分断する星の霧
━━魔導魔術学校内の視点
蝋燭の灯りが輝いている。暗い部屋のなかで。
青い瞳の儚げな少女がいる。部屋は気温が低いのか、寒々しい冷気すら漂っていた。
「マーシーさま、入ります」
少女━━マーシーの部屋に侍女が断りを入れてやってくる。
「リコルウィル様より”ネズミ掃除”に力を貸せとのことです」
「面倒だわ。私には私の仕事がある。もし侵入者があった場合、自由に動ける戦力があった方がいいでしょ。私はそういうポジション」
「ですが、もう何度も要請が……」
マーシーは無表情で窓辺により、カーテンの隙間から外を眺める。
ヴァン・リコルウィルの一派で『冷めたい笑み』のマーシーと呼ばれ恐れられる彼女は、有り余る才能ゆえに学校に馴染めなった。
ヴァン・リコルウィルに才能を認められ、彼の元でのみ、自分を表現できた。
(まさか、母校を占領して、闇の魔術師に加担することになるなんて思ってもなかった)
マーシーは自虐的な笑みを浮かべた。
自分が最悪の性を持っていることはわかっているが、人間として残された良心の呵責が、そんな自分に少しでも善人面をさせていることがおかしかった。
(城内を逃げ回ってる反乱分子の学生を狩り殺す。そのことに加担しなければ、まだ綺麗でいられると思っている。ふふ、浅ましい、最高に笑える)
「リコルウィルへの恩義に報いないと、か。わかった、ネズミ狩り、私も出る」
「本当ですか? リコルウィル様もお喜びになられます」
(私は世界の最高の才能。奪われた才能取り戻さないと。私を抑圧してコントロールしようとした魔導教団へ復讐を)
ズガゴン。凄まじい衝撃は空気を伝わって響いてきた。
重たく、低い音、くぐもっている。遠くで何かあったらしい。
城が若干揺れただけなので、地震の類いだろうと片付け、マーシーは校長室へ向かう。そこにヴァン・リコルウィルがいるはずだ。
「はやいな、マーシー。招集もかけていないのに」
「たまたま来たんだけど、招集ってなんのこと」
マーシーは視線を校長室の奥へ向ける。
本来、学校長が座る席に深々と腰掛ける男。
銀色の長髪をした長身で、白いコートに身を包んでいる。
禁忌、ヴァン・リコルウィルであった。
リコルウィルは片肘をついて頬杖しながら、愉快そうに口を開いた。
「どうやら我々の城へ攻撃を仕掛けようとしている者たちがいるようだ。つまり侵入者だ」
「外からの干渉なんて壁があるんだから不可能でしょう」
「まあそうなんだが……私がいましがた招き入れた」
「……。説明を」
「南の大橋にいたキメラたちとの繋がりが同時に消失したんだ。城の北側にあるこちらの主塔からでは南大橋の様子をうかがうことはできないが、向こうで何かがあった。そして異常が起こった」
「異常?」
「原因不明の極めて大きな衝撃がヒューデリーを叩いたんだ」
ヒューデリー要塞守護壁。
古い魔術師たちが魔術の城に施した叡智の壁であった。
「キメラを倒して壁へ直接攻撃をしたと」
「よほど自信があったのだろうな。無策で突っ込んでくるとは考えられない。だからこそ、星の霧をつかって招き入れたのだ。もし仮に敵がヒューデリーを破る手段を持っているのだとしたら、彼らの計画通りにことを進ませるのは良くないからな」
マーシーは説明されて理解した。
リコルウィルが召集をかけようとしていた理由を。
「我が共犯者よ、客人を丁重にもてなしてくれ」
ヴァン・リコルウィルは求めているのだ、進化学会の最大戦力━━共犯者たちに侵入者を処理することを。
「殺していいの」
「可能なら拘束が望ましいがな。ヒューデリーを破る手段を持っているなら、その理由を問いたい。それと大橋のキメラを一掃した手段もな」
「確かに聞き出しておいた方がいいかもね」
マーシーが去り、リコルウィルは椅子を立ちあがり窓の外を見やる。
空を見れば光の分厚い壁が何層にも重なって城を覆っている。
城門街があるだろう南正門の方角をじっと見つめる。
校長室がある北側からでは橋の様子は伺えない。
リコルウィルの胸のうちには不可解な感覚がいくつかあった。
大橋に配置していたはずのキメラが複数同時に反応を消失したことは最初の奇妙な出来事だ。
もうひとつは霧を展開した時に起こったことである。
(南正門に設置しておいた星の霧を使ったが、どうにも5秒足らずで魔術を強制解除させられた。熟達の魔術師だろうと5秒で魔術に見切り、魔力を紐解くことなどできるはずがないのに……さらに奇妙なのはレジストに成功した存在が2名もいることだ。どうやってレジストに成功したというのだ)
リコルウィルは眉間にしわを寄せ、机の上の古びた分厚い本を見やる。
彼には大いなる目的があった。
この学校でしか手に入らない物が欲しいのである。
ゆえに南側から来ようとしている未知の勢力に妨害されることは好ましくなかった。
━━指男の視点
指男の拳が光の結界を攻撃する。
ズガゴンッ! と分厚い金属が叩き砕かれたかのような重低音が響いた。腹の底を震わせる音である。
かつて炎上するエンパイア・ステートビルを打ち砕いた天文学的な腕力から放たれる拳打は、振り抜いただけでヴォールゲートの地に比類なき衝撃波を生み出した。大橋にまとわりついていた水蒸気の雲は風圧で跳ね除けられた。
踏ん張らなければ飛ばされてしまう風だ。
フワリのお腹の下では3人の少女が目を疑うような現象に必死に耐えていた。
すべてがおさまり静けさが戻ってくる。
聞こえるのは湖の水面が橋のしたで支柱を叩く音だけだ。
「師匠はやっぱり最強です」
「フィンガーは本当に何者なのだ」
「恐い……(プルプル)」
「にゃあ♪」
3人の少女はしばらくフワリの下から動く気にはならなかった。
指男は焼ける痛みの走る拳を引いて、光の結界をまじまじと見上げる。
殴りつけた箇所からインパクトが結界全体へ駆けていくのが目に見えた。
「ふむ」
指男は興味深そうに一つうなづく。
人類を遥か超越した拳をもってしても城全体を覆う巨大な結界を破壊することは出来なかった、
「楽しいじゃないか。簡単に壊れない建物に出会うと心が躍る」
指男は楽しげに笑みを浮かべ、指をストレッチして、軽く2、3回パチンパチンっと擦り合わせる。火花が散る。準備運動は完了だ。
指男は親指と中指をしっかりとあわせる。
内心のワクワクはクールな表情には出ない。
スッと手が掲げられる、
「ん?」
その時だった。
濃霧が突如として湧いてきた。
それは明らかに不自然な霧であり、意識を持っているかのように正門前の広い範囲をあっという間に包み込んでしまった。
指男は手を薙ぎ払った。濃霧は一撃で押し返され、視界が綺麗に晴れる。
「なんだ今の」
「にゃあ〜!!」
「どうしたんです、フワリ、そんなかあいい声で鳴いて」
指男がふりかえる。
フワリがお腹を天に向けて「参ったにゃあ〜!」とでも言いたげな表情をしていた。
指男はとりあえずお腹に顔を突っ込んでモフモフを楽しむ。
「一体なにを伝えようとしてるんです、フワリ」
「にゃあー! にゃあー!」
今度は香箱座りになって、地面を肉球でパシパシ叩きだした。所作から焦りが感じられる。視線はあたりをキョロキョロして落ち着きがない。指男は深刻な事態だと気がついた。すぐのち状況を把握した。
「あれ? セイたちどこ行きました? さっきまでフワリのお腹の下にいたのに」
「にゃあ〜!」
「……もしかして拳圧で吹っ飛ばされた?」
フワリは大きな前足で指男の頭をペシっと押さえる。なんでやねんって感じだ。
「違う? それじゃあ、一体3人はどこへ」
「にゃあ」
指男とフワリは顔を見合わせ、揃って首をかしげるのであった。
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