魔導のアルコンダンジョン探索12日目 キンバル報告

 ━━ベルモットの視点


 ベルモットは椅子に深く腰掛けて放心していた。

 最高のマッチメイクが実現する可能性に心踊っていた。

 目を細める、琥珀色の酒をグラスに注ぎ、グイッと飲む。


「あぁ……ついぞ私ですら呼び出し、闘技場で戦わせることはできなかった。闘技場の外、戦の中で生まれる強者」


 ベルモットはグラスをそっと下ろし、机の上へ視線をやる。茶色い皮表紙の一冊の本が置いてある。自身で執筆した著書『強さ議論 第三版』だ。手に取る。分厚い本には真なる強者好きたちのよる考証が重ねられた結果が、彼らの名前のもと責任のもとに記されている。


「7つの英雄。王に最も近いとされる7人。誰も彼も人間を逸脱した化け物ばかり。我が王はどうなさるつもりか」


 太い指がペラペラとページを繰る。

 ある場所でページが止まる。ページには”追放者ヴァン・リコルウィル”と見出しを打ってあり、その下に少ない行数で情報が記載されている。

 

「変態たちの腕を持ってしても、ほとんどの情報が明らかになっていない魔術師。……さて、どうなるか」


 静かな書斎の窓からは倒壊した城の半分が見渡せる。

 琥珀色の酒をグラスで揺らし、ベルモットは愉快げに鼻を鳴らし、心躍る結末を期待した。壊れた城の恨みなどとっくにない。彼の中にあるのは、ただひたすらに強者と強者がぶつかるのを見たいという少年のように純粋なワクワクだ。



 ━━数日後



 しばらくの時間が過ぎた。

 ミズカドレカでは平和な日々が続いていた。

 緑の髪のやつとか、白い髪の悪い女サラが俺たちの前に姿を表すことはなく、てんでその気配は失われてしまっていた。ベルモットも見つけられないでいる。


 俺は暇を持て余していたので、セイに稽古をつけてやったり、一緒に鍛錬したり、逆に読み書きを教えてもらったりながら、日々を有意義に過ごしていた。


 冒険者組合での仕事はしばらくお休みした。

 クゥラとエリーとの時間を確保するためだ。俺たちはお互いをあまり知らないので、新しい主人となった手前、打ち解ける時間が必要だと思ったのだ。


 特にエリーは俺への人見知りというか「なにこのおっさん、強くてこわ」みたいな空気感が拭えない。この数日でもそこに関しては以前変わらずだ。俺はもう23歳。どんなに天才で果てしなく男前だろうと、14歳の子供からすればおっさんにカテゴライズされる。悲しい。打ち解けるには時間が必要か。


 今日もエリーに「ひぇ! フィンガーさん、こんにちは……」と挨拶される鬱デイリーミッションを終えた俺は、一人でニールス商会へ足を運んでいた。

 2階で紙面と睨めっこをする。紙には夢で修羅道さんに教えてもらった残留した南極遠征隊員の名前がメモされている。忘れる前に書き写しておいたものだ。

 

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 残留メンバー by修羅道調べ


・『メロンソーダ』浅倉

・『フライドポテト』田中

・『赤き竜』アーサー・エヴァンス

・『アストラル』セドリック・ディケーゴ

・『カターニアの砂塵』シロッコ

・『ブラッドリー』

・ハッピーちゃん

・『フェニックス』フェデラー・ビルディ

・ジウちゃん

・レヴィアタンちゃん

・白玉

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 知ってる人ばかりというか、知ってる人しかいないというか。

 気になる名前も混ざっている。気に食わない名前も混ざっている。

 逆に残留してて欲しくない子も混ざっている。

 レヴィには帰っててて欲しかった。


「こいつらみんな合流しないとなんだよなぁ。修羅道さんも『足を使うんです、足を』って言ってたし、俺からも探しに行ったほうがいいんだろうな」


 しかし、無闇に探し回っても仕方ない。

 どうにか手がかりだけでも手に入れなければ。


「フィンガーマン殿」


 声に顔を上げると、金色の髪を結んでポニーテールにした美少女が微笑みかけてきていた。スカートから伸びる白い太もも、細い手足、どこから見ても可愛い女の子だ。しかし、その正体はビリー・ニールスの兄である。現代の人類はこういう存在を形容するに適切な単語を有する。男の娘。というやつだろう。

 キンバル・ニールス。相変わらず、すけべすぎる。こんなえっちなお兄ちゃん存在していいのだろうか。うちの兄と交換こしません(2度目)


「ビリーから聞きましたよお、悪徳のベルモットを打倒し奴隷解放を成し遂げたってえ、流石は黄金の指鳴らし、地底河の悲鳴をただの一撃で屠った英雄殿ですなあ」


 間伸びした中性的な声。

 この声をずっと聴いていると眠くなってくる気がする。


「戦士たちの仕事ぶりはどうですか? その、普通の生活はできそうです?」

「最高ですよ。最初こそ、面食らったらしいですけど、流石はビリーです。すぐに効果的なビジネスを思いついたようで」


 戦士たちは全てがニールス商会に雇われることが決定した。

 この数日でニールス商会の受け入れ体勢が整ったのだ。

 ベルモットの城の修理という雇用こそあったが、それでも戦士すべてを運用するには足りず、そのため商会の城の修理以外にも雇用を創出する必要があった。


 結果、ニールス商会は戦士たちを小間使い兼用心棒として雇った。

 商会では商品を馬車で運搬する業務をこなす必要があり、近頃は馬車が野党に襲われる被害も増えていると言う。

 多くの場合は傭兵を雇ったり、冒険者組合で護衛を雇うのだが、外注ではややコストが高くつくらしい。ニールス商会専属の傭兵もいるが、それだけでは全ての馬車を守るには、とてもじゃないが数が足りない。


 そのため、ベルモットの戦士たちはある意味では商会にとって、願ってもない最高の人材であったのだという。


「ニールス商会専属の傭兵がまさかこんな大量に手に入るなんて。フィンガーマン殿は金鉱よりも価値のある資産を商会に譲ってくれたようなものです、ビリーに代わってお礼を言っておきますねえ、ありがとうございます」

「ビリーにもお礼は言われましたけど」

「ありゃ。それじゃあ今のはボクのお礼です♪」


 言ってキンバルは指を立て、前屈みになって、柔らかく微笑んだ。

 腰がくんってしてるのなんで。だが男だ。


「組合だけでなく、ミズカドレカの有名人になるのも時間の問ですねえ」

「そうですかね。なかなか思ったようには名前は広がりませんけど」

「そういえば、フィンガーマン殿は探し人がいると言っていましたねえ、そのために名前を轟かせたいのだと。人探しは順調ですかあ?」

「実は今日はその件でニールス商会をたずねさせてもらいました」


 キンバルは「ほう」と目を丸くする。

 

「銃を乱射する危険な銀髪少女の噂とか、ぬるぬるの青肌の髪が触腕娘の噂とか、そういった奇妙な噂があったらなんでも教えてほしいんです」


 数日前、俺はビリーもといニールス商会の情報網を使って情報収集を依頼した。複数の都市と街を繋ぎ、商機に聡い商人のネットワークならば、きっと有益な情報を掴めるという期待をしてのことだ。

 今日は成果があるとの報告を受けたので、ニールス商会に足を運んだのだ。


「今は父がいないのでビリーが忙しそうだったので『変な依頼だなあ〜』って思いながら仕方なくボクが仕事を引き受けたわけですが……もしかして、ボク大事な仕事してたんですかねえ」

「すごく重要なことです、俺にとっては」

「あんまりそれらしい噂は見つかりませんでしたけど、奇妙性で言えば及第点なのがひとつ」


 キンバルは言って俺の向かい側の席に「よいしょ」っと可愛らしく腰を下ろし、羊皮紙を一枚机に置いた。

 羊皮紙は張り紙のようで雨風に打たれ、やや傷んでいた。どこかの壁から剥がされたものらしい。紙面には白い丸い何かの絵が描かれている。


「これはなんですか」

「新聞記事の一片ですねえ」

「新聞があるんですか」

「それも名門ヴォールゲート魔導魔術学校の校内新聞ってやつですよお」

「まるで話が見えないんですが。この新聞には何が書かれてるんです?」

「『情報求む、謎の巨大豆大福捜索中!』って書いてありますねえ。まるで意味不明の新聞です。流石にこんなものでは役に立ちませんよねえ……?」

「うーん、非常に役に立つかもしれないです」


 巨大豆大福ねえ。

 一体どこの何エナガさんなんだ。

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