フィンガーマンの料理、断崖巨鳥デカナキバードのステーキ

 ━━赤木英雄の視点


 ミズカドレカの地下には広大な地下空間が広がっている。

 俗にミズカドレカ地底河と呼ばれる、地中深くを流れる巨大水脈だ。

 地表にはこの雄大な地底世界への入り口が数多く存在している。


 ミズカドレカ近郊の町エッダには、地底河へアクセスするための洞窟が地表に露出している。以前もプロフェッサー・ノウとかいう意識高い系魔術師殿の秘文字録音を手伝うためにも降りたことがある。


 今回、ヴォールゲートへ向かうにあたって俺たちの同行者が増えることになった。


「地底河、ひんやりしているな!」

「不思議な場所だね、お姉ちゃん」


 ふたりから少し離れたところでセイは口を開く。


「村でちいさな子供たちがはしゃいでいるのを思い出しました」


 クゥラとエリーはヒカリグサが冷たい明かりで照らす地底河の様相に興味津々であった。

 河で水をかけ合う姉妹。楽しげにしている彼女たちを大変にかあいいを補充することができた。ありがとうございました。


 その後も、かあいいの供給は続いた。


 闘技場という狭い世界で暮らしてきた彼女たちは、外の世界に出てから見るものすべてに興味を持っていた。地底河の不可思議な地形は、彼女たちの好奇心を強く刺激したのだろう。

 

 ゆえにヴァールゲートへの旅は見るもの見るものなんでも楽しげな姉妹と、保護者的に彼女たちを見守る旅だったとも言える。

 かあいいを補充できることはとても助かるのだが、代償はなかったとは言えない。河遊びに夢中になったエリーが激流に流されてどっかいったり、クゥラがおかしな生物を夕食に持ち込んでセイが青ざめた顔で調理する場面もあったので……まあ良いことばかりではなかった。


 旅は地底河に沿って上流へ上流へ遡っていくものだった。

 地底河は広大で、また多岐に渡るため、その源流へ至る道はひとつではない。複雑に枝分かれした道だけがミズカドレカとヴォールゲートを繋ぐのだ。


 地を削るようにゆく激流と、天井から今にも落ちてきそうな大鍾乳石のつららの群生を抜け、やがて馬鹿でかいダンジョンチワワなら頭がひっかかりそうな通路に入り、最後には手を伸ばせば天井に届きそうな狭い通路を経由して、3日の旅を果てに俺たちは無事にヴァールゲートなる地にたどり着くことができた。


「なんてこった」


 狭い通路を抜け、設置されて久しい古びた門を押し開くと、想像もしていなかった光景が視界いっぱいに広がった。


 天に浮かぶ白光。地底世界にあるはずがない太陽の如き強力な光があった。


 照らされる地底世界は、生い茂る豊かな森と、その先で吹き抜ける風をなだらかに受ける丘陵地形である。

 地底世界の端には滝が落ち、澄んだ森々のうえを鳥たちが飛んでいく。

 目を凝らさねば見えぬほどの天高くには、やはり鍾乳石のつららどもが群れを成しているのが目に映る。


 ここは地面の下ということは間違いはなさそうだ。

 では、いかにしてこのような景色がありえるのだろう。

 考えてもみたが、天才である俺の頭脳でも微塵も想像が及ばない。

 魔法の世界だとはすでに認識していたが、まさかこれほどにファンタジックなことがありえるなんて。この世界は神秘で満ちている。

 

 横を見やればエリーもクゥラも言葉を失って、ただただ広がる視界いっぱいの大自然に魅入られている。セイは足元に注意して見下げる。俺たちがいるのは見晴らしの良い崖の上だ。落ちれば怪我では済まないだろう。


「これは死ぬ高さですね……気をつけないと」


 プルプル震えながら頭を引っ込めるセイ。


「奥に湖が見える」

「湖ですか」

「あっちだ、フィンガー。うっすらと城のようなものも見えるぞ」


 クゥラの示す方角へ目を凝らせば、ああ、なるほど確かに建造物が見える。

 湖の真ん中に浮かんでいるのか、建っているのか、ここからではよく見えないが、まあ良い、行ってみればわかるだろう。


 俺たちは遠くに見える城を目指して崖を下ることにした。


「キエエ!」


 ババア同士が久しぶりに再会した時の奇声が断崖に響き渡る。


「モンスターです!」


 セイが叫んだ。

 崖上に巨大な翼をたずさえた鳥類がいた。

 ぎょろっとした眼差しでこちらを見下ろしてきている。


「もしかしてあれが師匠の探している鳥さんですか?」

「あんな恐くないですよ。もっとふっくらしてて、かあいいです」

「だったら仕留めてしまっても構わないな」


 クゥラはいち早く剣を抜き放つ。

 商会からもらった上等な鋼剣だ。

 ヴァーミリアンの少女はほぼ垂直の崖を走って登ると、羽休めしている巨大鳥へ勢いよく斬りかかった。

 

 巨大鳥も同じことを思ったのか、慌てたように飛び立つ。

 鳥足が掴んでいた断崖の一部が崩れ、落石が俺たちの頭上へ降ってくる。

 俺は数歩下がり、エリーとセイは走って前へ。

 俺たちが1秒前までいた足場を落石が直撃し、崩し、遥か眼下へもろとも消えていく。


「キエエ!」


 鳥が旋回して戻ってくると、セイとエリーめがけてクチバシを突き刺す。


 今晩は焼き鳥にしてくれる。でも味付けはどうしようか。やはりあれか。

 そんなことを思いながら、俺が腕をスッと持ち上げていると━━、


「危ないじゃないですか、この鳥さんめ、焼き鳥にしてくれます! あ、師匠は本当に何もしないでください!」

「フィンガーさんが力を使うと崖が崩れちゃう……」


 二人の少女はキランっと刃を抜き放ち、鳥の体へグサッと突き刺した。

 だが、巨大鳥を即死させるには至らなかった。

 鳥はクチバシを岩面から抜いて、再び飛びたとうとする。

 剣を刺していたエリーとセイは引っ張られてしまう。

 二人は慌てら様子で剣を抜こうとするが、思ったより深く刺さっているのか、そのままズズズっと軽い体を持って行かれている。


「はわわ! このままじゃ一緒に空の旅をすることに!」

「お姉ちゃん……!」


 エリーが涙目で叫ぶと、上から影が降ってきて一閃。

 鳥の生首が吹っ飛ばされ、狭い足場に転がる。

 胴体の方は糸の切れたように力が抜け、その場でどさっと横たわった。

 ただ足場が狭い物だから、巨大鳥の体がとどまるスペースがない。動かなくなった巨大鳥の胴体は、崖下へずるり。またセイラムとエリーが引きずられそうになっていく。

 

「師匠ーッ!」


 鳥を超捕獲家で収納することで無事にことなきを得た。

 

「はぁ、はぁ、結局師匠の手を借りてしまいました……」


 セイは気にした風に言っているが、指を鳴らすだけなので、手を貸すと言うほどのことでもない。

 

「気にしないでください。大したことじゃないですから」

「でも、師匠はもうあまり力を使えないって……」

「今朝の話ですか。別に今すぐって訳じゃないですよ。だから本当に気にしないで」


 自分を責めていそうなセイの小さな肩をぽんぽんっと優しく叩いた。

 皆が剣についた血を布で拭き落としている間、俺は少し離れたところで、自分のステータスを確認する。


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 赤木英雄

 レベル357

 HP 7,999,920/8,725,000

 MP 1,232,700/1,384,000


 スキル

 『フィンガースナップ Lv9』

 『恐怖症候群 Lv11』

 『一撃 Lv11』

 『鋼の精神』

 『確率の時間 コイン Lv2』

 『スーパーメタル特攻 Lv8』

 『蒼い胎動 Lv6』

 『黒沼の断絶者』

 『超捕獲家 Lv4』

 『最後まで共に』

 『銀の盾 Lv9』

 『活人剣 Lv7』

 『召喚術──深淵の石像Lv7』

 『二連斬り Lv7』

 『突き Lv7』

 『ガード Lv6』

 『斬撃 Lv6』

 『受け流し Lv6』

 『次元斬』

 『病名:経験値』

 『海王』

 『海の悪魔を殺す者』

 『デイリー魚』


 装備品

 『クトルニアの指輪』G6

 『ムゲンハイール ver7.5』G5

 『蒼い血Lv8』G5

 『選ばれし者の証 Lv6』G5

 『メタルトラップルームLv4』G5

 『迷宮の攻略家』G4

 『血塗れの同志』G4


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 今朝起きたところHPが800万を切っていた。

 魔導のアルコンダンジョンに入ってからこの方、HPが回復できないことはわかっていた。修羅道さんいわく、俺はこの地ではアダムズさんの祝福とやらを十分に受けることができないためだという。

 

 なのでHPの無駄遣いはしないつもりでいた。

 だが、どうにも俺はこの世界に滞在しているだけでHPが減少している。


 実はHP減少自体は随分前から自覚はあった。

 ただ微々たる物なので気にしていなかっただけだ。それがこの頃、大きく減る時がある。理由はわからない。星の巡り合わせによるものかもしれない。


 HPが800万を下回ったことで、俺の中でわずかな危機感が生まれ始めていた。

 回復手段のない状況で、指パッチンし続けてたらいつか逝くのでは、と。

 なのでセイには「いつか力が使えなくなるかも」とやんわり伝えた。

 結果、不要な心配を彼女にかけてしまったようだ。


 その晩、崖を下りきり、俺たちは森へやってきた。


「さあディナーにしましょう」


 ムゲンハイールから調味料を取り出し、ダンジョン飯とする。

 この赤木英雄に調理なんかできるのかって? 

 侮ってもらっては困る。


 俺はデイリーくんとセイによって包丁の使い方と魚の捌き方を習得し、さらに派生した高度な調理まで会得しているのだ。


 まずは巨大鳥の絶包丁エクスカリバーと次元斬の合わせ技で、意のままに捌き、巨大鳥の胸肉のサイコロステーキを用意する。

 これまた次元斬で切り取った適当な岩石で作った岩板を用意する。

 あとは炙るのだ。フィンガースナップで焚き火を起こし、岩板を強く加熱し、油したたるジューシーな鳥肉を乗せれば、ジュワーっと蒸気が溢れだす。

 両面をよく焼き、秘密の調味料をぶっかければ完成だ。


 これで謎の巨鳥ステーキの完成だ。

 

「たんとお食べ」

「師匠……この3日間の旅で師匠はたくさん料理を振る舞ってくれましたよね」


 おや。セイちゃん、感謝の言葉でも述べてくれるのかな。


「すごく美味しんです。師匠のご飯はどれも美味しいです。師匠は天才です。この前まで魚の捌き方も知らなかったのに。どうすればそんなに美味しくご飯を作れるんですか?」

「クレイジー」

「え?」

「魚にもクレイジー、キノコにもクレイジー、鳥肉にもクレイジー」

「師匠……?」

「クレイジーだよ。クレイジーを信じるんだよ、セイ」


 俺はムゲンハイールからダンジョン攻略装備として支給された調味料のひとつ『クレイジーソルト』を取り出し、セイに手渡した。この調味料は俺が支給品を漁っていたら偶然に見つけてしまった強靭・無敵・最強の万能調味料だ。


「これを最後にかければどんなに料理が下手でも美味しく仕上がるんですか……?」

「その通り。料理を終わらせる調味料です」

「この味付け、本当に万能……? でも、これに頼っていては師匠の料理は成長しないんじゃ……師匠、クレイジーは禁止です。料理の先生として、教え子の甘えを許すわけにはいきません」

「え、ちょ」


 その晩、俺は全てのクレイジーをセイに押収された。

 

 翌朝。

 クレイジーという翼をもがれたことで悪夢にうなされながら俺は目覚めた。

 気分は最高とは言えないが、止まるわけにもいかない。

 さあ湖と城を目指して旅を再開しようじゃないか。


 とはいえ。

 何はともあれ、まずは日課の確認から俺の1日ははじまる。


「デイリーミッション」


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  ★デイリーミッション★

  毎日コツコツ頑張ろうっ!

  『俺の名はネコ』


  にゃんにゃんにゃん 0/100


  継続日数:238日目 

  コツコツランク:ブラック 倍率100.0倍

 ────────────────────


 やはり嘘だ。

 たまには日課の確認をあとまわしにしてもいい。

 だからそう。これは見なかったことにしよう。













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 こんにちは

 ファンタスティックです


 近況ノートを更新しました。

 書籍のキャラクター紹介その4

 今回はスーパーエリートエージェントの立ち絵公開です

 https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817330650317605293#commentSection

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