プラチナ級冒険者

 ミズカドレカに戻る頃には辺りはすっかり暗くなっていた。

 難しい顔をしたプロフェッサーらと弟子たちとは屋敷のまえで別れた。 

 馬車からは回収した遺跡の残骸だけが下ろされた。

 今夜中は俺たちがスケルトンからの収穫を処理するまでは、馬車を貸してくれるとのことだった。


 俺とセイはニールス商会の面々らについて行く。

 錆びて朽ちた武器の卸し方などまるでノウハウがないのでここで学んでおこう。


「ここはニールス商会です。一般の冒険者は組合を通じて収穫を卸すのですが、うちは商会なので自分のところに持ち込んだほうが断然、都合がいいんです」

「なるほど。クエストでの収穫物も扱ってるんですね」

「武器にモンスターの素材、鉱石そのほか、なんでも取り扱ってますよ」

「それじゃあ、俺たちの収穫物を引き取ってもらってもいいですか」


 俺はビリーにお願いし、ニールス商会を使わせてもらうことにした。

 取引訳にセイを残していけば、まあ大丈夫だろう。俺は字が読めないのでたぶん役に立たないだろうし。


「任せて平気ですか、セイ」

「おまかせあれ。ヒデオさまのお役に立ってご覧にいれましょう」


 セイは得意げに言って、ポンっと薄い胸を叩く。


「大きな報告もあることですし、組合へ顔を出して来てはいかがですか。こちらは全部私のほうでやっておきますよ」


 セイの提案でニールス商会をあとにし俺はひとり馬車を引いて報告に向かった。

 本当に頼りになる子だ。

 

「なんだ、あのデカい鎧は」

「おい待てよ、あの黒鎧って悲鳴のやつじゃ……?」


 組合の前にくると馬車は冒険者たちの視線を集めた。

 みんな地底河の悲鳴の残骸に気づいているようだ。 

 よほどの有名人だったんだな。悲鳴くん。


 俺は指を鳴らして、鎧を異次元ポケットにしまいこみ、組合へ足を踏み入れ、受付へと赴いた。


 受付にはいつもの金髪の受付嬢──ビリーが呼ぶにはステラ──がいた。

 ステラは目を丸くして「……よく生きて戻りましたね」と言った。

 やだ、俺への期待値、低すぎ。


「その様子だと、地底河の悲鳴は姿を現さなかったようですね。実は最近、かのアンデットによって被害が出たばかりでして。ちょうど今日のあなたたちの行先と被害地域が重なっていたので、諦めていたところなんです」


 ビリーたち見捨てられてるじゃん。かわいそ。


「待って下さい。ほかの方はどちらに……? もしや皆さん、地底河の悲鳴にやられたんじゃ……」

「やられたとか言うものじゃないですよ」


 指を鳴らして黒鎧の残骸を受付に置く。


「どうぞ」

「……この鎧は一体?」

「地底河の悲鳴ですよ。仕留めて来ました」


 ステラは目を丸くしてパチパチさせる。

 周囲の冒険者が様子をうかがいににじり寄って来る。


「嘘だろ、地底河の悲鳴だって?」

「馬鹿野郎、偽物に決まってんだろうが」

「100年以上を生きる伝説のアンデットだぞ?」

「でも、本物に見えるぞ」

「嘘つけ、あれはフェイクだ。俺にはわかる」

「昨日今日ポっと現れたブロンズ級があんま舐めたことしてっと──」


 冒険者たちの反応はなんとも厳しいもので、気が付いたら俺は屈強な男たちに取り囲まれていた。モテ期かな。


「落ち着けよ。なにも変なことはない。俺は強い。だから地底河の悲鳴を倒せた。ただそれだけの話だ」


「それがおかしいって話してんだろうが!」

「てめえはよそ者だから何もわかってねえんだ」

「地底河の悲鳴は伝説なんだぜ」

「どんな勇者だろうとあれを倒した者はいねえんだ」


 冒険者たちの非難は真っ当だ。

 俺がこの世界の基準から大きく乖離した力を持っているのも事実だ。

 正しい事柄2つがぶつかりあっている。

 うーむ。彼らを納得させるのは難しいかもしれない。


「この鎧は証明になりませんか?」


 ステラへたずねる。

 彼女は慎重に鎧を吟味しはじめた。


「もし仮に、本当に地底河の悲鳴を討伐したとしたら、それは大変なことです。歴史的な出来事ですらあります」

「それはいい。俺は名を売りたいので」

「名前ならいくらでも売れますよ。もし事実なら。──少々、お待ちください」


 ステラは奥へ行き、腰の低い男性をつれて戻って来た。

 白髪混じりの中年男性だ。服は立派なので上司とかだろうか。


「え、なんで生きてるの……」


 初対面のおっさんに生存を愚弄された件について。


「この失礼なおっさんは?」

「組合長ですよ。フィンガーマンさん」

「っ! こ、これは……」


 組合長は受付にデカデカと置かれた黒鎧の残骸ににじり寄って「ば、ヴぁかな!?」と、表情を七変化させて「いや、え? どういうこと?」と腕を組んだり、顎を押さえて思案気にしたり、くねくねしたり忙しい。


「ありえない、これは間違いなく、かつて私が戦い敗れた地底河の悲鳴のフルプレートだ……」


 組合長の感嘆の声はロビーにやけに響いた。

 彼の言葉を訊いた屈強な冒険者たちのほうを見やる。


「い、いや、まさか、本当だとは思わんし……」

「なんだよ、仕方ないだろ……」

「お前、何者なんだ……」


 ボソボソ言い訳を重ねて、決まり悪そうに視線をそらす。


「ありえねえ、俺は認めねえぞ! 指無しのフランチェスを殴り飛ばしたかなんだか知らねえが、みんなビビってるんじゃねえのか! インチキ野郎に決まってんだろ! 普通に考えろよ、なんでブロンズ級に英雄の怪物が倒せるんだ?」

「た、確かに……」

「ナグラレルの言い分はもっともだ」

「お前、やっぱり嘘ついてんだろ!」


 疑惑が再燃しはじめたんだが。

 実績が無いとこうも疑われるか。


 再燃の主犯は周囲を煽って「伝説の怪物を倒した英雄の力見せてもらおうぜ!」と盛りあがりはじめた。


「お前が本当に地底河の悲鳴を倒したっていうならここにいる全員を相手にしたって、どうとでもなるよなあ!?」

「あぁ。なる」


 拳で主犯を処する。

 軽く打ったジャブはナグラレルの鼻を砕いた。

 男の身体はぱこーんっと弾かれ、ロビーの壁にめり込んだ。

 あとに残るのは静けさだけだ。


「次はどいつだ」


 屈強な男たちは怒られた子供みたいにお互いに顔を見合わせる。

 挑んでくる者はいないらしい。わかりやすくて助かる。


「フィンガーマン、君は、本当に地底河の悲鳴を……?」

「組合長。二番目の挑戦者はあなたでしたか」

「い、いやいやいや、疑ってるわけじゃないって!」

「倒したって言ってるでしょう。ニールス商会と、プロフェッサーが証人です」

「あの気難しい魔術師が証人だと……君はいったい何者なんだ?」

「フィンガーマン。それ以上でも、それ以下でもありません」


 ステラへ向き直る。


「どうですか。地底河の悲鳴を倒した冒険者。リオブザル級にふさわしいでしょう? それともまだ意味のない規則にこの俺フィンガーマンを縛り付けますか」

「自信家ですね。ですかまるで虚勢ではない。組合長、どうしますか」

「いや、だって昨日。登録したんだよ……?」


 組合長はもじもじして「私が判断しないとダメぇ?」と困った顔をする。


「あなたがしないで誰が判断できるのですか。歴史的な冒険者の誕生ですよ」

「……シルバー級冒険者、じゃだめかな? まだいろいろと判断しかねるよ。判断できても、流石に難しいんだが。1日で昇格させる前例自体無いのに、いきなりリオブザルはほかの支部との兼ね合いで不可能だよ」


 組合長の言っていることもわかる。


「わかりました。オリハルコン級で手を打ちましょう」

「ゴールド……いや、怒られる。簡単に昇格させすぎると怒られるんだって!」

「プラチナ級で我慢しましょう」


 値切り交渉みたいな話を15分ほど続けた結果、プラチナ級までは引き出せた。

 ブロンズ級→シルバー級→ゴールド級→プラチナ級だ。

 一気に3等級飛び越えたと思えば、まあ十分だろう。


 ──数日後


 冒険者組合へ赴くと地底河の悲鳴の残骸はロビーの目立つところに、台座に乗せて飾られてあった。元々は初代ミズカドレカ組合長の鎧が飾ってあった場所らしいが、いまでは初代の鎧はどかされ、隅に寄せられていた。なんか申し訳ない。


『地底河の悲鳴 魔導歴450年 討伐者:黄金の指鳴らしフィンガーマン』

 

 台座にはこう書かれていた。

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