ニールス商会

 手首を軽くまわしてカウンターへ向き直る。


「この通り腕っぷしには自信があるのですが。どうです、リオブザルへ飛び級というのは」

「規則は規則ですので……。リオブザル級の冒険者は簡単になれるものではありません。たくさんの経験が必要になります。ブロンズから積み上げてください。しかるべき実績を残したあとなら組合はあなたを歓迎するでしょう」


 受付嬢は厳格に言う。

 ルールはルールという訳か。


「わかりました。ではなにか依頼を受けさせてもらえますか。一番実績が積めるものがいいです」

「ブロンズ級で受けられるクエストではただいま非討伐系のクエストが何件かあります。採集系クエストはいかがでしょう。近郊の森で薬草を集めるのです」

「薬草集めが得意に見えますか」


 受付嬢は建物の外を見やる。白目を剥いて伸びている男が一名いるのを認めると、はあ、っと嘆息した。

 

「見えませんね」

「でしょう。武力が必要なクエストがいいです。適材適所というやつですよ」

「でしたら護衛クエストがございます。ただしシルバー級のものですが。特別な条件とあなたの腕前に期待して受注可能とします。河はお好きですか?」


 受付嬢は言って、一枚の羊皮紙をスッとカウンターに置いた。




 ──ステラの視点




 ステラは冒険者組合のベテラン受付嬢であった。

 品行方正、真面目、実直、保守的。荒くれ者を相手できる度胸があるうえ仕事もでき、見目麗しいこの女性はミズカドレカ冒険者組合の顔としてふさわしかった。


 ステラは組合を出ていくふたりのルーキーを見送る。

 風変わりな銀色のカバンと紺色のマントに身をつつんだ少女のふたり組だ。


 姿が見えなくなるとホっと息をついて、手元の事務仕事を片付け始める。

 隣のカウンターにいた受付嬢が話しかけてきた。ミズカドレカ冒険者組合は窓口がふたつあり、その片方の当番だった女性である。

 

「なに今の人……びっくりして声でちゃった。片手で指無しふっとばしたよね?」

「たまに冒険者組合にああいう方は現れます」

「そうなの?」

「それまで冒険者稼業に興味の無かった強者です。多くは騎士団を引退したか、追い出されたかした腕利きが大型新人とみなされることが多いですね」

「なるほど」

「ですが……」

「?」

「彼は普通の大型新人とは違うかもしれません」


 ステラは彼らが出て行った扉を見て静かにいった。

 

「違うかも、というか違うでしょ」

「組合長。見ていたのですか」

「揉め事の気配がしたから出て行こうと思ったら今のだよ」


 奥から出て来る中年男性にステラたちは向き直る。

 男は冷汗をぬぐいながら「何いまの」と驚きを隠せないでいた。


「片手で殴っただけだろう? あんな飛び方するの、人間って。やばすぎないか」


 組合長の動揺具合に受付嬢はブンブンっと首を縦にふって同意する。


「今の彼、名前は?」

「フィンガーマンと名乗っていました」

「フィンガーマン……『黄金の指鳴らし』のフィンガーマン、か」


 組合長はステラから登録書類を受け取り、まじまじと紙面を見つめた。




 ──赤木英雄の視点




 翌日。

 安宿で一泊し、ミズカドレカでの二日目がはじまった。

 ひとまずはデイリーミッションを確認する。


 ────────────────────

  ★デイリーミッション★

  毎日コツコツ頑張ろうっ!

   『ハントレス』


  鼻歌唄いながら投げ斧でキル 0/12


  継続日数:226日目 

  コツコツランク:ブラック 倍率100.0倍

 ────────────────────


 色物系だがこれまでの果てしない苦行を思えばどうということはない。

 ただ鼻歌唄いながら斧でぶっ殺せばいいだけだろ。

 簡単な仕事じゃあねえか。


 宿屋で身支度を整えてセイを起こして、ともに冒険者組合へ赴いた。

 冒険者組合に足を踏み入れると、周囲の視線がちらちらと集まって来る。

 こそこそ話される内容に耳を傾ければ、昨日の騒動がすでに噂になっているらしいとわかった。


「同行者の方々はあちらの机でお待ちです」


 昨日とおなじ受付嬢が手で示す先、3人組が席に座していた。

 近づくと向こうも俺たちに気が付いたようでハっとして席を立った。

 俺とさほど変わらなそうな茶髪の男が話しかけて来る。


「あなたたちが黄金の指鳴らし、ですか?」

「いかにも」


 ちょっと気取って返事する。

 

「うちと同じで少人数パーティなんですね」

「分け前で揉めたくなくて」

「なるほど、一理あります。どうぞこちらへお掛けになって」


 気さくで好印象の青年に言われ、席に腰を落ち着ける。


「でも2人は流石に少なすぎるようなぁ……」


 気だるげに口に言うのは金髪の少女だ。

 茶髪の男へ耳打ちしているようだが丸聞えである。


「静かにしろ、キンバル」

「ブロンズでしょ? 大丈夫かなぁ」

「だから静かにしろよ。頼むから。──あはは。すみません、こいつおしゃべりなもので」


 青年は咳払いをし、しきり直す。


「まずは自己紹介を。『ニールス商会』のリーダーのビリー・ニールスです。父が商人でして、後援を受けてるので宣伝代わりにこんな感じのパーティ名になってます。よろしくお願いします」

 

 ビリー青年は苦笑いしながら言い「前衛は任せてください。自信はあります」と、今度はすぐ横の金髪の少女を見やる。

 少女は気だるげに俺とセイを交互に見て「先に行っておきますが」と口を開いた。


「ボクは男ですよぉ。よく汚い手でお尻を触ろうとしてくるので、勘違いしているかもしれないので男相手には釘を刺しておくんです」


 え。男の、コ? 

 つまり美少女なのにツイてるのか。お得じゃねえか。

 幻の生物まで存在するなんて異世界すげえな。


「いいかた自己紹介しろって。ケツ触られたって構いやしないだろ」

「するんだってぇ。嫌なものは嫌なんだよ。……こほん。キンバルと言います。ルーン使いです。よろしくお願いします」


 くっついてる美少女キンバルはぺこりと頭をさげた。

 こんな可愛くて男だなんて。ふーん、えっちじゃん。


「お二方を守るため商会から遣わされております、バルドウと申します。パーティ『ニールス商会』ではタンカーを務めてます。よろしくお願いします」


 第三の男バルドウは俺の眼をまっすぐ見ながら言う。警戒されてるのかな。


「では、今度はこちらで。俺はフィンガーマン。指男と呼ばれることもしばしばあります。秘文字使い、ルーン使い……にあたるんですかね、剣も振れます。困ったことがあれば言ってください。パワーで解決へ導きましょう」


 IQ150のクレバーな自己紹介を終えてセイへバトンをパスする。


「セイラムと言います。剣の心得はあります。よろしくお願いします」

「君、ちょっと若すぎない?」

「問題はありません」


 セイの幼さにキンバルはフードのなかを覗き込むように心配する。


「して、フィンガーマンさん、セイラムさん、地底河での護衛クエストに同行していただけるとか。ステラさんにお話を聞いています。はやく上の等級へ行きたいのですよね?」


 昨日、俺たちはひとつのクエストを受注した。

 ただしそれはすでにほかのパーティが受注していたクエストであった。

 内容がやや特殊で、人数の制限がなく、また俺たちより先に受注していたパーティは少人数であるため、組合はクエストの遂行に若干の不安を抱えていたという。


 そのため俺たちが同行できる余地があった。

 ビリー青年らニールス商会が受注したクエストはシルバー級のクエストだ。

 本来なら、ブロンズの俺たちが受注できるものではないが、寄生するカタチでなら参加ができる。たまたま特殊なケースが運よく転がっていた感じだ。


 俺たちはビリーらとさっそくクエスト概要について話しをはじめた。

 

「クエスト自体はシンプルです。街の魔術師が地底河でフィールドワークをおこなうのでその護衛をすればいいんです。危険なエリアに行くこともないのでモンスターとの戦闘も少ないと思います」


 なるほど。確かにシンプルな仕事だ。

 ようは守ればいい。


「ひとつ質問いいですか。地底河ってなんですか」

「フィンガーマンさんたちはミズカドレカは初めてですか」

「俺は初めてです」

「なるほど。では説明しましょう」


 ビリーは快活にこの不思議な土地の地理を話してくれた。

 

「エンダーオ炎竜皇国の北側、火のルーン山脈には広大な地下空洞がありまして、ミズカドレカ近郊にはその地下空洞、とりわけ地下を流れる大水脈へつながる洞窟が発見されているんですよ。今回のクエストではそこへ赴きます」


 地底河にはモンスターの豊かな生態系があり、またさまざまな異常現象が起こることから魔術師たちの興味の対象になっているのだとか。

 まじめな顔して魔術だなんだと言われると、なんとも不思議な気持ちになったが、この感覚にも慣れていかなければならない。


 もろもろの打ち合わせを済ませ、昼前には魔術師と合流することになった。

 合流後は速やかにクエストへ出発する。

 1時間の後には洞窟にたどり着くという。意外と近い。


「では、一端の解散としましょう。魔術師殿はしょうしょう気難しい方とのことなので、時間には遅れないようにお願いします」


 ニールス商会らとの打ち合わせを終えた。

 次に彼らに会ったのは魔術師と呼ばれる者の屋敷のまえであった。

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