霧の漁村、村長宅にて

 溢れるふわふわな毛並みを誇る北欧のもふもふ担当ノルウェージャンフォレストキャットは、かつてはヴァイキングたちの抱き枕だった。どんな寒さにへっちゃらで、雪が降り積もればラッセル猫として豪快に道を切り開くと言う。にゃあ、と鳴けば現代人の脳を溶かし、可愛さで操ることすら可能。


 そんなただでさえ可愛いの塊が巨大化した怪物が存在する。

 身体のおおきさが普通の猫の100倍なので可愛さは100倍。そこに尻尾が2本あるので、2×100で可愛さは200倍とされる。NASAの研究で明らかになったのだ。


 かの獣の名はノルウェーの猫又。

 またの名を鳴けば許されると思っている猫。

 でも、俺は許さない。飼い主として厳しく接するのだ。


「にゃあ〜っ」

「本当に仕方ないですね。今回だけですよ」


 反省しているし許してあげよう。今回だけだ。

 

 俺たちがたどり着いた村の名前は”霧の漁村”というらしい。村長に聞いた。実は、フワリが襲ってしまった美味しそうな魚を携えていた男性、あれが村長だった。てっきり、めちゃんこブキ切れられるかと思ったが、村長は寛大な人だった。なんとフワリの所業をすべて許してくれるとのことだった。


 俺たちは成り行きで村長の家に通された。

 

「いまは雨季でね。普段から村が水没しているわけじゃあないんだ」


 村長の家に通されるなり、彼はそう言った。魚たちを入れていたカゴを床の上に置いた。そこへフワリが申し訳なさもなく近づき、くんくんして、手で魚を掻き出してぱくぱくし始める。うちの子はよく食べる。


 村長の奥さんが温かいお茶を出してくれたので、それをありがたくすする。奇妙な味がしたが、飲めなくはない。最悪、飲めたもんじゃない変な味の液体がでてきても「これクソまずいですね」などと言えるわけもない。


「別に気にしちゃいないですぞ。村の魚をそんなに美味しそうに食べてもらえるなら漁師として気持ちがいいってものですから」


 本当にいい人すぎませんかね。フワリ、よかったな。

 俺は銀貨10枚をアルミホイルに包んで机のうえに置いておいた。


「気にしなくてもいいですよ、旅の冒険者どの」

「お気遣いなく。金銭は使うためにあるので」


 いつか兄貴も言っていたか。経済をまわすために金を使うと。まあ、あいつのはパチンコ欲を正当化するための蒙昧な戯言にすぎないのだろうが。


「しかし、自警団とぶつかったのは多少面倒なことです。ここのところ村を怪物たちから守ることに躍起になっていますから」

「自警団。モリを持っていた男たちのことですか」

「ええ、彼らのことです。娘っ子がいたでしょう、あれはうちの子でして。あの子がリーダーになって濃霧の死霊たちから村を守っているんです」

「死霊ですか」

「古くからこの湿地帯に住んでいる危険な怪物です。たびたび街道にも姿を表します。ここに至る道中で見ませんでしたか?」


 フワリが幽鬼のような怪物をしばいていたな。

 村長に姿形をたずねると「あぁ、それは死霊ですね」と確認を得る。


「じゃあ、何度か会いました。問題はなかったですけど」

「なんと……死霊は危険なモンスターなのですが、それを意にも返さぬとは。相当に腕のたつお方のようですね。さきほど森のほうで爆発も聞こえるし、おかげで森の霧が遠くへ押しのけられてしまうし、おかしなことばかり起こります。こんな天変地異は初めてでです」

「普段はこの村にも霧が?」

「ええ、もちろん」


 住みにくそうな場所だな。


「そういえば、腕が立つお方、ひとつ頼まれごとをしてくれはいただけませんか」

「内容によりますね。こちらの用事がありますから」

「シマエナガ殿の安否を確認していただきたいのです」


 危うく茶を吹き出しそうになった。

 

「自警団の件など、そこそこのトラブルをあなた方は抱えている、それらすべて私がどうにかしましょう。なので、どうかひとつお願いできませんか?」


 村長は机のうえのアルミホイルの包みもこちらへ返しながら言ってくる。


「一応聞きますが、シマエナガ殿とは……」

「シマエナガ殿は、この村の恩鳥なのです。危機から我々を救ってくださいました。この地には先日まで”死霊使い”という伝承の者もいたのですが、シマエナガ殿によってケイケンチになったとか……」


 間違いなくうちの子だ……てか、シマエナガさん、脱法経験値キメとる。


「荒ぶる湖の精霊を抑えるために”水没の廃墟”へ向かわれて、それっきり音沙汰がなく……シマエナガ殿は勇敢で強く、優しい鳥殿でした。きっと我々が無理を言ったせいで、こんなことに……お願いです、もし亡くなられているとしたら丁重に儀式をあげたもとで葬ってあげたいのです。でも、そのためには亡骸がなければ」


 村長は懇願するように俺の両肩を掴んできた。


「なにとぞ、なにとぞ! あなたのような力ある冒険者にしか頼めないことなのです、勇敢な仲間をもち、死霊どもすら歯牙にも掛けない、あなたたちのような方が!」


 なるほど。強かな村長だ。フワリのことを寛大に許し、やたら丁寧に対応してくれると思ったら、本来の望みは最初から俺たちに依頼をすることにあったのか。


「実は俺たちはそのシマエナガを探しにこの地へやってきましてね」

「っ、な、なんと、シマエナガ殿のお知り合いで?」

「知り合いというか……相棒ですかね」

「では、あなたがアカギ・ヒデオ? シマエナガ殿の婚約者という」

「後半は間違えてます」


 なにが悲しくて鳥と婚約を結ばにゃならんのだ。


「そう、ですよね。女性には困らなそうなお方ですし」


 村長は、俺の顔と、背後で待機しているセイラム、フワリを毛並みを撫でるエリー、窓の外を眺めているクゥラをそれぞれ流し見て、納得した風に言う。


「師匠が探してるのって婚約者だったんですか……」

「だから違いますって。変なところで反応しないでくれます? とりあえずもっと詳しく話を聞かせてください。シマエナガさんが危険な目にあったような口振りでしたけど、一体何があったんですか?」


 村長は茶で口を湿らせ、そこから「長くなりますが」と前置きをしてから、シマエナガさんがこの村にやって来る少し前の出来事から、語りはじめた。

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