドリーム修羅道は見つめているのだ。


 ところでなぜペンギンの着ぐるみを着込んでいるのか聞いてみよう。


「さきほどまでペンギンシティで財団の交渉人としての稼働してましたから!」


 相変わらず忙しいようだ。

 緊急事態につき、ドリーム修羅道さんは今月の残業300時間をすでに突破し、現在100時間連続勤務だという。彼女にしか対処できないこの世の問題がおおすぎるのだとか。もはや人間なのか怪しい超人ぷりだが、修羅道さんなので、なんでも修羅っと解決してるんだろう。

 忙しい仕事の合間をぬって、ドリーム通信の時間を作ってくれているんだとか。


「って話を逸らそうとしてもだめです! 赤木さん、死刑です!」


 むっと頬を膨らませるドリーム修羅道さん。かあいい。

 死刑宣告をペンギン着ぐるみで上書きしようとしたが失敗してしまったか。


「わかりました。素直に刑を受けましょう。いったい俺は何をされてしまうんですか」

「ふっふっふ、とっておきのやつです。膝のうえにこの子猫ちゃんを乗せていただきます」


 ドリーム修羅道さんはふてぶてしい猫を取り出すと、俺の膝のうえに乗せてきた。


「いいですか、お膝に乗せた猫を撫でてはいけません。なでなでももふもふも禁止です」

「なんという極刑。朝まで動けないほか、高まるもふもふ欲を抑えないといけないじゃあないですか。こんな生殺しひどすぎる。鬼、悪魔、修羅道さん!」

「ふっふっふ、どうやらこの刑の恐ろしさがわかったようですね」


 なんて残酷なことを思いつく人なんだ。

 こうしている今、子猫は俺の太ももを一生懸命前足でふみふみして、快適な寝床をこしらえている。撫でたいのに撫でれないなんて。


「では、ドリーム通信の通信量も半分切ったので本題に入りましょう」


 ドリーム修羅道さんはこほんと咳払いする。不毛なやりとりで通信量をすでに半分使っているのはわりと一大事では。でも、言ったらまたドリームぱんち(蹴り)されそうだ。言わぬが花というやつか。


「状況を報告していただけますか? 誰かと合流できたりしましたか?」

「ドリーム修羅道さんはこっちでの活動なんでも見えているわけではないんですか?」

「当たり前ではないですか。赤木さんは面白い人ですね。身体がそっちにないのにどうやって異世界での出来事を観測するというんです?」


 じゃあ、俺がセイとベッドをシェアしていたのは何故バレたんですかね。

 

「まあ、赤木さんが女の子といい雰囲気になっていることに限って、なんとなく伝わるんですが」


 なんで!?


「赤木さんのくせに生意気だからです。もう一度言います、赤木さんのくせに生意気だからです」


 納得するほかないようだ。

 生意気ですみませんでした。


「ふむふむ。シマエナガちゃんとレヴィちゃんと合流と。これは素晴らしい成果ですね! 流石は赤木さん、やればできる人です」


 ペンギン着ぐるみの翼を叩き合わせて、挙動のおおきい拍手をしてくれる。


「現地の方とも友好的な関係を築けているようですね。コミュ障雑魚雑魚ごみ陰キャの赤木さんのことなので少し心配でしたが、杞憂でしたね」

「俺も立派に成長しているということですよ」


 コミュ障雑魚雑魚ごみ陰キャはもう過去の話である。


「そういえば、連絡をしないといけないんでした。実はこっちでも奇妙なことが起きてまして。厄災島と連絡が取れなくなってしまったのです」

「え? 厄災島と?」


 寝耳に水だ。


「ターミナル転移駅からアクセスしようとしたのですが、厄災島に通じる扉が”消失”していました」

「消失……? それじゃあ厄災島は行方不明になったと?」

「はい。元から衛生写真でも見つけられないですし、わたしの能力でもすでに跳躍不可能な領域になっていたので、これは完全なる行方不明なのです!」

「それじゃあ、島にいたみんなは?」


 厄災島にはドクターやナー、もしかしたら餓鬼道さんもいたかも。

 ぎぃさんに、黒き指先の騎士団に、そのほかフィンガーズギルドに所属するあらゆる存在があの島にはいたはずだ。みんなどこかへ消えてしまったと?


「赤木さんは心当たりはありませんか?」

「俺はなにも。まったく想像してない話でした」

「そうですか。……もしかしたら、アノマリーコントロール化したことで何か異常なことが起きているのかもしれません。こちらでも原因究明のために動いているところです。進捗があり次第報告します」


 ドリーム修羅道さんは深刻な顔で資料に視線を落としながら告げた。ペンギン着ぐるみのまま。


「洗脳ですか。厄災シリーズを洗脳とはこれまた強力な能力の香りがしますね」


 レヴィの洗脳について相談した。


「これまでの赤木さんの報告を聞くに、たしかにそちらの世界の祝福者の水準はこちらの世界よりも低いように思えます。なので、レヴィちゃんに洗脳を成功させる存在がいるとしたら、相当な危機と考えてよいでしょう。それこそ、赤木さんの仮称するミスターZなる存在かもしれません」


 修羅道さんも同じ見解か。


「ですが、おかしな話です。どうしてレヴィちゃんを洗脳したのに、洗脳者はその場にいなかったのでしょうか。もっと言えば、レヴィちゃんを手に入れてどこかへ移動していないのでしょうか」


 言われてみれば、意味不明な状況だな。

 

「レヴィちゃんを洗脳した対象はもしかしたら、すでに死んでいるかもしれません」

「え? そんなことあります?」

「ありますよ。精神へ働きかける作用を施したのち、能力者が死んでしまえば、効果自体は残ったままですから。そう考えると、レヴィちゃんが湖を離れず、最後に洗脳を受けた場所にとどまって近づくすべてを攻撃していたのも納得できます」


 洗脳を施したものが死んでいた、か。

 もしかしたらレヴィはその洗脳者と戦い、勝利したが、その後の置き土産を食らっているのかもしれない。


「あるいは洗脳したのは人間ではなく、異常物質という線も考えられます」

「異常物質ですか」

「異常物質を用いた洗脳ならば、人間の能力者の力量に左右されないですからね。そちらの世界に強大な洗脳系異常物質があった場合、十分に考えられる線かと」


 そういう可能性も確かにありそうだ。


「どちらにせよ、赤木さんや厄災ちゃんたちクラスでも油断はできないということです。十分に気をつけてください。そこは未知の世界。どんなことだって起こり得るのですから」


 非常に助かった。

 流石は修羅道さんだ。情報力が違う。


「情報力というば、そういえば、修羅道さん前回のドリーム通信でほかの探索者さんたちにバックアップするとか言ってませんでしたっけ?」

「え?」


 修羅道さんは素っ頓狂な顔をする。


「ほかの探索者さんにもドリーム通信して、情報とか聞き出せていたりしないんですか? そうしたらお互いの位置の目安とかつきそうですけど」

「えっと、その、まだ時は満ちていないといいますか……」


 あれ? なんかこのドリーム修羅道さん歯切れ悪いな。


 そんなことを思っていると、突如、修羅道さんが砂嵐のようにかき消えて、ハリネズミのような生物が姿を表した。


「きゅきゅ?(訳:こんなところに説明書があるっきゅ。『ドリーム通信は強く想っている対象にのみ使用可能な次世代通信技術です。まだ未発展の技術なため通信にはおおきな制約がありその人のことを”大好き! 好き好き!”くらい普段から想っていないと通信はつながりません』っきゅ?)」

「どうやらこのハリネズミちゃんはチタタプにされたいようですね!」

「きゅ、きゅきゅ〜!?(訳:な、なにをするっきゅ修羅道殿!? やめるっきゅ、お許しを、お許しを━━━━)」


 ハリネズミさんが一瞬でフェードアウトした。

 再び修羅道さんが表示される頃、彼女はどこか気まずそうで、頬を薄く染めていた。「いやあ、最近は暑くなりましたね、そっちはどうです、赤木さん?」とか言いながら手で顔を仰ぐ。


「そっちは南極では? 暑いんですか?」

「え? ああ……まあその……細かいことはいいんです! 細かいことを気にする赤木さんはきらいです!」

「もしかして俺のことを想ってくれているから俺にだけ通信が繋げられず、ほかの探索者には連絡してないとかですか?」

「は、ははーん! そこまでおこがましいと、おこがまっくすですね! わたしが赤木さんのことを朝も夜も心配して、毎日のように鶴を折っては部屋に飾り、ついに四畳間くらいの部屋が折り紙の鶴でいっぱいになったとでも言いたいんですか!? 赤木さんのくせに生意気です!」


 そうか……たしかにおこがましかったな。

 修羅道さんみたいな完全無欠美人が俺の好きだなんて。

 ありえるわけがないもんな。


「と、とにかく! 赤木さんなんてさっさと仲間と合流して安全に、健康第一で、他の女の子と不純なことせず、まっすぐわたしたちのマイホームに帰ってくればいいんです! 頑張ってくださいね、応援してます!」


 言って、修羅道さんはペンギンの翼でスイッチをぺちんっと叩き通信を終了した。


 ん? ところで前回の通信でタケノコの手先がうんぬんとか終わり際言ってたが……しまった、次の通信で尋ねようと思ってたのに聞きそびれてしまったか。


 まあいい。また次回聞くことにしよう。

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