主戦力はあの猫!

 ヴァン・リコルウィルは呪われた子であった。

 

「この子を殺しなさい。いずれ災いの種になります」


 ヴォールゲートの貴族家に生まれた彼は家を追放され、元の家名を失い、現在でも広く知られる名前を名乗りはじめた。


「君の名前はなんというのだね」

「ヴァン・リコルウィル」

「ヴァン、ヴァンか。いい名前だ、これからよろしく。この学校が今日から君の家になる」


 ゴールドウェイクと呼ばれる教師は彼の境遇を密かに知っていた。どこか暗く物悲しい目をしたヴァンを、学校に快く受け入れたのはそのためだった。

 ヴァンにとってゴールドウェイクは尊敬する偉大な魔術師であり、目標とする頂であり、同時に父親のような存在だった。


「校長先生、見てください、やっぱり僕の推測は正しかった、文献によればかつてこの土地に暗黒の流星が落ちそれは今なおヴォールゲートのどこかにあるはずだ。忘れられて久しいですが、失われるはずがない!」

「ヴァン、その本は私が預かろう」

「え……校長先生どうして」

「忘れるべきこともあるのじゃ。掘り起こすべきでない歴史も存在する。そこから先は禁忌。許されざる魔術の世界だ」

「嘘だ、先生は常々おっしゃっていたではないですか、常識を破るのだ、と。魔導の究極を求めるならば驚異的な探求に身を投じるのだ、と。禁忌がなんですか。それすらも糧にすればよろしい!」

「ヴァンよ、よく聞くのだ。君は学生であり、私は教師だ。若く、好奇心溢れることは素晴らしい。だが、危ないと思えば私たち指導者が手綱を引く。ヴァン、この話は終わりにしよう。別の研究課題を与える」


 ヴァンは師である父であるゴールドウェイクにも裏切られた。

 停滞をよしとせず、禁忌など恐れず、進化を望んだ彼は、ゴールドウェイクに決闘を挑み、敗れ、敗北者として学校を去った。

 

 進化学会を立ち上げ、何年もかけて勢力を整え、武を学び、学校を制圧する準備をする過程で『強さ議論』に噂をかぎつけられ、期せずして名前は広がった。


 復讐の準備のために、ヴァンはさまざまなモンスターを自分の手で討伐した。素材を用いてキメラを作り研究を進める必要があったからだ、その過程で、彼は魔術師としての才能以外の、純然たる闘争能力を進化させていた。


 旅の僧から拳法を、城の騎士からは剣を、辺境の達人からは槍を。

 あらゆる武と知を集め、武芸者としても一流に至った。

 ヴァン・リコルウィルは万能の天才だったのだ。


「ゴールドウェイク校長先生、お久しぶりです」


 20年の時を経て、ヴァン・リコルウィルは学校に舞い戻った。

 校長に復讐するため、かつて奪われた自分の研究を取り戻すために。


 校長が死んだ今、すでに目的は達成されたも同然だった。

 そんなところへ退屈を打ち破る存在が現れた。


(フィンガーマンか。聞いたこともない名だが、名もなき英雄というわけか)


 ヴァンは感じる。フィンガーマンから放たれる覇気を。

 

(強者の律動。私に匹敵しうる)


「興味深い」


 ヴァンは薄く笑む。

 走り出すキメラ。指男を噛み殺そうとし「にゃん!」猫の手に叩き落とされベチャっと潰れたトマトのようなシミを床に描く。肉球が空を切る速さはヴァンの認識を上回っていた。


(速い、あの毛玉モンスターがフィンガーマンの主戦力か)


 ヴァンはすぐに判断し、攻撃対象をフワリへ切り替えた。

 瓦礫の隙間から、次々と黒い獣たちが這い出てくる。追加で召喚したのだ。

 10匹以上が、一斉に襲いかかり、けれどフワリは高速ネコパンチで応戦する。

 瞬殺。あまりに呆気ない幕引き。ヴァンは目を見開き、最大の警戒感を抱いた。


(なんだ、あの毛玉は……っ、パワーとスピードが異常だ。今、向かわせたのはただのキメラじゃない。コレクションの中でも戦等級200以上の優れた完成度を誇る個体を集めた”上級キメラ”群だ。3匹も放てば街のひとつ制圧できる戦力だというのに……)


 ヴァン・リコルウィルは背筋をぞくりとした物が駆け抜ける。

 

「フハハ……素晴らしい、それがお前の使役した最強のモンスターというわけか……」

「にゃあ〜?」

「素晴らしいぞ、お前たちならば我が最高傑作たちを呼び出すに値する」


 白いコートの懐から分厚い本が出てくる。

 

「放てば最後、わずか1匹で主要都市すら機能を停止する。暴れ出したら私ですら抑えるのは骨が折れる、まさしく怪物の中の怪物」


(最上位キメラ。俺の長年の創作活動の中で、傑作とあげる3匹のキメラ。戦等級にして300を上回る。こいつらを使う機会は王を相手にする場合くらいだと思ったが……)

 

 地面が黒く泡立ち、3つの影が這い出てきた。

 ひとつは竜の頭を備えた巨躯の牛。

 ひとつは7つの首を持つ鶏。

 ひとつは光沢のある鱗をもつクラゲ。


「モンスターの競い合いは残念ながら私に分があったようだな、フィンガーマン。だが、気に病むことはない。お前が優れた魔術師なのはわかっている。私は使役術の専門家だ。だからその数と質において私が優っていることなど当たり前であり、それに勝ったからと言って私はお前の評価を下げたりはしない。安心しろ、私とお前、サシの術の競い合いにキメラは使わん。そんな無粋な真似はしないとも━━」

「ペラペラ喋ってるけど、お前のペットたち死んでるぞ」

「え?」


 指男はスッと横を指差す。

 ヴァンはチラッと視線をやる。


「にゃあ〜♪」


 冒涜的怪物たちは無惨に砕かれ散乱している。

 汚い体液まみれなフワリは楽しげに前足で死体を叩いて遊んでいた。


「………………は?」

「おのれ、ヴァン・リコルウィル。うちの子をあんなに汚しやがって。覚悟の準備はできてるんだろうな?」


 指男は拳をコキコキと鳴らした。

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