侵入経路を探せ
ブワーッと水蒸気が叩きつけてくる。
サウナみたいで、温度差に一瞬「あちっ!」という声がみんなの声から漏れ出た。
少しすれば水蒸気の塊は薄まった。
手応えでやっちゃった感じはあったが、案の定、橋は崩落していた。
壊れやすい橋を作りやがって。
これ10:0で俺が悪いのかな。
本当にそうかな。設計者にも責任あると思います。
優秀な弁護士雇えばなんとか5:5くらいの責任に持ってけるんじゃないの?
「こ、これは一体……!!?」
みんな気がつきだした。
ここで騒ぎ出すのは三流だ。
一流はどんな時でも慌てない。そう俺のようにね。
破壊のキャリアが違うんだよ。
学校へつながる唯一の橋が崩れただけじゃないか。
なにもまだ焦るような時間じゃあないのさ。
「はわわ、フィンガーさん、恐い……!」
エリーは姉の背後に泣きながら隠れる。
クゥラは震える妹を抱きしめる。
まるで化け物を見る目をされた。悲しいな。
でも、これは確かに怪物的な所業かもしれない。
俺は意外と力の物差しを見失っていない。
俺は究極的な強さに近づいている自覚がある。
俺はエリーへ優しく笑いかけておいた。
大丈夫だよ、フィンガーさん、恐くないよ(ニチャア
「ひぇ!」
余計怖がられた気がするのは気のせいでしょうか。
「信じられない、人間にこんなことが可能だなんて……っ」
セイは口を半開きにして驚愕の眼差しを向けてくる。
彼女にこの規模のフィンガースナップを見せるのは初めてだったか。
「どうすればこんな力を手に入れられるんですか」
「答えはすでにセイに託したはずですよ」
「毎日コツコツ頑張るっ! デイリーミッション!」
どんな偉業も一夜にして成るものではない。
そこへ至るまでの過程が存在する。
毎日、コツコツ頑張ることが重要なのだ。
より具体的に言えば継続日数を絶やさないことだな、うん。
「しかし、師匠、これは、その……師匠を責めるわけではないのですが、ちょっと凄すぎたというか」
「橋が崩れて学校に渡れない、って俺を責めたいんですね、わかります」
「い、いや、そこまでは言ってないです!」
セイはぶんぶん手を振り回すが、彼女の言いたいことはわかってる。
「最初に言っておきます、これは事故です。俺は悪くないです。フワリがいきなりにゃーんって」
「にゃーん、にゃんにゃん♪(訳:とりあえずヨシにゃッ!)」
フワリは見覚えのある姿勢でピシッと壊れた橋を肉球で示す。
何もヨシじゃないです。どう見てもアウトです。
「この通り、フワリも自分の容疑を認めてます、こら、ダメですよ、フワリ」
「にゃん?」
くっ、可愛い顔しやがって。
そんな顔されたら責任転換できないじゃないか。
「ごめんんさい、前言撤回します、俺のミスです。本当にごめんなさい」
「英雄的謝罪……っ、素直に謝れる師匠もさすがです!」
セイがキラキラした眼差しを向けてくる。
そんな目で見られるようなことじゃないんだけどね。
「本当に人間をやめたような力だな。私のような無教養の者には神秘やら魔術やらルーンのなんたるかは想像もできないが、フィンガーが最上の実力者であることだけは確信できる」
「世の中には俺より強い人がいますよ」
「まさか、そんなことがありえるのか?」
脳裏に赤いポニーテールがよぎる。
「しかし、フィンガー、学校へ行く道がなくなってしまったが」
「お姉ちゃん、そんなフィンガーさんを責めるような事言っちゃダメ……っ」
慌てた様子で姉から俺を守ってくるエリー。
誰かを悪者にしない精神……エリーは本当にいい子だねえ(ニチャア
「ひぇ」
怯えた表情をされてしまった。なんでなんだ。
「師匠ならジャンプすれば向こうまで届くんじゃないですか」
「100mはありますけど多分跳べますよ。でも、セイたちは難しいでしょう。てか煙いな」
水蒸気のせいでむしむしするんじゃが。俺のせいか。
「それじゃあ、師匠だけで攻城することに……」
「大丈夫。まだ慌てるような時間じゃないって言ったでしょう。この赤木英雄には幾万もの手段があるんですよ」
「さすがは師匠……!」
ちょっと盛った。
現状で役に立ちそうな手段はひとつだ。
俺はクトルニアの指輪の力を発動する。
「いでよ、我がつるぎ」
絶剣を抜き放ち、俺は学校方面へ向かって空を斬る。澄ますことも忘れない。
斬撃跡に金色の光が残り、それは亀裂となってひび割れていく。
直後、ボフンっという音とともに次元が裂けた。
次元の裂け目の向こう側は学校の正門が見える。
俺は剣を光に還し「さあ行きましょう」と皆をうながした。
「ま、待ってください、師匠、これはなんなのですか……っ!?」
「次元を斬りました」
「次元をって、そんな簡単に言われても。さっきから師匠のやってることおかしいことばかりです。もう私の頭はポカポカです!」
スキル『次元斬』の使い方のひとつだ。
剣で裂くことで遠い地点と空間をつなげることが出来る。
練習すればかなり応用できそうだが、現状は視界内かつ限定的な地形でないと使えない。ちょうど今の状況のような、直線上100m先という条件なら繋げることは可能だ。
「吸い込まれるような感覚がありますけど、怪我とかはしないので安心してください」
俺はセイたちへ次元の裂け目へ入るようにうながす。
「師匠の言葉を信じないと……っ」
「いかないのか、セイラム。ならば私が先にくぐろう」
クゥラは組んでいた腕を解いて、緊張の面持ちで裂け目へ。
意を決したにように一歩踏み出し、裂け目へ入った。
裂け目の向こう側、歪んだ景色のなかにクゥラの姿が追加される。
「ほらね、言ったでしょ、大丈夫ですよ」
「一緒にいこ、セイラム」
「そ、そうですね、念の為、念の為」
エリーの誘いに応じ、セイは彼女の手を握る。
赤髪と蒼髪の美少女同士が仲睦まじくしていると、空気が浄化されてなっていく気がしますね。いいよ、もっとくっついてしまって一向に構わないよ。エリーが積極的に言ってセイがちょっと受身な感じが理想だと赤木は思います。
「みんな行ったな」
「にゃあ〜」
「それじゃあ、俺たちもいくか」
最後のにフワリと俺が裂け目をくぐった。
狙い通り校門のすぐ目の前へやってくる。
振り返ると城門街がずっと向こうの方に見えた。
「立派な門構えですね」
セイは巨大な門を首が痛くなりそうな角度で見上げて言った。
ヴォールゲート魔導魔術学校、城門街側の大橋から繋がる南正門は、いまは青白い輝きを持つ光に包まれている。
光は解読困難な幾何学的な図形と見たこともない文字列の刻まれた層を何重にも持っており、門含め、学校全体を覆うように広がっている。
遠目から見た時の印象と相違ない。
「どうしたものか」
言いながら結界へ近づいて触ってみることにした。
━━ジュウウ
「師匠、手焦げてませんか……!?」
「熱いだけですね」
痛いけど、まあ、だからどうと言う話でもない。
俺は手を押し込んでみる。
光の結界は近づく者を極高温で焼き尽くすらしい。
結界には物理的な触感があり、固く、やはり熱かった。
力任せに押してみるが、ビクともしない。
しかし、物理的な守りならその突破方法もまた物理であるはずだ。
「にゃあ〜!!」
「ふ、フワリさん、どうしたんです!?」
俺の挙動を察知し、フワリがセイたちを一箇所に集めて、お腹のもふもふの下にかくまう。セイがお腹の下から「なにするんですか……っ」と這い出ようとすると、フワリは肉球でぺちんっと頭を抑えてお腹の下から出ることを許さない。クゥラとエリーが逃れようとしても肉球で押さえて逃さない。
さすがはつよつよキャット。俺の次の行動がわかるらしい。
「開かない扉なんて存在しない」
フワリが守ってくれるなら安心だ。
俺は後顧の憂いなく結界を殴りつけた。
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