後顧の憂いを断つウィル

 ━━ヴァン・リコルウィルの視点


 古びた本を閉じ、机の上に静かにおく。

 静謐に満ちた校長室の窓からヴァン・リコルウィルは外を見やる。


「ヒューデリーが解けていく……」


 窓辺に近寄り、透明な瞳を揺れさせる。黄金の光が波のように広がっていく。半球体のドームのような結界を展開して蒼白い光を焼いていく。


 世界でも指折りの大魔術師であるヴァン・リコルウィルをして、目の前の美しい光景には目を奪われた。


「想像を超えてきたな、侵入者。分断する星の霧へのレジストも成功させ、外側からヒューデリーを解除する。みの毛もよだつ魔術狂いがいるとみた」


 悦びに笑みが漏れるのを、手で押さえる。

 白い手袋に熱い吐息が溢れた。


「まだだ、まだ笑うな。……はは、興奮させてくれる」


 白いコートを翻し、校長室の扉を勢いよく開け放ち、向かうは主塔の真ん中を抜ける吹き抜けの螺旋大階段だ。階段をまっすぐに降りれば、やがて南正門からやってくるイカれた魔術師と鉢合わせになる。だが、ヴァン・リコルウィルは途中で道をそれる。


「後顧の憂いを絶っておくか。我が人生でも重要な一戦になることは違いないのだ」


 ヴォールゲート魔導魔術学校は、天より地上まで伸びるほどに育った巨大な鍾乳石を削り出し、原型が築かれ、そこに増設する形で現在の城砦部分が建てられた。

 ヴァン・リコルウィルの向かったのは、城のなかでも最も古い区画、鍾乳石を削りだして作られた区画だ。そこは普段は誰も立ち入ることを許されてない禁断の区画でもある。


 禁断の区画をヴァン・リコルウィルは降りていく。

 道中には遺体がごろごろと散乱している。モンスターたちの死体もだ。

 壁にも床にも、天井にも、凄惨に肉と血が飛び散った後があり、臭いは鼻が曲がりそうになるほどにひどい。

 血はすでに乾いており、死後数日が経過している。


 学校制圧時に死んだ学校側の教員たちと、返り討ちにされた進化学会の魔術師たちのものだ。禁断の区画をめぐって激しい戦いが行われたが、最後にはヴァン・リコルウィル側が勝利をおさめた。

 

 深部へ辿り着く。数多の死体が転がる乾いた血の絨毯の奥に、奇妙な光景がある。まるで満点の星空を切り取ったかのような、異質で巨大な石が切り開かれた岩層の奥にのぞいているのだ。


 ヴァン・リコルウィルはそれを見て、目を奪われた。

 あまりの美しさにその向こうに潜む恐ろしい存在の予感に、心が震えた。

 岩層の入り口から、奥の星空の岩層までは何メートルか幅があり、そこはまるで未知の世界へ続くアーチのようになっている。

 アーチの手前、血塗れの老人が横たわっている。白い立派な髭を携えているが、表情は酷く苦しそうだ。

 わずかに息があるようで、足音に反応して、顔をもたげる。


「ご機嫌よう、ゴールドウェイク校長先生、まだ生きておられたのですか」

「はぁ……は……はぁ……ヴァン、取り返しのつかないこと、だ」

「私は学生の頃からこの学校の抱える秘密に興味があった。今日、ようやくそれが手に入る。まあ、もう中身がなんなのかは知っているんですがね」

「……この、愚か者が!」


 老人━━学校長ゴールドウェイクは立ちあがると杖をふるい、強大な魔力を直に放ち、ヴァン・リコルウィルを弾き飛ばした。

 

「っ、まだこんな力が残っていたか、老いぼれが!」

「ここで貴様を葬ることがわしの最後の罪滅ぼしじゃ」


 ゴールドウェイクは杖をちいさく振り、魔力を収束させ、黒い星を7つ作り出す。


「死ぬがいい、我が弟子よ━━魔導の連星スーラガウェイ!」


 魔導のルーンによる奥義、7つの連星は通常の魔術では防ぐことは不可能だ。

 息のつかせぬ高速で連射に対し、ヴァン・リコルウィルもリアクションを起こす。背後からキメラが飛びだした。全部で9匹。さまざまなモンスターを掛け合わせた冒涜の怪物たちだ。


 怪物たちは黒い連星と、主人の間へ体を挟みこんだ。

 黒い星々はたやすくキメラたちを砕き、死に絶えさせる。

 残る1発がヴァン・リコルウィルの元へ届く。


魔導の盾テクトウェイ


 冷静に1発を魔術で受けとめ、そのままの勢いで反射した。通常魔導の盾テクトウェイは硬質の魔力盾で相手の黒い星の軌道を逸らすための魔術だが、達人が使えば逸らすだけにとどまらず、そのまま跳ね返すことも可能だ。


 老人の体がフワッと浮いて壁に叩きつけられた。

 胸には大きな傷跡があり、ゆとりのあるローブは新鮮な血で滲んだ。

 ゴールドウェイクは目を見開いたまま動かなくなった。


「はぁ、はぁ……偉大な魔術師だろうと所詮は老いぼれ。進化を否定し、未来を恐れ、停滞に甘んじた。末路哀れだな、校長先生」


 すべての邪魔者はいなくなった。

 この学校のなかで脅威と呼べる者はほとんどいない。


「いや、まだ細かいのがいくらかいたか。はは……待ち遠しい。ヒューデリーを破る魔術狂い。我が共犯者を打倒し、私の元へこい。そして満足させてくれよ」


 ヴァン・リコルウィルは肩の傷を手で押さえ、予想外を起こしそうな全てを絶やすべく、禁断の区画をあとにした。







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 こんにちは

 ファンタスティックです

 

 新作を投稿しました。

 幸薄めな主人公の現代ダンジョン物語。赤い血の系譜の物語がまたひとつスタートします。

 タイトル『極振り庭ダンジョン』です。

 ご興味ありましたら読んでくれると嬉しいです。

 https://kakuyomu.jp/works/16817330651121763226

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