人体融合の禁忌

「うがああああ、ううううぁぁぁぁああ!」

 

 苦痛の悶え声が響き渡った。

 共犯者デイヴの腹が弾けた。

 腹の中から太い吸盤のついた触腕が8本出てくる。

 異形の出現にセイラムとエリーは体が固まってしまった。


「デュフフ、ご存じなかったですか。ヴォールゲートが禁忌とした怪物造り。その真髄はモンスターとモンスターを融合させることではありません。モンスターのチカラを直接に人体と融合させることにあるのですよ! デュフフフっ! これが私が油蛸と恐れられる所以ですぞ!」

「化け物だ……」

「セイラム、逃げて、私が食い止める」


 駆け出すエリー。

 

「まるで羽虫のようですな」


 共犯者デイヴは太い触腕を向けた。

 エリーは素早い動きで、二振り、三振りと触腕をかわしたが、すぐに逃げ道を断たれ、たやすく捕らえられてしまった。


「うっ、ひどい匂い……っ」


 エリーは顔をしかめる。

 身体にテカテカした脂がまとわりつく。

 衣服もぐしょぐしょだ、エリーは大変に不快な気分になった。

 

 セイラムは焦燥に駆られた。

 どうすればエリーを助けられるのか。

 どうすれば目の前の怪物を倒せるのか。

 

(もう一度、蒼い火を使うと私も疲れて動けなくなっちゃうかも……)


 強くなりたいと渇望し、訓練により意図的に火を放てるようになったが、それもまだ不完全だ。使えばスタミナを膨大に消耗してしまうのだ。


「デュフフ、やはり娘の未発達な体はいいですなぁ」


 共犯者デイヴは触腕で捕らえたエリーを引き寄せ、彼女の顎を持ち上げて吟味していた。嫌そうにするエリーを大変に楽しんでいるらしい。

 セイラムは我慢の限界だった。その手に蒼い火を灯す。


(来たな、あっちの蒼髪の娘め。さっき見せた蒼い火……火のルーンのちからなのか……しかし、蒼い火など聞いたこともない。あれには注意をしたほうがいいな)


 共犯者デイヴはエリーの身体へ手を伸ばしながらも、頭は冷静であった。

 用心して火の攻撃に備えていると……それは起こった。

 ズドン。未曾有の衝撃がすべてを支配した。

 まるで学校に同質量の巨大船舶でもつっこんできたかのような、城そのものが傾くような衝撃であった。


 たまらず触腕による拘束が解け、エリーの体は投げ出された。

 セイラムも否応なく床の上を転がるが、落ちてくるエリーをキャッチするため、すぐに体制を立て直し、走りだした。

 ぬるぬるの身体を躊躇なく大事に抱き止めることに成功する。


「大丈夫、エリー?」

「うん、私は平気……」


 共犯者デイヴは「一体なんなんだ!」と天井を睨み付ける。


「さっきもこんな衝撃があったが今度のは比じゃない。リコルウィル陛下はヒューデリーが攻撃されていると言っていたが、まさか……またしても外側から攻撃が? ありえない、星の霧は使われているはずなのに」

「セイラムファイアー!」

「っ!?」


 蒼い火炎球はまっすぐに飛んだ。

 共犯者デイヴはその体躯に見合わない素早い動きで反応する。

 

(見た目よりずっと敏捷だ……!)


 牢屋を転がるように移動する異形にセイラムは認識をあらためた。


(くっ、小賢しい、隙をついて来ましたか、これは避けきれませんね)


 共犯者デイヴは完全な回避を諦め、可能な限り被害を抑えるべく、蛸足の一本を盾にする。デイヴの狙い通り蒼い火炎球は着弾した。


「ぐぅお!」


 着弾と同時に蒼い火は激しく燃えあがった。

 

「我輩の融合ベース、キモデブオクトパソの弱点をつかれるとは……っ! うぐうう!」


(やっぱり油だ。エリーのネチャネチャから推測できた通り、あの闇の魔術師のテカテカは全部油なんだ)


 共犯者デイヴの最大の弱点である火の攻撃。

 セイラムは期せずして効果的な攻撃を成功させていた。


「うああああ、燃える、燃えるぅうう!」

「そのまま燃えてしまえ、このおぞましい怪物め」

「━━なんちゃって♪」


 燃える蛸足がぶちっと根元から千切れた。

 共犯者デイヴはそれまでの焦り様とは打ってかわって涼しい顔をする。

 

(足で火を受けたのは、あらかじめ切り捨てるため!?)


「では、お遊びもこれくらいにしましょうか」

「セイラム、逃げて、あの魔術師が移動したおかげで、牢屋の入り口が通れるようになってる……ここは私が時間を稼ぐから」


 エリーは剣を拾いあげ、ゆらっと立ち上がる。

 異形の触腕に締めあげられ、すでにかなり弱っている。

 セイラムもまた蒼い火の2度目の使用により疲労はピークに達していた。


 ふたりは気合いを入れてたちあがり、なんとか剣を手に、闇の魔術師共犯者デイヴを睨んだ。


「健気ですな。我輩の好みですぞ」


 蛸足が持ちあげられる。

 今まさにふたりを捕縛するべく素早く動き出す。

 

「ゔぉるん!」


 低い唸り声が陰湿な牢屋にこだました。

 カビ臭さと湿った空気が不快ななかで、銀色のもふもふが威厳ある佇まいでおすわりしている。


「っ! あのヴォールゲートオオカミか!」

「ヴォルルサンダー!」


 銀色のもふもふ━━ヴォールゲートオオカミの背後から少女の声が響く。


「ゔぉるるんっ!」

 

 声に応え、一声吠えると、荘厳な獣はキリッと共犯者を睨みつけた。

 その直後だった。眩い閃光が放たれたかと思うと、銀色の稲妻が空を駆け抜け、醜い異形の体へ着弾した。

 銀色のスパークが肉塊を巡り、焼き、傷つけ、痺れさせた。

 共犯者デイヴは声にもならない苦悶の声をあげ、その場に倒れた。


「ヴォルル、あの子たちを」

「ゔぉるる!」


 ヴォールゲートオオカミはセイラムとエリーのもとへやってきた。

 

「その子に乗って!」


 牢屋の入り口付近にいた少女が大きな声で言った。

 エリーは俊敏にふわふわの背中に飛び乗り、蒼い火の反動でもたついていたセイラムは、服の襟をくわえられ、ヴォールゲートオオカミは走りだした。


「ま、待ちな、さい……っ!」


 共犯者デイヴは少女たちを乗せて走りさる狼へ手を伸ばす。

 すでにその後ろ姿は遥か遠く。届かない。


「あの忌まわしいステラ・トーチライトめ……っ、またしても我々の邪魔を……っ、本当にチョロチョロとこざかしい娘だ!」


 共犯者デイヴは屈辱的な気分に、牢屋の床を拳で叩いた。

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