Side:Stella 地底の星
決闘場がどよめく。
監督者の先生は目を丸くする。
「ヴォールゲートオオカミ……まさか一度去った主人の元へ戻ってきたというのか……?」
ステラは銀色のもふもふへそっと手を伸ばす。
「ヴォルル……? 本当にヴォルルなの?」
「ゔぉるる〜♪(訳:ご主人、会いたかったゔぉる〜!)」
ヴォルルは主人のとの再会に興奮しているのか落ち着きなく足踏みを繰り返し、くぅんくぅんと鳴き、尻尾をブォンブォン振り回し、鼻をふがふがさせながら、しまいにはステラの顔を舐め回しはじめた。
(す、すごい甘えてくる! まるで犬みたいに! 普段はキリッとして、クールを気取ってるヴォルルがこんなになるなんて。会えなくて寂しかったのかな?)
ヴァーモンドは唖然とし、口を半開きして固まっていた。
「嘘だ、なんで、どうして……あいつが、戻ってくるわけない、のに……あり得ない、なんでだよ!」
「ヴォルル、ありがとう、戻ってきてくれたんだね……!」
「ゔぉるる、ゔぉるるる〜」
ステラはすくっと立ち上がり、ヴァーモンドへ向き直る。
気がつけば形勢は逆転していた。
ヴァイパとヴァールゲートオオカミ。いかに2匹いるとはいえ、ヴォールゲートオオカミを倒すのは不可能すぎた。
「ヴァイパの牙じゃ、ヴォルルのもふもふを突破できないよ」
「くっ、くそ……!」
「ゔぉるる〜♪(自慢げに毛をふさっとさせる狼)」
「さあ、ヴォルル、あいつを八つ裂きにするんだ!」
「ひいいいい! やだ、やめ、やめろ! 八つ裂きは嫌だッ!」
ヴァーモンドは這いずるように決闘場から逃げ出した。
「……こほん。ヴァーモンド・ホランドを決闘放棄とみなす。よってステラ・トーチライトの勝ち」
監督者の先生は事務的にいい、ステラ側の手をあげた。
━━ヴァーモンド・ホランド視点
ヴァーモンドは決闘場から逃げ出し、自分の敗北を悟り、城門街にあるホランド家の屋敷まで戻ってきていた。
テイムモンスターを収容しておく調教棟へ向かい、大型のテイムモンスター用の檻のまえまでやってくる。檻は壊されている。錠前にはまるでクチバシで突かれたかのような痕が残っている。
「ここにッ! 確かに、ちゃんとあのヴォールゲートオオカミを閉じ込めておいたのにッ! なんでだよ、誰が逃したんだッ!」
(今朝確認した時には、あの駄犬は呑気に寝てたっていうのに!)
ヴァーモンドは絶望の表情で膝から崩れ落ち、床を拳で殴りつける。
「嘘だ、嘘だ、なんで僕が、あんなボロ女に……! ああ、それどころじゃない、学校を辞めさせれる、最悪だ、だめだ、だめだ、僕の人生はめちゃくちゃだ……!」
ヴァーモンドは虚な眼差しをし、何もない天井の一点を見つめる。
「許さない……殺してやる……あのボロ女め、ホランドを舐めやがって……薄汚れた母親と同じように、酷い目に合わせて殺してやる……!」
ふらりと立ち上がり、目についた短剣を手に取った。
「チーチーチー」
「……ぁ?」
調教部屋に怪しげな鳥の鳴き声が響いた。
邪悪さを感じさせる声だった。
ヴァーモンドは破壊された檻のほうへ視線をやる。
ヴォルルを閉じ込めておいた檻だ。
檻の上に黒い鳥がいた。
ギロっとした悪そうな目つきの黒い鳥である。
「なんだ、この鳥」
「チーチーチー(訳:お前は悪いチー。本当に悪いやつチー。表のちーは優しすぎるからそんなお前でもきっと許してしまうチー)」
黒い鳥はいいながら、どんどんふっくらして大きくなっていく。
ヴァーモンドは呆気に取られ、後ずさる。
「チーチーチー(訳:でも、チーは甘くはないチー。悪い奴は大好きチー。なぜなら経験値にしても誰にも文句を言われないからチー)」
「な、なんだ、この鳥は……っ、来るな、こっちに来るなァ!」
ヴァーモンドは狂ったように叫び声をあげ、短剣をふっくらした黒玉に突き立てた。何度も何度も、野蛮に、攻撃的に、乱暴に、短剣で突く、突く、突く。
「チーチー(訳:そんなんじゃだめチー。突きというのは1発1発殺意を込めて放つものチー。こんな風に━━)」
黒い鳥は邪悪にふっくらし、鋭いクチバシをキラーンっと輝かせた。
━━ステラ・トーチライトの視点
決闘が終わり、ステラは拍手のなか退場した。
休日だったので授業はなく、ステラは戻ってきた相棒のヴォルルと実家に帰っていた。もちろん、もう実家には別の人間が住み着いているので、そこで何をするでもない。
城門街の郊外の森まで足を伸ばし、ステラはヴォルルと出会った草原までやってくる。腰を下ろし、誰にも邪魔されないふたりだけの場所でおしゃべりをすることにした。その頃には地底世界を照らす光球の力もちょっとずつ弱まって来ていた。
「今日の光のルーンはいつもと調子が違うみたい、すごく夜が早いね」
「ゔぉるる〜(訳:寒かったらもふもふしていいゔぉる)」
「じゃあ、そうするね。……ふふ、やっぱりヴォルルは暖かいね」
「ゔぉるる〜」
「もう冬毛になったの? こんなにふわふわになっちゃって」
ステラは楽しそうに、ヴォルルの銀色のもふもふに顔を埋めた。
ヴォルルは主人にされるがままだ。
澄ました顔でキリッとしているが満更でもなさそうである。
「ヴォルル、どうして今まで戻って来てくれなかったの?」
ステラは少し悲しそうにして、恐る恐るたずねた。
理由を聞くのが怖かった。もしかしたらヴォルルは自分を見限っていたのかもしれないと知るのが恐ろしかった。
ヴォルルは主人の機微を敏感に察知し「ゔぉるる……っ(訳:これ以上、悲しませるわけにはいかないゔぉる……っ)」と、慌てたように事情を説明した。
銀色のもふもふ犬いわく、自分はヴァーモンド・ホランドに捕らえられてしまっていたことや、ヴォルル自身もすごく寂しい思いをしたこと、暗くて狭くて怖かったことなど、それはそれは饒舌に主人にゔぉるゔぉると報告をした。
「ヴォルル(訳:もう2度とご主人の元には戻れないと思っていた時ゔぉる、実はボクが脱出できたのには理由があって……)」
ヴォルルの口調はどうやって脱出したのかを語り出すものだったが、おかしなことに、途中で言葉を区切り、その先を話そうとはしなかった。
「? ヴォルル、どうやって脱出したのか教えてよ」
ヴォルルは語らない。
否、語れなかった。
ヴォルルは脱出時の出来事を思い返す。
「ちーちーちー(訳:お前がヴォルルちー?)」
「ゔぉるる(訳:いかにも。ボクがご主人の忠実なる相棒、ヴォルルゔぉる)」
「ちーちーちー(訳:ステラがピンチちー。助けてあげるちー)」
「ゔぉる……っ(訳:檻をいとも容易く壊したゔぉる! すごいゔぉる。ありがとうゔぉる!)」
「ちーちー(訳:この程度、お安い御用ちー。ほら、早く行くちー。ステラがお前の帰りを待っているちー)」
「ゔぉる、ゔぉる!(訳:ご主人の知り合い鳥ゔぉる? この活躍は盛大に脚色してご主人にご報告するゔぉる!)」
「ちーちー(訳:必要ないちー。義侠は見返りを求めないちー。特にステラにちーのことを伝えるのは本当にやめてほしいちー。ちーは既に昨日の夜、旅立ったことになってるちー。お互いの旅路がうまく行くことを願って、かっこよく別れたちー。結局、ステラが心配で一晩中、相棒であるお前を探して飛び回っていたことを知られてしまったら、ちーの面目丸潰れちー。だから、ちーのことは秘密にするちー)」
(ゔぉる。ボクは白い鳥さんに助けてもらったゔぉる。でも、鳥さんとの約束で、そのことをご主人に語ることはできないゔぉる。ゔぉるる。鳥さんの義侠、その英雄的な活躍に少しでも報いたいゔぉる)
夜の冷たい風が吹き抜ける。
それでもヴォルルは語らない。
厄災の禽獣のために、その名誉ある活躍を伏せるのだ。
「ヴォルル、なんかついてるよ」
「ゔぉるー?」
ステラはヴォルルの耳元を手でまさぐる。
ヴォルルはなんだろうと思って見ていたが、自分の耳元から離れたステラの手に白い小さな羽が握られているのを見て、ぎくっと身を跳ねさせた。
ステラは摘んだ羽をじーっと見つめる。そっと指を離す。
アブラザ湖に巻く暗い風は、小さな羽を乗せて流れていく。
(やっぱり鳥さんは幸運の鳥だよ。ありがとう……さようなら)
一筋の雫がほろりとステラの頬を伝った。
これ以上、目の奥の熱いものがこぼれないように天を見上げる。
「あっ、ヴォルル、見て、星だ!」
見上げた先をステラは指差した。
地底世界の天井には無数の輝きがぎっちりと詰まっていた。
岩盤に含まれる鉱物質に光のルーンが吸収されつくられる地底の星空だ。
「ヴォルル……(訳:綺麗ゔぉる……鳥さんにも見せてあげたかったゔぉる)」
ステラは「語るに落ちてる……」と、苦笑いしながらヴォルルに抱きつく。
「大丈夫、きっと私たち同じ空を見てるよ」
爽やかな夜風が吹く草原。
城門街郊外の人気のない森のほとり。
少女と狼は身を寄せ合う。そうして、ふたりはしばらく星空を見上げていた。
時を同じくて、地底世界の別の場所で、厄災の禽獣は羽を休めていた。
「ちーちー(訳:空に星が出ているちー。本物よりいっぱい輝いてて、すごく綺麗ちー。これがステラが見せたかった地底の星ちー?)」
鳥は粒のような瞳に絶景を焼き付ける。
「ちー(訳:ステラも頑張ってるはずちー。ちーももうひと頑張りするちー)」
地底の星空は鳥に、再び飛びたつ力を与えた。
目指す先はヴォール湖。儚い仲間のいる場所だ。
ゆえに鳥は旅を急ぐのであった。
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こんにちは
ファンタスティック、あるいはムサシノ・F・エナガです
近況ノート更新した
キャラクター紹介イラスト、今回は『修羅道』の立ち絵公開
かあいいのでつまりかあいいです
https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817330650274152495
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