指男 VS 厄災の魔海

 指男は主塔の外壁に背を預けたまま、右へ左へ、じろりと視線を動かす。

 湖面には、水の体をもつ半透明のイルカたちがびっしりと敷き詰められている。霧のよって狭まっているとはいえ、有効視野の限りを埋め尽くすイルカには、恐怖を抱くなというほうが無理がある。


 厄災の禽獣は城のうえから見下ろしながらプルプルと震えていた。


「ちーちー(訳:そいつらは海判定の場所を自由自在に移動してくる化け物ちー! 十分注意するちー!)」


 指男は手を振って応える。「あとは任せな」とでも言いたげに、自信満々の足取りで外壁を蹴った。壁に対して垂直な跳躍だ。レーザービームと形容できる水面と水平に跳び、一気に厄災の魔海のもとへ至ろうとする。


 レヴィは接近を許さない。

 指男が跳んだ先、なにもない空間から突然イルカが現れる。

 

「だにぃ!」

「きゅえ♪」


 指男は顔からイルカの胸につっこんしまう。バシャ! っと水の体が砕ける。


「ちーちーちー!(訳:言ったはずちー! レヴィの召喚したイルカたちは海判定の場所を自由に移動するちー!)」

「あばばばば、ここ海じゃねえだろ、ばばば」

「ちーちー!(訳:空中でもいまは海ちー。水があるところは全部、レヴィにとって海ちー! さっきからずっと降ってるこの雨が見えないちー!)」


(雨粒使ってイルカさん、移動してくるのね。バグだろ。どんな仕様やねん。運営さん、はやく下方修正お願いします)


「イルカさん、突撃」


 涼しい声が水没の廃墟に響き渡る。

 傾く屋根で膝をかかえる厄災の魔海が、細い指先をピンっとたてて、指男のことを指さしていた。イルカの身体に入ってしまい身動きの取れない指男は「パパだよ、パパ!」と叫び、愛する娘へ訴えかける。


「きゅえ♪」


 無慈悲にもイルカたちの攻撃ははじまってしまった。

 水面からミサイルのごとく発射されたイルカたちが、指男めがけて突撃する。まるい鼻先でズドンっとたいあたりして、指男を打ち上げたあとは、役目を終えたとばかりに湖面に戻る。次のイルカが間髪入れずに下から突き上げて、指男を襲う。それの繰り返しだ。


 空中でイルカたちの総攻撃をあびて、バレーボールのたまのように回される指男。


(身体が異様に重たい)


 指男は自分に異常が起こっていると悟る。


「ち、ちー!(訳:レヴィのスキルを忘れてはだめちー! レヴィには悪質なデバフスキルが山盛り搭載されているちー!)」


 厄災の魔海はすでに指男を術中にハメているのである。


 ───────────────────

 『魔海の拘束』

 呪われた海にも祝福はある

 海にいる対象者のSPDを100%低下させる

 【転換レート】MP100:1秒

 ───────────────────


 一度、海に足を踏み入れたら最後だ。

 最悪のデバフスキルにより、対象者が回避能力を喪失し、厄災の魔海が攻撃をやめるまで、永遠に攻撃を受け続けるのである。


 指男とて例外ではない。

 イルカと交通事故を起こした彼は、びしょ濡れになってしまい、それゆえに判定的には「海にいる」と捉えられてしまうのだ。

 ゆえにもう空だろうが、陸だろうが、彼は海にいるのである。


「ちーちー!(訳:レヴィが海といったらそこは海ちー!)」


(戦術は良心の欠片もない。デバフかけまくって何もさせてくれないあたり陰湿の極みって感じだ。でも、強いことには間違いない)


 指男は自身のステータスをチラと横目で確認し「そろそろ終わりにするか」と指を鳴らした。黄金の波動が周囲の建物を砕き、水を蒸発させた。

 

「ち、ちー!(訳:英雄のフィンガースナップの火力で海が蒸発したちー!)」


 娘との戯れの時間。

 なにかの間違えがなければ、こうして戦うことはなかった。

 とても貴重で、だけどとても悲しい時間。

 最後には愛するレヴィを自らの手で倒さなくてはいけないのだから。


 吹き飛ばされた湖はずっと向こうに押しやられている。

 ヴォール湖の湖水が戻ってくるまでしばらく時間がかかる。

 崩壊する廃墟のなかで、指男とレヴィは落下しながら向かい合う。


 指男とて体力に余裕があるわけではない。

 早々に決着をつけるつもりだった。


「パパを許してくれ、レヴィ」


 手をあげ、指を鳴らした。パチン。

 黄金の炎がレヴィをつつみこむ。


「ばりあー!」


 レヴィはつぶやき両手を掲げた。

 爆炎のなかから無傷で姿を現した。


「ちー!(訳:レヴィの絶対防御『魔海の守護』ちー!)」


 厄災スキル『魔海の守護』は海にいるものに”攻撃を1回無効化”する盾を付与する。いわゆる身代わりスキルであった。

 レヴィは彼女自身スキル『魔海の降臨』で、周囲に水を生成していた。その水で自分自身を海判定の内側に保ち、『魔海の守護』の発動条件を整えていたのだ。

 レヴィは両手をまえへかざし、守護を多重展開していく。淡く水色のに輝く神秘の盾が増えていき、儚さをヴェールで守ろうとする。


「ちーちー!(訳:英雄、レヴィの盾はいくらでも展開できるちー! あの子が防御に徹底したら突破は不可能ちー!)」

「エクセレント。さすがはうちの子ですね。強い強い」

「ちーちーちー!(訳:褒めてる場合じゃないちー!)」

「正直、レヴィをすこし甘く見てました。でも、もう俺は甘く見てません」

「ち、ちー?(訳:なにか考えがあるちー? でも、英雄でもレヴィは手こずるんじゃ……)」

「とっておきのがあります。盾を多重展開するのなら、それよりもはやく盾を砕けばいいんです」

「ちー……(訳:脳筋すぎるちー……)」


 指男はスッと手を持ち上げ、高らかに叫んだ。

 

「エクスカリカリカリカリカリ━━━━━━」


 カリカリは続くよ、どこまでも。

 心許ない海と、盾でしのぐしかないレヴィは焦燥感を顔に宿し「ばりあーっ! ばりあーっ!」と頑張って耐えようとする。何度も繰りかえす。ばりあー。


「ちーちーちー!(訳:ちーがガン処理喰らったレヴィに、ガン処理しようとしてるちー!? このままじゃ、ちーが弱いと思われて、株がさがってしまうちー……っ! がんばるちー! レヴィー! もっと英雄を苦戦させるちー!)」

「━━━━━━カリカリカリカリ」

「ちーちー!(訳:英雄、すこし静かにして欲しいちー!)」

「ばりあー、ばりあーっ!」


 頑張るレヴィ。

 だが、相手は超一流のエクスカリバニストだ。

 こと連射能力で敵うはずもない。

 指男は片手だけで、なんか気持ち悪い残像が見えるほどの速さで指パッチンを繰り返し、ついにレヴィの可愛いバリアー連呼を突き破った。


「ち、ちー!(訳:やめるちー! ちーの株がぁぁあ!)」

「━━━━━━カリカリカリーバェデルチェッ!(訳:さよならだ)」

「ばり……うあ〜!」


 ちゅどーんっと爆発で吹っ飛ばされるレヴィ。


「ち、ちー!(訳:こんな脳筋信じられないちー。特殊ギミック系の敵なんだから、もっと頭脳戦してほしかったちー。ほまれなぞ捨てていいちー……こんな真正面から戦ったらお侍さまの戦いかたちー……責められないちー……)」


 ふてくされる厄災の禽獣は、むすっとして、ついふっくらしてしまう。

 自分が手も足も出なかったレヴィを圧倒されたことで面白くないのだ。


「シマエナガさん、意地けないでくださいよ。レヴィを復活させましょう」

「ちーちー(訳:……仕方ないちー)」

 

 指男と厄災の禽獣は湖面を漂う儚い娘を回収し、近場の陸地へと引き揚げた。

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