もう一つの戦い

 向かい側の入場口からやってくる対戦相手はやはりマッチョ。多分、この闘技場で常人が一生に間に目撃する平均マッチョ数を超えたことだろう。


 マッチョは剣と丸い盾を応用に降って、観客達へ雄叫びをあげてアピールする。俺は戦士の前へ歩みより、上背の高さにびっくりする。こいつでかい。


「ふざけているのか、このベーコン村のワンパンを相手するのがこんな軟弱な男だと言うのか!」

「美味そうな故郷だな」

「馬鹿にしやがって、血祭りに上げてやる!」

「一つ質問をしていいか?」

「ふん、よかろう、一つだけだ」


 聞いてくれる。意外と優しいな。


「あんたはなんで戦うんだ。敵でもない人間を殺すのに抵抗はないのか」

「戦士とは誇りの生き方だ! 今はリーカス伯爵の元でその誇りを示すことができる!」

「こんな戦いの催しに何度も?」

「ああ! これまで7度死闘を生き抜いた!」

「でも、こんなことをしてたらいつかは死ぬんじゃないか?」

「どちらかが死に、どちらかが生きる! だから生き残ることに意味がある!」


 言ってることはなんとなーくわかるが、理解はできない。

 思想が決定的に違う。

 

「お喋りはもういいか、対戦者よ!」

「ありがとう答えてくれて」

「敵に感謝などするな!」

「試合相手、な。少なくとも俺にとっては」


「いつまで喋ってやがる! 殺しあえー!」


 観客達から野次が飛ぶ。

 現代の価値観で生きてきた俺にとって、この世界は野蛮にすぎる。


「いくぞ、貧弱な男よ!」


 ベーコン村が剣を振り上げて、襲いかかってきた。

 さほどの脅威は感じない。斬られてもいいが、避けることにする。

 理由はシャツの替えがないから。もう一つはメタル装甲を纏えない現状では皮膚で刃を受けることになるから。耐える耐えられないの話じゃない。痛い。


 振り下ろされる剣を、手の甲でパシっと横から叩いて軌道を逸らさせる。

 剣は俺の耳横5cmを通過して、左足の左側へ。


「なっ!?」


 拳を軽く握り、鼻頭をノックした。兄貴の部屋の扉を「金返せよー」と借金を取り立てる時くらいの力で。

 

 ━━しばらく後


 試合を終えて、俺は戦士達の控え室へ戻ってきた。


「流石です、師匠」


 したり顔のセイがスッとムゲンハイールを手渡してくる。「ありがとう」と礼を言い、受け取る。周囲の視線が気になった。見やれば筋骨隆々な者たちが何人かこちらを見ていた。


「見た目以上に腕力のある男だ。お前、何者だ」


 近くの戦士が厳しい表情で問うてくる。問いマッチョ。


「このお方はフィンガーマンさまです。冒険者組合では有名です」


 答えるセイ。


「フィンガーマンだと? 聞いたこともない名だ」


 マジで?


「確か伝説の怪物を討ち取ったとかいう噂が流れていたが……」

「討伐者の名がフィンガーマンだったような気がするな」


 戦士達は顔を見合わせて、俺の正体の一端を捻りだす。


 フィンガーマンって言えば「あのフィンガーマン!?」くらい言ってくれると期待してたんだけど……それくらいの認知度なのか。

 思ったより俺って有名じゃないのね。


「名声が広まるのには時間がかかります。必ずや師匠の名前は地の向こうまで轟きますよ」


 セイに慰められてしまった。

 地球では指男の噂が俺の知らないところで、勝手に爆速で広がっていたが、意図的に情報を広めるのって意外と難しいのだな。


 む。そうか。気がついたぞ。

 思えばこの世界、SNSもネットも存在しない。

 伝説の怪物を倒したからと言って、10分後にトレンドを飾ることもない。

 

 俺の功績も冒険者組合に出入りしている一部の人間に知れ渡っているだけなのだろう。ゆえに色々とスローペースなのだ。

 はあ、情報の拡散速度に大きな差を感じざるを得ないな。


「まあいい。雑魚じゃないとだけわかった。これで気兼ねなく殺せると言うものだ」


 戦士達のスイッチを入れてしまったらしい。

 みんな意気揚々と武器を手入れし始めた。拳闘大会だよね?


 俺とセイは控え室の隅へ。

 次の出番はしばらく先だ。


「どうして殺さなかった」


 隅っこの先客が話しかけてきた。

 さっき忠告してくれた赤い髪の女の子だ。

 

「ワンパンを殺せたはずだ」

「なぜ殺す必要が」

「死闘だからだ」

「拳闘と聞いたので。元から殺すつもりなんてなかったですよ」

「馬鹿な。拳闘士など貴族どもが剣闘士を廃止された後に、言い訳がましく誕生させた卑しい歴史の延長だ。戦いはカタチを変え、名を変え、いつの時代にも興行となり得る。戦いから人は卒業できない。お前もわかっているのだろう」


 1mmもわかってなかったです。はい。


「今も昔も変わらず剣闘士は存在している。敗者は死に、勝者が生き残る。優しさなど不要だ。迷えば死ぬぞ。それが戦士の闘いだ」

「忠告ありがとうございます。あなたは優しいですね」


 俺が言うと赤毛の戦士は眉根を顰め、剣を抜き放ち、真っ直ぐに突いた。

 ズガンっ! と俺の耳元で控え室の壁に穴が空く。

 分厚い刃の鋒が、俺の顔横に突き立てられていた。


 周囲の戦士達がざわめく。


「あの薄い男、ヴァーミリアンを怒らせやがった」

「あいつ死んだな」

「軟弱な冒険者如きが、戦士を愚弄するとは」

「当然の報いだ」


 ヴァーミリアン? この女の子のことだろうか。


「不快に思ったのなら謝ります」


 今の一撃で斬らなかったと言うことは、やっぱり優しいのでは? と口にしたくなったが、火に油を注ぎそうなので止めることにする。


「私も殺さない」

「……?」

「試合相手を殺し、古い伝統に酔う観客を楽しませるくらいなら、私が死のう」

「あなたは戦士なのでは」

「私は戦士にはなりきれなかった」


 静かな声で彼女はつぶやいた。

 剣を抜き、彼女は鞘に収める。

 背を向けてあっちへ行ってしまった。


「師匠、だ、大丈夫、ですか?」

「セイの方こそ。腰抜かしながら聞かれても」

「あ、あの女の人、ヴァーミリアンだって聞いて、恐くなってしまって……」

「ヴァーミリアンってなんですか」


 セイを立たせてあげながら問う。


「火のルーン山脈に住むとされる戦士の一族ですよ。すっごく恐い人たちで、小さい頃からお母さんに『早く寝ないとヴァーミリアンが首を捥いで飾っちゃうぞ〜』って脅されてました」


 悪魔みたいな扱いだ。


「赤い髪のヴァーミリアン……本当にいたんだ……っ」


 セイはガクガクブルブルし始めて、涙を瞳に浮かべる。

 普段堂々としている彼女がこうもなるとは。

 

 赤い髪のヴァーミリアン。

 戦士の一族、か。


 その後、俺とセイは控え室で試合観戦をしながら出番を待った。

 出場者はなかなかに多く、闘技場はどんどん血に汚れていく。

 ヴァーミリアンの女の子が言っていてように、拳闘大会というのはただのカモフラージュということの意味が試合が行われるたびに、理解できた。


 5試合行われれば5人が死ぬ。

 俺がワンパンへ止めを刺さなかった時に観客から「なんで殺さねーんだ!」とヤジが飛んだ意味がようやくわかった。

 観客は死を見にきているのだ。

 

 郷にいれば郷に従え。

 俺は静かに試合観戦を続けた。

 

「師匠」

「恐ろしい場所に来ちゃいましたね」

「いえ、そうではなくて」

「どうしました?」

「……師匠はお金欲しいですよね?」

「そりゃあまあ。お金は全てを解決しますから」

「わかりました。私に任せてください。私の方もちょっと行ってきます」


 セイはペコっと頭を下げて、向こうへ行ってしまった。

 少女部門とやらに参加するのだろう。こっちは無差別級。マッチョな男達が殺しあう。少女部門でぶっ殺しあってるなんてことは流石にないだろう。


「頑張ってください。セイならいけますよ。何かあったら呼んでください」

「呼んだら来てくれますか?」

「努力はします」

「師匠はたまに適当なこと言いますね」


 セイはおかしそうに笑った。

 だいたい適当な人間だということはバレてないみたいだ。




 ━━セイラムの視点




 セイラムはかねてより一つの不安を抱えていた。

 指男は自分を捨てるつもりなのだと、確信していたのだ。

 それは『デイリー魚』にて魚捌きをセイに一任してくれなくなったことから明らかだった。少なくとも彼女にとってはそう見えた。


(毎日、魚の下準備を任せてくれていたのに、今では自分で捌き方を覚えようとしている……それはつまり私が用済みになる日も近いということ。師匠にとって私はやっぱりお荷物なんだ……30クリスタも登録料を払って、何の成果も得られないと知られたら、きっと捨てられる)


 セイラムは従者として使えることを証明しなければいけなかった。

 そのために少女部門で得られる賞金を持ち帰らなければいけなかった。


 少女部門は闘技場とは別の場所で行われるとのことだった。

 

(随分遠いな、登録の時も女の子は私しかいなかったけど)


 セイラムは若干不安になりながら闘技場の外周、暗い廊下まで騎士に連れられてきた。

 

「あの、本当にここであっていますか……?」

「蒼い髪の少女」

「っ」


 セイラムはビクッとして身構える。

 騎士は振り返り、ヘルムを取った。


 緑の髪がフワッと垂れる。

 二枚目の顔立ちに冷めた瞳。

 セイラムはその眼差しに見下ろされた瞬間、本能的な恐怖を覚えた。


「私も大概目立つ髪だが、君よりはマシかな」

「あなたは一体!」

「君、滅びの火?」


 セイラムは腰を落とし、剣を抜き放つ。

 前の前の男が、およそパール村を襲ったあの教導師団となんらかの関わりをもっていると思ったからだ。


「その剣、震える瞳のだね。うん、決まり」


 男はそっと添えるように、セイラムの手を抑え、剣を抜かせなかった。

 一撃。拳が鳩尾へ打たれる。セイラムの意識はそこで途切れた。

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