マーシーが更生する道を選んだ理由

 氷を突き破ってくる巨大猫フワリ。びっくりして咄嗟に氷柱から距離をとるマーシードラゴン。


「にゃああ〜!」

「くっ!」


 マーシーは氷ブレスを再度吐きつけた。

 先ほどより威力の劣るブレスだが、フワリの突進を抑えるには十分だ。

 氷ブレスによって推進力を打ち消されてしまったフワリは、敵の元まで飛距離がたらず、減速したのち落下し始めた。にゃ〜っという声が城にこだまする。


(危ないところだった。なんてテイムモンスター、ドラゴンブレスに耐えるなんて。あの長い毛並み、もしかしたら氷のルーンを完全に無効化でもするのかな)


 もふもふ長毛種のフワリならば、まだ納得はできた。

 モンスターのなかには特定の属性攻撃に対して耐性をもつ種がいる。

 それは決して珍しいことではなく、例えばスケルトンと呼ばれる弱小モンスターでも、斬撃や刺突などの物理属性に対しては一定のダメージカット率を持っていると言われている。逆に棍棒などによる打撃には弱い。

 寒冷地に住むモンスターならば、ほとんど氷属性ダメージを受け付けないような特性を持っていてもおかしくはなかった。とはいえ、寒冷地のモンスターは寒冷地に住んでいるものなので、それ以外の場所で出会うことは稀なのだが。


(後であの種について調べておこう。将来的な脅威になるかもしれない)


「氷が効かないなら星のルーンで攻撃を加えよう。空から一歩的にいじめてやる」


 後に残ったのは作業だけだ。

 最大の敵はすでにブレスで骨の髄まで凍って死んだ。

 あとは猫を倒すだけ。そう思い、ホッとしたのも束の間。

 猫が飛びだしてきた氷柱の陥没で人影が動く。

 マーシードラゴンは目を驚愕に目を見開いた。

 氷柱の中腹、その穴で指男は棒立ちしていた。

 左手にだるそうに下げているムゲンハイールの氷を払ったり、凍りついた毛先をぺっぺっと叩いたり。

 

(まさかあいつもドラゴンブレスを耐えたって言うの!?)


 猫が耐えたのはまだ納得できた。

 だが、指男のほうにはドラゴンブレスに耐える道理がなかった。

 寒さに強そうな風貌でもなければ、レジストをしたそぶりもない。

 ただマトモに喰らって……そのうえでほとんどダメージを受けてない。そうとしか考えられなかった。だが、そんなことはありえない。ドラゴンブレスをその身に受けて、動ける人間はいない。

 

 マーシードラゴンの理解を超えていた。

 最初からどこかおかしな雰囲気はあった。

 ヒューデリー要塞守護壁を解除した謎の魔術、同時に壊れて崩れていった連なる外壁部分。奇妙なふわふわ巨大猫。奇妙な銀色の鞄。素手で魔術を弾き、視認できない速さで接近し、容赦なく殴ってくる━━魔術師なら魔術使え━━ところなど。


 積み重なる異質さは、いま明確に現象として現れた。

 

(なんなの、お前は、訳がわからない……どうやって、どこでそんな力を……)


 棒立ちの指男は、そっと手を持ちあげる。

 マーシードラゴンは彼が何をするつもりなのか、わからなかったが何かはするのだろうと思った。だから何かされる前に極寒の息吹をもう一度浴びせようとする。


 パチン。


 よく乾いた指パッチンが響いた。

 渾身のドラゴンブレスを吐こうとしていた竜は、黄金の光に包まれたかと思うと、爆発し、大炎上、焦げ臭い空をのたうち泳ぎ、もがきながら地上へ落ちていった。

 派手に墜落した地点へ、指男とフワリはテクテクと歩み寄る。

 えぐれた地面の上、ボロボロの少女が這いずって逃げようとしている。

 胸には大事そうに割れかかった水晶を握っている。


「こんな、の、ぉかしぃ……こんな、馬鹿なことが……あるわけ、ない……変だもん……私、勝ってた、あいつはもう死んでなきゃ、おかしいよ……っ」

「おかしなことも馬鹿なこともこの世にある」

「ひ、ひぃ……! フィンガーマン……っ、来るな、私は、負けてない……まだ、負けてない、もん……!」

「やれやれ」


 指男は疲れたように首を横に振り、少女の持っている水晶を奪い取った。


「や、やめ、返せ……! 返して、返してよ……!」

「僕ちゃんね、人が大事にしてるものをぶっ壊すが大好きなんだぁ(ニチャア」


 指男はニチャアっと笑みを深め、水晶を力任せに握った。

 天文学的な圧力によって、水晶は粉々に砕け散った。

 

「わ、私のマジッククリスタル……っ!」


 少女はポタポタと涙を流す。

 どうせ殺されるならばと、キッと指男を睨む。勢いよく視線を向ける。

 その瞬間、硬い拳が少女の顔を打ち抜いた。たまらずマーシーは気を失った。


 

 ━━赤木英雄の視点


 

 赤木家伝統の子守唄『拳』で不良少女を寝かしつけ、俺は肩を軽くまわす。

 見ず知らずの人へ迷惑をかけるなんて全く教育がなっていない。


「ところでこの女の子なんだったんだ」

「にゃ〜ん」


 フワリは「わからないにゃん」と言いたげに前足で顔を洗っている。

 設計ミスとしか考えられない学校の城壁を破壊したら、いきなり立ちはだかるんだから、困っちゃうよ。これ裁判したら俺勝てるよ。


「さて、フワリ、俺たちの優れた推理ではたぶんセイたちはこの学校のどこかにいるとなっているわけだが」

「にゃ〜ん(訳:くんくん)」


 フワリがくんくんしだした。

 きっと匂いでセイたちを見つけてくれるのだろう。


「にゃ〜ん(訳:とりあえず敵を全員倒せばヨシにゃんっ!)」


 フワリはまたしても見覚えのあるポーズでピシッと城を指差す。

 なるほど、確かに一理ある。

 セイたちが危ない目に逢う前に悪党をすべて倒せば問題は解決する。


「そうと決まればすぐ行動です。一番悪いやつを倒して降伏させましょう。どこにいると思います?」

「にゃし!」

「なるほど、さすがはフワリ。悪いやつは高いところに登るって言いますもんね」


 俺とフワリはとりあえず高いところを目指すことにした。

 そこに敵のボスがいるはずだ。

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