悪意の流星は解き放たれ
黄金の炎に包まれるフロア。怒れる竜のようにうねり、駆け巡り、壁を床を、天井を、柱を、見境なく焼き付く破壊の波動。止まることを知らずに広がっていく。破壊の中心で、指男は鳴らした手をソッとおろす。
「う、ああ、燃える……っ、焼け爛れる……! 竜の肉を移植してるのに……! なんだ、この火は、知らない、こんなもの知らない……! うあああああああああああ!!!」
ヴァン・リコルウィルは苦しみに涙を流す。すぐに蒸発する。眼球の水分すら失われる。体の水分もだ。やがてすべて消し炭になる。地獄の苦しみのなか、ヴァンは流星のごとく現れた悪夢へ這い寄る。
「フィン、ガー、マン……っ、あぁぁ……ぁぁ、くっくくく……」
「ほう。何がおかしい」
「くく……ぉ、まぇ、は、ぉしま、ぃだ……」
ヴァン・リコルウィルは遺言に呪いを吐いた。死にゆく者が口にする言葉にしては、やけに自信にあふれていた。指男は「なにかある」と思った。
「お前は臭いな。酷く人道に反した香りだ」
炎がヴァンから取り除かれる。肺も、喉も爛れ、もはや声すら出せない、死を待つだけの黒焦げの姿で、指男は彼の死までのカウントを延長させた。指男は指を鳴らし、スキルを発動させ、ヴァンを捕獲した。背を向けて歩きだす。崩壊するフロアのなかその足取りはまるで焦燥を感じさせなかった。
━━赤木英雄の視点
自由に爆炎を遊ばせすぎた。たまに遊ばせたくなっちゃうんだよね。美容師も前髪遊ばせるの好きじゃん? それと一緒。指パッチンも厳格に縛りすぎると良くないんだ。
腕を横にスっと動かすと、フロアを焼いていた光が手元に戻ってくる。スキルコントロールのプロに任せれば、一度解き放ってしまった火力もこの通り制御下に置いて、建物の崩壊を回避することが可能だ。
「にゃあ〜!(訳:崩れるにゃあ〜!)」
天井を仰ぎにゃんにゃんダンスして慌てるフワリさん。
前言撤回だ。一度壊れた物は元には戻らない。冷めた愛と同じ。大切な物は失って初めて気が付く。だから俺たちは今ある物を大切にしないといけないんだ。このフロアはもうおしまいだな。俺は許さないよ。欠陥建築を。
「フィンガー……! 上だ!」
「ん? あぁ。クゥラ、元気そうですね」
見上げると天井の巨大な穴の縁から、少女たちが見下ろしてきていた。ぐったりしていて酷く辛そうな顔だが、探していた物たちはみんないる。ひとり見知らぬ恐ろしい目つきの女の子ともふもふした犬もいるが……新しいお友達かな?
「動かないで。しまっちゃうんで」
指を鳴らし、超捕獲家で少女たちをしまっちゃうおじさん完了。
これで崩落に巻き込まれることはあるまい。
━━しばらく後
3階に渡って主塔のフロアが一部底抜けて崩落した。穴の下を見やれば、3階分吹き抜けになった解放的な建築を楽しめる。
「やれやれ、欠陥建築もここまで来ると呆れるな」
「にゃあにゃあ〜」
指を鳴らし、収納空間から少女たち+犬を解放する。ぽんっと出てきて廊下に転がった。少女たちはお腹を押さえたり、頭を押さえたり、苦しそうにしている。ひとり肩口を押さえている子もいるが……。
「ん? あれ?」
クゥラさん、腕がないんですけど。
「はは……しくじってしまってな……」
「とりあえずフワリの尻尾でも顔に押し付けててください。鎮痛効果があります」
「にゃあ♪」
「ぅ、たすかる……(もふもふ)」
駆け寄り、傷口を見やる。根本からガッツリ行かれている。焼かれたような傷口だ。出血自体は止まっているようだが、俺の医学的知見から言えばこれは重症だ。
『蒼い血』を取り出し、俺のMPを採取し、クゥラの腕に突き刺す。他人の腕を刺した注射器をそのまま刺す形になるがうちの蒼い血さんはそんなちゃちなことで感染症を引き起こしたりしないので安心してほしい。
一発キメると、クゥラは頬を薄く染め、熱い吐息を漏らした。えっち。だが、この赤木英雄はえっちごときでは動揺しない。訓練されているからだ。
「大丈夫ですか、クゥラ」
「あぁ……ずいぶん気分がよくなった」
「それはよかった」
「凄まじいマジックアイテムだな……流石はフィンガーの道具だ」
信頼と実績の『蒼い血』である。この世界の住民に対しては反動もないみたいだし刺し放題、回復し放題。ただ、失われた部位を再生させることは叶わない。通常の回復手段ではないさらなる癒しが必要だ。シマエナガさんの需要が出てきたが……こういう肝心な時に限って不在だ。どこで経験値をついばんでいるのやら。
「師匠、本当に助かりました、あの男と出会った時はどうなることかと……でも、まだ油断はできないです、油ぎった危険な肥満男がいて!」
「ヌメヌメ、すごく嫌らしい感じの、やつ、ですふ、フィンガーさん」
「カチカチに硬い、トカゲもいたぞ。うっかり取り逃してしまって、まだ校内にいるはずだ」
報告を聞く限り、多分、道中で処した連中だろうとわかった。そのことを説明すると3人はホッと安心した様子になった。
しかし、まだ安心しきれない。俺の胸のブローチ『選ばれし者の証』が震えている。何かこの学校に危険が迫っている……そんな気がするのだ。ブチの警告、そしてヴァン・リコルウィルの言葉、まだ終わっていないと見える。
「師匠なら絶対に来てくれると、私は信じてました」
涙ながらにセイラムは飛び込んでくる。よしよしと美しい蒼髪を撫でる。擦り擦り頭をドリルのように動かして俺の胸を発掘しはじめた。何その動き。可愛いんですが。
「ここで待っててください。まだ危険は去っていないのかも」
「どういうことですか、師匠」
「さあ、これから確かめます」
期待をこめて、俺はセイラムたちに背を向ける。
指を鳴らすだけ。俺の戦いはそれで終わってしまう。自信にあふれた敵対者を消し炭にかえたり、DV彼氏みたいに殴って黙らせたりするたびに、俺のなかの感情は少しずつ希薄になっていった。俺には敵が必要なのだ。本当の敵が。恐怖を感じさせてくれる敵が。そうでなければいずれ感情の起伏を失ってしまう。
セイラムたちから少し離れたところでヴァンを収納空間から吐き出す。
黒焦げの死体はピクピク動き、歪に笑み、手でどこかを指差す。
「俺の終わりと言ったな」
「ぁ……ぅ……」
炭化した細腕が示す先。
窓の向こう、さらに上階。
俺はヴァンの首根っこを鷲掴みにして上を目指した。
ヴァン・リコルウィルの案内に従って歩いていくと、悍ましい死体の横たわる血みどろの通路へやってきた。かつて厄災島でジョン・ドウの兵士を迎え撃ち、そこら中が凄惨な風景になったことがあったが……あの時に似ている。これヴァン・リコルウィルがやったのか。
「やっぱりお前、とんでもないやつだったか」
「にゃあ!(怒)」
フワリも怒ってます。
「ぅ……」
炭腕の示す先に辿り着いた。城の最奥部のようだ。
広い空間だ。死体が転がる乾血の絨毯の奥に、奇妙な光景があった。視界を覆い尽くすような岩石の壁、その一部に割れ目がある。その奥、満点の星空を切り取ったかのような、異質な模様のなにかがあるのだ。
岩石層の入り口から、奥の星空の岩層までは何メートルか幅があり、そこはまるで未知の世界へ続くアーチのようになっている。
俺とフワリはゆっくりと血の踏みしめて、奥へ近づいた。
「地獄の入り口か?」
「にゃあ?」
近づくにつれブチが激しく振動する。感じる。この学校にとって大きな脅威となるその瞬間が近づいてきている。
「にゃ!」
フワリの声。アーチの奥、パキパキっとひび割れていく。何かが出てくる。星空の層が砕けた。噴出する大量の光る液体。それと一緒に流れるように出てくるのは人型の生物だった。ツヤツヤした身体をしている。のっそり立ちあがる。歩き慣れない赤子のような動きで、ソイツは不器用に大地に二本の足で立った。直立するとデカいことがわかる。身長は3m近い。
不気味なやつが出てきた。ヴァンを放り捨て、俺は首を左右に傾けコキコキ鳴らす。肩を軽くまわす。その間に飛び出すフワリさん。
「にゃあ〜!」
元気に飛びかかるフワリ。振り抜かれる猫パンチ。濡れた巨人はバチコーンっと勢いよく弾かれて今出てきた亀裂へ叩き戻されてしまった。
「にゃんにゃあ♪」
フワリさん、満足げです。
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