さらばヴォールゲート

 ステラ・トーチライトの情報によってシマエナガさんの行き先が判明した。ヴォール湖という、北の湖だという。古くは栄えていた土地らしいが、すでに繁栄は過ぎ去り、今はその名残があるばかりだという。

 シマエナガさんは彼の地へ、”儚い”を助けるために飛んだ。”儚い”の正体がなんなのか断言するのは早計だが、なんとなく俺もすぐにそこへ行かないといけない気がした。うちの娘がいる気がしたから。


 その晩。


 俺たちは、ヴォールゲートの大通りでキャンプをした。

 見渡す限り、そこら中に天より降ってきた鍾乳石が突き刺さっているため、街は機能を停止しつつあるのだ。


「ヴァン・リコルウィルを許すな!」

「ヴァン・リコルウィルを許すな!」


 城門街の人間たちは身を寄せ合う、禁忌の魔術師への怒りを唱和した。

 俺もそのなかに混ざって誰よりもおおきな声で唱和した。

 深夜になれば、俺は街中を駆け回り、しまっちゃうおじさんで被害を及ぼした鍾乳石を回収してまわった。回収したら湖へ捨てて隠蔽した。気持ちばかりだが、すこしでも復興の手助けになればいい。そう思ってのボランティアだ。


 翌朝。

 

 住民は途方にくれていたが、鍾乳石が街中からいっそうされたことに気がつくと、皆その話題で持ちきりになった。「誰がやったんだ!?」「いったいどうやって!」「もしかして夢だったのか……あ、でも建物は壊れてるな」と。

 

 錬金術商会の手前の通り、俺は収納空間からクレイジーソルトと、デカナキバードの残りを取り出し、飯をこしらえつつ、今後の動向についてみなと会議をしていた。会議参加者はセイラム、クゥラ、エリーだ。


「にゃあ」


 あとフワリもいる。


「この腕ではもう以前のようには戦えないな」

 

 物悲しい声でクゥラは左肩をおさえる。


「闘技場の戦士は、怪我をしたところで死ぬまで戦わせられるものだったが、今はそれ以外の選択肢がある。それで十分だ」

「お姉ちゃん……大丈夫だよ、エリーがお姉ちゃんの分まで強くなる」


 姉の膝のうえにエリーはちょこんっと座る。

 クゥラは妹の柔らかい赤髪に手を添えて、ぽんぽんっと叩いた。

 残酷な運命を受け入れた姉妹……的な絵面に、セイラムは「クゥラさん……」と涙声をこぼす。


「不甲斐ないです、私がもっと強くあれればヴァン・リコルウィルをもっと追い詰められたのに」

「あまりにも荷が重いというものだ、セイラム。あれは強すぎた。『七つの英雄』か。ベルモットから聞かされてはいたが、なるほど、世界でもっとも強い7人を集めた序列というだけある」


 クゥラは冷静に感想を述べ、チラッとステーキを焼く俺の方を見てくる。


「もっともお前が来てくれるとなぜか信じられた。だから、絶望はしなかった」


 言って彼女は視線を逸らした。

 信頼されているのか。嬉しいけど、恥ずかしい。

 俺も視線逸らしたくなるな。お。そろそろ良い焼き加減か。


 ジューシーなチキンステーキを串にブッ刺して、もぐもぐ。噛み締めるたびにパリパリの鶏皮が音を立てて歯ごたえを演出し、噛み締める鶏肉から旨味と肉汁が溢れ出てくる。クレイジーソルトのハーブと塩気が、格別に肉の旨味をひきたてている。人類の本能に裏打ちされた美味さだ。食えば食うほど腹が減る。


「にゃあ〜♪」


 フワリも喜んでいる。


「クゥラさんたちはミズカドレカに戻るんですか?」

「私たちは世間知らずだ。少しくらい剣の腕前でフィンガーやセイラムの役に立って恩返しをしたかったが……この怪我ではもう役に立てそうにない。ヴォールゲートへの旅だって、たまたま行き先が同じだっただけだ」

「私も、お姉ちゃんのそばにいないと……フィンガーさん、許してください、役に立てないことを……(震え声)」


 エリーはお姉ちゃん思いのいい子なんだねえ……(ニチャア


「ひぇ……」


 穏やかに微笑みかけたつもりが、エリーは顔を蒼白にして姉の背後に隠れてしまった。まだか。心を開いてくれるにはまだ時間がかかるか。何が問題なんだろうなぁ。やっぱり、怖がられてるとかか?


「ところで、クゥラ」

「どうしたんだ、フィンガー」

「なんか人生の分岐点みたいな哀愁出してますけど、その腕生えますよ」

「「「え?」」」


 3人の少女が気の抜けた声をだした。

 シマエナガさんは千葉ダンジョンでとある銀髪美少女の腕を生やしてあげたことがあるので、人間の腕の欠損を完治させられるのは実践済みだ。

 そのことをチキンステーキ食べながら話すと、クゥラはがばっと駆け寄ってきて、俺の肩をがしっと掴んだ。


「それは本当なのか、フィンガー……!?」

「フィンガーさん、お姉ちゃんのこと助けてくださいっ、報酬は身体で払います……! お願いです!」


 赤い姉妹にせっつかれる。半分押したおされた姿勢ゆえ、クゥラの豊かな双丘の柔らかさをワイシャツ越しに感じる。たいへんにけしからんもっとお願いします。

 エリーは背後から泣きながらチョークスリーパーを決めてくる。なぜ俺の意識を落とそうとしているのか不明だが、この子なりの必死さの表れと思えば可愛いものだ。


 前門の姉、後門の妹。

 なんて強力なお願い布陣なのだ。


「とにかく落ち着いてください、別にそんなにお願いされなくても、普通に助けますよ。普通に」

「本当か? 高度な治癒は、貴族が神殿にたくさん財産をおさめないと受けられないと聞いたが……」

「フィンガーさん、体で払います……!」

「実は俺はお金持ちなのでお金はそんな必要としてないです。あとエリーちゃん、安易に体を売ろうとするのはだめだよ」


 エリーの頭へぽふんっとチョップを入れておく。


「なにより彼女がそれを望まない。あの子は根っからの良い鳥なので」


 俺たちはヴォールゲートを出発した。

 目指すのはヴォール湖なる土地だ。

 

「デイリーミッション」


────────────────────

 ★デイリーミッション★

 毎日コツコツ頑張ろうっ!

 『みんなで猫だっしゅ』


  猫だっしゅする 0/100km


 継続日数:239日目 

 コツコツランク:ブラック 倍率100.0倍

────────────────────


 本日のデイリーは『みんなで猫だっしゅ』。

 はい、どうも、指男チャンネルの指男です、今日の企画は猫だっしゅ! ええ? 猫だっしゅがなにかって? それは俺自身が猫になり「にゃんにゃん言いながら100km走る」とかに決まってるだろ! 最高にイカれてやがるぜ!


「にゃあ〜♪(訳:猫だっしゅだにゃあ〜♪)」

「おや、フワリさんが活躍するデイリーだった?」

「にゃんにゃあ」


 フワリは地面にごろんしてじゃれついてくる。肯定という意味だろう。

 冷静に考えれば、それもそうか。危ない。デイリーくんの鬼畜度を深読みして、自ら奇行に走って、セイラムがいだく立派な師匠像を崩してしまうところだった。今のところ俺が変なことしてるのはバレていない。隠し通してみせる。

 スキル『デイリー魚』で鰹を召喚。俺のスキル練度があがったおかげで鮭以外も召喚できるようになった。フワリさんのおやつとして進呈する。どうぞお納めください。


「にゃあ〜♪」

「報酬分は働いてもらいますよ」

「にゃんにゃあ〜」


 最近はどこから非難が飛んでくるかわからない。「無報酬で猫にまたがって仕事させるなんて猫ちゃんがかわいそうです!」と、にゃんにゃん労働搾取を唱えるものが出てくるかもしれない。ゆえにちゃんとした報酬と労働の契約関係なのだとはっきりしておかないいけないのである。


「師匠、私も乗っていいですか?」

「いいですけど、フワリにちゃんと確認とってください」

「フワリさん、いいですか?」

「にゃあ〜♪」

「やった!」


 意気揚々と背中によじのぼるセイ。俺の背後に陣取り、腰に手をまわしてしっかりと掴まる。道路交通を語る上ではすばらしい心掛けだが……なんか変な気持ちになるな……いかんぞ、赤木英雄、お前は23歳日本男児。硬派な心構えを失うな。たとえ彼女いない歴イコール年齢の童貞でも、こんな14歳の女の子になにも思うことなんかない。ない! ないはずだ!


「ふ、フワリさん、私もいいですか……?」

「にゃあ♪」

「私も乗ってみたいのだが」

「にゃんにゃあ〜」


 セイの後ろにエリーがひっつく。その背後にクゥラが……かと思ったが、予想外に俺のまえのスペースにまたがった。


「腕がないのでな。その、振り落とされたら大変だ……」


 聞いてもないが、クゥラは理由を説明し、こほんこほんっと咳払いをし、俺の胸を枕にして後頭部をつける。振り落とされないための背もたれということか。鼻腔をいい匂いがくすぐるのが気になるけど、無心でやりすごそう。心頭滅却。

 顎をひいて、下方を見ると谷間のまにまにが……おっといかん。心頭滅却。


「フィンガー、その、私の身体をおさえてくれないか」

「……それは危険ですね」

「? なにがだ、落ちる方が危険だと思うが」

「いや、まあ……はい、こんな感じでいいですか」


 俺はクゥラの細い腰に、腕をまわして、フワリのもふもふをしっかり掴んだ。

 腕で輪っかをつくるなかに、クゥラの身体はすっぽりおさまっている。そのせいで体がやけに密着して、あっ、あっ……しんとぅまっきゃくッ!!

 

「フワリ、急げ、耐えているうちに……ッ」

「にゃあ♪」


 猫タクシーは地底世界を軽快に駆け出した。

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