Side:Shimaenaga San 旅路が重なることはなく

 魔術師の決闘。

 古い時代、現代よりも魔術師の層に偏りがあった時代。ルーンの知識とその使い方は知識階級のなかでも、選ばれた者にしか継承されていなかった。魔術師の決闘の起源はすなわち、高等な貴族同士による紛争の解決手段であった。お互いに兵を出し、多くを消耗するよりスマートな解決方法を望んだ結果である。

 やがて魔術師の層が高等な貴族たちから、ひとつ下の知識階級にまで広がると、魔術師の決闘はその目的を変えた。貴族の余興となり、財をかけた戦いに変わったのだ。領地、屋敷、麦、宝物、美女、マジックアイテム、あるいは相手の命━━そうした財をかけ、敗者は失い、勝者は得るのだ。


 ステラは決闘の意味を知っていた。授業で学ぶからだ。

 ヴァーモンドが何を望んでいるのか理解し、ごくりと生唾を飲み込む。


「敗者は学校を去る……」

「そうだ。伝統的な紛争解決手段に頼ろうじゃないか」

「そっちが勝手に突っかかってきてるだけじゃん」

「お前だろ、お前が僕の邪魔をしている」


 ステラは眉を顰め「何言ってんだこいつ」と話の通じないヴァーモンドを睨む。ステラにしてみれば、ヴァーモンドが使役科で成績1位を納められなくなり、父親に冷遇されていることなど、まるで関係ない話だった。


「魔術師の決闘だ。受けるのか、受けないのかはっきりしろ」

「偉そうに。そこまでして私を学校から追い出したいの」

「お前だって本当は逃げ出したいんじゃないのか。ここはお前にはあってない。わからないわけないだろう、お前は卑しいが馬鹿じゃない。どう考えたって場違いだってことくらいわかっているはずだ。汚く、貧しい、あのスラムがお前の生きる世界だ。お前の母親がそうしたようにお前も━━」

「口を閉じろよ、ヴァーモンド。母をこれ以上、侮辱してみろ、内臓引き摺り出して、軽くなった体をアブラザ湖に浮かべてやる」


 ステラの迫力に気圧され、ヴァーモンドは口をつぐむ。脇が冷や汗でじんわりと濡れてくる。本当なら今にでもこの場を立ち去り、彼女の殺人鬼のような眼差しから逃げたかった。しかし、そうはしない。彼にも後が無いのだ。

 この先の学校生活を思えば、目前の才能のありすぎる少女を排除しなければ、自分は彼女の背中を見続けることになるのだと想像できてしまうからだ。


 同時にステラもこの先の学校生活のことを思っていた。


(ヴァーモンド、まさかここまで私を排除したいなんて。ヴォルルの件もそうだし、この先こいつは確実に私の学校生活の障害になる。私にはまずヴァーモンドを追い出すことなんてできない。手段を選ばなければできるかもしれないけど、相手はホランド家の貴族だ。逆上されたら、何をされるかわからない。この決闘はチャンスなんじゃないかな? ヴァーモンドを公然のもとに学校から追い出せるチャンス)

 

「いいよ、やろうよ、決闘」


 ステラは勇ましい表情で決闘の申し出を受けた。


 ━━翌日


 話し合いの結果、決闘は2日後に行われることになった。

 先生たちには強く説得をされたが、両者とも聞く耳を持たなかった。

 ヴァーモンドもステラも敵を排除することがこの先の学校生活を送る上で必須だったため、そしてより本能的な動機━━気に食わない相手を潰したくて仕方なかったからだ。


 ステラは楽観的であった。

 理由は明白、厄災の禽獣がいるからだ。


「鳥さん最強だもんね。私、知ってるよ、鳥さんがすごく強いこと。私を一瞬で屋根の上まで持ち上げちゃうくらい力持ちだし、傷を癒す不思議なルーンの力もあるみたいだし、もう本当にすごい鳥さんなんだよね?」

「ちーちーちー(訳:やれやれ、仕方ないちー。ステラのためにもうひと肌脱ぐことにするちー)」


 厄災の禽獣とステラは決闘の心配をさしてせず、いつも通り、錬金術商会へ足を運んでいた。

 以前、ふたりは商会に人探しの依頼を出したのだ。城門街に冒険者組合がない関係上、錬金術商会が冒険者組合の業務を委託されているため、普段からここへ足を運び、こまめに探し人の情報が更新されていないかをチェックしているのである。


「ちーちーちー」

「先輩、また鳥が来ました。お客面してます」

「営業妨害もいいところだわ。追い払いなさいって」

「ちーちーちーッ!」

「やっぱり抵抗してきます。抵抗鳥ですよ」

「だったら掴んで━━こうッ!」


 相変わらず鳥語を理解してくれない受付嬢たちに、厄災の禽獣は憤る。


「ちーちーちー!(訳:ここのサービスは最悪ちー! 後でクレーム入れてやるちー!)」

「まあまあ。ここは私が」

「ちー……っ(訳:無念ちー……っ)」


 ステラは厄災の禽獣に代わって、何か新しい情報はないかを尋ねる。

 

「この変な探し人の依頼ってあなたたちだったのね」


 高めの女性の声が商会の奥から響いた。

 商会のガヤガヤとした音のなかでもよく通る声だ。


 ひとりの女性が羊皮紙をペラペラさせながらやってくる。

 艶やかな黄緑の髪に、潤んだ琥珀色の瞳をしていた快活な雰囲気の美人だ。

 汚れた分厚い作業着を着ているが、上半身ははだけており、胸元を隠すだけの布材を纏うだけのどこか痴女じみた格好をしている。


「あなたたちだったのねって話しかけてるのに何も返事はないわけ?」

「ちーちーちー(訳:痴女が不機嫌いなってるちー。何か返事するちー)」

「え、えっと、そうです。その依頼を出したのは私です。な、何か、不味かったでしょうか?」

「別に? ただ変な依頼というか、変な特徴の探し人だなって。『指を慣らして建物を破壊して回ってる危険なサングラス。イケメン。知力は3くらい』とか、こんなんで人探しの依頼出してやついないでしょ、普通」

「ちーちーちー(訳:おかしいちー。完全に特徴をとらえているはずちー)」

「ところで、あなたはどちら様ですか?」


 黄緑髪の美女は自分を指差し「私?」と問い返す。


「ニッケ。錬金術商会の長、かな」

「はあ、商会長さまだったんですか」


(ちゃんとした言葉遣いで話しててよかったぁ)


 ステラはホッと胸を撫で下ろす。


「みんな大事な人なんです、絶対に見つけなくちゃいけない。些細な手がかりでもいいんです、何か情報は届いてませんか?」

「届いてるよ」

「本当ですか?」


 ニッケは羊皮紙を一枚ペッとカウンターに置く。


「これは……?」

「別クエストの調査依頼だね」


 内容はヴォール湖で奇妙なモンスターの調査・討伐であった。

 調査・討伐対象は珍しいモンスターで、青色の肌で、頭からニュルニュルした触腕が生えており、顔は可愛いらしいとのこと。

 近くの住民に『シマエナガさんが迷子になった。目を離したら勝手にどっか行った』と報告して回っているらしく、得体が知れないから、住民は錬金術商会に依頼を出し、調査し、必要あらば討伐を願っているそうであった。


「これは君たちが探している『青い肌に白い触腕を生やしてる。焦茶色の上着。儚い』に該当するんじゃないかって思ってね」

「ち、ちー……!(訳:大変ちー、絶対にレヴィちー……!)」


 厄災の禽獣は頬をこけさせ、顔色を真っ青にする。

 

(儚いレヴィが見つかったちー、早く行ってやらないといけないちー!)


「ちーちーちー(訳:よかったちー、まさしくドンピシャちー。そのヴォール湖とやらの場所を教えてほしいちー)」

「よかったね、鳥さん。仲間が見つかって!」


 ステラは心から恩鳥を祝福した。

 

(あれ? でも、鳥さんがいなくなっちゃうってことは……)


 ステラは祝いながら、冷たいものが背中を伝う感覚があった。


(鳥さんはようやく仲間を見つけることができたんだ。すぐにでも駆けつけたいはず。でも、そしたら私とヴァーモンドの決闘は? 鳥さんの力を借りずに戦わないといけない? 私一人の力で)

 

「ちーちー?(訳:ステラどうしたちー?)」

「……決闘、がね」


 ステラの顔と、ボソッと呟かれた言葉。

 厄災の禽獣はそれだけで察した。


 ━━その夜


 ステラのベッド上にはしんみりとした空気が漂っていた。


「ちーちー(訳:ちーはいつもまでステラの側にはいてやれないちー)」

「……地底の星空を一緒に見るっていう約束は?」

「ちーちーちー(訳:そのことも謝るちー。話の流れで了解してしまったちー、期待させてしまったちー)」


 ステラは顔を枕にうずめる。

 彼女は自分の女々しさに腹が立っていた。


(あー何してんだろ、何言ってんだろ、私……。こんなことわかってたのに。鳥さんは仲間を探してる。その時が来れば旅立ってしまうってわかってたのに。その覚悟もしてた。だから、消して鳥さんを足止めはしまいと、頭では考えてたのに、いざその時が来たら、引き止めてる。実技試験で鳥さんのおかげで校長先生の出した課題全てを完璧にこなせたから、だから、今更になって鳥さんを手放すのが惜しくなってるんだ、私は。━━目を覚そう、ステラ)


 ステラは枕からガバッと顔をあげ、厄災の禽獣へ向き直る。


「そうだよね! いつまでも鳥さんに甘えてちゃいけない!」

「ちー……(訳:嘘つきのちーを許してくれるちー……?)」

「許すも何も、鳥さんは何も悪いことなんてしてないよ。私が未練たらしかっただけだ。ごめんね」


 ステラは窓を開く。

 夜の冷たい風が吹き込んでくる。


「私たちの運命はただ一時、ほんのわずかな時間だけ交差したんだ。その時間は私にはとても楽しくて、価値があるもので……でも、私たちの旅路は全く別の方向へ続いているんだよ」

 

 厄災の禽獣は窓辺にちょんちょんっと降り立つ。

 暗く寒々しい湖の香り。白い羽が揺れる。

 今宵の天にも地底の暗黒が広がっている。


 厄災の禽獣は申し訳なさそうに振り返る。


「鳥さん、さあ、おゆき。仲間の元へ行かないと!」

「ちーちー……(訳:でも、でも、ステラはどうするちー?)」

「自分の運命は自分で切り開かないとね。もう十分、鳥さんには助けてもらっちゃったもん。幸運ばかりにいつまでも頼っていてはいけないんだ」

「ちーちーちー(訳:確かに、ステラの言う通りちー。ならば、ちーはもうステラを助けないちー。今日で終わりちー)」

「うん、それでいいよ」


 黒いクリッとした瞳がステラを見つめる。

 ステラの恐ろしい三白眼はじーっとそれを見つめ返す。


「ちーちー(訳:やっぱり、まじまじと見られると恐いちー)」

「ちょっと、鳥さん、最後の言葉がそれ?」


 ふたりはクスクスと笑い合う。

 ひとしきり笑いあうと、また静けさが戻ってきた。

 湖の冷たい空気が入ってくる。

 

「寒いよ、早く窓閉めないと」


 ステラは優しい声で語りかける。

 厄災の禽獣は意を決したように鳴いた。


「ちーちーちー(訳:それじゃあ、これでお別れちー)」


 白い影はぴょんっと飛び立つ。

 小さな姿はすぐに夜の闇に紛れ見えなくなってしまった。


「じゃあね、私のラッキバード……」

 

 厄災の禽獣がいなくなった。

 ステラはしばらく窓辺から離れることができなかった。


 ━━翌日


 決闘の朝はやってくる。

 

「ステラ・トーチライトとヴァーモンド・ホランドが決闘だってよ!」

「負けた方が学校を追い出されるらしいぜ!」

「マジかよ、なんでそんなデスマッチみたいなことになってんだ?」


 学生同士のガチの勝負はヴォールゲート魔導魔術学校全体の関心を呼び、朝から決闘場の観客席は生徒たちで満員御礼の大賑わいになっていた。


「出てきたぞ! ステラ・トーチライトだ!」


 決闘場に静かな足取りでやってきたステラ。

 そばに従えているモンスターの影はなかった。

 向かい側からヴァーモンドが決闘場へやってくる。

 傍には巨大な蛇が2匹追従し、獰猛な牙に粘質の毒を滴らせていた。


 ステラ・トーチライト14歳、試練の戦い。

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