Side:Shimaenaga San 死霊使い
━━シマエナガの視点
ヴォールゲート魔導魔術学校でステラとヴォルルと別れ、厄災の禽獣は北西を目指して飛んだ。深い森を越えると湿地帯が広がりを見せ、雨がふりだし、空に浮かんでいる光の玉はどんよりとした雲の向こうに隠れてしまった。
「ちーちーちー(訳:怪しげな場所ちー。霧が深くてなにも見えないちー)」
厄災の禽獣は羽休めをしようとヴォールの濃霧に降りた。
曲がりくねった黒樹に止まって、羽の付け根のかゆいところをくちばしで繕っていると、奇妙な声が聞こえてきた。霧の森のなか、か細く聞こえる声だ。
「ひぃやぁ、ぁぁ……ぁ…………っ!」
「ちーちー(訳:なんか遠くで聞こえるちー)」
厄災の禽獣はパタパタと霧のなかを飛び、声する方へ、その先で争いの気配を感じ取った。
不気味な黒木のあいだ、激しく水辺を乱して少女が駆けている。表情は恐怖に染まり、息を荒くしながら全力疾走している。
あたりで何かが蠢いている。霧のなかを素早く移動する影たち。厄災の禽獣は見逃さない。ぼろ布に身を包んだ痩躯の老人たちが少女を囲もうと獣のように四足で湿地を這いずっているのだ。それもかなりの速さで。
「死霊になんてやられてたまるか……っ!! ━━あっ」
少女は足がもつれて泥へ頭からダイブして転んでしまった。たちまち怪物たちが追いつく。生命を憎む呪詛まとう枯腕が伸びる。
「ちー!」
厄災の禽獣はぼんっと膨らみ、ビュンっと動く。枯れた腕を鳥足がバシッと押さえた。万引き現行犯を捕まえるGメンのごとき鳥足さばきだ。つばさでうつ攻撃。バスケットボールサイズの厄災の禽獣は、あっという間に死霊3匹を自慢の翼でしばき倒した。
「ちーちーちー(訳:たいした経験値にもならないやつらちー)」
久しぶりの経験値によって毛並みが整って、艶が増す。適度な経験値が健康の秘訣であると、厄災の禽獣は自らの論理の正当性を感じた。
「と、鳥……!? うそ、死霊たちを、いともたやすく……」
「ちーちーちー(訳:大丈夫ちー? 怪我しているちー?)
「なんかしゃべってる……あなたは良い鳥さんなの? 私を襲わない?」
「ちーちー(訳:ステラとは違って鳥語理解力が低いちー。これは話しかけるだけ無駄かもしれないちー)」
「あ、いま、呆れたでしょ! この鳥さん、すっごくお利口だ!」
なんやかんや意思疎通できそうではあった。
厄災の禽獣は少女へ癒しのちからを使ってあげる。
おおきな傷などはなく、命に別状はなさそうだった。
「ちーちー(訳:お前はどうして襲われていたちー?)」
厄災の禽獣は死霊の尸と、少女を交互に見やる。
「死霊たちに追われてた理由を聞いてるのかな……実はここ最近、湖の様子がおかしくて魚たちが取れなくなったの。波も高くて、家屋がたびたび流される、このままじゃ村の生活が危ないの。……きっとヴォールの濃霧に潜むって言う”死霊使い”のせいだと思って倒しにきたんだけど……」
少女は語った。彼女の住まう霧の漁村と、ヴォール湖で起きている奇妙なできごと、それと死霊使いという邪悪な伝承の怪物が、この地にいることを。死霊たちの動きが活発になっていることから、きっと死霊使いが諸悪の根源であると睨んでいることなど。
「村のなかには最近姿を見せるようになった湖の精霊さんのせいだって言う人もいてね」
「ちー?(訳:湖の精霊ちー?)」
「青色の肌をしていてね、頭からニュルニュルしたのが生えてるの! すごく可愛い子でね、でもどこか儚くて、それで儚くて……あと儚い感じで」
「ち、ちー(訳:絶対にレヴィのことちー)」
「少し前まで、たびたび村にやってきて『シマエナガさんが勝手にどっかいった』『目を離したらいなくなった』『お父さんにお願いされてる。シマエナガさん、目を離したらだめだから』『シマエナガさんは白い、太ってる』って、シマエナガっていう知り合いを探してるみたいだったの」
「ちー……(訳:まるでちーが保護されてる側みたいな言草ちー……。どう考えても、ちーがレヴィのことを守ってあげてるのに)」
厄災の禽獣はもんもんとした気持ちを抱く。
「でも、しばらく前から村に来なくなっちゃったの。みんなが恐がっていじめたせいだよ! 精霊さんみたいな優しい子が湖を荒させてるなんてありえないよ!」
「ちーちーちー(訳:話が見えてきたちー。この女の子の村は、近頃の異変に関して、原因を2つに求めているちー。1つは最近村に現れた湖の精霊ことレヴィちー。もうひとつは古い伝承の死霊使いちー)」
厄災の禽獣が掴んだ手がかりはヴォール湖での調査・討伐するクエストだった。『シマエナガさんが迷子になった。目を離したら勝手にどっか行った』なることを言っている怪しげな青肌娘を倒すというものだ。クエストが村の総意として冒険者組合へ依頼されたものならば、その村では「湖の精霊」を殺してしまうことを望む声が多数派なのだろうと推測がついた。
「ちーちーちー(訳:レヴィのことは正直まだまだ知らないことが多いけど、いい子なことは違いないちー。みんな困らせて喜ぶようなことはしないはずちー)」
「私は絶対に精霊さんのせいじゃないと思う!」
気がつけば鳥と少女は意気投合していた。
「ちーちーちー(訳:死霊使いとかいうやつのところへ案内してほしいちー)」
「え? もしかして、戦うつもりなの……?」
「ちーちー(訳:ちーはすごく強い鳥ちー。英雄と互角に渡り合えるのはちーだけちー)」
ふんすっと胸を張る鳥。少女は周囲に倒れている死霊の亡骸を見て「たしかに、この鳥さんはすごい……」と希望をいだいた。
「どこにいるかは私もわからないんだけど」
「ちーちー(訳:それじゃあ、倒しようがないちー)」
「でもね、呼び出す方法があるんだよ」
少女は語った。死霊使いを呼びだす古い儀式があることを。
「死霊使いはこの湿地を治めていた魔術師だったらしんだ。使役する死霊を湖鯨の油で焼くと、怒って姿をあらわすんだよ。黒いおおきなマントを羽織った恐ろしい姿をしているんだって」
「ちーちーちー(訳:それじゃあ、その湖鯨の油があれば呼び出せるちー)」
必要なものを揃えるため、ふたりは霧の漁村へ向かった。
しとしと雨の降り頻る集落の景色に、厄災の禽獣は辟易していた。
「ちーちー(訳:村まで霧のなかちー。というか水没してるちー。これじゃあちーの毛並みが水を吸って重たくなる一方ちー)」
「あぁ、雨のこと? いまは雨季だからね。湖の水位があがってるんだ」
少女の家だという、一際おおきな家へと向かう。話によるとそこは村長の家であり、そこに大切な湖鯨の油があるという。普通に家のなかに入る少女を見て、厄災の禽獣は彼女が、村の中でも高い身分にあるのだろうと考えた。
「鯨油はローソク造りの大事な素材だからね。村を支える宝なんだよ」
「ちーちーちー(訳:そんな宝を勝手に持ち出したらバチが当たりそうちー)」
「心配しているの? 大丈夫大丈夫、村を守るためなんだから先祖様も目を瞑ってくれるよ……あっ」
少女は遠くを見て、唖然とした顔をした。厄災の禽獣が彼女の視線を追いかけると、その先に黒いおおきな影を見つけた。霧のなかボロボロの黒装衣をゆらめかせながら、少しずつ輪郭を明確にして近づいてくる。そのさまに、周囲の村人たちも気がついたようで、みなが注目し、そしてすぐに血の気の引く感覚までを共有することになった。
厄災の禽獣はみんなの反応から、眼前の黒装がおおよそ村人たちが共通して恐れている存在━━死霊使いなのだろう、と推測した。
「はわわ……!」
「ちーちー(訳:さっそくバチが当たったちー)」
「ひええ、ごめんなさい、ごめんなさい……っ! もう悪いことしません、剣の腕に自信があるからって威張ってすみません……っ!」
少女は震え、腰を抜かし、近頃の自分の行いを懺悔する。
厄災の禽獣は呆れて首をふり、死をかたどった怪物へ向き直る。
「ちーちーちー(訳:死霊使いちー。思ったよりホラーテイストな見た目で、びっくりしちゃったけど、でも、お陰で手間が省けたちー)」
悲鳴がこだまし、村人たちが逃げはじめる。死霊使いは手をゆらりと持ちあげ、マントの影から、枯れた枝のような老人たちを解き放っていく。
厄災の禽獣はバスケットボールサイズから、バランスボールサイズまでサイズアップするなり、死霊使いのまえへ躍り出た。
「なんだあの白いのは!」
「あれは鳥……いや、違う、あんなふっくらした鳥がいるわけ……」
死霊使いは細い指で指差す。
枯れた幽鬼の老人たちが厄災の禽獣へ襲いかかる。
一閃。風が吹き抜けた。すぐのちバビュンッ! っと凄まじい炸裂音が聞こえ、霧がぶわーっと晴れて、周囲の視界がクリアになった。久しぶりに見晴らしがよくなった通りの真ん中に、黒衣を纏う長身の骸骨の姿があった。ボロボロに砕け、崩れ落ちていく。死後も探求に囚われた魔術師のなれ果て、”リッチ”と呼ばれ、スケルトン種のなかでも上位とされる伝説の怪物であった。
勝負は一瞬であった。
伝説のリッチといえど、厄災の禽獣のまえではおやつにすぎない。
「ちーちー(訳:はした経験値ちー)」
厄災の禽獣はそう言って、久しぶりのブツをキメ、満足そうにふっくらするのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます