指男 vs 地底河の悲鳴

 ──ミグドニアの視点


「一体どこのどいつが私の机に塔のオブジェを作ったんだね。理由を押してくれないか、ステラ君」


 ミズカドレカ冒険者組合長ミグドニアは、自分の書斎机を眺めて問う。

 眩しい金髪の美しい受付嬢ステラはジトっとした眼差しを向けて嘆息した。


「それは書類です。組合長」

「なにを馬鹿なことを。こんなうず高く積まれた書類があるか!」

「あります」

「ないと言いなさい。組合長命令だ」

「組合長程度にさしたる権限はないと愚考します」


 ステラはつまらなそうに言って組合長室の掃除に戻る。

 ほうきを手に床を掃く。

 ミグドニアは眉根をひくひく動かす。

 白髪が最近すこし目立ち始めた髪を掻き「為せば成る、か」と書類のひとつを手に取って、椅子に腰を下ろした。


「これは……地底河の悲鳴? また犠牲者が出たのか。ステラ君、どこの阿呆があの怪物に挑んだと言うんだね! 40年前から挑むなって警告され続けてるのがわからん蛮勇がどこにいるんだ!」


 ミグドニアは書類をひらひらしながら大声で尋ねる。

 ステラは掃除の手を止めずに答える。


「犠牲者報告書の件ですか。死んだのは歯抜けのガスですと、左利きのペプシです」

「ええい、ゴールド級がふたりも。ただでさえ人材不足だと言うのに。これではまた戦等級をあげて勧告しなければならんじゃないか」


 ミグドニアは「あーッ……」と濁声をだしながら、チョンチョンチョンチョンっと高速で眉間をつつく。

 冒険者組合はモンスターの危険性をあらわす『戦等級』を設定する仕事を任されている。ことネームドモンスターの戦等級は被害者が出るたびに、見直されなければならない規定になっているのだ。それほどに危険な存在ゆえだ。


「しかし、ここ最近は『地底河の悲鳴』の被害が頻発しているな。おかげで生存者たちがパーティ解散するハメになってる」


 主要メンバーを『地底河の悲鳴』によって殺されてしまったパーティは、必然的に解散の流れとなってしまう。ただ冒険者たちのキャリアがそのまま終わるわけではない。組合も人材が惜しいので生存者同士でお見合いさせたりする。

 さらにはクエストをこなせない空白期間でもやってけるように遂行可能なクエストを斡旋して、復帰を手伝ってあげなければならないのだ。つまり仕事が増えるのだ。


「ステラ君、地底河の悲鳴を倒してきてくれ。そうすればもう犠牲者はでないだろう。万事解決だ!」

「仕事が終わったので帰りますね」

 

 ステラはぼそっと言って部屋を出て行った。

 残されたミグドニアは深く椅子に腰かけ、酒をあおる、

 琥珀色の蒸留酒を口のなかで転がしながら思うのは『地底河の悲鳴』のことだ。


「どうして浅い流域に地底河の悲鳴が出て来るのだ……」


 ずっと昔から、ミグドニアが子どもの頃から地底河の奥地にいる戦士のアンデットだ。闇へ深く踏みこみ過ぎれば最後、残るのは死体と断末魔だけ。

 地底河の悲鳴を打倒するためにこれまで多くの冒険者が挑んだが、だれひとりとして討伐に成功した者はいない。


 ミグドニアもかつては仲間たちとともに挑んだ。

 親友を失い、恐怖を刻み付けられた日のことは今も鮮明に覚えていた。


「あんな怪物と出会えば最期だ。地底河はしばらく近づかない方がいいか……ん」


 ミグドニアは本日発行した依頼書を手に取る。

 シルバー級パーティ『ニールス商会』とルーキー『黄金の指鳴らし』があたっている護衛クエストだ。その行き先が地底河だったのだ。

 しかも、よく見ればつい5日前、被害者が出たばかりの流域だった。


「書類仕事は溜め込むべきじゃない、か。……はぁ、また死体が増えちまった」

 

 ミグドニアは手で目元を覆い隠し、痛恨の表情を浮かべた。

 


 

 ──赤木英雄の視点




 激しい河を渡ってやってくる黒鎧の戦士に、みんな異様な反応を示した。

 有名人なのかな、と思っているとガシャガシャと音を立てて走りだした。

 こちらへ向かってくるなり、地面を踏み割って大きく跳躍した。


 10m近い大ジャンプだ。

 身の丈もある大剣をブォンっとふりかぶり叩きつけてくる。

 殺意の波動に目覚めている。放っておいたら死人が出そうだ。


「ひいい!!」

「ひ、火のルーンよ!」


 ビリーは悲鳴を上げ、キンバルは震えながら杖を向ける。

 バルドウは黙したまま盾を取りだし、冷汗を流し、険しい顔で一歩前へでた。

 プロフェッサーをして「なんということだ……!」と蒼白になり、学生たちも慄いている。


 ただ、セイだけは剣を抜き、走りだしていた。


「一撃止めれればっ! ヒデオさま、あとをお願いしますっ!」


 速いセイが止めて、パワーの俺が斧で倒すとか考えているのだろうか?


 こらこら、あのデカい剣ちゃんと見なさいって。

 セイの剣じゃ、いろいろと無理だって。


 彼女はとても強い子だ。

 恐怖を打ち破って行動できる。

 でも、だからこそめちゃ危うい。


「任せてくれていいですから。ほら下がった下がった」

「あっ」


 俺は飛びだすセイの首根っこを掴んで、ぽいっと後ろへ下がらせる。

 セイは背後で転がって「へにゃ!」みたいな顔で尻餅をついた


 俺は指を鳴らして斧を取りだす。

 大上段から重力とともに叩きつけられる黒鉄の大剣。

 タイミングをあわせて、俺は片手で握った斧の刃を下段から斬りあげてぶつけた。


 ガヂィンッ!

 鈍重な金属同士が高い運動量をもって激しく衝突し、火花を散らす。

 風が巻き起こり、水しぶきと砕けた岩の破片が飛び散る。


 下段から振りあげた深紅の大斧はわずかな時間も拮抗せず、黒鉄の大剣もろとも黒鎧の戦士をかちあげ、地底空間を支える支柱のひとつまで吹っ飛ばした。

 支柱にズガドンッとつっこんで、盛大に塵埃を舞いあがらせる。


 俺は深紅の戦斧を見やる。

 握り手がぐしゃっと潰れていた。

 黒鉄の大剣とぶつけた箇所もひび割れている。

 素早く振り過ぎたせいで、ポールの部分がぐにゃんっと歪に曲がってしまった。


 投げ斧する段階で薄々感じていたが、耐久力に問題があったか。

 さっきは気をつかって優しく投げたが……今のは雑に振り過ぎた。


 支柱の中腹あたりからズガっと岩石の割れる音がする。

 黒い影がボトンっと地上へ落ちて来た。

 塵埃を払い、そいつは四つん這いになりながら、地面のうえを這う。

 這う先にはさっきの衝突で取り落とした黒鉄の大剣が落ちている。

 半ばからへし折れ、先端のほうがどっかへ行ってしまっているが……。

 

 黒鎧の戦士はふらりふらりと歩き、折れた大剣を構える。

 鎧の内側からガギガギっとひっかくような音が聞こえはじめた。

 内側から鎧の肩部が弾けとび、黒い腕が飛びだした。

 飛び出した腕の数は3本。元とあわせて5本の腕を持つ異形に変わった。


「俺は意外と優しい。誰にだって一度くらいチャンスをやるんだ」

 

 俺は斧をしまう。

 異形が飛びかかって来る。


「チャンスをふいにする奴の命の面倒まで見切れない」


 一撃で差がわからないものだろうか。


 俺は背を向けて指を鳴らす。

 いつもの破壊音が炸裂し、黄金の光が巻き起こった。

 バラバラになった黒鎧がカランコロンっと飛び散った。

 

 皆のほうへ向き直るとさっきと同じ顔をしていた。

 俺は天井を見あげる。

 

「崩れる心配はないですよ。閉所で使ってたらちょっと危なかったかもしれないですけど……まあ、ここは広いですから」


 みんな心配性だな。

 

「あの、どこから、たずねるべきか……いえ、たずねるべきではないのかもしれませんが……」


 ビリーたちは困惑極まる顔で足元に転がった黒鎧の残骸と俺を交互に見て来る。


「い、今の力はいったい……それは如何なるルーンの力なのだね?」


 プロフェッサーは秘文字の録音をやめて詰めて来る。

 俺の肩を掴もうとするが、手を制止し、口元に手をあて興奮を抑え込んだ。

 指パッチンの力をルーン由来だと勘違いさせてしまったのだろう。

 魔術師の興味を引いてしまったか。


「君ほどのルーン使いには会ったことがない。その神々しい黄金はなんなのだ!」


 ルーン使い設定で行こうと思ったけど、いざ専門家に聞かれるとボロがでそうだな……雰囲気の説得力で押し切るか……。


「まあちょっと家庭の事情で」

「(どんな事情……!?)」


 よし、うまく誤魔化せたことだろう。




 ──しばらく後




 洞窟を出ると外はすっかり暗くなっていた。

 思ったより長い時間を地底河で過ごしていたらしいと気づいたのは外に出たあとのことだった。


 地底河地上の街エッダにて、プロフェッサーの弟子たちと馬車に合流する。

 馬車には主に本日の収穫物を積載した。

 スケルトン軍団から獲得した武装と、焼け残った黒鎧と折れた黒鉄の大剣だ。


 あとはスケルトンの残骸も積んである。

 身体の所定部位を提出することで討伐した証になるらしい。ひとつ学んだ。


 ビリーたちとの帰路で初めて俺はさっき倒した亡霊のような戦士が『地底河の悲鳴』と呼ばれるネームドモンスターだったと知らされた。

 

「地底河の悲鳴を倒してしまうなんて……ルーンの威力もさることながら、凄まじい身体能力もお持ちなのですね、フィンガーマン殿は」

「どうしてブロンズ級冒険者なんかになったのですかぁ? 以前はなにをしていたのですかぁ? 気になりすぎて眠れませんよぉ?」


 帰り道のビリーとキンバルにはずっとキラキラした目をされていた。

 

「だから言ったじゃないですか。師匠は地平まで轟く名声を持つべきお方なんです。すこしでも凄さが伝わったようで、私は満足なのです」


 セイはしたり顔で、馬車に積まれた黒鎧の残骸をぽんぽんっと叩いた。

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