地底河へ

 気難しい魔術師とやらの家はミズカドレカをぐるっと囲む外壁、そのすぐ近くにひっそりとあった。なかなかに立派なお屋敷だった。バチカルロの家よりもおおきく見えた。


 ニールス商会の面々と屋敷のまえで合流し、敷地へ足を踏み入れる。

 門を叩けば品の良い執事らしき老齢のジェントルが出て来た。

 

「お待ちしておりました、ニールス商会の方々ですね。事前にお話を伺たっていた時よりすこし人数が多いようですが」

「こちらは黄金の指鳴らしのお二方です。今回の護衛クエストに同行していただくことになりまして」


 ビリーが話をつけてくれて、俺たちは屋敷のなかへ。

 魔術師の屋敷と聞いたから、てっきり怪しげな空気でも漂っていると思ったが、ふかふかの絨毯に白い壁が上品な感じでまとまっている。


 この世界にはルーン使いやら、秘文字使いやらの言葉がたびたび飛び出す。

 魔術師とはそういった神秘の使い手のなかでも、学問的な姿勢を持つ者たちを呼ぶ名だという。バチカルロに教えてもらったので知っている。

 魔術師。どんなやつなのだろう。


 客間に足を運ぶ。

 しばし待つと扉が開いた。


 青白い肌の中年が探検家みたいな恰好をして入って来る。

 

「やあ、よく来た。ニールス商会の倅。私はプロフェッサー・ノウ。ただプロフェッサーと呼んでくれたまへ。秘文字の研究家だ」


 青白い肌の男──プロフェッサーはこちらを見やる。


「そちらが黄金の指鳴らしかね。知らぬ顔だが、まあいい。人数は多い方が安心できる。皆、腰を落ち着けたまへ」


 プロフェッサーは鷹揚に着席を許した。

 俺たちは自己紹介をしあい、後に今回のクエストについて話しはじめた。


「地底河のある流域にて秘文字の目撃情報がはいった。今回はそちらへ足を運んで音声の写しを取りたい」


 先ほどの老執事が不気味な石を持ってくる。

 歪んだ人面にしか見えない悪魔的なオブジェだ。

 サイズは手のひらサイズほど、ケースに慎重におさめられている。


「これは?」

「『声残り』と呼ばれるマジックアイテムだよ。神秘的だが、邪悪な物だ。深くは知らない方がいい。ただ魔術師だけがその使用方法を知っていればいいのだ」

「触れて見てもいいですか?」

「構わないが、大事に扱ってくれよ、フィンガーマン殿。知り合いのつてをたどってようやく手に入れた物なのだ」


──────────────────

『声残り』

人が終わる瞬間の残留物質

声を記録する触媒として使用可能

──────────────────


 周囲の皆をチラと見やる。

 どうにもアイテムウィンドウは見えていないだ。

 これまでにバチカルロやセイなどでも何回か試したがこれで確信した。

 ちなみにステータスウィンドウその他もこの世界の人間には見えていないっぽい。


「お返しします」


 『声残り』をプロフェッサーへ返却する。


「しかし、プロフェッサー、ルーンの音声を録るとはどういう意味でしょうか」


 ビリーは困惑してたずねる。

 文字の音声を録るというのはいまいちピンと来ない。


「深く知る必要はない。儀式は多少驚くかもしれないが、君たちが特別になにかすることはない。あとルーンではない。秘文字だ。まったく違うものだよ」

「あっ、す、すみません」


 プロフェッサーの圧にビリーはびくりとする。


 なおルーンと秘文字はほとんど同じ意味ではあるらしい

 狭義には違うらしいが、その差を気にする者はさほど多くないという。

 それこそ魔術師などの専門家でなければ気にしない。


 どちらもチカラがこめられた神秘の文字のことを示している。

 神秘の文字を焼きつけることで人間はその力をコントロールできる。

 と、バチカルロは教えてくれた。


 ちなみに俺はよくわかっていない。

 よくわかっていないのにルーン使いを名乗っているのには理由がある。

 俺の指パッチンも1mmも疑われることなく、なんらかのルーンの力だと思われていたので、この世界では不思議なチカラはだいたいルーン扱いされるんだろう、と勝手に納得したためだ。なので勝手にルーン使いを名乗らせてもらった。


「では、行こうか。諸君、準備はいいかね?」


 プロフェッサーの指示で先に屋敷をでて外で待つことに。

 外では若者たちが馬車の準備をしていた。

 

 少し遅れてプロフェッサーがやってくると「馬車の周囲を固めてくれたまへ」と言って、いよいよ目的地への移動がはじまった。


 若者たちは馬車の荷台に乗り込んでいく。

 プロフェッサーによればこの者たちは弟子なのだという。

 屋敷で住み込みで働きながら、プロフェッサーの手伝いをしているのだとか。

 身分としては学生にあたるのだろう。


 片道はほんの2時間ほどで、地底河へつづく街エッダにたどり着いた。

 エッダまでの道中は平和そのもので、街道ということもあってモンスターの影すら見ることはなかった。この調子だと歩けばエンカウントするというのは作り話だと批評しなくてはなるまい。皆さん、RPGはフィクションです。


 地下河へ降りるための洞窟はエッダのすぐ郊外にあった。

 

「君たち馬車を頼んだよ」

「お任せください、我が師」

「よろしい。では行くとしようか、たくましき冒険者諸君」


 洞窟を前にすると不思議と緊張感が湧いてきた。

 かつてのダンジョン生活時代を思い出す

 自分の足でダンジョンに潜り四苦八苦していたルーキー時代だ。


 今は俺も変わった。

 すっかり効率厨になった。

 黒沼私兵部隊を現地に派遣したり、経験値を工場生産したり。

 社長になったり、ギルド長になったり、ブラック会員になったり。

 自分の足でダンジョンに潜っていたのは昔のこと。

 泥臭く汗を流していた頃が、すでに懐かしくさえ思う。


 ずいぶん偉くなってしまった。

 みんなに持ち上げられるようになってしまった。

 たくさんの物を身に着けてしまった。身動きが重たくなる程度には。

 

 いい機会だ。

 すべて取っ払ってみてもいい。

 初心に帰り、またゼロから頂点を目指してみるというのも悪くはない。


 洞窟へ足を踏みいれる。

 暗く湿っている。苔も生えている。

 気をぬけば足を滑らせてしまいそうだ。


「たいまつを。落としても簡単には消えないが湿らせると寿命が短くなる。気を付けてくれたまへ」


 プロフェッサーと2名の弟子を守るようにして、冒険者である俺たちはたいまつを掲げて注意して洞窟を進む。

 道がある程度整備されており、あるいは踏み慣らされた形跡なのか、程よい段差が坂にはあり、道幅が確保されていたりと進みやすくなっていた。


「ここには人の手が入っているようですね」


 おなじ持ち場のキンバルへ声をかけた。 

 一行の後方を守るのは俺とセイと彼の3人だ。


「途中までは、ねぇ。でもすぐにモンスターの世界になるよぉ。ところでさ、冒険者組合で片手で指無しのフランチェスを殴り飛ばしたとか聞いたのだけれど。それ本当なんですかぁ?」

「その話ですか。本当ですよ。向こうが無礼ナメてきたので」

「そうとうに腕っぷし強そうですよね、フィンガーマン殿はぁ。ただ者じゃないのが雰囲気からわかるっていうか、他とはまるで違うっていうか、なんか異質?」


 キンバルは臭覚がよい。

 彼女の、じゃなくて、彼の感じているそれはとても正しい。


「どこから来たのですかぁ、フィンガーマン殿とセイラム殿はぁ」

「俺は遠い場所です。辺境の地を転々としていて。そこでセイを拾ったんです。彼女は……」

「ヒデオさまは私の師匠なのです」


 セイちゃん、もう俺を師匠設定でつらぬくつもりなのね。

 キンバルは気だるげな声で納得したのかしてないのか「そうなんですねぇ」とあいまいな返事をした。


 こっちからも何か聞いた方がいいだろうか。

 ミズカドレカでこれから活動していくうえで、シルバー級の彼らは先輩として付き合っていくかもしれない。できるだけ良好な関係は築いておきたい気はする。


「キンバル殿はどうして冒険者に?」

「ビリーが商会を継ぐまでの遊び、ですかね」

「ニールス殿は商会の息子でしたね」

「実はボクもニールスなんですけどねぇ」

「? それってつまり……」

「ええ、ビリーはボクの弟なんですよぉ」


 じゃあビリーくん、お兄ちゃんが男の娘……ってコト!?

 お前のようなえっちなお兄ちゃんがいるか。


「でも、ボクってこういう感じじゃないですかぁ? 商会とかより適当に生きていければなぁって。魔法学校でルーンの勉強は終えてるんで、どうとでも仕事はありますしねぇ」

「弟さんに商会を継がれても構わないんですか?」

「ビリーは真面目ですからぁ。ボクより上手くやりますよぉ」


 キンバルは言ってにへら~っと気だるげな笑みを浮かべた。

 かあいい。うちの兄と交換こしてくれないだろうか。だめかな。


 大変に平和な道のりを進んでいると、洞窟内がほんのり明るくなってきた。

 青く怪しげに発光する草が足元に生えだしたのだ。

 地球では見たこともない奇妙で、神秘的な光景だ。


「これはいったい?」

「ヒカリグサですねぇ。洞窟内ではわりとよく見る頼れる光源くんですよぉ」


 同時に洞窟がすこしずつ広くなっていく。

 さらに足元に薄く水が張るようになってきた。

 水源が近いということだろうか。


 ふと、俺の知覚にひっかかる存在を感じ取る。

 視線を向ければ暗闇のなかに気配の主を見つけた。


 闇のなかで白い骨が蠢いている。

 床に散らばったソレらは見えない糸で操られているかのように、ふわっと浮いて、形を構築して、人のカタチになっていく。


 指を鳴らそうとし、ふと思いとどまる。

 いくつかの要素が俺に指を鳴らさせなかった。


「皆さん、モンスターがいますよ」

「「「「え」」」」


 皆が声に反応し、たいまつを掲げ、俺の視線の先を追いかける。

 1秒、2秒……反応がなかったが、目が闇に慣れて蠢く影に気が付いた途端、ハっと息を呑む声がかさなり、緊張感が走った。


「戦闘準備! プロフェッサー殿、さがってください!」


 護衛対象らは後ろへさがり、バルドウは背負った盾を手に取ると、前へ進みでる。

 ビリーもセイラムも剣を抜く。キンバルも緊張の面持ちで杖を手にとった。

 俺は指を鳴らし、ムゲンハイールから斧を取りだす。

 よいしょっと肩にかつぐソレは先日、手に入れた『クリムゾンオーガの大斧』だ。

 重厚な刃を持つそれは全長2m、重量は持った感じ200kg程度。ノルウェーの猫又より軽い。


「え、えっと、フィンガーマン殿……?」

「お気になさらず」

「いや、その斧は、どうしたんですかぁ……?」

「斧は拾いました」


 こいつでキル数を稼がせてもらおう。

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