ヴィルトル大通りにて
ミズカドレカ。
マーロリ原典魔導神国の国境すぐ近くにある交易と商人の街だ。
炎竜皇国と原典魔導神国の故郷は東西に連なる霊峰──火のルーン山脈によって遮られており、ミズカドレカはその霊峰のちょうど終わりに位置している。
という話をセイに教えてもらった。
マーロリはパール村を襲った震える瞳の教導師団の母国だ。
バチカルロいわく、彼らを遣わしたのはマーロリを統治する『魔導教団』なる組織とのこと。魔導教団は非常に強力な組織であり、世界中に神殿や教会をもち、遥か太古に姿を隠した魔導神をいまだに信仰しつづけている。
古い社会では教会が力を持つ。歴史の授業などろくに聞いていなかかったが、教会だの宗教だのが強力で、同時に争いを産みまくっていたのは印象深いものだ。
この世界においても信仰は特別なものなのだろう。
特に魔導神とやらへの信仰は。
セイに知識を伝授してもらいながら街をいく。
ほどなくして俺はするべき話を切り出した。
「して街まで来たわけですが……」
「たどり着けましたね」
「ですね。……セイとはここでお別れってことでいいです、かね」
本心ではもうすこし一緒にいて欲しい方向に気持ちが傾きつつある。
でも「街まで」というのは3日前に俺から言った条件だ。自分で言い出した手前「もうちょっと同行をお願いできますか?」と言い出すのは決まりが悪い。
「本当のことを言います」
「これはまた改まりましたね」
「ええ、言うべきことですから。私は命を狙われていますよね。理由があるのに、ヒデオさまは聞かないでくれています」
「面倒ごとに巻き込まれたくないだけですよ。それを良心と捉えるのはそちらの不利益になります。俺はそんな良い人間じゃないですから」
「でも、誠実な方です。改めてお願いをさせてください。私を遠い地まで連れて行ってくれますか? もう頼れる方がいなくて……私一人では難しいのです」
「すこし話をしたほうがいいですね。まず第一に俺の旅は地図上に目的地はまだないです。なので遠い場所に行くかもわからない。だからセイを遠い地に連れていけるかもわからないです。なによりどうして俺なんかを頼るんです? それこそバチカルロ殿に頼んだほうが」
「領主さまはすでに死んだ身とされています。あの辺境の地から離れることはありません。それこそ竜皇自らの勅命でもない限り絶対に。領主さまは私に竜皇への忠誠を語って聞かせてくれましたからわかるのです……」
王への忠誠。
俺には決してわからないものだな。
「では、その竜皇自身をたずねては? 実父なのでしょう?」
「……私は捨てられたんです。実の父が竜皇だなんて昨日はじめて知りました」
セイはひどく落ち込んだ声でつぶやく。
ああ、しまった。うかつなことを訊いた。
どうして俺はこうなのだろう。
彼女には選択肢が無いから俺のところに来た。
詳しい理由はわからない、確かなのは彼女は村にいられないこと。
さりとて竜皇を頼れないことだ。そんなこと考えればわかるだろう。
彼女は本当なら宮殿で優雅に使用人にお世話してもらう姫の生活を送るはずだった。なのに辺境の村に島流しされた。それはひとえに「無かったことにしたかった」からだ。竜皇がそれを望んだからだ。我が子を殺さなかったのは最後の慈悲なのだ。
セイはそのことを考えているのだろう。俺よりもずっと。
受け止め、苦しんで、飲み込んだ。
だったら俺があれやこれや訊くのは野暮かもしれない。
「すみません。かなり性格の悪いことを訊きました」
「気にしないでください。ヒデオさまは知らないので疑問に思って当然ですから」
なんだか気まずい雰囲気になった。
俺は「行きますか」と言って、とりあえず歩きだす。
彼女のほうの目的は至極単純だ。
魔導教団に見つからなければ最悪どこでもいい。
見つからないのであれば旅を続けるという選択肢もある。
問題は俺の方だろう。
デカい都市までやってきたわけだが、ここからどうしようか。
仲間と合流するため行動を起こしたはいいがその先が繋がっていない。
塔でも一本倒してフィンガーマンの到来を示してもいいのだが、注目されるためにおおきな被害を出すのはシンプルにイカれている。迷惑系か炎上系かな。
今はもうこの世界に生きる人間はモンスターじゃないと確信している。
日々、働き、生き、楽しむ。そんな営みがあるのだ。
「ここはヴィルトル大通りと言います。街で一番賑わう市場ですよ」
考えながら歩いていると、セイは唐突に口を開いた。
見やればずいぶん人の多い通りにやってきていた。
賑わう市場か。面白そうだ。
興味本位で露店に近づいてみる。
どうやら衣服を売る店らしい。
値札らしきものが店先に掛けられている。
ここで気づく。字がまったく読めない。
いや、当たり前か。
「セイ、字が読めないんですが……」
「これは”だいたい8クリスタ”と書かれていますね。旅の装束としては一般的な値段かと」
「なるほど。助かります」
「いえいえ、おまかせください」
セイはえっへんとしたり顔になる。
彼女を同行者にして正解だったかもしれない。
字が読めるし、この世界の”常識”とか”感覚”を知っている。
常識や感覚はあとから身に着けるのは難しい。俺にとっては貴重な能力だ。
「こんにちは、旦那。いいですなあ。今日はなにを買っていくんで?」
店主が話しかけてきた。
だるいぜ。静かに買い物させてくれよ。
俺は生粋の現代人だから話しかけられるだけで嫌なんだ。
話しかけらて何も買わずに立ち去ろうものなら「なんだい、冷やかしかい!」と大声で怒鳴られるまでがセットだろう。それも嫌だ。
「これなんてどうでしょう? 上質なドリルオオカミの毛皮で仕立てられたマントですぞ。火に強く、水をよく弾きます。雨の日でも重たくならない逸品ですぜ!」
店主は紺色の厚手のマントを掲げる。
なかなか商売上手な男だ。ちょっと欲しくなってきた。
しかしドリルオオカミだと?
なんだそのマヌケな狼は。そっちほうが気になるな。
シャツ一枚でジュラルミンケースを握っているのもどうかという恰好なので、少しでもこの土地に馴染んだほうがよいだろうか。ムゲンハイールが超捕獲家でしまっちゃえれば、見た目を地味に出来て便利だったのだけどね。
む。見た目の問題と言えば、この子もそうじゃないか。
「蒼い髪、それって普通の髪色ですか? あんまり見ませんけど」
「私も蒼い髪の人は見たことないですね」
周囲を見渡す。何人かと連続して目が遭った。
みんなセイのことを見ていた気がする。
やはりか。隠した方がいいだろう。この子は見た目だけでもめちゃ目立つ。
「いいマントですね。すばらしい。それください」
「お目が高いですな、旦那~!」
「ヒデオさま?」
「あの教導長も言ってたようにセイの髪は派手すぎますよ」
「あっ……なるほど」
納得した様子で周囲をキョロキョロするセイ。
狭いコミュニティに住んでいたからか、自覚が薄かったようだ。
ドリルオオカミの紺色のマントを購入し、セイはすっぽりと身を隠した。
フードもついているので目深に被れば髪も端正な顔立ちも隠れる。
ついでに腰に下げた剣も隠れるのでいい感じだ。いちゃもんはつけさせないぞ。
「可愛い娘さんへのプレゼントだ。本当は8ですが、お代は7クリスタにまけておきますぜ」
「あ……セイ、お金あります?」
「まだありますけど……」
セイは青ざめた表情でそっと革袋のなかから金貨を取りだした。
店主は銀貨3枚をセイへかえす。
「旦那はどちらにします? そんな薄着では寒いでしょう?」
「あっ、大丈夫です。もう平気なので」
俺はセイを連れてそそくさと露店を離れた。
「ヒデオさまは一文無しですか?」
「すみません。街に足を踏み入れたのは初めてで」
「これまでどんな生活してたんですか……はぁ、これで全財産です」
セイは言って銀貨3枚を見せて来る。俺と彼女の全財産、銀貨3枚。
なんということだ。少ないということだけがわかるぞ。
ブルジョワ探索者だったのに、ここでは文無し貧乏野郎に戻ってしまうなんて。
「ちなみに銀貨3枚は3クリスタってことであってますか」
「そうです。時期によって多少変わりますけど。銀貨で1クリスタ。金貨で10クリスタは固いです」
「どれくらい生活できますか」
「街でお金をつかうとあっという間です。切り詰めて20日程度だと思います。すみません、詳しくは私もあまり……」
まあそうだよな。
とにかく貧乏ということだけはわかった。
暴力はすべてを解決するが、財力もまたすべてを解決する。
ムゲンハイールのなかにはある程度の物資があるので、数週間なら飢え死にすることはないが、これは限りある物資だ。目標の撃破までどれくらいの時間がかかるかまるで見当もつかない以上、限りある物資に頼るのは見通しが甘い。
長い目で考える必要があるとダンジョン突入前にジウさんに言われた。
我が愚妹にも伝えたが本当に1年やそれ以上の活動になりかねないことに俺はいま挑んでいる自覚を持つ必要がある。
「ところで、セイ。もし俺がセイの同行を断固拒否していたらどうやって生きていくつもりだったのかだけ聞いてもいいですか。アテはあるみたいな話してましたけど」
「あの話ですか。何としてでもお願いして同行するつもりでしたので、あまり考えてはいませんでしたが……」
なんか大胆なところあるんだよな。この子。
「もしどうしても無理なら冒険者組合で仕事しながら遠国を目指そうかと」
「冒険者組合?」
冒険者組合だと?
そんなものが実在しているだと?
あーにゃ、わくわく。
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