ジャックナイフ・レヴィ

 湖に沈んだ滅びの景色のなかでも、一際目立つ大きな城、その主塔のてっぺんでシマエナガさんは待っていた。


 ようやく会えた喜びと、平常心を保ちたい気持ちの狭間で葛藤する。

 もちろん、会えて俺も嬉しいのだが、シマエナガさんは、あまやかすとすぐにふっくらしてしまうからな。優しく接しては調子に乗りそうだ。


 ただ、どうみてもくたびれているシマエナガさんに厳しく接するのはかわいそうでならない。白くてふわふわなボディは、豆大福の尊厳を失い黒く薄汚れ、自慢の尾羽も萎れて元気がない。まるでワンオペ12連勤明けのバイトのような哀愁が漂っている。


 一体なにが彼女をここまで追い詰めてしまったのか。

 いろいろ聞きたいことはあるし、すごく気になりはしたが、それよりもまずするべきはひとりで頑張った彼女を抱きしめてあげることだと思った。


 俺はそっと持ちあげ、ぎゅーっとする。

 

「もう大丈夫だよ。頑張ったね」

「ち、ちーちー……(訳:英雄、英雄ちー……っ、幻じゃないちー、本物の英雄ちー!)」

「そうですとも。赤木英雄ですよ」


 バランスボールサイズのシマエナガさんは、キュキュッとサイズを縮小させ、バスケットボールサイズになると、羽をいっぱいに広げて抱きついてくる。


「ち〜!(訳:寂しかったちー! 会いたかったちー!)」


 ぽろぽろと雫の涙をこぼす彼女を支え、背中をぽんぽんと撫でる。

 シマエナガさんはしばらく泣きじゃくり、しかし、なにかを思い出したようにハッとして、慌ただしく両翼をバサバサ動かした。


「ち、ちー!(訳:これまでのちーの旅の話とか語りたいけど、いまはそれどころじゃないちー! 英雄、大変なことになっているちー!)」

「大変なこと? シマエナガさんに哀愁が漂っているのと関係あることですか」

「ちーちーちー!(訳:そのとおりちー! 実はちーはレヴィに母親として躾をしようとして━━)」

「あぁ、戯言はいいです。勝手に母親名乗らないでもらってどうぞ」

「ち、ちー!(訳:戯言じゃないちー! レヴィの母親がだれなのかは大事なことちー! ちーはメインヒロインとしてレヴィの母親を名乗っても違和感ないちー!)」


 やはり、戯言でだった。はい。次にいきましょう。


「やっぱりレヴィがここにいるんですね。ヴォールゲートでステラに話を聞いていたので、薄々気づいてはいましたけど」

「ちー(訳:ステラに会ったちー?)」

「彼女が俺たちをこの土地へ導いてくれたんですよ」

「ちーちー(訳:ステラ……やれやれ、まったくお節介な子ちー)」

 

 シマエナガさんは嬉しそうにぼやく。


「レヴィはどこにいるんです。一緒じゃないんですか」

「ちーちー(訳:……実はレヴィはいまちょっとおかしな状態ちー)」

「おかしな状態ですか」

「ちーちーちー(訳:近づくものをすべて傷つけるちー。ジャックナイフ・レヴィちー。ちーもさんざんな目に遭ったちー。最初は反抗期かと思ったちー。でも、どうやら違うちー。あれはもっと悪質なものちー)」

「ジャックナイフ・レヴィ……もっと悪質ってどういう意味です」

「ちーちー(訳:説得では決して解決できない問題ということちー)」


 シマエナガさんは「ちーちー(訳:見た方がはやいちー)」と、塔の屋上、その隅っこに移動する。そこからは廃墟が一望できた。

 一見すると霧深い街であるが、おおくの建物が中腹から下部分を水面の下に沈めている。ありし日の繁栄を感じさせる風景だ。


「ちー(訳:あそこちー)」


 シマエナガさんがピシッと白い翼で示す。

 しとしと降る雨と霧のせいで視界不良がひどいが、目を細めれば、ずっと遠くに彼女を見つけることができた。

 芸術的建築物の傾いた屋根、うえから滑ったらいい感じにウォータースライダーにできそうな形状の廃墟の下部に、青い肌の娘が座っている。肩から羽織っている焦茶色のコートは、俺が贈った『アドルフェンの聖骸布』に違いない。


 はい。うちの子です。


「パパ、行きます」

「ち、ちー!(訳:待つちー!)」

「なにをするんですかっ、離してくださいシマエナガさん、全力でパパを遂行するんです!」

「ちーちーちー!(訳:なにを聞いていたちー! いまのレヴィはジャックナイフ・レヴィちー! 不用意に近づけば、英雄でもワンオペ連勤化は避けられないちー!)」


 ワンオペ連勤化。なんて恐ろしい現象なんだ。

 俺は思わず冷静になる。レヴィ、そんなやばいの?


「ちーちー(訳:ちーの眼力を貸してあげるちー)」


 シマエナガさんは俺の頭の上にぽふんっと着地し、スキル『冒涜の願力』を発動した。その鑑定スキルは異世界でも使えるのね。

 スキルを通してレヴィに関する情報が俺のなかに流れ込んでくる。

 これはレヴィのステータスか。

 

──────────────────────────

 レヴィアタン・ワン

 レベル140

 HP 1/1

 MP 24,230,000/32,200,000


 状態:洗脳


スキル

 『魔海の降臨』

 『魔海の拘束』

 『魔海の無気力』

 『魔海の綻び』

 『魔海の大祝福Lv6』

 『魔海の守護』

 『魔海の突撃Lv3』

装備

 『アドルフェンの聖骸布Lv6』

──────────────────────────


 相変わらず儚いな、うちの子は。

 見慣れない表示がある。状態:洗脳だと?


「ちーちーちー(訳:戦ってても容赦無くちーのことボコボコにしてくるから、なんかおかしいと思ったちー。優しいレヴィがあんなひどいことするはずないと……それで、鑑定してみたらこのありさまちー)」


 俺もそれなりに探索者として長い。

 状態異常についてもそこそこ勉強している。

 『状態:洗脳』とは、レヴィは自分の意志で動くことができず、何者かにコントロールされてしまっていることを示す。


「一体どのこどいつがうちの子に洗脳プレイを仕掛けようとしたっていうんだ」

「ちーちー(訳:洗脳プレイまで考えてたかはわからないちー。でも、誰かがレヴィに対して悪意をもって洗脳を仕掛けたのは間違いないちー)」

「洗脳はどうすれば解除できるんです」

「ちーちー(訳:洗脳解除の方法は2つあるちー。ひとつは状態異常を打ち消すスキルないしは異常物質を使うことちー)」

「そんなのないです」

「ちーちー(訳:だと思ったちー。もうひとつは一回殺して復活させることちー。一度死ねば、ほとんどの状態異常は解決するちー)」

「とんでもない荒療治ですね。でも、気に入りました。採用」

 

 俺とシマエナガさん、ふたりで挑めば勝てないわけがない。


「ちーちー(訳:ちーはここで応援してるちー。死にかけだから戦えないちー)」


 ────────────────────

 シマエナガさん

 レベル173

 HP 100,200/5,490,000

 MP 200,000/5,308,000


 スキル

 『冒涜の明星Lv4』

 『冒涜の同盟』

 『冒涜の眼力』

 『冒涜の再生』

 『冒涜の反撃』

 『冒涜の剣舞Lv2』

 『冒涜の閃光Lv2』

 『冒涜の心変Lv3』

 『冒涜の永遠』

 『冒涜の終焉』

 『細怪の歩法』(使用不可)

 『魔女の枯指』(使用不可)

 

 装備

 『厄災の禽獣』

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 だいぶ弱っているな。

 

「ちーちーちー(訳:どうにもこの世界に来てから回復スキルが軒並み機能を失ってしまっているちー。作用しても効き目が薄かったりで、やってられないちー)」

 

 『蒼い血』をシマエナガさんに刺してみる。

 だが、案の定、効果は現れなかった。これも”赤い血のアダムズ”の祝福が薄まっているせいということなんだろう。


「わかりました。俺だけでいきます。なあに、安心してください。儚いレヴィに遅れを取る俺じゃあないです」


 言って俺は屋上の手すりを乗り越えて飛び降りる。

 びゅん。何かが飛んできた。視線を向ける。イルカがいた。半透明のイルカ。目の前にいてまるい鼻先から突っ込んでくる。


「きゅえ♪」


 可愛く鳴くイルカに胸を突き刺され、ぶっ飛ばされ、俺は主塔の外壁に叩きつけられた。肺の空気が押し出される。


「ちーちー!(訳:レヴィの『魔海の突撃』ちー! どこにいこうとそのイルカの群れからは逃げられないちー!)」


 サングラスの位置を直し、俺は周囲を見渡す。

 気がつかなかったが、どうやら俺とシマエナガさんのいた城のまわりは、湖面を埋め尽くすほどのイルカに包囲されていたらしい。


「これがジャックナイフ・レヴィか」


 迷彩で軍勢を潜伏させて、包囲してタコ殴り、いやイカ殴り。

 レヴィちゃん、ほまれはどうしたんだ。











────────────────────────

こんにちは

ファンタスティックです


サポーターの方々いつもありがとうございます。

デイリーミッション関連の近況ノートを更新しましたので報告しておきます。

今回から異世界編でのトリガーハッピーの視点を更新していくつもりです。

よかったらどうぞ。


過去の設定資料・短編小説は下にまとめておきました。


───短編小説


短編小説『俺だけデイリーミッションがあるダンジョン生活』

  ──『シマエナガさんと四つ目の結末』

https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16816927861073643882


短編小説『俺だけデイリーミッションがあるダンジョン生活』

  ──『絶滅の戦争とちいさな勇者』

https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817330651294695033


短編小説『俺だけデイリーミッションがあるダンジョン生活』

  ──『異世界編、トリガーハッピーの視点 その1』

https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817330654157915234


───設定資料


『ダンジョン財団について その1』

https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16816927863203083521


『探索者』

https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817139554640586146


『7つの指輪』『クトルニアの指輪』

https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817139555399515817


『魔法剣』

https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817139555884073697


『魔法銃』

https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817139556406527142


『魔導の遺した世界 アズライラの地の地図 第一版』

https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817139558740939693


『魔導の遺した世界 アズライラの地の地図 第二版』

https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817139559147250204


『魔導の遺した世界 アズライラの地の地図 第三版』

https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817330649340114339

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