ヒーラーの活躍
水没の廃墟で一番立派な城にレヴィを引き揚げた。
「ちーちー(訳:たぶん英雄には手加減してたちー。仮にも父親に本気で殺そうなんてできないちー)」
「自分の株が下がるのを防ぐために予防線張ってないでいいので、はやく蘇生してあげましょう」
シマエナガさんはやれやれ感をだしつつ、白い翼を掲げる。
「……」
「どうしました?」
なぜか動きを止める白球。
「ちーちーちー(訳:霧の漁村にいって、トラブルが解消されたことを先に伝えたほうがいいかもしれないちー。ほら、レヴィが事件の主犯だったのは揺るぎない事実なのだし、倒したぞー、的な証は必要かなって……思ったちー)」
言ってることはわからなくはない。
でも、レヴィ復活の儀式は人目には触れたくない。
シマエナガさんはなんか狂ってるので普通に復活させているが、命を生き返らせるという行為そのものは禁忌にも程がある。手段を知られれば、厄介ごとに巻き込まれるのは間違いない。実際、地球でゴッドエナガとかいう神の使いが京都の街で被害者たちを救った時には、世界が揺らいだ。
Sランク探索者『赤き竜』アーサー・エヴァンスがグラズノ・アイジンの大釜なる驚異的な異常物質を使ったときにも、ネットニュースがバンバン流れて、世界中のSNSでトレンドを飾っていた。
そうした経緯を見ているから、人前でなどとても蘇生を行えない。
異世界においても原理原則は変わらない。見たところこの世界の治癒の神秘はさほど強力ではない。少なくともシマエナガさんの領域には達していない。
だから、情報を公にするわけにはいかないのである。
シマエナガさん自身もわかっているはずだ。
「だめですよ。ここで復活させないと」
「ちーちー……(訳:やっぱりそう、ちー)」
「どうしたんです。なんだか弱気ですけど」
「ちーちー(訳:はぁ、嘘をついても仕方ないちー。実はいま『冒涜の明星Lv6』を使ったちー。でも、レヴィを復活させられなかったちー)」
「……もしかして、祝福が弱まってるから?」
「ちー?(訳:どういうことちー?)」
修羅道さんは言っていた。
この世界では俺たちは弱体化しているのだと。
シマエナガさんに伝えると「ちーちー!(訳:言われてみれば!)」と顔をまっさおにして驚いていた。いや、あるいは絶望か。
「ち、ちー(訳:どうするちー。このままじゃレヴィがずっと寝たままちー)」
「方法はあとで考えましょうか……とりあえずはしまっちゃいます」
指を鳴らす。
レヴィの体を白い腕が伸びてきて、やさしく異次元ポケットへ取り込む。
「最悪、向こうの世界に戻ってから蘇生しましょう」
いま考えるべきは何者がレヴィを洗脳状態にしたのか、だな。
正直なところ、俺はこの世界のことをわりと舐めている。
バカにしているという意味ではない。戦いにおける脅威度と言う意味では、俺やシマエナガさん、そのほか厄災レベルのチカラの前ではなんでもない、と。
でも、レヴィに対して洗脳を成功させたものがいた。
それは、俺やシマエナガさんの領域にとっても脅威ということだ。
もしかしたら次に洗脳されるのはシマエナガさんかも。あるいは俺か。
未知の脅威だ。
南極遠征隊を待ち伏せしたミスターZといい、異世界には、異世界自体の水準からは逸脱した存在がいると見ていい。真に危険視するべきはそうした逸脱した存在たちだ。
もっとも、なにも手がかりがない以上、この場で考えても仕方がないのだが。
「戻りますか」
俺たちは考えを一旦保留し、村へ引き返した。
「おお、なんという……ピタリと湖が静かになったので何かがあったとは思いましたが」
「シマエナガ殿だ! 帰ってきたぞ!」
「俺たちのシマエナガ殿は生きていたんだ!」
「フィンガーマン様が救ってくれたんだ!」
村は大変な盛り上がりを見せる。
¥推測はできたが、この鳥、本当にみんなに慕われていたんだな。
「ちーちー(訳:湖の精霊は悪いやつに操られていたせいで悪さをしてしまったちー。だから、どうか許してあげてほしいちー)」
シマエナガさんはレヴィの名誉挽回を積極的に行っていた。
村人たちは「シマエナガ殿が言うのなら……」という雰囲気で、レヴィを許してくれそうであった。これが説得力か。可愛いって便利なのね。
「師匠、その方が師匠がさがしていたというシマエナガさんですか?」
「ちーちーちー」
「わあ、ちーちー鳴いてて可愛いですね!」
セイは一撃でシマエナガさんの虜になった。
頬を薄く染め、キュンっと胸の前で手を組み合わせる。
これもまた可愛さの威力。流石はシマエナガさん。
「フィンガーの仲間たちというのは、やはり人間ではないのだな」
「このシマエナガさんのヒーリングパワーならばクゥラの腕も余裕で治せます」
「お前以外の口から聞けば眉唾なのだがな。あらゆることが規格外すぎて、フィンガーの仲間なら奇跡も不可能ではないように思えてしまう」
「ちーちーちー♪」
「むっ……」
クゥラは口元を引き結び、シマエナガさんをなでなでする。
はい。堕ちました。クゥラも一撃で虜です。豆大福の威力よ。
「フィンガーさんは怖いけど、シマエナガさんは可愛い……」
「ちー♪」
エリーまで骨抜きにされた。
ちなみにみんなこの鳥が何言っているかわかってないと思うけど「ちーちーちー♪(訳:色眼鏡なくちーの可愛さを正当に評価すればこの扱いは妥当といったところちー。普段がおかしいちー。ちーは可愛いちー。可愛いは最強ちー。つまり、可愛いちーは最強ちー)」って言っているが、これは伝えないほうがいいだろう。
鳥語に慣れれば、いずれ本性には気づくのだ。
ただ一時、たしかに可愛いところもあるシマエナガさんが、みんなから「可愛い〜」とチヤホヤされる機会を奪うことはしないであげよう。
「ちーちー(訳:でも、なんでこんな女の子ばっかりちー? おかしいちー。英雄、もしかしてハーレム作って遊んでるちー? 女の子を取っ替え引っ替え遊んでいるちー?)」
「そんなわけないでしょう。成り行きです」
人聞きの悪いことは言わないでほしい。
その後、俺たちは村長らに会った。
村の意思決定役らの村長と老人たちは手を叩き合わせて喜んだ。
「フィンガーマン殿、あなたほどの英雄に働いてもらって、なんと感謝をしたらよいか」
「お気になさらず。こっちの目的でもあったので」
「そうはいきませんとも。どうか村にしばらく滞在していってください。宴のよういをいたします。今日はもう遅いです。光のルーンも寝静まります。明日の夜、盛大に感謝の意を示させてください」
老人たちに畏れ多い扱いをされながら、さりげなく「実は七つの英雄なんです」と、地味に情報を流しておく。自慢ではない。俺の名を広める政治活動の一環だ。いや、嘘だ。半分くらいは自慢の気持ちがこもっている。
「まさかあの『七つの英雄』に数えられる英雄様であったとは!」
「どうりでこれほどに鮮烈な偉業をなすわけですな」
「『黄金の指鳴らし』フィンガーマン……その名、村の石碑に刻ませてください」
「死霊使いを討伐したシマエナガ殿の功績ととのに石像を立てるのはどうじゃ? 村を長年苦しめてきた伝説の怪物を討伐したのも、フィンガーマン様の仲間であるシマエナガ様なのだから」
あれよあれよと盛り上がる老人たちとずいぶん長く話をし「そろそろ眠気が……」と適当に話を切り上げようとする。
彼らも悪い人ではなく「ああ! なんと! 申し訳ございません!」と天を仰いで、自分たちの痛恨のミスを悟ったように頭をさげてきた。
「村長、空き家はありませんか」
「空き家ですか?」
村長宅を出るまでに泊まる宿がないか確認した。村長は俺と背後のセイやクゥラ、エリーを見やり「あぁ、なるほど」と察した顔をする。
「空き家はいくつかありますが、外に声が漏れても大丈夫なような場所がいいでしょう。ご心配には及びません。丈夫な作りのものが村外れにございますから。跳ねても飛んでも大丈夫です」
村外れの小屋へと足を運ぶ。
霧深いなかをぽしゃぽしゃ音を鳴らしながら進む。
やがて村長のランタンが照らしだしたのは分厚い木々で組まれた古い小屋だ。
「村外れとはいえ、怪物が来る心配はございませんとも。どうかごゆっくりおやすみなさってください」
去っていく村長を見送り、部屋を見分する。
扉を閉めると地味な雨音もずいぶん気にならなくなった。
思ったよりしっかりしている小屋だ。足元も濡れていない。高床式倉庫というわけじゃないが、多少段差が高くなっているおかげだ。
「師匠、ベッドが一個しかないです」
セイが指差しながら言う。
「わりと大きいから問題ないですよ。俺はフワリで寝るので、そっちはみんなで使っていいですよ」
言って俺はフワリを床に押し倒しておく。「にゃあ」とすこし抵抗されたが、すぐ大人しくなった。ベッド任務に着任する気になったのか。
「師匠がベッドを使ってください」
「フィンガーが使うべきだ」
「フィンガーさん、お構いなく……」
皆、一様に俺に譲ってくる。
このままでは埒が開かないので「それじゃあ遠慮なく」とベッドにコートを脱いで、ベッドに横になってみる。ふむ。いい感じである。
「ちーちーちー(訳:その腕を見せてみるちー。ふむ。綺麗な切断面ちー。こんなの楽勝ちー)」
「うっ、こ、これは!」
シマエナガさんは翼をクゥラの肩へ手をかざし、失われた腕を紡ぎはじめた。
骨と神経が生成され、そこへ筋肉や脂肪、皮膚などがあとを追いかけるように次々と構築され、1分ほどかけてすっかり欠損が元通りになった。
みんな愕然としていた。言葉を失うもの、口に手を当てるもの、震えが止まらないで涙目になるもの。
「ちーちー(訳:『冒涜の再生』も結構頑張らないと効果がでないちー。やれやれ、ヒーラー稼業も楽じゃないちー)」
「そんな……こんな容易に、腕をまるごと元通りに……っ」
生えた腕を不思議そうに見つめ、目をおおきく見開くクゥラ。手を閉じたり開いたりして「違和感がない……」とボソリとこぼす。
「ちーちー(訳:ちーの仕事は丁寧ちー。そこらへんの注射打つしか脳のないヤブ医者とは違うちー)」
「そのスキルって重症相手にはもっと邪悪じゃなかったですか」
「ちーちー(訳:きっと本調子じゃないせいちー。助手たちに手伝ってもらったほうがはやく終わるけど、いまはちーひとりで頑張るしかないちー)」
万能治癒スキル『冒涜の再生』は黒く怪しげな霧から、無数の黒い腕が伸びてくる見る者をギョッとさせる邪悪さだったが……あの腕たちシマエナガさんの助手だったのね。思ったより可愛いポジションだった。
「師匠のお仲間なのですごいチカラを持っているのだろうとは思ってましたが……これもまた神秘の業なんですね」
セイはシマエナガさんへキラキラした眼差しを送りながらつぶやく。
「このことは他言しないようにお願いしますよ。ここにいる者だけの秘密です」
クゥラの治癒も終わり、頂いた魚で俺とセイが調理する頃には、もう外は真っ暗になっていた。
お腹いっぱいになり、皆、眠りにつくことにした。なお夕食の味付けはもちろんクレイジーソルトである。我が調味料の威力は魚料理にも通用するのだ。
ベッドを譲ってもらったので、ありがたく使わせてもらうことにする。
長い1日が終わった。ヴォールゲートから猫ダッシュしてきて精神を削られ、シマエナガさんと再会して、レヴィと親子対決して━━あぁ、長い1日だった。
眠気はすぐにやってきた。
意識が暗黒の淵に沈んでいく。
「よいしょっと」
「…………セイ、何してるんです」
「師匠のおそばにいようと。師匠はあまりに英雄的なので、誰かが寝込みを襲って、金目のものを狙わないとも言い切れないです。なのでこうして私がすぐ近くで守るのです」
「ちーちーちーっ!」
「いて、いてて、シマエナガさん、なにするんですか? 私、なにもしてないのに、まるで怒っているような」
「あぁ、この白玉のことは気にしないで。いつもの病気です」
シマエナガさんをムギュっと握ってセイとは反対側へ押しやる。はいはい、暴れないの。シマエナガさんはこっち。
セイはするりとベッドに入ってきた。
向こうを見やるとフワリの大きな白いお腹のうえでクゥラとエリーは眠る準備をしている。さしものフワリベッドも手狭だ。こっちのベッドにはまだ余裕がある。セイひとりくらいならシェア出来なくはないか。
「すやぁ……」
速攻で寝落ちしたセイに布団をかける。
俺のことを不届者から守るとか言っていた気がするが、ここは忘れてあげよう。今日は100kmの猫ダッシュがあったのだ。長旅で疲れていたんだろう。
そういえば、デイリー報酬受け取っていなかったな。
思いながらウィンドウを開く。
────────────────────
★デイリーミッション★
毎日コツコツ頑張ろうっ!
『みんなで猫だっしゅ』
猫だっしゅする 100km/100km
★本日のデイリーミッション達成っ!★
報酬 『アダムズの聖骸布 1/24』
継続日数:240日目
コツコツランク:ブラック 倍率100.0倍
────────────────────
赤いボロ切れ、また手に入ったな。
修羅道さんいわくこれがあれば祝福を強く受けれるとのこと。
ようやく2枚目。残り22枚か。先長えな。
俺はデイリーウィンドウを閉じて、ボロ切れを指を鳴らして異次元ポケットにしまい、さりげなくセイをそっと抱きしめ、収まりの良さに満足しつつ、ゆっくりと眠気に誘われていった。
「こにゃああああーー!!」
意識が覚醒する。
目の前に現れたのは謎の赤毛だ。
「ドリームぱんち!」
言いながら前蹴りを繰りだす赤毛の狂人にふっとばされ俺の頭は冴え渡った。
「いまさりげなくセイちゃんの肩に手をまわしましたね! このわたしの目はごまかせませんっ! 異世界でなら未成年に手を出してもいいと思っているようですねっ!! はい、死刑!」
まさに混沌。ドリームな混沌。
とりあえず死刑判決を喰らったことだけはわかった。
ドリーム修羅道さん、再臨である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます