Side:Stella 魔術師の決闘

 決闘場の控え室でステラは緊張の表情をしていた。

 普段も決闘の授業は度々あるが、その時とはまるで訳が違う空気感であった。

 彼女が今から挑むのは伝統的な魔術師の決闘なのだ。授業のようにただ勝ち負けがあるわけではなく、そこには失う者が必ず存在する。


 ステラは決闘用に革の軽装備に身をつつみ、使い古されたグローブをはめる。

 机の上の木の杖を手に取る。


「コンコン」


 声に振り返る。控え室の入り口に老人が立っていた。

 

「ゴールドウェイク校長先生」

「すまないね、扉が開いていたものでね」

「いえ、鍵までかけていたはずです。さっき確認したので覚えてますよ」

「私には十分な施錠に見えなかったがね」

「施錠されていることはわかっていたんじゃないですか」


 校長は肩をすくめ、白い髭をしごく。嘘を誤魔化すを諦めたらしい。

 

(校長先生ほどの魔術師なら開けられない扉なんかないんだろうな)


「ヴォールゲートの教師として、この度の無謀な若者に最後の説得をする義務があってね。私は君の担当というわけだよ、ステラ」

「あいつはヴォルルを逃したんです。許せるはずありません」

「このと真偽を確かめるのは難しい。時間を巻き戻す術があれば、あるいは別かもしれないがね」

「校長先生の権力であいつをぶっ飛ばしてくださいよ」

「なんてことをお願いしてるんだい、君は」


 ゴールドウェイクは目元をしわがれた手で覆い、力無く首を横に振る。

 

「君は優れた魔術師だ。調和の使役を知っている。私としては学校を去って欲しいとは思わない。ヴァーモンド・ホランドもまた優秀な魔術師なのさ」

「でも、性格に難ありですよ、クズ野郎です」

「私の立場で君の言葉を肯定しろとでも? 君もそれなりに性格に難ありに見えるがね」


 ステラはため息をつく。


(校長先生は力にはなってくれない。生徒ひとりを贔屓するような人ではない。まともな大人かもしれないけど、まともじゃ私の生活を守ってはくれない)


 ステラはゴールドウェイクを偉大な魔術師として尊敬していたが、だからこそその優しさ・寛大さに頼ることを良いことだとは思わなかった。


「勝つしかないんですよ、私は。わざわざ控え室まで足を運んでくださり本当にありがとうございました、校長先生」

「あんまり感謝されているようには聞こえないのだがね」


 ステラは背を向けて、控え室から決闘場へ移動する。時間がやってきた。


「どんな困難のなかでも、希望は繋がっている」


 ステラは老人の声に振り返る。

 ゴールドウェイクは控え室を出て行こうとするところだった。


「諦めてはいけない」

「……言われなくても、そのつもりです」


 控え室の扉が閉じられる。

 ステラは短く息を吐き捨て、頬をぺちっと両手で挟み込んだ。

 

「よし」


 気合を入れ直し、いざ決闘場へ足を進めた。

 静かな通路を進むと、賑わいが音になって伝わるようになってくる。

 生徒たちの楽しそうな声で音が満たされる。

 

 通路を抜け、決闘場へ出てきた。

 観客席が一層ざわめく。「本当に出てきた」「ガチの決闘じゃん」一部の生徒たちはえらく動揺しているように見えた。

 

 決闘場はとてもシンプルな形状をしている。

 決闘フィールドは歴戦の刻まれた石床づくりだ。

 直径12m程度の円のなかには障害物の類は何もなく、数メートル高い円周から生徒たちはワクワクした様子で見下ろしてきている。


 決闘フィールド内には監督者の先生がひとりいるばかりだ。

 勝敗をつける役目を担っている。


 ステラの対面から男子生徒がやってくる。

 ヴァーモンドだ。左右に2匹、大きなヘビを従えている。


(テイムモンスター2匹……)


「ステラ・トーチライト、ヴァイパは毒性を持つ。お前が噛まれそうだったらすぐに決闘を中断させる」


 監督者の先生は淡々とした声でステラへ告げる。

 

「ヴァイパ程度の毒ならしばらくは動けますよ。解毒薬だってさほど苦労せず調合できるって怪物学の授業で習いましたよ。だから死にません」

「では、君は解毒薬を今所持しているのか」

「……」

「持っていないのだろう。議論をする必要はなさそうだ。噛まれそうになればすぐに降参しなさい」

 

 ステラは渋々とうなづく他なかった。

 ヴァーモンドが毒蛇モンスター、ヴァイパを使役していることはステラは承知していたが、そのために解毒薬を用意する金銭の余裕はなかったのだ。


「ボロ女、あの白い鳥どうしたんだよ?」

「……あの子はもう旅に出たよ」

「は?」


 ヴァーモンドは首を傾げ、すぐに何かを理解したような顔になり、高笑いを始めた。


「あーははは、そうか、そうか、お前、あんなちっぽけなモンスターにも見限られちまったのか! 可哀想だな、ああ、本当に哀れなやつだよ! ははは!」

「ヴァーモンド・ホランド、準備ができたならこちらへ」


 ステラとヴァーモンドは決闘場の中央で向かい合う。


「もう戦う意味もないな。こっちはヴァイパの2匹、お前は手駒すらない。どうする勝負をやめにしてやってもいいぞ、降参するなら怪我しなくて済む」

「私に負けるのが恐いの?」

「バカ言ってるんじゃねえ! お前が勝つ要素がどこにあるんだよ!」


「両者、お辞儀を」


 先生の指示で、いがみあっていた二人は頭を下げる。

 ヴァーモンドは怒りを宿し、ステラはどこか達観した表情で。

 両者が距離を取る。伝統的な5歩+5歩、合計10歩の間合いだ。

 魔術の撃ち合いをするには競技的にスタンダードな距離である。


 1、2、3、4、5━━5歩目の踵が地面についた瞬間、ヴァーモンドもステラも勢いよく振り返り、杖を構えた。


「星のルーンよ、目覚めよ━━魔導の星ラガウェイ!」


 ヴァーモンドは黒い光を収束させ、暗黒の星をエネルギーを具現化させる。

 ニヤッと笑み、速攻で撃ち出した。


魔導の盾テクトウェイ


 ステラは脳裏に刻まれた星のルーンが力を解放する。

 暗黒の光が収束する杖先、ステラはタイミング良く杖先をヴァーモンドの放った星に合わせてぶつけた。バチン。火花が散り、黒い星の軌道が逸れる。

 ヴァーモンドの星が明後日の方向へ受け流された。


「おい、嘘だろっ!」

「下手くそ」


 にやついていたヴァーモンドの顔が焦燥一色に染まった。

 ステラは流れるように魔力を練り直し「魔導の星ラガウェイ」と唱えた。黒い星が発射される。ヴァーモンドの体はフワッと浮かび、石床の上を転がっていく。

 胸を押さえ、痛みにうめくヴァーモンド。

 監督者の先生は目線を外さない。


 観客席の生徒たちは拍手でステラの決闘力を称えた。

 使役科はもちろん使役のルーンを用いた使役の魔術こそメインに据えているが、ここはマーロリ原典魔導神国、星のルーンを用いた魔導の魔術は使役科であろうと必須科目であり、魔導科以上に励まなくてはいけない科目でもある。


 ルーンの理解、神秘の知識量、積み重ねる研鑽、ステラは使役のルーンのみだけでなく、今日まで努力を怠らなかった。魔導の魔術の練度においてヴァーモンドとステラ、どちらが優れているかは、誰の目にも明らかだ。


 しかし、これはただの魔術師の決闘ではない。

 普通なら「ステラが優れている。勝負あり」……それで幕引きだが、そうはならない。なぜならこれは使役の魔術師どうしの決闘だからだ。


 ヴァーモンドは半身だけ起き上がり「ヴァイパ……っ」と、テイムモンスターたちへ命令を出した。2匹の蛇が素早く地を這い、ステラへ迫る。


 ステラは汗を拭い、星のルーンへ意識を向ける。

 

(急いで2回も魔術を使った。もうだいぶ消耗してる。次の魔導の星が最後の攻撃魔術だ。外せばおしまいだ)


 ステラは慎重にタイミングを図り、2匹まとめて仕留められる瞬間を探す。

 ヴァーモンドはごくシンプルに「ボロ女を攻撃しろ!」程度の指示しかしていないのか、2匹のヴァイパは真っ直ぐに最短距離で向かってくる。接近が速い分、圧迫感はあるが、そのプレッシャーに怖気付くステラではない。


(ここだ!)


魔導の星ラガウェイ!」


 ステラは黒い星を放つ。

 決闘場の地面を削り、石床に亀裂を走らせて着弾、粉塵が舞った。

 粉塵のなかから2匹のヴァイパが飛び出した。

 二頭追うものは一頭も得ず。うまく当てようと狙いすぎたせいで、結局、どちらにも十分なダメージを与えられなかったのだ。


 ステラは噴き出る汗をそのままに、疲労からその場に膝をついた。


(ごめん、お母さん、私だめみたい……)


 思ったのは母親の涙を流す姿。

 自分の未来を得るために、身を粉にして懸命に生きた尊敬すべき母だ。

 次に浮かんだのはこれまで学校生活を支えてくれた銀色のもふもふ、ヴォールゲートオオカミのヴォルルだ。いなくなってしまったが心の通った相棒だった。


 最後に浮かんできたのは白い鳥だ。


(やっぱり、鳥さんがいないと私ダメだったのかな)


 ステラは迫ってくるヴァイパたちを見つめる。

 噛み付かんと飛びかかろうと、体を引き絞った。

 ステラはキリッと視線を鋭くし、恐ろしい形相でヴァイパを睨んだ。

 モンスターをして一瞬、攻撃を躊躇する殺人鬼のような眼差しであった。


 ステラはその一瞬の躊躇を利用して転がるようにヴァイパの攻撃を回避する。

 半ば諦めていた彼女を動かしたのは、控え室で校長に掛けられた言葉だ。━━最後まで諦めてはいけない。


「最後まで諦めてたまるか」


 逆境のなかで、ステラの戦意は漲っていた。

 監督者の先生は杖を片手に握り、決闘を止める気満々だったが、あと呼吸数回分はストップを遅らせようと判断する。


「追跡と攻撃……、だ!」


 ヴァーモンドは痛む胸部を押さえながら、使役のルーンを使い、ヴァイパたちを動かす。


(たった一回攻撃を避けただけだ! ボロ女のピンチは去ってはいない。ただ、決闘が終わるののを5秒遅らせただけでいい気になるなよ!)


 ヴァイパたちは再び飛びかかる姿勢を作る。

 ステラの眼力も2度は通じない。

 パリン! ガラスの割れる音が決闘場に響き渡った。

 同時にエンジンのような野生的な唸り声も轟く。

 

「ゔぉるる〜!」


 観客席から飛び出した銀色のもふもふは、ステラに近づこうとするヘビたちを前足で押さえ、口で咥えると、ペッと遠くへ放り投げてしまった。

 

 








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 こんにちは

 ファンタスティックです


 近況ノートを更新しました。

 実はこの1週間で4回くらい更新していたりします。

 デイリーミッションの書籍情報なのでのぞいてくれると嬉しいです。


 https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817330650233951693


 ちなみに今回のご報告はファンタジア文庫の公式サイトに特設ページを作ってもらえたというものになります。赤木英雄、修羅道、餓鬼道、白玉のビジュアルが見れると思いますので、ぜいぜひ覗いてみてください。

 下記が特設サイトのリンクです。

 

 https://fantasiabunko.jp/special/202212oredakedaily/


 ちなみに書籍発売するのでちょっと更新頻度上げる。

 ステラと白玉編も残すところあと1話。

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