Side:Shimaenaga San 見直される
実技試験を優れた評価で突破した夜。
ステラと厄災の禽獣は共にヴォールゲートの中庭にいた。
噴水その縁に腰掛け、購買で買ってきたパンとジャムで宴を開いているのだ。
「鳥さんは、
「ちーちー(訳:その呼ばれ方は初めてちー)」
「私を2度も助けてくれた! 鳥さんは私の幸運の鳥だ!」
ステラは興奮気味に繰り返す。
厄災の禽獣は澄ました顔で「ちーちー(訳:そう何度も言わなくてもわかるちー)」と、面倒そうに尾羽を繕う。
「今日は奮発しちゃった! たくさん食べていいよ、鳥さん」
「ちーちーちー(訳:パンにジャムを塗っただけちー)」
「あはは、ごめんね、これくらいしか贅沢できなくて」
「ちー、ちーちー(訳:ちーの方こそうっかり口が滑ったちー。ステラが厳しい生活をしているのを忘れるなんて……普段はどんなものを食べてるちー?)」
「普段? うーん、購買は使わないかな。白いパンしか売ってないもの。城門街のパン屋なら黒いパンも売ってるんだ。それにね、運が良ければパンの硬い耳を分けてくれるんだよ。もっと運がいい時は、焦がしたパンももらえるの」
ステラはキラキラした笑顔で「香ばしい焦げたてのパンは本当に美味しんだ」と、恍惚と語った。厄災の禽獣はちょっと引き気味だ。
「ちーちー(訳:なんという儚い幸せちー……)」
「そんな顔しないでよ、鳥さん」
「ちー(訳:ステラは可哀想ちー)」
「うーん、そうかもしれないね。昔は自分が可哀想だなんて思ったことはなかったんだけど、ヴォールゲートに通うようになってからは、色々と見えるようになっちゃったからね。自分がとんでもない貧乏人だってことと、世の中には何もかも持っている奴らがいるってこと、とか」
「ちーちーちー(訳:世の中は理不尽ちー)」
「そうだね。その通りだよ。でも、たまにいいことがある」
ステラは試験用紙を掲げる。
『極めて優秀』と書かれた紙。
「ありがとう、鳥さん。まだ頑張れるかもしれない」
「ちーちー(訳:別に大したことはしてないちー。気にしなくていいちー)」
厄災の禽獣は羽をしっしっと動かし、さも自分とっては些事な出来事だと言いたげにする。澄ます鳥の姿にステラは和かになる。
「ちーちー(訳:どんなに理不尽でも頑張るしかないちー。みんな配られた手札しか持っていないちー。投げ出したらおしまいちー)」
「厳しいね。だけど、その通りかも」
ステラは母を思い出していた。
(お母さんは苦しくても、平等じゃなくても、自分が今持っている選択肢で、精一杯生きたんだ。私もそうあろう。諦めるもんか)
ステラと厄災の禽獣は空を見上げる。
「ちーちーちー(訳:ここの空は真っ暗ちー。ちょっと恐いくらいちー)」
厄災の禽獣はクリッとした黒瞳を瞬かせる。
「でも、星空が見える時もあるよ?」
「ちーちー(訳:あり得ないちー。地下では星空は見えないちー)」
「本当だよ。光の秘文字の作用でね」
「ちー?(訳:光の秘文字ちー?)」
「昼間に明るい光の球が浮いてるでしょ? あれが光の秘文字の力で生み出されるんだって」
「ちーちーちー(訳:ちーの羽が焦がした悪い球のことちー)」
「光の秘文字はヴォールゲートの地のどこかにあるらしいけど、誰も見つけられてないの。光の球はさ、夜になると消えちゃうんだけど、運がいいと残留した力が鉱石に蓄積されて、たまにとても綺麗な星空になるんだよ」
「ちー(訳:ロマンチックちー。見てみたいちー)」
「なら、私が鳥さんに地底の星を見せてあげるよ)」
「ちーちーちー(訳:わあ、それは楽しみちー。いつか一緒に地底の星を見るちー、約束ちー)」
ステラは小指を立てる。
厄災の禽獣は尾羽をピンっと立てる。
爛々と輝く地底の星空の下で、ふたりの約束は交わされた。
━━翌日
午後の授業へ向かおうとしていたステラのは、掲示板の前で足を止めていた。
学校の連絡事項が集まる掲示板には、昨日の実技試験での優秀だった生徒の名前が張り出されていた。評価は『優秀』『非常に優秀』『極めて優秀』となっている。『優秀』の生徒は6名おり、『非常に優秀』の生徒はおらず、最も優れた結果である『極めて優秀』を収めたのは1名だけだ。
「ステラ・トーチライト……」
ステラは名前を読み上げる、『極めて優秀』な成績を収めた生徒の名を。
まさか自分だけ突出した評価を受けているとは思ってもいなかった。
「トーチライトだ」
「極めて優秀の天才?」
掲示板の近くにいた生徒たちはステラの存在に気づき始める。
エリートだけが集まる使役科にステラ・トーチライトという異質な生徒がいることも同学年には知られていたし、元よりくたびれた制服を着ていることで目立っていた上に、勉強もでき、珍しいテイムモンスターすら持っていた。
掲示板に『ステラ・トーチライト』の名前が上がれば、大体の生徒は「あの怖い目つきの子だ」と察することが可能なほど、ある種、有名人ではあった。
「トーチライト、お前すげえのな」
ステラは声に振り向く。
魔導科の男性生徒が目を丸くして見てきていた。
「使役科で一番だとは聞いてたけど、本当に天才なんだな。いつも小汚いから疑ってたぜ」
「それ褒めてるの?」
「そりゃもちろん……う、うわあ!?」
男子生徒は睨め付けるステラを見て、仰天する。
「ひっ、トーチライトが恐い眼してるぞ……!」
「離れろ、刺されるぞ……!」
「な、なんだよ、そんな眼しなくていいだろ!」
「別に普通の目だけど」
ステラは馬鹿にされたような気がしてさらに不機嫌になる。
厄災の禽獣は胸ポケットからちょっとだけ顔を出し、皆の状況とステラを交互に見て「ちー」とひとつの納得を得た。小声でステラへ話しかける。
「ちーちーちー(訳:今のステラは5、6人殺めてる目つきちー)」
「鳥さんまでなんてこと言うの。いつもと変わらないって」
「ちーちー(訳:普段は2、3人やってる目ちー。元から恐いとは思ってたけど、みんなが近寄りがたさを感じるのには、その目に理由がありそうちー)」
(この学校の魔導科には城門街の労働者の子もわりと多い印象ちー。使役科に忌避されるのはなんとなくわかるちー。今までは魔導科にまで全面的に避けられている理由がわからなかったちー。でも、今わかったちー)
「ちーちー(訳:笑顔ちー。笑顔がだいじちー)」
「私が笑ったって何にもならないよ。学校の連中とは仲良くなれっこない」
「ちーちーちー(訳:自分から殻に閉じこもるにはまだ早いちー。笑顔を見せてやれば男子なんてイチコロちー)」
厄災の禽獣は自分の主人のことを思い出す。
美人を前にすればデレデレする情けない主人のことだ。
(ステラも目つきが殺人鬼なだけで他は意外と美人さんちー。性格は粗野だけど優しいちー)
ステラはため息をつきながら、胸ポケットからちょっとだけ飛び出す白いものを押し込み、咳払いをひとつ、とびっきりの笑顔を作る。
笑顔を作りなれていないせいか、歪な表情が出来上がった。口角がひくひくと痙攣し、目元は凶悪に歪み、ただでさえ恐ろしい三白眼はさらに小さくなる。
「殺されるぞ……!」
「ひやああああ……!!」
ステラの笑顔を見た生徒たちは血相を変えて走り去ってしまった。
「ちー(訳:まだしばらく時間が必要みたいちー)」
「やっぱり、笑顔なんて意味ないよ……」
「ちーちーちー(訳:焦る必要はないちー。ステラは美人さんちー。少しずつ笑う練習をすればいいちー)」
厄災の禽獣は落ち込んだステラのほっぺをペチペチと叩いてあげた。
「どう言うことだ……」
ステラの背後で声がした。
視線をやれば紫髪の猫っ毛の少年が目を大きく見開いて、掲示板を睨みつけていた。
「ど、どう言うことだ! どんなインチキをしたんだ!」
「なんの話かわからないんだけど」
「しらばっくれるな、この卑しい売春婦の娘が!」
隣のヴァーモンドは掲示板を指差し、額に青筋を浮かべる。
彼は『優秀』の評価を受けた6名の生徒のひとりに数えられている。
それは十分な評価である。しかし、それでも『優秀』止まりだ。
『極めて優秀』の評価を受けたステラとは差がある。
ヴァーモンドにとってはまるでステラよりも劣っていると言うことを公衆の面前で宣告されているのと同じだった。つまり大変に気分が悪かった。
「体でも売ったのかこのボロ女め! 汚い手を使わなければお前のような掃き溜めの貧民が成績を収められるはずがない!」
「寝言は寝て言えよ、ヴァーモンド、普段から私は成績トップだ!」
目を見開き力強く言い返したステラ。
ヴァーモンドは迫力ある眼力に気圧され言葉に詰まる。
「認めるものか……そうだ、お前、第一、テイムモンスターはどうしたんだ? そもそもの話、あのヴォールゲートオオカミを失った時点で、お前は試験すら受けられないはずだったのに、どうしてこんなことに……」
ヴァーモンドは手で顔を押さえ、拳を握りしめ震えさせる。
今にも爆発しそうなホランド家の子息に、周囲の生徒は間違っても自分は巻き込まれまいと、息を殺し、状況の行く末を沈黙でもって見守る。
「いいよな、お前は何も失いものがないんだ、最初から何も持たずに生まれたのだから……だがな、僕は違う、お前なぞがいつまでも使役科にいることはクラスの風紀に、ひいては学校の品格に関わる由々しき問題だ……」
(いつまでクラス2位に甘えるつもりなんだ。あの時だ。1年前。このボロ女が学園に編入してきてからだ。この貧民のせいで俺が使役科でずっと1位だったのに……。汚い制服に、汚い教科書で、態度にも品格はなく、なのに星のルーンも使役のルーンもやたら上手く使いこなす。テイムモンスターも最高の種だ。なんなんだ、僕の邪魔をするんじゃあない、お前は虐げられる運命なんだ、なんで身分相応の場所にいないんだ、烏滸がましいと思わないのか!)
ヴァーモンドは深い息を繰り返す。
(こいつを今消さないと、父様に見限られてしまう……落ち着け、ヴァーモンド、お前はやれる、兄様のようにやれるはずだ。ボロ女、強がっているが今は弱ってるはずだ。ヴォールゲートオオカミを失った。卑しい商売をしていた母親だって労働者の男に少し手回ししただけで始末できた。誰にも気づかれてない。僕には能力がある。上手くやれる。あと少しなんだ。あと少しでこの売春婦の娘の心を折れるんだ)
「ちーちーちー」
静かな廊下に声が響く。
ヴァーモンドは可愛らしい声へ視線をやる。
ステラの胸元から聞こえるそれ。
「なんだ?」
「なんでもない」
「何かいるな? 何を隠している!」
「くっ! 触るな、ヴァーモンド!」
「お前の貧しい胸になぞ興味を持つか! その鳴き声はなんだと聞いているんだ!
揉みくちゃになり、二人は倒れ込む。
その時に白玉が廊下に転がって出てしまった。
「……何、だそれ、豆大福?」
「ちーちーちーッ!」
「いや、違う、鳥? そいつがお前の新しいテイムモンスターか……?」
(なんて貧弱そうなモンスターなんだ……いや、待てよ、ならば)
ヴァーモンドは考えたゆっくりとした所作で立ち上がり、繊細な前髪を撫で付け、覚悟を決めたような表情でステラへ向き直る。
「決闘だ」
ヴァーモンドははっきりとよく通る声で言う。
「また……? 卑怯な手を使わないんだったら相手になるけど、正直、あんたに負ける理由がない」
「喧嘩じゃない。ルーン使いならば魔術決闘に決まっているだろう。勝者は、いや、敗者はこの学園を去るというのはどうだ?」
(貧しい主人にお似合いの貧弱なテイムモンスターだ。こんな豆大福みたいな鳥に遅れを取るはずがない。以前までならあの狼のせいで手を出すことができなかったが、今ならば、ボロ女を正面から叩き潰すことができる!)
ヴァーモンドは深い笑みを讃えながら言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます