拳闘大会より一夜明ける、強さ議論

 恐ろしく寝た気がしない。

 ドリーム通信、通信される側の負担でかい。

 まあ修羅道さんかあいかったからよしとしよう。 

 

 今日も一日が始まる。

 デイリーミッションをやろう。

 我慢の限界で手の震えが止まらなくなってきた。


「デイリーミッション」


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  ★デイリーミッション★

  毎日コツコツ頑張ろうっ!

    『デイリー魚』


 デイリー魚をさばく 1/1


  継続日数:231日目 

  コツコツランク:ブラック 倍率100.0倍

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「セイ、魚しましょう」

「了解しました、師匠」


 朝の支度を終え、宿屋一階調理場に降りるため部屋を出る。

 ふと、隣のベッドですやすやと眠る赤髪の姉妹が目に入る。

 鍛えられた美しい肉体を持つ彼女たちは、ベルモットの運営する闘技場より解放した元戦士クゥラとエリーだ。

 

 さしものニールス商会でも、一晩のうちに用意できる部屋には限りがあった。

 新しい従業員たちには身よりも何もないので、全て彼らが面倒を見ないといけない。なので、言い出した手前、俺も協力するため、一時的にクゥラとエリーの生活の面倒を見ることにしたのである。

 

 俺とセイは気持ちよさそうに眠る姉妹を見やる。


「よく寝てますね」

「はい、師匠。よく寝てます」


 過酷な日々を送ってきたことは想像に難くない。

 何せ柔らかいベッドで眠るのが初めてと言うくらいなのだ。

 ゆっくり眠るといい。もう君たちは奴隷ではないのだから。


 しばらく後。


 俺とセイは魚デイリーを終えて、俺は経験値キメて禁断症状を一時的に抑制し、セイと共に日課である『腕立て伏せ100回、腹筋100回、スクワット100回、ランニング10キロ』をこなす。


「これは俺の故郷では伝統的な最強トレーニングです。3年続けると禿げる代わりに最強の力を手に入れられると言われています」


 デイリー生活二日目なのでそろそろ『鋼のメンタル パワー』を与えようとも思ったがやめておいた。あれほどのクソデイリー、失礼、精神を鍛えるのに優れたデイリーミッションは他にはないが、あまりに負担がでかい。

 その上に、よく考えたらデイリーくんが報酬をくれるわけでもないので、ただメンタルに傷を負うだけになってしまう。不憫すぎる。

 

 ゆえに伝統的な最強トレーニングで身になる筋トレを日課にすることで、毎日コツコツ積み上げる大事さをセイに学んでもらうことにした。


「97回、98回、99回、100回!」


 宿屋の庭で腕立て伏せを完了したセイは額の汗をぬぐった。

 俺はタオルを渡す。セイは「ありがとうございます」と言って、顔を拭った。

 これで今日のセイもデイリーは完了だ。

 彼女は勤勉なので早朝のうちに終わってしまった。

 

「師匠、剣の稽古もつけてくださいませんか?」


 朝の涼しさの中、蒼い瞳が見上げてくる。

 その眼差しは強く、揺るぎない。


「私は強くなリたいんです」

「それはどうして」

「自分の身を守るために、何より師匠のお役に立ちたいんです」

「なるほど」


 えらい。すごくえらい。

 この世界、変なの多いから自分で身を守れるに越したことはない。


「それに」

 

 セイは一拍遅れて付け足す。


「守るべきものを守れるようになりたいんです」


 地下闘技場でセイは少女たちを助けようとした。

 エリーを含め、想像を絶する境遇にいた彼女たちを守るために、悪逆の貴族へ挑んだ。やり方は間違っていたかもしれないし、結果的に自分が窮地に陥ったし、問題を解決する力も足りてはいなかった。


 彼女が自分の正義を信じてそれを実行する力を欲するのなら、俺はそれを授けてやってもいい。いずれ全てを奪ってしまうかもしれないのだから。

 ん、そういえば、昨夜は修羅道さんに色々話は聞いたけど、ダンジョンボスのことは聞きそびれてしまったな。探し方についてとか、彼女ならば何か良い案を持っていたかもしれないのに。


「修羅道さんにダンジョンのこともっと聞いておくんだったな……」

「師匠、何か言いました?」

「なんでもないです」

 

 また今夜、ドリーム通信してくれるかな?

 俺の方から何かアクションができるわけじゃないし、期待して待つしかない。


「師匠、心ここに在らずって感じです」

「まさか。セイのことを考えてたんですよ」

「え、私のことですか?」


 セイは「へえ」と視線を逸らす。


「剣の稽古についてでしたね。俺のはほとんど我流ですけど、それでよければ」

「はい、お願いします!」

「よろしい。毎日続けることが重要です。日課が人を作るんです」


 そんなこんなで俺とセイはますます師弟関係っぽさを増していくことになった。俺の剣技はスキル『活人剣』によって感覚的に会得したもの。体系的に学んだわけではないが、物理的に効果的な剣の扱い方を知っている。

 剣を振り方、体重の移動、足の運び、踏み込み、敵と相対した時どこにいるべきか、いるべき時にいるべき場所に自分がいるか、そのほか諸々のことが俺にはわかる。


「しゅぅぅ……ぴんっ」


 俺は黄金の剣をふり、その感覚をセイに説明する。

 

「わかりますか? しゅぅぅ……ぴんっ。って感じです」

「なるほど、しゅぅぅ……ぴんっですね!」


 上手いじゃないか。

 セイは才能ある。


(師匠はやっぱり天才です。教え方も上手くて、とってもわかりやすい!)


 セイはキリッとして剣を振り、綺麗に残心する。

 将来、彼女が活躍した時に「あいつは俺が育てた」って解説役としてセリフを吐くのが楽しみで仕方がない。


「フィンガー」

「おや、お二人、お目覚めですか」


 クゥラとエリーが宿屋の庭に降りてくる。

 寝起きだろうに顔つきは眠たさを感じさせない。

 ヴァーミリアンって戦闘民族なんだとつくづく実感する。


「ベッドでの睡眠は快適でしたか?」

「最高だ。あんなもので寝てしまって一体どうやってこの借りを返したらいいか」

「ベッドで寝たくらいで借りはできませんよ」


 それで借りカウントしてたら借りのインフレが起きる。

 

「ふぃ、フィンガーさん……」


 小さい方の赤髪、妹のエリーは俺のことをフィンガーさんと呼ぶ。

 

「はい、フィンガーさんですよ」

「昨日はありがとうございました……」

「どういたしまして」


 エリーは俺のことを怖がっていて、昨日はまともに話をすることはできなかった。恐怖症候群でノックアウトした俺に非があるので仕方ない。あれは事故だった。クゥラは話をしてくれたのかな。フィンガーさんは頭が良くて、イケメンで、すごく良い人だって。だから怖がる必要はないんだよって。


 エリーはセイの方へ視線を向け、気まずそうに宿屋のなかへ戻って行ってしまった。話では殺し合いをさせられたらしいので、思うところがあるのだろう。


「エリーには時間が必要なんだ。あの子は私よりずっと貴族を恐れていた。いきなり解放されたからと言って、どうしていいかわからないんだ。他の多くの戦士たちと同じようにな」


 自由は恐いってやつだろうか。

 縛られてきた人生であるほど、全ての枷を外されたら、どうしていいかわからない。俺は数十人を超える戦士たちの枷を破壊した。みんなまだ戸惑っている。


「ところで、フィンガーとセイラムは何をしているんだ」

「これは師匠と私の秘密の剣術稽古です」

「剣術の稽古か。ベルモット曰く王にも届きうる実力だとか。私もぜひ指南を受けてみたい。戦士のソレとはまるで異なる戦闘術なのだろう」


 クゥラは興味ありげにセイから剣を借りた。

 彼女が剣を握りしめると途端に風格がでる。

 昇ってきた朝日に赤い髪が燃えるように照らされる。

 戦乙女って感じだ。


「では、まずしゅぅぅ……ぴんっ。から」

「……待て、どういうことだ」

「? しゅぅぅ……ぴんっ。ですよ」


 俺は踏み込むと同時に、ぴんっで剣を振る。

 クゥラは眉を顰め、険しい顔をする。


「わかったとりあえず、次のステップを」

「全くだらしないですよ、それでもヴァーミリアンですか。まあいいです。次はしゅっ、ぱっ。で始まり、シュッとちょで。終わりまして━━」


 この後、10分ほどで「私には合わなかったようだ」と、クゥラは俺の弟子になることを自ら辞退した。俺の高次元の稽古についてこれるのはセイだけのようだ。


 ━━その夜

 

 俺は単身でベルモットの半壊した城へやってきた。

 城に到着すると、数十人の兵士たちが出迎えに門に待機していた。

 大仰な歓迎を受け、荘厳な門からまっすぐ伸びる石畳みの道を進んで、城のゲートハウスにたどり着く。


「我が王、お待ちしておりました」


 ゲートハウスでベルモットが兵士たちと待っていた。

 ベルモットは顔中あざだらけだが、どこか毒の抜けた表情をしている。


「お前の王になった覚えはないんだけど」

「それでも我が王は我が王なのです、あなたを形容する言葉を他に知りません」

「緑の髪のやつは見つかったのか。イカロニクだったか」

「いえ、残念ながら。人手を使って捜索していますが見つかっておりません」


 セイを攫った教導師団の男。どうにもこのあたりにいるようだ。

 いつ襲ってくるかわからないので、早めにとっ捕まえたいところなのだが、姿をくらましてしまった。なのでベルモットに捜索を頼んでいたのだが、いまだに見つからずということらしい。勘づいて逃げてしまったのか。


「サラとか言うのは。俺に復讐しに来そうだって、お前言ってたけど」

「サラも姿をくらましました。あいつの性格からしてすぐにでも姿を現しそうではありますが」

「そいつ普通に殺人鬼で悪いやつなんだろ。あんたの知り合いだって言うんなら忠告しとくんだな。次来たら俺は指を鳴らす」

「まさか忠告なんてしたら勿体無い! 狂犬のサラとフィンガーマンのカードですぞ! ぜひぶつかって死闘を見せていただきたい!」


 勘違いしてはいけないのは、このベルモットという男は味方ではないということだ。すなわちただの変態。それも根っからの変態だ。ついでに倫理観が壊れてる。普段なら指を鳴らして吹っ飛ばしているところだが、戦士たちがこれからまともに生活していくためには彼の協力があると物事が円滑に運ぶ。


「きめえな。さっさと用件を済ませよう」

「流れるような悪口を。しばしお待ちを」


 ベルモットの書斎へ通される。


「これが私の執筆したベストセラー『強さ議論』です、どうぞ手にとってご覧ください」


 一冊の本を手渡された。

 これが俺が城に呼ばれた理由か。

 

「このベルモット・ラジャーフォードは強者の情報に世界で最も精通していると自負しています。世界全ての強者を知る私が、強者好きたちと議論を重ねに重ねた考証が『強さ議論』です。『強さ議論』の目玉は、なんと言ってもある存在たちを除いて最も強い7人を選んだ『七つの英雄』です」


 奇書と噂される『強さ議論』をペラペラとめくりながら話を聞く。


「『七つの英雄』は世界最強の強者とされています。まあ、私たちの会議で勝手に選んだのですが、考証を重ねていますので、的外れではありません」


 俺がベルモットの城に来た理由。

 それは名声を高める手段を尋ねたところ、すっごく嬉しそうな顔で「ありますよッ!」と答えられ、今日、城へ来るように言われたからに他ならない。


「なるほど、ベルモット、あんたの言いたいことはわかった」


 つまり俺を『七つの英雄』のランキング第一位にしてくれるってことなんだろ。完全に読み切ったよ、ありがとう。どんだけ効果あるか知らないけど、それなら多分有名になれると思う。

 

「その英雄のランキングの第7位がちょうど近くに街におります。倒してきてください、そうすれば我が王を第7位にランクインさせましょう」

「倒さなきゃダメなのかよ。お前が著者ならちょちょっと書き換えてくれよ」

「私は変態です! 仲間たちと議論を重ね出した結果を、独断でひっくり返すことなどできません! そんなことをしようものなら私は強者絶頂原理派に存在を消されてしまうことでしょう!」


 鬼気迫る表情で言われ、俺は後ずさる。

 

「それに我が王よ、あなたでも『七つは英雄』は倒せるかどうか。皆、英雄の位を踏み越えた者の中から、強者好きの変態たちが議論を交わし選んだ7名です。はっきり言いましょう。我が王が勝てるとは思っていません」


 なんだとお? この『指男』赤木英雄が敵わない存在だとお?

 ベルモットのやつにネゴシートを仕掛けて『強さ議論』に俺の名前を無理やり食い見込ませることは多分できる。


 しかし、しかしだ。

 俺は随分前から闘争に飢えてきた。

 あらゆる脅威を指を鳴らして解決できる力があるが、時にそうしないのは、俺と戦う者に俺に闘争を思い出させて欲しいと常々願ってるからに他ならない。


 そんな真の闘争を求める俺の中のリトル赤木が言っている。

 ほう、面白いじゃないか、俺が勝てない野郎がいるだって?

 リトル赤木、めっちゃイキってます。お前そんなやつだったけ。


「七つの英雄、倒せば名声が手に入るんだな」

「っ! では、やってくれるのですか!? このベルモット、強者と戦う我が王が大好きでございます!」


 機会があれば決闘を申し込むのも悪くない。


「その強者とやらはどこに」

「ヴォールゲート。魔導魔術学校で名の知れる古い地底世界でございます」


 ベルモットはニヤッと笑みを深めて言った。

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