ネゴシエーター赤木

 ━━赤木英雄の視点


 勝った。赤い髪の女戦士が勝った。

 

「あの子、勝ちましたよ」


 一緒に観戦していた戦士へ、俺はちょっと面白くなって言う。

 戦う前はさんざん「負け確だ」としたり顔で言ってたのに。


「馬鹿な、あり得ない、ガーゼットが負けるなんて、女なんかに。いや、それすらも関係ないほどにヴァーミリアンが強いのか」

「あの子が強いだけでは。赤い髪の女は強いって相場が決まってますから」

「いや、だが、いかにヴァーミリアンと言えどあんな化け物のような怪力を……もしやヴァーミリアンのなかでも一部の天才だけがたどり着けるというスーパーヴァーミリアンだと言うのか……?」


 戦士の動揺ぶりがすごい。俺の隣のこの人だけじゃない。

 控え室から観戦していたマッチョたちがざわめいている。筋肉のさざめき。


 大番狂わせというやつなのだろうな。

 彼女は闘技場のまん中で叫んでいた。

 どうやら主催のベルモット男爵へ宣言をしているらしい。

 お前の思い通りになるものか、とな。


 筋肉たちがさざめくなか、俺は腕を組んで考える。


 ヴァーミリアンの少女に言われていたことがずっと気になっていた。

 貴族によって遊びに付き合わされる戦士たち。

 古い伝統に酔う観客を喜ばせるくらいならば、自分が死のうと彼女は言っていた。

 

 戦士とは、そういう職業なのかと思っていた。

 自分で選んでなって、戦いが好きな奴らが集まって競っているのかと。


 しかし、実はそうではないのかもしれない。


 俺の思考力ではうまく考えられなかったが、彼女はヒントをくれた。

 拳闘とは剣闘士の延長にある歴史と言っていた。

 剣闘士。奴隷を鍛え、戦わせる古い貴族の遊び。それが今も形を変えて残っている。誰がこの戦いを望んでいるのか。戦士たちが一見して喜んで戦っているようだが……ヴァーミリアンの彼女は違った。


 死ぬことも、殺すことも望んでいなかった。

 ただ諦めの中に現状を受け入れている。

 そんな感じがした。


 彼女に話を聞いてみたい。

 何を思い、何を望んでいるのか。


 俺は控え室を出て、入場口の方へ向かった。

 今なら闘技場から戻る彼女とふたりで話ができるはずだ。


 薄暗い通用口へやってくる。

 いた。赤い髪の筋肉っ子。

 あらら、白い髪の子もいますよ。

 子ってほど若くないか。俺と同じくらいには大人かな? 

 あれ、短剣なんか取り出しちゃって、それで何するつも、ちょちょちょ、なーにしちゃってんの。


 白髪の女が、俺のインタビュー相手を害そうとしていたので、現行犯で逮捕する。細い手首をパシっと掴んで、健康的な太ももに刺されそうになっていた刃先を完全に静止させる。


 白髪の女がびっくりした顔でこちらを見てきた。

 めちゃめちゃ驚いてる。背後にきゅうり置かれた猫みたい。


 少し速く動きすぎたか。ミスったな。

 この世界では俺は頭2つくらい抜けて強者だ。

 パール村のグデレノフのおっさんに教えてもらったし、今日までの検証でそのことは確認済み。つまりそれは悪目立ちするということだ。


 南極遠征隊を待ち伏せ攻撃し、ダンジョン財団を明確に敵視している存在がいるのだ。しかもきっとちょー強い敵。

 そうだな仮称:ミスターZとでも呼ぼうか。このミスターZに存在を気取られるひとつの要因に「過度に実力差を見せてしまう」ことが挙げられる。

 つまり頭2つ抜けた実力を見せてはいけない。ちょっと斧投げたり、指パッチンを使うだけでも、メチャクチャに驚かれるので、もっともっと慎重に力をセーブしないとミスターZに俺の存在を悟られてしまう。


 注意しよう。スピードの出し過ぎに注意だ。

 ん、ところでこのびっくりした猫、すげえ悪そうな顔してんな。

 美人だが悪女って感じだ。


「お前、悪そうな顔してんな」

「っ」


 白髪の女はビクッとして離れようとする。

 俺が掴んでいるので離れられない。

 

「離せ! クソ野郎!」


 言いながら抜剣し、斬り払ってきた。

 痛そうなので回避する。俺が掴んでいるのもすっげえ嫌そうな顔してたので離してあげた。女子にガチで拒絶されるの苦手なんだ。


「お前、どうやって私の動きを……!」

「薄い男、この女は英雄の位にいる! とてつもなく危険だ!」

「おい、どうやって私の動きについてきやがった、教えろ!」

「そいつから離れろ! 危ないぞ、薄い男!」

「そうか、教えないつもりなんだ? ならいいよ、確かめるまで━━」


 わちゃわちゃ話しかけられて訳わかんなくなっちゃうよ。あの、なんだろう、俺の脳の処理能力越えるのやめてもらっていいですかって、うおっ、あぶな。白い方、またしても俺へ斬りかかってくるぞ。なんだこいつ。不審者か。


 俺は拳を固め、綺麗だけど悪そうな顔面をぶん殴った。

 女は高い声をあげてぶっ飛んで壁にめり込んで静かになった。

 

「薄いの、お前、なんだ、それは、どういう、どういう腕力なんだ……?」


 赤髪の女戦士は信じられないとばかりに目を大きく見開いていた。

 俺と悪そうな女を交互に見やる。目をこすりこすり。

 幻覚じゃないと理解するなり、俺からそっと2歩離れた。

 

「毎日コツコツやりましたから……まあそんなことはどうでもいいです」

「どうでも良くないだろう、何ひとつ納得できない、お前、普通の人間ではないな、一体なんなんだ」


 思ったより恐怖と驚愕を与えてしまったらしい。

 いかん。指パッチンを使ってないのに、逸脱した存在だとバレかけてる。

 でもこれ以上は手加減できないんだよ。


「俺の正体はたいしたものじゃないですよ。ただ日々積み上げただけです。ところで怪我はないようですね。治癒しようかと思いましたが、その必要もなさそうです」

「……お前、相当おかしなやつだな」

「まさか。俺もまともですよ。あなたと同じで」


 赤髪の戦士はため息をつく。


「どうしてこんなところに。お前の試合はまだ先のはずだ」

「話を聞いてみたくて」

「話だと。まだ聞きたいことがあったのか」

「あなたは他の戦士とは違いそうですから。俺は少し違う文化圏から来たもので、戦士というものを全く知らなかったんです。剣闘士も知らなかった。俺にとっては殺し合いを見物するこの文化はとても奇妙に見えます。簡単に言えば残酷すぎる」


 俺やセイ以外は、みんなこれを当たり前として認識している。

 ひとつの文化だ。今なお生き残る剣闘士の文化。


「だから、そういうものなんだって受け入れようと思ってました」


 戦士たちに正しき道を説いてもいい。

 だが、それは俺が思う正しき道だ。

 俺の価値観と培ってきた人生からくる正しき道だ。


 「死ぬより生きてたほうがいいよ〜」とか「人を殺すのは酷いことだよ〜」とか、そういうごく当たり前の価値観。それらは戦士たちにはとってはそれは正しき道ではなかった。


 だから説得する必要はない。

 もし俺の考える正しさで染めようにも苦労するだろう。

 理解を得るのに、同意を得るまでには頑張らないといけない。

 他人にそこまでする義理はない。

 話の通じない人間を説得するほど不毛なことはないのだから。


 だが、近しい価値観を持つものがこの残酷に囚われ、苦しんでいるのなら、助けてやらんことはない。俺にはその力がある。


「あなたはどうして拳闘大会なんかに。殺したくも、死にたくもないのに」

「……私にはそれ以外に選択肢はなかった。ここで死ぬことを主人は望んでいる」

「あなたもまた奴隷なんですね」

「戦士は皆、奴隷だ」

「聞きました。上の階で。憐れですね」

「そうだろう。そう見えて当然だ。だが、戦士はそう思わない。名誉と誇りを感じる」

「変態ですか」

「そういう教育だ」

「貴族のですか」

「そうだ」

「大元はベルモット男爵?」

「ここいらではそうだろうな。奴が貴族たちを束ね、いまだにこの因習を楽しんでいる」

「あなたも主人も?」

「そうだ。奴に育てられ、4年前から戦い続けている」

「ふむ」

「……どうしてそんなことを聞くんだ」

「助けてあげますよ。常識的に考えておかしいこの空間から」

「え……?」


 赤髪の女の子はきょとんっとする。

 ちょっと肩を押してやる程度の労力だ。減るものじゃない。


 俺は踵をかえし、歩き出した。

 適当に歩いて上へ続く階段を登る。


「待て、どこに行くんだ薄い男」

「決まってるでしょう、行く場所なんて、交渉しないと。幸運ですね。ネゴシエーター赤木を見れるのは滅多にないですよ」


 ずいぶん高いところまで来た。

 通路の先に騎士が1名。部屋を守っている。


「そこで止まれ。お前たち大会の戦士だな。ここはベルモット様の部屋だ。用なくば近づくことすら許さん」

「そう硬いこと言わず」


 近づくと容赦なく抜剣してきて「二度は言わんぞ!」と斬りかかってきたので、剣をへし折って、ジャブで胸のプレートアーマーを陥没させて眠らせる。

 赤木家に代々伝わる交渉術。その名も右ストレートだ。


「邪魔しますよ」


 部屋の奥に油ぎった多重顎を持つくぞデブがいた。

 開会式で話してたやつだ。あいつがベルモットだろう。


「!? 誰だ! いきなり入って……ってお前たちは━━」

「交渉しにきた。この女の子を自由の身にしろ。彼女は戦士じゃない」

「なんだと? そんなことを言うために、わざわざ私の従者を気絶させたとでも言うのか」

「そうだ」

「出ていけ。くだらない。そいつは私の奴隷……いや、戦士だ」

「剣闘士の間違いだろう」

「剣闘士なぞとうの昔にいなくなっている。そいつは戦士だ。サラは、白髪のサラはどうしたんだ、お前のもとへ行ったはずなのに、どうして無傷なのだ」

「そいつなら寝てる」

「寝てるだと……? まさかお前が? 馬鹿な、あのサラを……!?」

「もう一度言う。彼女を解放しろ」

「……断る。それは私の所有物だ。手塩にかけて愛してきた戦士なのだ」

「話の通じない野郎だ」

「待て、こっちへくるな、一体何をするつも━━」


 贅肉をたらふく備えた顔面に拳を突き刺す。

 ベルモットの体がポーンっと吹っ飛び、壁に掛けられた高そうな絵画を砕いて、背中からぶつかった。


「がおっふッ!?」

「組合長の方がまだ話が通じたな。俺はちょっとだけ優しいんだ。だからもう一度言ってやる。答えはイエスか、はいか、喜んでだ。この女の子を解放しろ」

「……」

 

 答えは沈黙か。

 俺は拳を固めて持ち上げる。

 ベルモットは目を充血させ、これでもかと見開いて、痙攣し出した。


「答えを間違えたな」

「ま、まま、待てええ! 喜んでえ!! 喜んで解放させてもらう!」


 ベルモットを放り捨てる。

 交渉は成立した。

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