レジスタンスと合流

 ━━セイラムの視点


 銀色のふわふわ狼は3人の少女を乗せて、誰もいない学校を駆け抜け、寂しげな講義室のひとつへ飛びこんだ。


「ここまでくれば安心だ」


 扉が音を立てて閉められる。

 セイラムはふわふわの背中を名残惜しそうに降りる。

 いましがた自分達を助けてくれた恩人へ視線を向ける。

 灰色の髪をしたセイラムやエリーと同じくらいの年頃の少女だ。顔だけ見たら悪人そのものだ。特に目が恐ろしい。常に睨んでいるようで、瞳孔が小さいせいか正気に見えない。


「恐いって思った?」

「え? い、いや、そんなことないですよ」

「血に飢えていそう」

「エリーなんてこと言うんですか……!?」


 セイラムは慌ててエリーの口を塞ぐ。

 

「大丈夫だよ。目つき悪いのは生まれつきだから。別に気にしてないよ。むしろ虚勢はられると驚かしたくなる。━━うああー!!」

「ひえええ!!」


 セイラムは驚きのあまり、反射的に襲いかかってきた少女の襟を掴んで、放り投げてしまった。見事な一本背負いである。

 

「ぐへ……い、痛い……!」

「あ。ごめんなさい、襲われたからつい……」

「い、いやいいんだよ、私こそ調子に乗ってすみません……」


 少女は狼に心配されながら立ちあがる。


「私はステラ・トーチライト。この学校の生徒なの。こっちはヴォールゲートオオカミのヴォルル。とっても強い頼れる相棒なんだ」

「セイラムです。さっきは助けてくれてありがとうございます。こっちはエリー。エリーもすごく感謝してるって言ってます」


 セイラムはエリーが変なことを言う前に、勝手に自己紹介を済ませる。


「さっきの悪い奴をやっつけてくれたのもこのもふもふの子ですよね。よーしよしよし」

「セイラム、気をつけて、鋭い牙」

「大丈夫ですよ、こんなに無害そうなふわふわさんですもの」

「ゔぉるる〜♡」

「あはは、可愛い。さっきはありがとうございます、ヴォルル」

「可愛い……よしよし……」


 セイラムとエリーはヴォルルの愛嬌にすっかり心を撃ち抜かれてしまった。

 頬を微妙に染めむふーっとした表情で「可愛いすぎる……」と撫でまわす。


「あなたたちは何者なの。この学校の生徒には見えないけど、まさか外からやってきたの?」

「あ、そうでした。私たちヴァン・リコルウィルっていう悪い奴を倒しにきたんです!」

「フィンガーさんとお姉ちゃんとははぐれちゃったの」


 ステラは二人から事情を聞いた。

 

「はあ、まさかそんな勇敢な旅人がいるなんてね。立ち寄っただけで7つの英雄へ戦いを挑もうとするなんて相当にそのフィンガーマンっていうのは正義感が強いのね」

「まさしく英雄的生き様というやつです!(自慢げ)」

「ちょっとよくわからないけど、とにかく状況はわかったわ。この学校が闇の魔術師に占拠されて以来、私とヴォルル、そのほかレジスタンスの生徒たちが進化学会へ抵抗しているの。学校は広く、複雑だから、正面からやりあわなければ、なんとか持ち堪えることはできる。進化学会も人数を揃えているわけじゃないしね」


 ステラとヴォルルを筆頭に生徒たちは秘密の部屋に隠れているという。


「闇の魔術師たちは本当に強い。私たち学生とは実力が違いすぎる。さっき戦った共犯者の油デブ野郎だって、まともに戦えばヴォルルでも敵わないんだ」

「みんなで力を合わせないといけないってことですね」

「そういうこと。ふたりとも力を貸してくれる?」

「もちろんです。エリーも喜んでって言ってます!」

「私、まだ何も言ってないよ、セイラム」

「言ってます! ささ、行きましょ、ステラさん、ヴォルルちゃん」


 ヴォルルは3人の少女を背中に乗せて再び、無人の廊下を駆けだした。

 

「秘密の部屋ってどこにあるんですか」

「学校が連れて行ってくれるんだよ」


 向かう先に黒い立派な扉が見える。

 セイラムは一眼みた瞬間から「あの扉に入らないといけない」という不思議な使命感を抱いた。


「あれだ」

「ゔぉるる〜」

「全然、秘密って感じじゃないですね」

「あれは普段は普通の扉なんだ。でも、必要なときには秘密の空間へつながるんだよ。学校にある全ての扉が同じなんだ」

「すごい、そんな不思議なことが……」

「ここはヴォールゲート魔導魔術学校だからね」


 ステラは少し得意そうに胸を張って言った。


「学校を脅かす闇の魔術師から生徒たちを守るために、学校が私たちを守ってくれてるんだよ。やつらはまだそのことに気がついてないんだ」


 ヴォルルは走る勢いそのままに扉へ飛びこむ。

 視界に広がるのは、生徒たちの姿だ。かなりの人数が一斉にステラたちへ視線を向けた。

 

「す、ステラさん、よく帰りました!」

「ただいま戻りました、マーリン先生」


 秘密の部屋に避難していた教師マーリンが心底安心したようにステラたちを出迎えた。まだ若い女性の教師で、美人なため生徒たちに人気だ。今は心労のせいでとても疲れた顔をしている。


 入ってきたのがステラだとわかると、生徒たちもホッとした表情をすした。

 いつ闇の魔術師い見つかるかわからない避難場所なのだ。扉が開かれれば、今度こそ自分達が殺される時かと震えるのも無理はない。

 扉が閉じられるのを横目に、ステラはセイラムとエリーをマーリンへ紹介しようとする。その時━━


「ぎゃるるる!」

「ひやああ! キメラだああ!」


 生徒の悲鳴。閉まりかけた扉、その隙間に冒涜的怪物が頭を挟んでいた。

 闇の魔術師の手から生徒たちを退けてきた秘密の部屋が見つかってしまった瞬間だった。絶望の理解はすぐに広がり、つんざくような悲鳴は連鎖していき、生徒たちはあっという間に混乱に陥った。


 顔面蒼白になったマーリンは扉の隙間をのぞきこむ。ずっと向こうから走ってくる男と目が合あった。銀色の長髪と白いコートをはためかせる男だ。


「ヒィぃ、ヴァン・リコルウィル……っ!」


 マーリンは震えながらも、杖を抜いた。


「は、はは、早く逃げなさい!」


 生徒たちへ叫んで、涙を瞳に浮かべた。教師として生徒を守らんと決死の覚悟で扉に挟まったキメラを魔術で吹っ飛ばそうとする。だが、情けないこと声が出ない。怖気すぎて喉が引き攣ったのだ。さらには冷静さを欠いたせいで呪文をド忘れする始末。


「マーリン先生!!」

「ご、ごご、ごめん、なさい……っ! ら、ら、らが……」

「ちっ! これだから温室育ちは!」

 

 ステラはヴォルルの立髪を掴み「ふたりともごめん!」と叫んだ。

 ヴォルルは勢いよくキメラへ飛びかかり、つっかかっていたキメラを押し出した。キメラとヴォルルと騎乗者たちは転がるように秘密の部屋の外へ。

 扉の隙間に挟まっていたキメラがすっぽ抜けたことで、扉は正常にずずずーっと閉じていく。


「ほ、本当にごめんなさーい、ステラさぁぁぁん!」


 泣きながら崩れ落ちるマーリン先生の姿を、扉が閉じる瞬間まで見届けた。

 ステラとセイラムとエリーは顔を見合わせ、敵へ向き直る。


「勇敢だな、少女たち」


 ヴァン・リコルウィルは十分な距離をとって立ち止まった。

 世界最強の英雄、その7つの頂に数えられる覇者のオーラは尋常ではなかった。最も闘争者の勘に優れるエリーは、呼吸すら苦しく感じていた。

 冷や汗をながし、ひりつく肌の感覚にあの男と近いものを感じていた。


「この感じ、フィンガーさんと似てる……あの男、危険……」


 エリーの言葉にセイラムは腹を括った。

 目の前にいる男が、自分達より遥か格上だと戦う前から悟ったのだ。



 ━━赤木英雄の視点



 魔法学校とかいう話だったが、なるほど立派な建物だ。

 

「この大きな階段を使えば上へいけそうだな」

「にゃあ〜」


 昇降口正面にある馬鹿でかい階段を登っていると、奇妙な人影が現れた。

 

「デュフフ、どうやら侵入者のひとりのようですねえ」


 デブだ。異形のデブが道を塞いでいる。


「探していた生娘どもではありませんが、まあいいでしょう。我輩が魔導の力、とくと味わせて差し上げ━━」

「汚ねえ。寄るんじゃあねえ」


 パチン。


「っ!! な、なんだ、あちゅい、あちゅいぃいいい、燃える、燃える、や、やめろ、な、なんだ、何が、一体ななにが起こってぇぇぇぇええええ!」


 体から触腕を生やしたデブは黄金の炎に包まれた。

 あとに残るのはこんもり積もった灰燼だけだ。

 

「にゃあ」

「よしよし、もう怖くないぞ、フワリ。危なかったな。あんなテカテカした触腕に触れられたら自慢の毛並みが台無しだもんな」

「にゃあ〜♪」

 

 お猫様の毛並みを害する不届者に、俺は容赦しない。

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