戦争の遺存

 ━━ヴァン・リコルウィルの視点


 アーチの奥へ叩き戻された巨人は、何食わぬ顔で這い出てくる。フワリは全身の毛を逆立て、シャーッと激しく威嚇した。再び猫パンチで敵を破壊せんと飛びかかる。だが、今度の肉球は届かなかった。


 巨人は機敏に反応してみせた。

 長腕がフワリのもふっとした首を正確に捉える。

 猫パンチが届く前に、宙空で静止させられてしまった。


 ヴァン・リコルウィルは焼けた瞳で顔をあげる。

 王の怪物が巨人に砕かれ、息たえるさまが見えた。


(私は学生の頃、ヴォールゲートの地の伝承について調べていた。どうしてこの土地のような特異な地形が存在するのか。地下水脈そのものに不思議はなくとも、城門街や魔導魔術学校がある周辺の広大な地下空間は明らかに異質さを極めている。自然に発生するはずがないのだ)


(何がこのような地下空間を作る原因になったのか。答えは古い伝承、それも禁忌とされた伝説にあった。絶滅の戦争。世界をわけた戦。その遺存がこの地に降ってきた。それは長い年月、空を漂い、皆がすっかり忘れた時に戻ってきたんだ)


(ヴォールゲートの大地下空間はその際にできたものだ。もっとも当時は今ほど大きくなく、水脈の流れが変わったことで侵食と風化が起き、地下空間を広大なものにしたのだろうが。魔導魔術学校が築かれた最初の目的もこの遺存のせいだ。落ちてきたそれは悪意を持っていた。悪意の流星、苛烈で激しい戦争のなかで生まれたであろうそれはあまりに危険で……だからこそ、いにしえの魔術師たちはそれを封印するために天を衝く巨大な石棺を作りあげたのだ)


(学生時代の私は9つの校則と2つの道徳を破り、その結論に至ったが、あと一歩のところでゴールドウェイクは私の研究を取り上げた。追放され、最後の答え合わせをすることができなかった)


(だが、今なら確信を持って言える。私は正しかったのだ。ヴォールゲート魔導魔術学校、その最奥には古い終わりが秘匿されていたのだ。長い長い年月隠され続けてきた秘密を、私は暴いたのだ)


 ヴァンは焼けた口元を歪ませる。

 声は出ない。焼かれてしまった。

 視界もほとんどない。これも焼かれている。


(だが、お前の命が尽きるのを見届けるまで、私は死なないぞ、フィンガーマン)


「にゃ、にゃぁ……(こてんっ)」


 大いなる王のにゃあは首の骨を砕かれ、大地に伸びた。

 粘性の液体に包まれた巨人は、拙い動きで、周囲を見渡し、今しがた殺めたフワリを踏み砕き、不安定な足取りで歩きだした。


 ヴァンはこの場から逃げ出したい衝動に駆られた。

 目にしただけでわかる。対峙しただけで理解させられる。

 極大の圧。現代のあらゆる事象は、かつての時代に比べればぬるすぎる。

 

(フィンガーマンの王を越えし怪物でさえ、あれを前にすればなすすべが無い。あぁ、そうだ、私が求めていた規制を超えた怪物は最初からここにいたのだ)


 太古の忘れ物━━戦争の遺存たる巨人は、喉をかきむしりゴボゴボっと光る液体を吐きだす。地面にビチャっと広がると、気化しだした。蒸気のようにゆらめく気体は星空のように美しい輝きを放ってみせる。


 巨人は最初フラフラっと歩いていたが、一歩進むごとに背筋がピンと伸びていき、首がすわり、足取りも正確になっていく。アーチの奥から完全に出てくる頃には、不気味さは薄れ、その分だけ神性を放っていた。


「ごぼ、ごぼ」


 巨人は歩みを止めた。

 進行方向の先には指男がいる。

 

「ごぼぼ……ごぼ、血の、キ……」


 地面が小刻みに揺れ始め、巨人は獣のように姿勢を低くし、力み、身を震えさせた。宙空に光の粒が可視化された。青紫色の光だ。それらが巨人の身に注がれていく。理解しがたい現象。何が起こっているのか説明できる者はおらず、しかし、それが何かが起こる前触れであり、予備動作であることは自明だ。


「いつまで気合いためてんだ」


 パチン。指男は我慢できずに指を鳴らしていた。黄金の破滅が溢れだす。虚空の彼方より召喚され、勢いよく巨人を巻き込んで燃えあがり、爆発した。巨人は激しく岩壁に叩きつけられた。その際の衝撃によって建物全体が揺れた。


「ごぼ……っ」


 岩壁にめりこんだ大きな四肢が引き抜かれ、胴体も起きあがる。

 巨人はフラッとよろめく。地面がザッと削れる。空気が裂かれ押し潰され、高速で質量が動き━━次の瞬間には、指男の顔面を巨人の拳が突き刺していた。


 指男の体が弾き飛ばされた。降りてきた階段を超スピードで逆走させられ、突き当たりの壁もお構いなしに破って、さらに飛び、一撃で主塔そのメインホールである大螺旋階段までたたき戻された。


 ようやく壁に背を預け、止まった指男。螺旋階段を彩る歴史的価値のある絵画の数々が、ゴミのように落ちていき、崩れる壁の瓦礫に潰されていく。


「ゴボァアッッッッッ!!」


 五臓六腑に恐怖を染み込ませる大咆哮が、ヴォールゲート魔導魔術学校中に響き渡った。大螺旋階段の窓ガラスがすべて共振周波数を発見され、「せーの」と息を合わせたように一斉に砕け散る。舞い落ちるザラメの雨、あるいは輝くダイヤモンドダスト。幻想的な光景はただ一瞬、絶望的な怪物の叫び声がそれを為したことを忘れさせる。


 巨大な叫び声のなかで指男は顔色を変えず、壊れないように抱えていたムゲンハイールが無事なことをチェックしている。

 学校の深部から、指男が飛ばされてきた道を追いかけて、太古の怪物が飛び出してきた。巨人は脊髄の終わり、腰のあたりから、尻尾のような部位を派生させていた。それは進化の片鱗━━否、戻りつつある証拠であった。


 パチン。指男は一度目より高めの火力を設定し、壁に埋まったまま指を鳴らす。鈴のように軽やかで、よく響く乾いた音。破壊は再び召喚され、黄金の炎が、指男へ襲い掛かる巨人を迎撃した。


 大きな吹き抜けになっている大螺旋階段。

 巨人はその反対側に激しく叩きつけられる。

 身を焼く苦況に悲鳴をあげてもがいている。

 だが、ただ暴れているだけではない。

 細胞を増殖させ、傷を癒しているのだ。

 傷ついた背中がブチッ! と音を立てて破れ、腕が生えてきた。

 指男は目をパチパチさせながら傍観。

 

「ゴボアアァアッッ!!」


 巨人の胸が裂け、喉が開かれ、顔が割れる。新しく生えた2つと元からあった腕2つ、合計4本でしっかりと体を支える。蒼紫色の濃密な光束が、一点に収束していき、それは1秒とたたず臨界点を迎え、夜の闇を穿つ一条の輝線になった。


 狙いは狂わず、指男に命中。輝線の放射熱で主棟は16階から22階部分まで一瞬で蒸発。23階から校長室がある最上階が支えを失い、崩れはじめる。


 輝線に撃ち抜かれ、指男は学校の南正門前の広場に射止められ、巨大な爆発によってクレーターを作っていた。

 むくりと起き上がる。手に持っていたムゲンハイールを確認。握り手から先がなかった。今しがたの爆発に巻き込まれて跡形もなく壊れてしまったらしい。

 指男は「はぁ」とちいさくため息をつき、握り手を放り捨てる。


 空から怪物が降りてくる。

 今度は翼を4枚生やしており、空すら飛べるようになっていた。


「……学校が保たないか」


 指男は広い視野で物事を考えていた。腕を持ち上げる。瞳には真剣な光が宿る。最大の一撃による決着。それだけが目の前のタフな挑戦者を黙らせ、周囲への被害をおさえる最良の策だと考えたのだ。


「ゴボァァアアアアッッ!!」


 異形の巨人は再び、身体前部をおおきく展開し、蒼紫色の光を収束させた。濃密な破壊のエネルギーだ。先ほどよりもさらに高密度で、おおよそ最大にして最高の攻撃能力を披露するだけの準備が整ったのだろう。

 数多の戦の経験から、指男にはそれがわかっていた。


 ────────────────────

 赤木英雄

 レベル357

 HP 2,931,300/8,725,000

 MP 1,230,040/1,384,000

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 出し惜しみはしない。

 指男は500万のHPを生贄にささげ終結の名前を呼んだ。

 

「エクスカリバー」

 

 異形の巨人が放った濃蒼紫の輝線は、気まぐれの黄金の滅びに上書きされ、音もなくかき消された。すぐのち巨大な衝撃波が南正門上空で発生した。途方もないエネルギーが生み出した衝撃波は一瞬でヴォールゲート地下空間全土に行き渡り、1秒で地下空間全土に行き渡り、7秒間で12回地下空間内で跳ね返った。

 特殊な地質と、特殊な衝撃により、聞いたこともない狂った高音が響きわたった。地下空間全体がひとつの楽器のように叫んだのだ。これにより地下空間中の天井に張り付いていた鍾乳石が一斉に落下し、地上に降り注ぎ、森森は荒れ、草原には柱が突き立ち、城門街を未曾有の被害が襲った。


 この日はヴォールゲートの歴史に名を残し、地下住民すべての記憶に刻みつけられ、のちに『ヴォールゲートの大残響』として語り継がれることになった。

 なお爆心地であったヴォールゲート魔導魔術学校は全壊したという。

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