共犯者、油蛸デイヴ

 ━━セイラムの視点


 セイラムはフワリのお腹のしたに監禁され、温かい体温とゴロゴロ鳴る猫エンジン、ふわふわの毛並みの相乗効果によってすっかり眠たくなっていた。

 ふあ〜このまま寝ちゃおうかなぁ━━そんなことを思っていた時だ。奇妙な霧が視界を覆ったのだ。セイラムはそれが自分を睡眠の底へ誘うフェードアウトかと思った。

 だが、いきなり浮遊感がやってきた。落ちかけていた眠気はスッと醒めた。


「へ?」

 

 訳もわからず、セイラムの体は下へ、下へ、どんどん落ちていく。

 もしかしてフワリに潰されて魂が抜け落ちてしまったのか。

 セイラムの脳内を怖い想像が襲った。

 ごでっと鈍い音と共に、硬い床にお尻から落ちる。


「痛ったぁ……っ」


 なんたる仕打ちだ。ただ、痛みがあるということは魂が抜けたわけではなさそうだ。セイラムはそう納得し、痛むおしりをさする。


「セイラム」

「あ、エリー。なんでか師匠たちがいないみたいなんですけど、というかここはどこなんでしょう?」


 エリーは力無く首を横に振った。

 彼女もまだ状況を掴めていないのだ。


「ごめん、セイラム。私、なにが起こってるかわからない……でも、お姉ちゃんとフィンガーさん、フワリさんがいないことはわかる」

「それって私たちはぐれたってことです?」


(さては敵の策略? 城を攻撃したことがバレた? まずいです。私たちピンチかもしれません)


 セイラムは一気に緊張感を増し、エリーのそばに寄った。


 周囲を見渡すと、二人がいるのはかび臭い牢屋のようであった。

 かなりの広さを持っている。大人数を収容するための牢屋だ。

 セイラムはエリーと出会ったミズカドレカの地下闘技場を思い出していた。湿っていて、暗くて、緩やかな絶望の香りが漂っていたからだ。


「デュフェフェフェ、これはこれはまためんこい生娘どもがきましたねえ」


 聞くだけで鳥肌が立つ。生理的恐怖感を覚える声であった。

 セイラムとエリーはビクッとして声の方を見る。丈夫そうな鉄扉が開いて、大きい男が入ってくる。油ぎった多重顎。でっぷりとしたお腹。余裕のあるローブを着ている。見た目だけでここまで嫌な感じを出すもの難しい。


 身体を支えるにはちいさすぎるステッキで気休め程度に床を突きながら歩いてくる。男は粘着性の視線でふたりの少女を隅々まで撫でまわすように見て、邪悪な笑みをうかべた。


「さぁ、我輩の可愛らしいペットちゃんたち、あの娘どもを辱めてやるのだ」


 でっぷり太った男の背後からモンスターが出てくる。

 黒い四足獣のようであるが、背中から何本か触腕が生えている。

 触腕は湿っており、吸盤をつけており、怪しげにひくひく動いている。


「お前はだれだ!」


 セイラムは抜剣し、鋭く睨み問いただす。


「それは我輩の質問ですがねえ、デュフ。まあいいでしょう。年長者たるもの寛容さを見せて差し上げます」


 男はローブを翻し名乗った、


「我輩は共犯者デイヴ・ガンダーフォニア。油蛸の愛称で仲間たちからは尊敬を集めています。この度は我々の支配下にある城へ攻撃をする愚か者を処するために、リコルウィル陛下の命を受け、馳せ参じたのです」

「リコルウィル! それじゃあお前たちが学校を占拠してるっていう闇の魔術師!」


(そうなるとここは城のなか? 魔術師の学校だ。もしかしたら奇妙な術で私たちは城のなかに移動させられてしまったのかも)


「デュフフ、もう辛抱たまりませんな。こんな若くて活きのいい娘をどうとでもしていいなんて、しかし、その前に聞いておかねばなりますまい。君たちはどうにも魔術師には見えない。ルーンの知識はゼロと言ったところでしょう。魔術師がいるはずです。それも恐ろしく強力なチカラを操る魔術師が」


 セイラムは眉をひそめる。


(きっと師匠のことだ)


「名を教えなさい。そうすれば優しく可愛がるだけで済ませて差し上げましょう」

「断る、気持ち悪いやつめ」

「直球ですな。気の強い娘は嫌いじゃあない。屈服させるのが楽しみですな、デュフフ、デュフフフ!」


 共犯者デイヴは冒涜的キメラたちへ目配せする。

 テカテカした触腕をくねらせ怪物たちがゆっくり前進してセイラムたちへ迫る。


「デンジャラスイヌをベースに組み変えた我輩特製のキメラ。存分にお楽しみくだされ、デュフフ、デュフ」

「ここは私がやる。セイラムにあんなキモいの相手させたくない!」


 エリーは走りながら剣を抜き放つ。

 振り下ろされる剣。キメラは身軽にかわす。

 触腕の横ぶり。エリーはしなやかなに上体をそらし避ける。

 上体をそらしながらの蹴り上げ。キメラの犬頭が顎からカチあげられた。

 エリーはコンパクトに宙返りをし、着地するなり、宙空にいるキメラへ水平斬りをあびせた。


 キメラの腹部が裂かれ、死に絶え、動かなくなった。

 

「ファッキュー! このクソ生意気なメスガキめ!」


 共犯者デイヴは怒りに叫び、杖で床を乱暴に叩いた。

 呼応するようにキメラたちが激しさを増した。

 キメラの数はまだ5体も残っている。


 エリーは卓越した剣技と身のこなしで応戦する。

 デイヴのキメラたちを前にエリーひとりでは力不足であった。

 触腕にエリーの腕が捕まれる。

 

 その時、蒼い火炎が飛んできた。

 燃え盛る球はキメラに命中、蒼い火につつみ炎上させた。

 

「なんだと……?」

「セイラム……っ」


 デイヴとエリーは驚きの表情でセイラムを見やる。

 セイラムは額に汗をにじませ、やや疲れた表情をしていた。


「エリーだけに任せられないよ」


 セイラムは炎上したキメラを蹴っ飛ばし、エリーの横に並んだ。

 エリーは満更でもなさそうに「別にひとりでいいのに」とボソッと言う。


「ええい、この生娘どもが、我輩の前でいちゃコラしやがって。最高ではないか。我輩も混ぜてもらおうか、デュフフフ」

「エリー、来る!」

「後ろはお願い」


 攻撃能力に優れたエリーが背後の心配をせず、キメラを捌く。

 その背後を守るのはセイラムの役目だ。ふたりで剣に励んだ時間が、お互いの呼吸を理解させ、合図がなくとも、息ぴったりにお互いをカバーできていた。

 セイラムとエリーは迫り来るキメラを前に、優れた連携を見せ、5匹の恐るべき怪物を斬り伏せてしまった。


「これでお前の手下はもういない」


 セイラムは威圧的な声で共犯者デイヴへ向きなおる。

 エリーも横にならびたち、殺意の高い冷たい表情を向けた。


「デュフフ、なるほど、なかなかやりますねえ。ブラヴォーと言っておきましょうか、ああ、ブラヴォー、ブラヴォー」


 パチパチっと体型のわりに小さい手で拍手が鳴らされる。

 

「モンスターを操る魔術師は、モンスターがいなくなれば無力だ。強がっても無駄だ!」

「あんまり強い言葉を使うべきではありませんよ。弱く見えますからねえ━━」


 共犯者は小さなステッキを持ち上げ、ニヤリと笑う。

 何を思ったのか、いきなりでっぷりとした腹を突き刺した。

 セイラムとエリーはビクッとして一歩後ずさる。


(この男、イカれている……!)


 狂気的な行動に、セイラムは恐怖を禁じ得なかった。

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