シマエナガさん確保
あまりのおっかなさに厄災の禽獣は霧の漁村まで逃げ帰ってきた。湖岸の桟橋で水揚げを作業をしていた漁師たちが「おお、豆大福さま!」と手厚く出迎えてくれる。そんな場合じゃない。
大地が揺れ始め、湖の波が高くなって漁場に押し寄せる。漁師たちは「うあああ!?」「急いで村に戻れぇぇ!」と慌てて水辺から退避、すぐのち漁場に高波が叩きつけられ、苔むした古い桟橋を粉々に破壊してしまった。
厄災の禽獣は水没の廃墟を見やる。
「ちー……(訳:レヴィ、どうしてこんなことをするちー?)」
すっかり変わってしまった厄災の魔海のことが心配であった。
「まただ、また湖が荒れ始めた!」
「やっぱり、死霊使いじゃない……あの不気味な娘っ子のせいだ!」
「湖の精霊め、俺たちを恨んでやがるんだ」
村人たちは水辺から離れながら退散していく。
「ちーちーちー(訳:そう言えばレヴィのことをは霧の村人にいじめられて姿を見せなくなったって村長の娘が言っていたちー。なにがあったのか調査するちー)」
厄災の禽獣は荒れる湖を気にしながら、霧の漁村をあっちへパタパタ、こっちへパタパタ、村長の娘といっしょに湖の精霊にいじわるした者たちに問いただした。
「ちーちーちー(訳;どうやら村人の一部がレヴィを恐がって、無視したり、逃げたりしたらしいちー。きっとレヴィは傷ついて心を閉ざしてしまったちー)」
「恐ろしい、また湖が轟いている……このままでは村は波の藻屑となってしまうだろう……」
村長宅で重役会議が開かれた。村の年長者たちは机を囲んで、お通夜ムードで茶をすすることしかできなかった。
皆の視線はチラチラッと一点をたびたび見やる。重役会議の隅っこ、村長の娘の腕に抱き枕のようにむぎゅッとされていた厄災の禽獣を見ているのだ。
「ちー(訳:この村にはいじけたレヴィをどうにかする手段はないちー。ちーが救ってやらないといけないちー)」
「シマエナガ殿、どうかこの通りです……! 何卒、何卒、村をお救い下さい!」
村の重役らは床に額をこすりつけ、そろって鳥に救いを求めた。
なんだかんだお人好しな厄災の禽獣は「ちー(訳:仕方がないちー)」と、渋々と水没の廃墟へと舞い戻ることにした。村を救うため。そして、大事な大事な指男のひとり娘を保護するために、鳥ネゴシエーションを試みるのである。
再び、水没聖堂へ戻って来た。
厄災の魔海はまだそこにいた。
奥の聖像の足元、背を預けて、すすり泣いているのだ。
「お母さん……お母さん……」
「ちーちー(訳:レヴィ、拗ねていないではやく出てくるちー。そんなに暴れたら建物が崩れて、頭に瓦礫が落ちて来て、死んでしまうちー!)」
優しく語り掛けへの返事は、水の弾丸であった。
厄災の禽獣はピュンっと素早く移動して回避する。
「ちーちー(訳:仕方ないちー。ここは一度、儚死しようとも、湖から遠ざけて、対話環境にもちこむちー。あとで復活させればいいちー)」
厄災の禽獣はそうそうに鳥ネゴシエーションを諦めた。
「ちーちーちー(訳:覚悟するちー、レヴィ。ちなみにちーは物凄く強いちー。儚いレヴィなんて、かるひね──軽くひねって倒す──してやるちー!)」
ヴォール湖、水没の廃墟にて、ふたつの厄災はぶつかった。
──赤木英雄の視点
「我々村の意思決定役たちがシマエナガ殿にお願いし、そうして湖の精霊を鎮めてもらおうとしたのです。本当に激しい戦いでした。遠い湖岸にいる霧の漁村にさえ、高い波が押し寄せ、大地も湖も揺れ、地底世界すべてが悲鳴をあげていました。シマエナガ殿と湖の精霊の争いあう音だったのでしょう。そうして、シマエナガ殿がいなくなり、もう4日が過ぎようとしています。あれっきり湖は静かですが、しかし、シマエナガ殿も戻られていないのです。きっと湖の精霊との戦いで憔悴し……力尽きてしまわれたのです」
村長は暗い表情で語った。
シマエナガさんとこの村との関係はだいたいわかった。
彼女がいまはどこにいるのかも推測できる。
「わかりました。あとのことはお任せください」
「では、アカギ殿、シマエナガ殿を探してくださると?」
「もちろん。そのために来たのですから」
俺は村長との話を切り上げ、セイにクゥラにエリーを集めて、みんなでフワリを撫でながら顔を突き合わせる。
「湖の方、廃墟が見えたでしょう? 俺はシマエナガさんを探しにいってきます」
「師匠だけでですか?」
「いろいろな状況が推測されるので、俺一人で行った方がいいかなと。みんなは村に残っていてください。すぐに戻ります」
「大丈夫なのか、フィンガー。話を聞いていたが、湖の精霊とやらは混乱状態なんじゃないか。危険かもしれないぞ」
「問題ないです。あの子は俺のことを絶対にわかってくれます」
俺は自分の能力をわりと正しく認識している。そうパパとしての能力をな。シマエナガさんには黒い部部がある。心の純粋なレヴィには、そうした邪悪な、経験値クズの面を見抜かれてしまったかもしれないが、俺には暗黒面は存在しない。
圧倒的なパパ力。
包み込む優しさで迎えてあげよう。
レヴィもきっと正パパの俺を待っていることだろうしな。
皆で湖岸の桟橋にやってきた。
「アカギ殿、こちらの船をお使いください」
村長は桟橋にくくりつけてあった小舟を示す。
俺は手を突きだし「いいえ、必要ありません」と告げる。
「しかし、船がなければ廃墟にはとてもとても──」
俺はぴょんっと湖に飛びこみ、水面を足で蹴る。片方の足が沈む前にもう片方の足で出すことで、沈むことなく水面を走ることが可能になる。南極で3人のおっさんにやり方を教えてもらった走法だ。
俺は桟橋の近くで秒間50回足踏みをしつつ、腕を胸の前で組み「では」と、皆へ別れを告げ、湖面を駆けて水没の廃墟へと向かった。背後で驚愕する声が聞こえた。
「ここが水没の廃墟か」
霧の漁村から湖面を駆けてしばらく。
俺は廃墟のなかでももっともおおきい城塞へ飛び、その壁を駆けあがって、一気に主塔のてっぺんまでやってきた。
「ちー……ちー……(訳:情けないちー、これじゃあ、英雄に面目が立たないちー、メインヒロイン失格ちー……けほっ、けほっ)」
声が聞こえた。深い霧のなか、しとしと雨の降る塔のてっぺんで。
俺は馴染みのある声のほうへ歩み寄った。壁に背を預けるぬいぐるみみたいなシルエットを発見。やつれ、ぼろぼろになってはいたが、見間違えるはずもない。
「シマエナガさん、こんなところにいたんですか」
俺はくたびれた豆大福をそっと持ちあげて抱っこした。
意識が朦朧としているのか、彼女の瞳は虚ろだった。しばらく俺の顔をぼーっと見つめ……そののち、瞳に光をとりもどし、うるうるといっぱいの涙を浮かべた。
もう大丈夫だよ。頑張ったね。
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