ヴォールゲートへの旅支度

 あまり期待せずにニールス商会に依頼した情報収集でいきなりのヒットを得られるとは思いもしなかった。ヴォールゲート。そこにおそらく白い鳥がいる。


 キンバルはヴォールゲートなる土地についていくつかの知識を俺に授けてくれた。その日のうちに俺はヴォールゲートへの支度をすることになった。


 もっとも準備とは言え何をするわけでもない。

 手荷物は全てムゲンハイールに収まるので、この銀色のジュラルミンケースを握れば、即準備完了、いつでも行動を開始できる。

 ただ、如何せん俺にも人との繋がりができてしまった。


 思い立ったらすぐ行動の前に、俺の動向を知らせておく必要がある。

 まずはニールス商会だ。彼らはミズカドレカでの最重要協力組織だ。キンバルを通じてビリーに知らせてもらう。俺の留守の間に、南極遠征隊残留組の誰かがフィンガーマンの噂を聞いてミズカドレカに足を運んでくれるかもしれないので、その際には面倒を見てあげてほしいとお願いしておく。


「フィンガーマン殿が探しているというお仲間の方ですねえ。わかりましたあ、このキンバル・ニールスが責任を持ってその仕事を引き受けさせていたできますよお」


 キンバルは恭しく一礼する。

 金色の細い髪がハラリと垂れる。なんとなしに視線で追う。

 

「キンバル殿は男なんですよね」

「惚れちゃいましたあ?」

 

 俺はいまだに疑っている。

 日に日に「嘘つけ」という感情が高まっている。

 シュレディンガーの男の娘。ちんちんを確認するまで俺は信じない。


 後ろ髪を引かれながらニールス商会をあとにした俺は、ベルモットの元へ足を運んだ。ここでも俺を訪ねてくる者がいるかもしれない。ゆえに「フィンガーマンを訪ねてくる者がいたらニールス商会へ案内せよ」と動線を作っておく。

 もしせっかくミズカドレカまでやってきても「なんだ、いないのか」ってどっか行ったりして、すれ違わないように気を付ける。天才だ。やはり俺は頭がいいのかもしれない。


 最後に冒険者組合を訪れた。

 異世界文明圏で多少時間を過ごせば、冒険者組合というネットワークの強さはすぐに目に付く。もし南極遠征隊残留組がミズカドレカを訪ねてきたら、おそらくは「黄金の指鳴らし、フィンガーマン」という噂を聞きつけている可能性が高く、それゆえに俺を見つけるため冒険者組合を訪れる可能性は非常に高い。


 賑わう市場ヴィクトル大通りをまっすぐに進み、往来の喧騒を無視して、露店の店主の「安いよ!」「うまいよ!」「腹筋6LDKかい!」という掛け声をかき分けて、突き当たりまでやってくれば、そこに巨大な建物が見えてくる。


 周辺で鍛冶屋が鋼を鍛える音が響きだし、武器屋や防具屋のまえで、装備を吟味して盛り上がる男たちや、昼間から酒を飲んで喧嘩している荒くれ者どもが視界に映るようになってきたら目的地に到着だ。


 冒険者組合。数多の物語が紡がれる場所。

 その周りにたむろする暴力の香りを漂わせる者たちが俺に気がつく。

 

「おい、みろ、あの格好」

「っ、伝説の英雄……」

「フィンガーマン、地底河の悲鳴を討伐した冒険者……!」


 冒険者組合の近くに来ると、サングラスとでかいジュラルミンケース、それと異邦風の格好はとても目立った。「黄金の指鳴らし、フィンガーマン」本人であるとすぐに認識される。

 

 俺の行く先では冒険者たちは自ら進んで道を空け、羨望の眼差しを向けてくる。俺には他人と気軽に話をする文化はない。

 黙して注目の中を突っ切り、冒険者組合へ入った。


 奥にある受付カウンターまでやってくる。

 美しい金髪をした可憐な受付嬢が、低燃費な眼差しを向けてきた。

 眠たそうな彼女の名はステラ。

 仕事に真面目で、規約に厳格な冒険者組合の顔である。

 

「拳闘大会。とんでもなく危険な所だったんですけど」

「大活躍だったようですね。流石はフィンガーマンさんです」

「知ってたんですよね、貴族の遊戯の場だって」

「フィンガーマンさんが勝つこともわかっていましたよ」

「恐ろしい公募です。うっかり応募した一般人はとんでもない目に遭ったでしょうに」

「一般人は拳闘大会の意味を理解しています」


 やはり、そういうことだったのか。

 俺を拳闘大会へ薦めたステラとしては、半ばジョークのような者だったらしいが、もし仮に参加しても大丈夫だろうという期待もあったらしい。


「名声は手に入ったでしょう」

「おかげ様で。随分、貴族たちにも名前が広がりそうです」

「それはよかったです。しかし、どのようにしてあの好事家の変態ベルモット男爵を説き伏せれば、闘技場の閉鎖という展開になるのですか」

「自宅を半分吹っ飛ばされれば、誰だって大抵の言うことは聞きます」

「それはフィンガーマンさんのユーモアですか。あなたがベルモット男爵の城を吹き飛ばしたと」

「だとしたら」

「武器庫の火薬が暴発した事故だと言われていますが」

「世間ではそうなってるんですか」


 ベルモットの最後のメンツか。

 そういうことになっているのならそれで構わない。

 この世界の常識を大きく越えすぎた能力の行使は、明確な異分子として、ミスターZに検知される原因になり得る。あの時はベルモットを脅すために、勢いでついちゃったけぞ、冷静になれば、とても危ない行動だった。

 目立たずに目立つ、を達成するためには、俺には城を半壊できないということにしておいた方が好都合だ。はい、頭いい。てんさい確定。


「まるで自分が本当に城を破壊したかのような口ぶりですね」

「いつか見せてあげれたらいいですけどね」

「では、その日を期待せずに期待していますよ」


 滅多に笑わないステラ受付嬢は、フッと冷ややかな笑みを浮かべた。


「して、本日はどのようなご用件で。拳闘大会のクレームならば大会側へお願いしたいのですが」

「実は少しミズカドレカを離れようと思っていまして━━」


 俺はヴォールゲートという土地へ遠出する旨を伝えた。

 ステラは顔色ひとつ変えず「ふむふむ」とメモを取る。


「なので、フィンガーマンを訪ねてくる者がいたら、ニールス商会へ繋いでほしいんです」

「構いません。ミズカドレカの誇るプラチナ級冒険者のお願いですから、タダでお引き受けしましょう」

「では、そういうことで」

「しかしヴォールゲートへの旅ですか」


 会話を切り上げ、受付を去ろうとすると、ステラはで言葉を差し込んだ。

 俺は半身だけ振り返って「何か?」と問い返す。


「一つクエストを受けていきませんか」


 ステラはクエスト依頼書をスッと取り出す。

 視線を落とし、すぐに上げる。

 読めん。セイに助けてほしいが、今はここにいない。


「生憎とクエストのために行くのではないので」

「黄金の指鳴らし、フィンガーマンの名声を高めるのに、ふさわしいクエストですよ。オリハルコン級のクエストです」

「オリハルコン……? 話を聞きましょう」

「ヴォールゲート魔導魔術学校は地底河の悲鳴の鎧を返還することを求めているのです。なので、あの鎧の運搬がクエスト内容となります」

「あんな鉄屑になんの価値が」

「英雄の怪物、地底河の悲鳴はかつてマーロリ原典魔導神国で名を馳せた古い英雄であったと言われています。その起源はヴォールゲート魔導魔術学校の特殊な魔術的実験の成果物であるとのことです。事実かどうかは今となっては判断しようがありませんが」

「だったら、鎧渡さなくて良くないですか」

「あの破損した鎧では、もはや飾るか、溶かして飾るかしか使い道はありませんが、あれには克明に魔術的な意味合いが込められています。かの魔術師プロフェッサー・ノウも認められたことです」


 ステラによれば、その魔術的な意味合いに価値をつけることができるのがヴォールゲート魔導魔術学校とのこと。


「飾るのであれば、レプリカで構わないので、組合長と相談し変換することになりました。オリハルコン級なのに、荷物の運搬だけというクエスト内容です。仕事の簡単さとは大きく乖離した報酬も用意されているようですので、仕事を引き受ける側からしたら非常に割のいい案件です」


 ステラの最後の一言が全ての理由だと察した。

 役に立たない地底河の悲鳴の鎧に価格がつくなら、価格がついているうちに売り払っちまおうということなのだろう。誰だってそうする。俺だってそうする。


「では、くれぐれも邪魔なゴミを、地底河の悲鳴の鎧運搬をよろしくお願いします」

「今、邪魔なゴミって言いましたか」

「言ってません。あの鉄屑を丁寧に運んでほしいと言ったのです」

「今、鉄屑って……」

「言ってません」


 どんな世界でも受付嬢さんってたまに口が悪くなるものなんですね。


 俺は嘆息し、指を鳴らす。

 フロアの目立つところに飾られた地底河の悲鳴の鎧、その近くの空間から白い細腕がブワーッと溢れ出し、空間の歪みに鎧を引き込んだ。いつも思うのだけど超捕獲家くん邪悪すぎかな。

 

「丁重に運ばさせていただきます」


 ステラに背を向けて、俺は冒険者組合を後にした。


 宿屋に戻ると、庭から「やー!」「たあー!」と声が聞こえてきた。

 顔を覗かせると、赤い髪の少女と、青い髪の少女が剣を打ち合っている。セイとエリー。地下闘技場で戦ったという二人だ。

 あまりに鬼気迫る様子だったので、止めようかと思ったが、両者握っているのが木の剣だったので、野暮なことはよすことにした。


 打ち合いは終始、エリーが押しており、セイは上手くいなすが、常に後手後手、パワーに押されて最後には剣を叩き落とされてしまった。

 エリーはセイに馬乗りになり、木剣をセイの耳横の芝に突き刺すと、鼻先がくっつくほどに顔を近づける。汗を掻いて頬を高揚させる二人。

 ん? これは……百合? と心中の赤木紳士がむくっとオンライン。


「私の勝ち」


 エリーはセイに馬乗りになったまま、がルルっと顔を近づけ威嚇する。

 セイは「ひええ」と顔を赤くして、参りましたーっと降参の姿だ。

 これを放っておいたらどうなってしまうんだ。

 もしかして赤木紳士の喜びそうなこと始まるのか。


「あ、師匠」


 見つかった。

 エリーはハッとした慌ててセイの上から飛びのき、気まずそうにする。彼女は俺を苦手としている節があるせいか、あるいは何か邪なことをしようとしていたのか、大変に興味があります。どっちですか。答えてください。


「ひぇ、フィ、フィンガーさん……こんにちは」

「エリーは強いんですね」

「長く、鍛えてきまし、た、から……」

「私だってちっちゃい頃から領主様に剣を教わってきたんですが、エリーには敵いません」

「セイは上手いよ。私は力任せに振ってるだけ」


 エリーはパワータイプかな。

 俺と気が合いそうだね(ニチャア

 

「ひぇ」


 エリーは俺を見るなり、ギョッとする。悲しみ。

 

「それにしても遅いお帰りですね、師匠。何かあったのでしょうか」

「そうそう、実は旅に出ることになりまして」

「「旅……?」」


 セイとエリーは揃って首を傾げた。

 翌日。俺は姉妹とセイを連れてミズカドレカを出発し、2時間の道のりを進んでエッダを経由し、地下に広がる地底河へ降りた。


 ヴォールゲート、並びにそこに築かれた魔導魔術学校。

 かの土地へ赴くためには、この地底河を上流へとのぼる他ない。




 ━━厄災の禽獣の視点




 厄災の禽獣が目を覚ますと、そこは鬱蒼と生い茂る深い森の中だった。

 土の上にコロンっと転がっている。小さな白翼を使い姿勢を直す。

 

「ち、ちー……」


 心細そうな声が響いた。

 返事をするものは誰もいなかった。

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