『緋色の残光』バハムニータ・ヘルウィンド

 バチカルロが行ってしまった。

 セイラムが竜皇の娘とか言ってたけど……竜皇ってだれよ。

 誰でも知ってるだろみたいな前提で話されても困るんじゃけど。

 実は大統領の娘だったくらいの認識でいいのかな。

 

 命を賭けるとは。

 あのおっさんは信念の人だ。

 ならば応えたい。

 先払いで報酬も受け取ってしまっているし。

 

 誠意には誠意で答えたくなるのがこの赤木英雄の性格だ。

 屋敷も守る、セイラムも逃がす。

 バチカルロは俺がどちらかしかこなせないと思っているようだが、両方とも達成したって別にいいんだよな。


 屋敷のなかに入る。

 セイラムを見つけたのでスキル『召喚術──深淵の石像Lv7』で自前で呼び出せる眷属モンスター『深淵の石像(月隠)』を彼女の影に潜ませておく。


 消費MP1,000、召喚制限なし、HP150万、DEF80万、所持スキル『身代わり』。

 スキル『身代わり』で攻撃を代わりに受けてくれる優秀なボディガードだ。

 実践で活躍したところがまだない子だが、お守り程度にはなるだろう。


 ついでに村人全員の影にも潜ませておく。

 MP1,000とコストが安いのでおまけだ。


 泣き声と悲哀が満ちる玄関ホールをぬけて、正面扉のすぐちかくの窓から外の様子をうかがう。ちいさな火が燻る門がゆっくりと開けられるところだった。

















 ──グデレノフ・バチカルロの視点


 グデレノフは剣をたずさえ従えた6名の騎士とともに解放される門を見やる。

 

「最後までともに、ヘルウィンド様」

「その呼び方は適切ではないぞ、ガーレ」

「いいえきっと正しい。俺のほうが正しかったとわかりますよ」


 ちいさなパール領を守る騎士たちは金属の鎧など着込んではいない。

 軽装の革鎧、それと使い古された剣が彼らの装備だ。


 開く門がガチーん止まった。

 地面に打ち込まれた杭により途中で開閉できないようにつっかえが働いたのだ。

 杭は丈夫な長い鎖によって繋がれ、丈夫な石の門に直接打たれている。


 本来、大型モンスターに打ち付けて動きを拘束するための品だが、この地にはバリスタもなければ、専用のマジックアイテムもありはしない。

 なので騎士が自前で自分の体重の半分もあるだろう杭を扉へ打った。扉を完全に開かせないための仕掛けとしては、まあ多少の役にはたつ。


(狭さを利用して最大でも一対三に持ち込む。うまくやれば数を減らせるはず)


 究極の話をすれば一対一ならばたとえ100回斬り結ぼうとも、グデレノフを倒せる剣士はなかなかいないとグデレノフ自身が自負していた。

 一対一。贅沢は言わずとも、一対三。それならば勝機はまだある。


 グデレノフは剣を手に突撃し、つっかえた門の隙間から飛びだした。

 

「ッ、貴様──」


 門を引っ張り開けていた不義の騎士の首が飛ぶ。

 不意打ち気味の攻撃だった。


 グデレノフは剣をかえし、次の敵へ向かおうとする。

 だが、振り下ろされる剣が彼に自由をさせない。

 剣を受け止める。ガヂン! 甲高い音とともに鋼のこすれる音がする。


(重たいっ……くっ、もう止められたか、ファーストコンタクトで3人は斬りたかったのだが)


 鍔ぜり合うふたりの剣士。

 ひとまわりも体躯に優れる騎士は重さも活かして、パワーで押しこんでくる。

 グデレノフとて矮小ではないが、見劣りするほどのデカさだ。


「ここの領主だな、存外、やるものだ、達人の領域にあるとは!」

「そう見えるか」

「っ」


 グデレノフは短く息を吐き、フっと腹の底に力をこめる腰を入れる。

 肉体に刻まれた戦術ルーンが焼き付くように威力を発揮した。

 グデレノフの剣は、周囲が気が付いた時には騎士の首を正確に打ち飛ばしていた。


 つばぜりあっていたはず剣と剣だ。

 剣が通り抜けるなどありえない。

 しかし、可能だった。彼には可能だった。


 グデレノフは剣先を一瞬だけつばぜり状態から外し、最短距離を外周りさせることで、まるで剣が通り抜けたかのように見せ、敵へ致命の一撃を与えたのだ。

 だれもつばぜり状態から胴体を斬られるなど思わない。

 

 高速の剣術である。

 神業にその場の皆が動揺に声をもらした。


「『影縫カゲヌイ』」


 グデレノフは丁寧で、されど短い残心を取り、すばやく次の騎士へ斬りかかる。

 騎士は刃を受け止め、つばぜりあわずすぐにおしかえし、距離をとった。

 仲間の死から学んだのだ。

 グデレノフの剣術へ、自分の技量で実現可能な対策をおこなった。


(やはりこいつら数だけじゃない。相当に腕が立つ。ひとりひとりの練度が炎竜皇国の正騎士を遥かに超えている……)


 ファーストコンタクトはそこまでだった。

 

「騎士隊下がれ、ブルペットを前へ」


 威厳ある声が場に響いた。

 騎士たちがさがる。追いかけようとするグデレノフたちパール領騎士たち。

 しかし、すぐに追い打ちをやめ、それどころか正門の内側まで逃げるようにさがってしまった。


 正門がズドンっと凄まじい音と共に屋敷側へズレた。

 またズドンっという音が響き、前へズレる。そんな作業が何回かくりかえされると、門は本来の引きではなく、押しによって完全に開通されてしまった。


 門へ何度も体当たりをし、こじ開けたのは人間ではなかった。

 灰色の身体をした、顔と首、胸と腹に無数の口をもつ醜悪な四足獣だった。

 体長は5mをくだらない。いるだけで恐怖心をあおられる最悪のバケモノだ。


「ブルペットだと……!?」

「そんな、ど、どうして、絶望の怪物がこんなところに……ッ!」

 

 絶望の領域をひろげる大陸を侵す毒、全人類の天敵である。

 どこからともなく現われ、世界に緩やかな滅びの予感を与え続ける存在だ。

 ことプルペットは絶望の怪物たちのなかでもとりわけ人々に被害をだすことで、古参兵であるほど、その恐ろしさを身に染みて知っていた。


(まずい、皆が動揺している)

 

 絶望の怪物ブルペットは数多の口で歯茎をめくれあがらせ醜い笑みを浮かべると、走って、一気に近づいてきた。大地を揺らすほどの迫力と恐ろしさに常人ならば体が固まって動けなくなってしまう。


 グデレノフはカっと目を見開いて、心を強く保ち、飛び退いて回避した。

 同時に剣で前足を深く斬りつける。


(硬い!)


 グデレノフは両腕がしびれてしまう。

 ハっとしてふりかえる。


 グデレノフの背後にいた騎士たちは回避しきれず轢かれていた。

 かろうじて躱しても無防備になったところへ口が伸びて、腕をガブリっと千切られてしまっていた。


 絶望の怪物という名の自然災害が通り過ぎたあとには無惨に倒れる仲間と、ふみ慣らされた敷地の芝だけがあった。


 グデレノフの従者たちは卓越の騎士たちであった。

 かつては戦場を共にかけた歴戦の猛者である。

 絶望に沈んだ領域の拡大を食い止めるため、バケモノどもと戦ったこともあった。

 

 しかし、残酷なことながら現役時代はとうに昔にすぎった。

 さらに装備は貧弱、絶望の怪物を相手にする心構えすらできていなかった。

 かつて死闘を演じ、討伐したとはいえ、それは騎士団という精鋭がよりあつまった組織と、倒すための装備・兵器、作戦があってようやく達成できるという話である。

 

 途方もなく強大な絶望の怪物ブルペットにいきなり遭遇して対処できる者などいるいない。──普通は。


(我がルーンの輝きよ)


 グデレノフは全身を力ませ衰えた体に熱を吹き入れる。

 現役時代はもう14年もまえのこと。戦い日々に身を投じていた時とは天と地の差。かつての研ぎ澄まされた戦闘勘は錆びついて動かない。

 だが、やるのだ。それ以外の選択肢はない。


(竜皇さまに与えられた使命を完遂するために、今日まで可能なかぎり維持して来た。できるはずだ。私の積み上げた時間には意味があるはずだ)


 脳裏に刻まれた2つの戦術ルーンが焼けるように威力を発揮した。

 『火花ヒバナ』剣に火の魔力をまとわせる戦術ルーンと『流星リュウセイ』息もつかせぬ高速の三連撃の戦術ルーンをあわせる埃被った奥義。


「──『緋色ノ残光ヒイロ  ザンコウ』」


 鋼剣が赤に燃えあがる。

 瞬間、緋色の残光が三条の痕跡を刻みこんだ。

 胴体、長い首、顔面と、深く強烈に斬り入れる。

 火を弱点とする絶望の怪物が痛みに悲鳴をあげ、青い血を噴出して崩れ落ちた。


 パール領騎士たちは涙を呑みながら「騎士団長……ッ」と深い感銘を受けた。

 対する略奪騎士たちは「そんな馬鹿なことが!」と、人間ひとりでブルペットを処理してしまった恐るべき戦闘能力の持ち主に怖気づいた。


「ほう、素晴らしい剣術だ」


 ブルペットが横たわる向こう側、鷹揚な拍手をしながら、威厳あることが聞こえて来た。先ほども聞こえた男の声だ。


「ありえないことだ。人間ひとりでブルペットを打倒するなど。不可能極まりない。だが、時に人類はそれを可能にする者を輩出する土壌を持つ。すなわち英雄の領域だ。名もなき領主、私は知っているぞ。その緋色の残光を」


 その老人は豪奢な漆黒のマントを羽織っていた。

 白い深い豊かな髭をたずさえ、金色に光る歯をにやっと見せて来る。

 顔に刻まれた深い皺は、彼の積み重ねた年季を感じさせる。

 ほかの騎士たちとは明らかに様子がちがう。

 指揮官であることは間違いなかった。


 グデレノフは反動によって肉体に襲い掛かる強力な負担に耐え、噴き出る汗をぬぐい、呼吸を整えて次の攻撃を仕掛けるための準備をする。


(やつさえ討てればあるいは、勝機はある。敵は何らかの手段でブルペットを捕獲し、飼いならしたようだが、それもすでに失われた)


「バハムニータ・ヘルウィンド。かつて三大国最強の騎士とまで唄われた伝説の英雄がまさか生きていたとは、そして、こんなところにいようとは」

「誰の事だか、まるで身に覚えがない……」

「とぼけおって。私は知っているぞ。当時、戦場にいたからな。お前はどんな英雄と比べても明らかに異質で、ずっと優れた闘争者だった。いまも疲労で動けないフリをして虎視眈々と、指揮官である私の首を狙っているのだろう?」

「……」

「最高司祭さまによい土産話ができそうだ」


 老人は癪に触るような小奇麗な礼をする。


「伝説の英雄に敬意を。私はネゲンフォール・グラビティトス。震える瞳の教導師団をあずかる教導長だ」


(教導師団……マーロリ魔導司祭直轄の異端審問組織か。薄々は思っていたが……最悪のところが来たな)


 マーロリ原典魔導神国。

 もっとも古い国家であり、もっとも広い国家であり、もっとも伝統的な神を信仰し、いまも魔導への忠誠を誓い続けている超大国である。


 教導師団とは、魔導の教えに逆らう者、教義を外れた者を容赦なく抹消する権限をあたえられた殺戮のプロ集団のことだ。


 彼らの行いは姿を隠した魔導神の意志代行とされる。

 人は自分の正義を確信している時もっとも残酷になる。

 すなわち教導師団とは世界でもっとも崇高でもっとも野蛮な正義なのだ。

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