大罪人、禁忌ヴァン・リコルウィル

 ━━セイラムの視点


 セイラムは剣を抜き放ち、静かに下段に構える。

 肌をヒリヒリと焼くのは眼前の強者から放たれる敵意によるものだ。


「なるほど、秘密の部屋か。聞いたことがある。学校には本当に必要とされた時に出現する場所があると。神秘で隠匿されし秘密。ふむ、この学校の全てを支配したつもりだったが、どうやら学校そのものは私の手中にはないようだな」

「ヴォルル、お願い!」

「ゔぉるるん!」


 ヴォルルは前傾姿勢で構え、魔力を高めていく。

 駆け出すエリー。続くセイラム。恐ろしいほどの覇気に、圧倒されたが、それでも目の前の敵を倒すほか選択肢がないことを知っていた。だから最も勝機を高められる連携攻撃の基点を逃さなかった。


「「やああッ!」」

 

 斬りかかる二振りの剣撃。

 飛び出したキメラが斬撃を弾く。


「っ」

「硬い……っ」


 ヴァン・リコルウィルが繰るキメラは強靭な鱗をまとった獣であった。それが2匹、彼のセイラムとエリーの斬撃をたやすく弾き、主人を守った。


魔導の星ラガウェイ!」


 叫ぶステラ、振り抜かれる杖。

 撃たれ吹き飛ぶキメラ。衝撃によって主人から強引に引き剥がされる。

 ヴァン・リコルウィルは「ふむ」と眉根をあげる。

 その隙をヴォルルは見逃さない。

 ヴォルルの得意技にして必殺技ヴォルルサンダーの炸裂だ。

 狙いはもちろん大将首。空気がビヂッと音を鳴らす。白雷の焼き焦がす匂い。

 刹那、空間を一条の光が駆け抜けた。

 飛び上がるキメラ。たまらず砕かれ、丸焦げになって死に絶える。

 

「ヴォールゲートオオカミ。いいモンスターだ」


 ステラとエリーが斬りかかる。キメラの1匹が死に、1匹が引き剥がされたことで、もはや主人を剣から守る者はいなくなった。


「ここだ!」


 振り抜かれるステラの剣先。

 ヴァンは腰を落とし、髪をわずかにかすめさせるニアミスで回避すると、ステラの手首を押さえ、空いた手で掌底を鳩尾へ打ちこんだ。吹っ飛ばされ、床をすーっと滑っていく。ステラは強烈にえづき肺の空気をすべて吐き出す。

 耐え難いダメージに、剣を手放し、腹の痛みに背を丸める。

 すぐにエリーも床の上をすーっと滑ってきて、セイラムにぶつかった。同様にお腹を押さえて、涙をポロポロ流しながら、痛みに背中を丸めた。


「どうした。魔術師だから近接戦闘が苦手と思ったのか」


 ヴァンは白いコートを軽く払い、涼しい顔で深く息を吐いた。素早く杖を抜き「魔導の星ラガウェイ」と唱え、ステラへ狙いをつける。


「っ! 魔導の盾テクトウェイ!」


 ヴァンの魔術の方が発動速度も弾速も優っていた。防御しようとしたステラのリアクションは間に合わず、魔術に吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられる。


「ゔぉるるッ!」


 2発目のヴォルルサンダーを溜めていたヴォルルは、激昂し、駆け出した。


「いいモンスターだが、まだ子供だな。数奇の雷鳴をつかいこなせていない」

「ゔぉるるーッ!」


 ヴァンは2発、黒い星を発射する。ヴォルルは俊敏なフットワークで星を避け、間合いを詰め、首を噛みちぎらんと飛びかかった。ヴァンは回し蹴りでヴォルルの横面を蹴り付け、たやすく迎撃してしまった。


「粒揃いとはいえ、所詮は子供か。私と戦うには20年早かったな」

「ゔぉ、ゔぉるる!」

「お前はまだ元気そうだな」


 ヴォルルはめげずに立ち上がり、牙を剥き戦意を露わにする。

 冷笑を浮かべるヴァンはヴォルルへ杖を向けた。


「待つんだ、獣よ。お前ひとりの手には負えまい」

「ゔぉるる?」


 ヴォルルの顔前に制止する手が出される。

 隣に赤い髪の美しい少女がいた。傷だらけの血まみれだが、筋肉の塊のような見事な身体をした彼女━━クゥラは倒れている3人の少女たちを視界端に捉えていた。


(エリー、セイラム……このただならぬ覇気の男がやったのか)


「ほう。その姿……我が共犯者の退けたとみえる」


 ヴァンは楽しげに優しい笑みを浮かべた。

 

「私の仲間をよくもやってくれたな」

「だったらどうする、侵入者」

「お前を倒す、合わせろ、わんわん!」

「ゔぉるるーんっ!」


 クゥラとヴォルルはすぐに息を合わせた。 

 お互いのことを知らなかったが、目前の敵に対する怒りは同じだった。


 

 ━━赤木英雄の視点



 大きな螺旋階段、立派ですねえ。

 こんな立派建物壊したらそれこそ大罪ですよ。

 賠償金とかあったらきっと数千億、あるいは数兆円規模ですな。

 絶対に、絶対に、こんな立派な建物に被害は出さないぞ。ここに誓う。


「にゃあ〜」

「また変なのが出たな」


 螺旋階段を登り切り、歩いて程度の高さまで登ると、奇妙な生物を発見した。

 まるで岩のようだ。肌触りの悪そうなゴツゴツで覆われており、ツノやら、尻尾やら、翼やら、生えている。されどきっと人間なのだろう。

 血まみれで、ボロボロなそいつは、泣きながら、哀愁の漂う背中で通路を歩いており、俺からどんどん離れていく。


「私はすごいんだ……こんなはずじゃないんだ……、殺してやる、あの赤い髪の女、殺してやる……!」

「ちょ、待てよ」

「っ、何者だ!」


 勢いよく振り返ってきた。

 正面から見ると、どことなく爬虫類っぽい。


「今、赤い髪の女って言ったか」

「ああ、それがどうした、あの脳筋で気に食わない蛮族の如き女が気に食わないって言ってるんだ、あいつは俺を……ん? お前、なんだ、この学校の生徒じゃないな……」


 哀愁爬虫類はハッとして「お前、さては侵入者だな……!?」と叫んだ。


「憂さ晴らしだ、ヴァン・リコルウィルの右腕として貴様の首くらいは持ち帰る、それで汚名返上だ! 喰らえ、ドラゴンブレス!」

「ん? それ炎か? あーダメダメ、フワリの毛並みが燃えちゃいます」

「にゃあ〜」


 パチン。

 

「ヴュがああファああああああああ!!!!??」

「きもい油デブだったり、哀愁の爬虫類だったり。ここは動物園か」

「にゃあ、にゃ〜」


 フワリも呆れてます。やれやれ。


「にゃあんにゃあ」

 

 天井を見上げるフワリさん、あ。崩落してくるのね。

 またしても欠陥建築、本当に許せません。赤木、訴えます。

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