ふたつのお願い
村はあっちです。少女が言うので俺は彼女のあとをついていく。
鼻先をかすめる不快なにおい。焦げ臭いにおいだ。次第に強くなっていく。
これは火災? 京都のダンジョンブレイクの時に嗅いだ臭いのとおなじ……。
火だけじゃないな。これは……火に混ざった血の香りか。
「っ、そんな……」
少女は引きつったように息を呑むと、抜き身の剣を逆手にもって、器用に樹をのぼりはじめた。この速さ……群馬人か?
地を蹴って樹のうえへ追いつくと、少女は言葉をうしなって茫然としていた。
彼女の視線の先を見やれば人の声がまるで聞こえない燃える村がある。
襲われている人間は静かに死にはしない。
すべては終わったあとのようだ。
村を何人かの騎士らしき者たちが闊歩しているのはチラホラ見える。
状況から見て、あの騎士たちにこの村が襲われたと考えてよさそうだ。
立派な鎧を着込んだ騎士たちによって、村人は為す術もなく惨殺されたのだろう。
胸糞の悪い話だ。
いまだ疑問は増幅するばかり。
騎士はなぜ村人を殺すのだろう。
そもそも人間なのだろうか。目の前の状況はなにを示唆しているのか。
人間同士の争い。そう考えるならば納得はできる。行為に共感はできないが。
あるいはモンスター同士が殺しあっているだけ?
いや、しかし、この少女の反応……どうにも人間感が強すぎる。
「あっ、まだルーンが生きてる!」
「ルーン?」
「領主さまの屋敷です!」
細い指先がしめす小高い丘を見やる。
火の壁……とでも言うのだろうか。
炎がヴェールになって一定の区画を覆っている。
まるで地上のオーロラ。初めて見る現象だ。
「あそこに領主さまがいるはず。でも、騎士たちが取り囲んでいて……英霊さま!」
少女はシャツをひっぱって要求してくる。『なんとかして!』」っと。
屋敷をかこむ騎士の数が多い。炎のヴェールを取り囲むように展開している。
あれをなぎ倒したところで炎のヴェールに焼かれるのは勘弁願いたいところだ。
「領主って言ってましたけど、それは偉い人、ってことでいいんですか」
領主。村とか町とかを治めて、領民らから税を搾り取る悪いやつ。
言葉のイメージはこんな感じだが、俺の思っている領主のことだろうか。
「そ、そうです、あそこには素晴らしい領主さまが、いらっしゃいます、きっとみんなを守るためにルーンを使ったんです!」
胸糞悪いやつらと、正体不明のやつら。
どちらかしか救えないとしたら俺は後者を救う。
「跳びます。ちょっと失礼しますよ」
「へ?」
俺は少女の膝裏に手を差し込んでひょいっとすくいあげて抱っこし、木の枝をへし折りながら高く跳躍した。
「ふわぁあ!?」
叫ぶ少女を抱えたまま炎を飛び越えて、小高い丘の優雅な一軒家に到着する。
着地するとおっさんがいた。なるほど領主だ。
精悍な顔つきで品の良いこれまた時代錯誤も甚だしいって感じのファッションだ。
かなり怯えている。
速攻で剣をぬいてるし「野郎ぶっ殺してやるぅうう!」してきそうな雰囲気だ。
さっきから少女も俺と目をあわせようとしないし、俺そんな恐いだろうか。
身なりを見ても別に恐いところはない。
サングラスだってしてない。シャツに黒のスキニー姿。清潔感ある若者。どちらかといえば誠実でイケメンで、好感こそ抱くことあれば忌避する要素はない。
もしやスキルか?
「ステータス」
────────────────────
赤木英雄
レベル357
HP 8,720,470/8,725,000
MP 1,384,000/1,384,000
スキル
『フィンガースナップ Lv9』
『恐怖症候群 Lv11』
『一撃 Lv11』
『鋼の精神』
『確率の時間 コイン Lv2』
『スーパーメタル特攻 Lv8』
『蒼い胎動 Lv6』
『黒沼の断絶者』
『超捕獲家 Lv4』
『最後まで共に』
『銀の盾 Lv9』
『活人剣 Lv7』
『召喚術──深淵の石像Lv7』
『二連斬り Lv7』
『突き Lv7』
『ガード Lv6』
『斬撃 Lv6』
『受け流し Lv6』
『次元斬』
『病名:経験値』
『海王』
『海の悪魔を殺す者』
『デイリー魚』
装備品
『クトルニアの指輪』G6
『ムゲンハイール ver7.5』G5
『蒼い血Lv8』G5
『選ばれし者の証 Lv6』G5
『メタルトラップルームLv4』G5
『迷宮の攻略家』G4
『血塗れの同志』G4
────────────────────
怪しいスキルがないか吟味した結果『恐怖症候群』なるものが目に留まった。
お前じゃないのか……恐怖といえばお前しかいないだろう。絶対おまえだって。
ステータスウィンドウをポチポチいじってスキルの効果を『OFF』にしてみる。
領主と少女の怯えていた表情がケロっと安堵したものに変わった。
恐怖症候群にも隠されし効果があったとはな。
さっきふたりの騎士と戦った時、やつらは気が狂ったように叫んで襲ってきた。あれはもしかしたら恐怖症候群にあてられて恐怖に耐えかね発狂したのか……?
いままではこんな効果なかったんだけどな。
『蒼い胎動』『銀の盾』につづいて『恐怖症候群』も故障しちゃったのか?
「御仁、どうしてそのような覇気を放っておられた」
領主は剣先を保ったままたずねてくる。
初期設定を間違えたって説明しても仕方ない。
「敵か味方かわからなかったのでつい。失礼しました、領主……──殿」
「なるほど、たしかに。こちらも無闇に剣をぬいてしまっていた。セイを助けていただいたのに……感謝こそすれ、敵意を向けるとは、謝るためも言葉もありません」
あ、いえ、そんな畏まらず……こっちの設定ミスなので。
「セイ、この方はいったい」
セイ。領主は少女にそう呼びかけた。
名前だろうか。ふたりは親しげだ。
「英霊さまです」
セイは自信満々に言う。
「閉ざされた英霊の墓から出て来てくださったんです。間違いないです」
「なんと村の危機を救うために……?」
「英霊さまは凄いんです。素手で騎士を倒したり、手も触れずに燃やしたり」
領主は腕を組んで思案げな顔をした。
「まあ、この際、英霊かどうかはどちらでも構いません。いまは時間が無いのですから。あなたがセイを助けてくれたことが重要です」
「グデレノフ様、裏門の閉鎖完了しました」
男が走ってきて領主に報告をする。
革鎧をまとい、腰には剣を下げている。領主の部下だろうか。
「よし、正面に集結せよ。迎え撃つぞ。まもなくルーンが燃え尽きる」
「はいっ!」
領主は素早く指示をだし、部下は足早に行ってしまった。
「失礼、名乗りが遅れました。私の名前はグデレノフ・バチカルロ。周辺の村々を治める領主です。貴方が救ってくれた少女セイラムの件、深く感謝を申し上げます」
セイじゃなかった。セイラムがあの子の名前だったのか。
「御仁、よろしければあなたのお名前をお聞かせ願いますか」
「赤木英雄です」
「ヒデオ殿。荘厳な名ですな」
初めて言われたけど。
「ヒデオ殿、あなたを騎士を打倒できる実力を備えし卓越した秘文字使いとお見受けして、ひとつ願いを聞いていただきたい」
「聞くだけでいいのなら」
「この屋敷はじきに48名の遺体を納めた棺桶にかわります。不義の騎士たちがなだれこみ、皆、殺されることになります。そうならぬために、私たちは戦います」
外の騎士たちと戦うつもりなのか。
相当に人数差があるような気はするけど。
「数の差はわかっているのですか、バチカルロ殿」
「もちろん」
領主バチカルロはまっすぐに俺の目を見て答える。
このおっさん本気だ。
「お願いというのは、もし私たちが打倒された場合……この屋敷を不義の騎士たちから守っていただきたいのです」
「それはまた大きなお願いですね」
「無理を言っているのは重々承知しております。ですので、報酬として、もし屋敷を守っていただけた場合、この剣をヒデオ殿へお譲りします」
バチカルロは剣身を見せるようにして言う。
年季の入った剣だ。
紅い宝石が刃の根元に埋め込まれている。
そこから赤い幾何学的線が伸びていて不思議な力を感じる。
「失礼、すこし触っても?」
「構いません」
──────────────────
『山脈の火』
名工のヘファイステの傑作
火のルーン山脈より産まれた剣
ルーンの力を解放することで火を操る
──────────────────
凄そうな剣だ。
「大事なものでは」
「だからこそお譲りするのです」
筋の通ったおっさんだな。
「そのほか欲しい物はなんでも持って行ってくれて構いません。価値のあるものはこの剣くらいですが……」
「わかりました。引き受けましょう」
「本当ですか?」
さっき触った感じ、騎士は俺の敵ではなさそうだった。
ATK10憶で灰になる程度の敵だ。危険な戦闘にはならない。
「むしろ俺が外へいって敵を片付けましょうか」
「そんな無理はさせられません。なにより私は竜皇さまにこの地を任された領主なのです。これはあくまで私たちの戦いなのです」
「俺はそれなりに腕が立つと自負してますよ。おそらく殲滅も可能です」
相手の戦力がわからないから、ちょっと大袈裟に言ってるけどね。
「ヒデオ殿、この窮地においてあなたのような英雄の領域にある者を迎えられたことは喜ばしいことです。ですが、やはりこれは私たちの戦いだ。客人に命を張らせることなどできません」
他人の考え、信条を変えることは難しい。
これまでの人生で学んでいる。
例えば借金やめろって言ってるのに話聞かない兄とか。
だから俺ももう言わない。
「わかりました。ご武運を」
俺とバチカルロは話を終える。
セイラムはそのあいだ俺たちの顔を交互にキョロキョロするばかりで、話を邪魔しまいと口を閉じていた。
「セイ、屋敷のなかへ入っていなさい。外は危険だ」
「はいわかりました……英霊さま、よろしくお願いします」
セイラムは領主の言葉に素直にしたがって屋敷のなかへ。
「先ほどのお願いにもうひとつだけ、願いを聞いていただいてもよろしいだろうか」
「注文書はしっかり作成するべきでは」
「誠に申し訳ない。おっしゃる通りだ。しかし、あの子の手前、こんなことは頼みにくかったのです」
なにを言うつもりだ?
「もし私たちが敗れ、ヒデオ殿が秘文字のチカラを行使することになったのならば、戦わず、先ほどのようにセイを抱えて敷地の壁を乗り越え、逃げていただきたい」
「なにを……? 村人を守りたいのでは?」
「仔細を語る時間はありません、大事なお願いですので、事情を話すべきだとは重々承知しているのですが……よく聞いてください。彼女は竜皇さまの娘なのです。尊いお方なのです。私は領民を救いたい。ですが、あの子は、あの子ばかりは特別なのです。お願いです、どうか、セイを連れて竜皇さまのもとまで逃げていただきたい。その時にこの剣が証明になるはずです」
言って件の剣『山脈の火』を俺に手渡して来た。
これは報酬のはずだ。俺に渡しては持ち逃げされる危険だってあるのに。
「あとのことはよろしくお願いいたします、ヒデオ殿。もうあなたしか頼れる方がいないのです。何卒、何卒」
バチカルロは言って背を向け、屋敷の表へまわって行ってしまった。
──グデレノフ・バチカルロの視点
皆よ。
私を許してほしい。
竜皇さまへの忠義を果たすためなのだ。
ヒデオ殿は恐らくは超越的なチカラを持った秘文字の使い手なのだろう。
しかし、この数の騎士を打倒するのは現実的ではない。不可能に近い。
彼は謎に満ちている。
変わった風貌の衣服、手荷物見たこともない形質のカバン。
全幅の信頼を死に際によせるには不安は多い。
だが、すこし話しただけでわかる。
彼は自信に溢れ、それでいて誠実な若者なのだ。
それだけでも我が使命の最期を託すにあたいする。
領民が生き残る可能性を下げる分、私の命を捧げよう。
私はここで決死の覚悟で彼らへの謝罪をしなければいけない。
「ルーンが燃え尽きます……門、開きます」
長年連れ添ったガーレがちいさな声でこぼす。
正門が開いていく。さあ、今生最後の戦いへ挑もう。
────────────────────────
こんにちは
ファンタスティックです
いつもありがとうございます。
ちょっと前に近況ノートを更新しましたので報告しておきます。
よかったらどうぞ。
過去の設定資料・短編小説は下にまとめておきました。
ちょっとずつ増えて来ましたね。
───短編小説
『シマエナガさんと四つ目の結末』
https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16816927861073643882
───設定資料
『ダンジョン財団について その1』
https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16816927863203083521
『探索者』
https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817139554640586146
『7つの指輪』『クトルニアの指輪』
https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817139555399515817
『魔法剣』
https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817139555884073697
『魔法銃』
https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817139556406527142
『魔導の遺した世界 アズライラの地の地図 第一版』
https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16817139558740939693
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