ゲートハウス

 薪木を集めて、パチンっと火を灯し、切り身になった鮭さんをアルミホイルに包んでいい感じの高さで熱を通す。たっぷり時間を掛けてサーモンランの鬱憤を晴らせば、旨味のつまったおいしい鮭のできあがりだ。


「この銀色の包み紙はいったいなんですか?」

「アルミホイルです。熱をよく通します」

「これもマジックアイテムですか?」

「違いますよ。そういう素材というだけで」

「そのかばん、なんでも出て来るのですね。さっきは不思議な容器の綺麗なお水をだしましたし、透明なガラスの白い塩まで出しました」

「ええ、まあ。無限ですから」


 セイラムはムゲンハイールを見て不思議がる。


 今回の魔導のアルコンダンジョン突入にあたり、俺はムゲンハイールにさまざまな物資を詰め込んできている。主には食料・水だ。食料と言ってもレーションや缶詰などであるが。嗜好品の類もある。お菓子、たばこ、酒など。


 これらは財団からギルドへ支給されたアルコンダンジョン攻略用の物資だ。

 俺のムゲンハイールにはフィンガーズギルドへ提供された物資の半分が詰め込まれている。残りの半分はハッピーさんのムゲンハイールに入っている。


「無限?」

「限りないってことですよ。この箱のなかには無限が存在してます。天才がつくりだした異次元科学の結晶です」

「こんなすごいマジックアイテムを造り出してしまうなんて。世界は広い……」

「世界の広さを感じますか。すごい事に」

「私はパール村の外のことはあまりよく知らないんです。年に数回ミズカドレカへ顔をだす程度で。もちろん竜都に行ったこともありませんし、そのほかの都市も知りません」


 あの辺境の村が彼女にとってのすべてだった。

 それを奪われた。いられなくなってしまった。

 

「歳はいくつですか」

「14になります」

「これからどうするつもりなんです。ひとりで生きていけるんですか」


 この世界のことを知らないので断言はできないが、子供がひとりで放り出されて生きていけるほど甘い世ではない気がする。まだ地球のほうが生きやすかろう。

 

「アテはありますけど……まだ考えている途中です……」


 セイラムはむぅっとして顔をうつむかせる。

 それ以降、会話が途切れてしまった。


 いかんな。おっさんくさいことを訊いてしまった。

 ひとりで生きて行けるのかなんて、誰でもわからないというのに。

 それも昨日、故郷を追われた少女にそんなことを考える余裕なんてない。


 会話が途切れると陰キャというものは次を繫げることができない。

 使えそうなのは好きな食べ物とか、好きな色とか聞くことだろうか。

 でもあからさま過ぎて、こういうのって逆にうざいかな。

 

 それに俺がセイラムと会話して心を開きたがっているみたいだ。

 癪に障る。あくまで俺は寄生されている側だ。

 俺が彼女を気遣うようなことをするべきじゃない。


 というわけで、実に論理的な筋道を立てたうえで俺はあえて話を振らず、さっきのデイリーで入手した『先人の知恵S+』をぺらぺらと読み込むことにした。


 ──二日後


 ────────────────────

    ★デイリーミッション★

    毎日コツコツ頑張ろうっ!

      『魚生活』

 

  デイリー魚をさばく 1/1


  ★本日のデイリーミッション達成っ!★

  報酬 『先人の知恵S+』


  継続日数:226日目 

  コツコツランク:ブラック 倍率100.0倍

 ────────────────────


 朝からセイラムと協力してデイリーミッションを完遂する。

 もっとも彼女は朝食をつくっている感覚しかないだろうが。


「毎日、鮭なのですね。ヒデオさまは鮭がお好きなんですか」

「そういうわけじゃないです」


 召喚できるのが鮭だからしてるだけ。

 どうせならマグロが食べたい。

 俺はマグロがすきなのだ。赤身でも、中トロでも、大トロでも好き。

 ネギトロもすき。刺身も好き。たたきも好き。ツナサラダも好き。


 デイリーミッションを終え、朝食を終え、旅を再開する。

 朝のうちに出発し、昼前には街道のさきに異物を発見できた。

 それは見たこともない建造物だった。高い壁だ。横へずっと連なっている。

 

「危険な雰囲気……魔王の城か?」

「あはは。御冗談を。あれがミズカドレカですよ」

「あの横に連なる壁は?」

「城壁です。町を囲ってモンスターや武装集団からの攻撃に備えているんです」


 セイラムは得意げに胸を張る。

 説明できて鼻高々という具合だ。


「ヒデオさまは本当になにも知らないのですね」


 あれ? 毒? 馬鹿にされた?


「あ、すみません、失礼な物言いを!」

「……。気にしてないです。世間知らずなのは自覚してますから。その分、セイラムが教えてください」

「っ、はい、おまかせください!」


 彼女は自身満々に言う。


「あと私のことはセイとお呼びください。みんなそう呼んでいましたから」

「それじゃあ、セイ、で」

「はい、セイです」

 

 ミズカドレカへ近付くにつれ、立派な城壁がぐんぐん高くなっていく。

 都市はどこも城壁に覆われているものなのかな。城郭都市と言うんだっけ。

 街道と城壁の隣接点には黒鉄の落とし格子がある。ゲームとかでよく見るやつだ。

 いまは上がっているが、あれが落ちれば城への進入路は断たれるのだろう。


 落とし格子をくぐった先はおそらくゲートハウスだ。

 あそこで検閲を受けないと都市に入れないのだろうね。


 ゲートハウスへの人の列に並ぶ。

 周囲の人間を見やっても探索者らしき人物は見当たらない。

 人種的な風貌としては明らかに西欧人風な顔立ちがおおい。


「都市に入るためには関税を払わねばなりません。あとモンスターの持ち込みには特別な証が必要だったり……あと悪いことをしている人は門で止められます」


 ゲートハウスへの列に並んでいる途中、セイは腕を組んで、思い出せる限りのこと教えてくれた。役に立とうとしてくれているのか。良い子だ。


「そこで止まれ。荷物を見せろ」


 ゲートハウスに着くなり、兵士たちによるチェックを受ける。

 兵士は紅い布地の帯を腕に巻き、金属の胸当てを付けている。

 胸には紅き竜の紋章が貼られており、腰には長剣と短剣を対にして下げている。

 

 案の定というべきか、震える瞳の教導師団に比べて軽装に思える。

 まあ街の門で検閲する業務なので見た目だけで判断はできないけど。


 ハウスの中にはわりと人数がおり、全部で6人ほど。

 3人が素早く調べるなか、残る三人は周囲をキョロキョロ警戒している。


「おかしなカバンだな」


 兵士は構わずにムゲンハイール開いて調べる。

 プライバシーもなにもあったものじゃない。

 女性物の下着が入ってたらどうすんだよ。


「ふむ。中身は空、か」


 兵士は眉根をひそめる。

 最新のムゲンハイールには所有者しか中身を取り出せないプライシー機能が搭載されている。俺以外がムゲンハイールを使おうとしたところで、異次元空間へはアクセスできない。


「どうした」

「いえ、なんでも」

「お前たちどこから来た」

「遠い村です。グンマ村という遠い野生の」

「ふむ、確かに変わった顔だな。ここらへんじゃ見ない顔だ」


 兵士たちの興味を引いてしまった。

 6名がぞくぞくと集まって来る。


「長旅なら、どうして荷物がそんな少ない。それにそっちの娘っ子、ずいぶん上等な剣を持っているじゃないか」


 兵士の長は目ざとくセイの腰を見やる。

 震える瞳の教導師団から奪った鋼剣をベルトに差しているのがバレたらしい。

 俺には上等な剣とか下等な剣とかわからないが、見る者が見れば、一発でわかってしまうのか。


 兵士に要求され、セイは大人しく剣を見せる。

 

「すごい剣だな……俺でもこれほどの逸品は振ったことが無い」


 ええ……そんなすごかったの……もっとダサいの選んでおけよ、セイ。

 なにちょっとイイやつ欲張って奪ってるのよ。まったく。

 

「どこで手に入れたんだ。イモ臭い村娘が扱うには過ぎた代物だと思うが」

「師匠が譲ってくれたんです」

「師匠だと?」


 セイは狼狽えることなく堂々として俺の方を見やる。

 

「お前が師匠か」


 違いますが?


「師匠は名こそ知られていませんが、いずれ世界に轟く名声を手に入れる無双の剣術家なのです」

「そうなのか?」


 違いますけど? セイちゃん? 暴走してる?


「それほどの実力者なら確かにこの上質な剣を振っていても納得は出来るな」


 兵士は剣を鞘に納めながら言う。


「だが、それはお前が本当に剣術家だったらの話だ。お前はすべてが怪しい。その顔立ち、雰囲気、かばん、空の中身、連れている村娘」


 ベテランの検閲者は厄介だ。

 おかしな人間はすぐにわかるってか。

 さてこの状況どう切り抜けるか。

 パワーで突破してもいいが、確実に大きなトラブルになる

 

「兵士さま」


 セイはこそっと革袋をとりだすとそれを机に積まれた本の影に置く。

 兵士は眉根をピクっとさせて革袋を手に取り、中身を改める。


「……ふん、まあ、いいだろう。怪しいには怪しいが、決定的な根拠があるわけではない。通れ」


 ムゲンハイールを返され、ゲートハウスをあっさり通過できた。

 あの空気感から絶対に厄介ごとになる展開だったのに、なぜ俺たちは通れた?


「セイ、あの袋は?」

「実は村を出ようとしていたところ、領主さまから餞別をいただきまして──」


 どうやらバチカルロはセイに財産の一部を持たせていたらしい。

 つまるところさっき渡したのは賄賂だ。やはり金。金はすべてを解決する。


 ところで俺、トラブルメーカー過ぎないかな。

 さっき雰囲気とか顔立ちで疑われてたけど……そんなんでいちゃもんつけられてたらこの先、やばすぎん? 

 セイラムばかりが、トラブルメーカーだと思っていたが、存外、俺という存在も大概トラブルメーカーだったわけだな。あっははは。笑えん。

 

「しかし、セイ、君はバチカルロ殿公認家出娘だったのかい?」

「領主さまとたくさんお話をして、ヒデオさまに付いていったほうが安全だろうとのことで」


 セイは申し訳なさそうに顔を伏せる。

 厄介なことだ。巻き込まれたくないのに、すでに勝手に巻き込まれていた。

 ただそれのおかげでトラブルを回避できたのも事実だ。


「はあ……まあ気にしないでくださいよ。セイのおかげで助けられました。ありがとうございます」

「私、役に立てていますか?」

「そりゃあもう。だから元気だして」


 マイナスとマイナスを掛けるとプラスになる。

 トラブルメーカーとトラブルメーカーも掛ければプラスになるだろ。知らんけど。

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