ダンジョンに潜ったと思ったら異世界転移していた件

 ──グデレノフ・バチカルロの視点


 英雄の戦い。否、王の戦い。

 あるいはそれを遥かに超えたなにか。

 

 アカギ・ヒデオがごく軽い調子で指を鳴らす。それにどんな魔術的符号があるのかは定かではないが、あの黄金の輝きは彼が誘発したものなのだろう。

 アカギ・ヒデオはただ一度、指を鳴らすだけで震える瞳の教導師団の半分を焼き払ってしまった。何が起こったのかはまるでわからなかった。


 教導長もその一撃のもとに沈んだのだろう。

 光が晴れたあと姿が見えなかった。

 灰になったのか、塵になったのか。


 残された騎士たちは決死の覚悟で、白兵戦を仕掛けていたが、アカギ・ヒデオには高度な剣術の心得もあるらしく、どこからともなく取り出した黄金のつるぎ──武骨で飾り気はない、だが美しく、大変に見事な業物──で騎士たちを返り討ちにした。


 彼は超人的な怪力や、剣や、指を鳴らす魔術的符号などを使い分けて、騎士たちを圧倒していた。彼には選択肢があるようだった。どうとでも敵を屠る選択の余地が。いくらでも選べるだけの実力差がそこにはあった。


 震える瞳の教導師団は、マーロリが誇る最高戦力のひとつのはずだ。

 それをこうも簡単にあしらうとは……アカギ・ヒデオ。彼は何者なんだ。




 ──赤木英雄の視点




 悪の親玉みたいなじじいとその手下たちをしばき倒した結果、領主の敷地内には穴ぼこがたくさん開いてしまったが、まあ、それくらいは許してほしい。

 理由があってそれなりに指パッチンを使ったので、HPを確認しておく。


 ────────────────────

 赤木英雄

 レベル357

 HP 8,713,420/8,725,000

 MP 1,335,000/1,384,000


 スキル

 『フィンガースナップ Lv9』

 『恐怖症候群 Lv11』

 『一撃 Lv11』

 『鋼の精神』

 『確率の時間 コイン Lv2』

 『スーパーメタル特攻 Lv8』

 『蒼い胎動 Lv6』

 『黒沼の断絶者』

 『超捕獲家 Lv4』

 『最後まで共に』

 『銀の盾 Lv9』

 『活人剣 Lv7』

 『召喚術──深淵の石像Lv7』

 『二連斬り Lv7』

 『突き Lv7』

 『ガード Lv6』

 『斬撃 Lv6』

 『受け流し Lv6』

 『次元斬』

 『病名:経験値』

 『海王』

 『海の悪魔を殺す者』

 『デイリー魚』


 装備品

 『クトルニアの指輪』G6

 『蒼い血Lv8』G5

 『選ばれし者の証 Lv6』G5

 『メタルトラップルームLv4』G5

 『迷宮の攻略家』G4

 『血塗れの同志』G4


────────────────────


 HPの消耗は7,000程度だ。

 『蒼い血』を打つ。いつものような快感はない。

 蒼い胎動の自動回復のみならず、異常物質を用いた回復もできないらしい……もしかしたらHPが回復しない制約があるのだろうか。


 戦闘が終わったあと、唖然としていた領主バチカルロの傍で膝を折り、手を差し伸べる。彼はキョトンとして疲れたように笑むと「ありがとう」と言って俺の手を握り、億劫そうに立ちあがった。


「まさか生き残れるとは思わなかった……」

「そうですか。俺はもう誰も死なないと思ってましたけど」


 言いながら注射器を手に「動かないで」と、すばやくバチカルロの首筋に針を打つ。彼は一瞬ビクっと身構えたが、すぐに回復効果を実感したらしく、眼を丸くして驚いた顔になった。


「これは……! なんという治癒効果。第一級のマジックアイテムですか」


 この人も『蒼い血』による苦痛を感じていないようだ。

 それにまたマジックアイテムって変な呼び方するし。

 あの悪の親玉もマジックアイテムがなんとかってごちゃごちゃ言ってたな。

 ダンジョンのなかの人間は異常物質をマジックアイテムと呼ぶのか?


「ヒデオ殿、どうか私の騎士たちにもそのマジックアイテムをお使いいただけませんでしょうか。差し出がましいようですが、何卒」


 使用回数の制限があるわけじゃない。

 断る理由もないのでバチカルロの部下6人も治癒してあげた。

 予想していたことだが、全員、『蒼い血』の反動は受けていないようだった。


 ここでは俺の知っている当たり前が通用しない。

 認識の齟齬があるというのかな。

 勝手にレギュレーションが変わったような違和感がある。

 確かめる必要がある。




 ──数時間後




 日が傾いてきた。体感時刻は17時~19時くらいだろうか。

 俺は小高い丘のうえから眼下を見やる。

 村の外れにたくさんの盛土が等間隔に出来ている。

 盛土の上部には決まって花が添えられ、木材が墓標として立てられている。


 先ほどまで俺はスコップを片手に墓穴堀りを手伝っていた。

 そのあとは遺体を集める作業だ。

 この村にはたくさんの犠牲者がいて、たくさんの死者が出た。

 悲しみと苦しみのなかで、皆は犠牲になった者たちに別れをつげる。

 今はそういう時間だ。


 俺は部外者なので手伝ったのは墓穴掘りだけだ。

 遺体の収集作業は『超捕獲家』を使えばもっとスムーズに進んだだろうが、これはそういう話ではない。俺にも死人を丁重にあつかうモラルはある。

 

 シマエナガさんがいれば直接関与することはなくとも、ゴッドエナガの奇跡をこの地に起こすことで悲劇を和らげることはできたのだが……彼女はこの場にいない。


 すべての悲劇を回避することはできない。

 命を復活させる奇跡があっても世界中すべての死者を蘇らせることはできない。

 この村の悲劇は奇跡が追い付かない犠牲の一ページなのだろう。


 墓には村人ほぼ全員が集まっていて、そのなかには蒼い髪の少女の姿もあった。

 セイラムだ。墓のまえで顔を伏せている。

 さっき村人に聞いた話だが、どうにも両親を失ったようだ。

 辛いだろう……痛みに耐えているのだろうか。心の痛みに。


「ヒデオ殿」


 一瞬、ハリネズミさんかと勘違いする呼び方をするその声に振りかえると、精悍な顔つきのおっさんが頭をさげてきていた。


「なにをしているんです、バチカルロ殿」

「貴方の英雄的活躍には感謝の言葉すらありません。貴方がいなければ、いまごろ皆殺しにされていたでしょう」


 俺は皆からすれば英雄にほかならないのか。

 殺したやつら──震える瞳の教導師団と言ったか──にとっては絶望だろうが。


 ただ、彼らの感謝を素直に受け取るべきか迷うところはある。

 このどう見ても人間見える者たちが敵か味方か、俺には判断が難しいのだから。

 なぜならここはダンジョン内……のはずだから。財団勢力以外に味方はいない。

 彼らはモンスターかもしれないし、モンスターならすべからく消し炭にする必要がある。そうなれば俺は彼らの英雄ではなく、絶望に早変わりすることになる。


 目の前の、俺に好意を抱いてくれる者が敵か味方かわからない。

 その事実はとても恐ろしい。不安でもある。

 暗い海を数少ない船員と航海してるなかで、その船員たちが敵か味方か判断できない……そんなよりどころのない怖さを感じる。いまは絶対に味方と確信できる者たちが俺のまわりにいないのもその感情を加速させる。


 あるいは震える瞳の教導師団。

 悪に見えた胸糞悪いあいつらこそ俺の味方だった可能性もある。

 俺は状況を正確に判断できていたわけじゃない。


 たまたま遭遇し、目撃した情報が俺のすべてだった。

 それを判断材料に俺の正義を実行に移した。

 俺の正義がいつだって正しいなどと己惚れてはいない。


 でも、だ。

 俺は信じるほかない。


 殺した人間と、生かした人間。

 どこかの正義の味方も言ってた。

 誰かを救うということは誰かを救わないということらしい。


 俺は領主と村人を救い、教導師団を救わなかった。

 たまたま俺には力があった。自分で選んだ救った者たちだ。

 ならば選んだ者たちを信じるほかあるまい。

 それが敵だとしても。いつか消し炭に変えるチワワだとしても。


「顔をあげてください。それより、さっき言ってた件。お願いできますか」

「ええ、もちろんです。こちらへどうぞ」


 バチカルロに案内され屋敷のなかへ。

 屋敷へ足を運ぶと、さっき治癒した騎士のひとりがお茶を運んで来た。

 ぺこぺことしてくるので、俺も「どうも」と応じる。


「申し訳ありません、使用人を雇えるほど裕福ではなくて」


 謝る必要がどこにあるのだろうか。

 使用人……つまりメイドさん? お茶くみが屈強な男だから謝ったのか?

 まあ確かに、かあいい女の子が淹れてくれたらお湯でも美味しく感じるけど。


「して、なにをお話しましょう。ヒデオ殿のたずねることならば努めて答えを用意したしますが」


 俺がバチカルロに頼んだのはとにかく情報が欲しいということだ。

 彼は話ができるし、俺が出会った中では一番の権力者だし、なによりいい人そう。

 だから彼から情報を手に入れることにした。


 まずはここがダンジョン内かどうかだ。

 答えは『わからない』だった。


「ダンジョン、ですか……? えっと……それはどういう意味なのでしょう? 冒険者が挑むダンジョンという意味なのでしたら、もちろんパール村はダンジョンのなかにはありませんが……」


 すごい変な顔されたのでこれ以上、質問を掘り下げることはしなかった。

 

 次にした質問はバチカルロたちは人間なのかどうか。

 答えは『はい』これまたすごい変な顔された。


「人間以外に見えますでしょうか……」

「可能性の話ですよ。気を悪くしないでください」


 いろいろと質問を重ねていった。

 些細なことから何から何まで。

 バチカルロは『ダンジョン財団』も『異常物質』も『スキル』も『ステータス』も『南極』も『ペンギン』も知らなかった。


 逆にいろいろと知らない固有名詞が俺のなかに新しく追加されていった。

 『秘文字』『秘文字使い』『ルーン』『火のルーン』『絶望に沈んだ領域』『プルペット』『炎竜皇』『魔導司祭』『マーロリ』『エンダーオ』『ヴラ』『聖王』『結晶硬貨』『マジックアイテム』……彼らには確かな文明・文化があった。


 次第に俺のなかでひとつの状況が浮んできていた。


 異世界。ここはまるで異世界なのだ。

 ダンジョンに潜ったと思ったら異世界転移していた件……である。

 そうとしか考えられない状況がここにはある。


 広大なフィールド型ダンジョン……まさか異世界のことを示していただなんて。

 ほかのみんなはどうしているのだ?

 この世界のどこかに転移させられてしまっているのだろうか?

 

 俺はこれからどうすればいい。

 当初の目的通り、ダンジョンボスを探すのか?

 今までとは勝手が違いすぎる。

 そもそもどこにダンジョンの出口があるんだ?

 帰れるのか? 一生このままなのか?

 

 様々な不安が心中に湧いては水泡のように消える。

 楽天家の性格ゆえか、まあなんとかなるだろうという気持ちが勝つからだ。

 それにちょっと心躍っているリトル赤木も心中にいる。異世界。ええやん、と。

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