ダンジョンのなかの人間
塵埃を破り明るいひかりのもとへ躍り出たらなんか現場に出くわしてしまった。
目の前にいるのは少女と、騎士然とした全身鎧を着込んだ者たちだ。
難解すぎる状況を前にするほど灰色の脳細胞は回転する。
この人たちは探索者だろうか。
最初にいだく疑問はそこだ。
胸元をチラリと見やる。
ブローチをつけていない。
探索者ならば絶対に付けているはずのブローチを。
では財団職員だろうか。
そういう感じもしない。
ダンジョン財団の職員はみな黒い服に身を包んだ怪しげな者ばかりだ。
ではだれ?
騎士鎧を着た者のほうはアーサー・エヴァンズの率いるギルドメンバーに見えなくもないが、鎧のデザインがまるで違う。それにマントも羽織っていない。
なにより状況が意味不明だ。
騎士のほうは明らかに少女を殺そうとしている。
探索者同士ならなんで殺し合っているんだ。
往々にして直観の部分が多いが、目前の三人は南極遠征隊員ではないような気がした。でもダンジョン内にいるのは遠征隊員しかありえない。この矛盾。
ここまで0.2秒。
では何者なのか。
状況を精査する。
まずは人物。
少女は大変にととのった顔立ちで外国人であるとひと目でわかる。
澄み渡る空を切り取った蒼い髪をしていて、肌は健康的に焼けている。
服装はなんというか変な感じがした。簡素な布を着ているとでも言うのか。俺がファッションのことを偉そうに語るのは気が引けるが、それでも、アレだ……ファッションに興味ないのかなって感じだ。端的に言うと地味。無地の極み。
地面に伏し、頬を押さえ、涙をうかべている。
頬は殴られたのだろう。赤くなって血が出ている。痛そうだ。
顔には恐怖と悔しさが色濃く刻まれている。こちらを見る目は驚愕の一色だが。
騎士のほうはどうだろう。
顔面をヘルムで覆っているので表情はうかがえない。
剣に付いた血は少女のものか。判断はつかない。
先入観を取り払ってシンプルに考えるならばこいつらはモンスターだ。
遠征隊じゃなければモンスターしかダンジョン内にはいない。
こいつらは可愛い動物になっていないので、かなり高位のモンスターと見れる。
騎士たちは見るからに狼狽した様子で二歩とあとずさり「ひぃ、ぇぇ……!」と震えた声をだす。息すらままならないようで、剣を取り落とし、ガチガチと震えだす。
まずい現場を見られたやつの反応だ。
俺はまずい現場を目撃した者という訳だ。
騎士たちはなにか後ろめたいことをしようとしていたという印象になる。
まあいい。
骸骨の時みたく話ができるなら話をすればよろしい。
威厳あるリーダーというのは、こういう時丁寧に話を振らないものだ。
「なにをしようとしたんだ。ことと次第によってはお前たちを──」
「ら、ら、
「うぁあああああ!」
俺の口上を待たずして騎士のひとりは黒いひかりを収束させはじめ、ひとりは気でも触れたようにヒステリックな悲鳴をあげながら逃げだした。
「逃げるなよ。寂しいだろう」
言って先回りする。
逃げ出した騎士は「ェ、ェェ、えうぇぇええ!?」と狂った声をあげて驚く。
俺が瞬間移動でもしてみせたと言わんばかりだ。ちょこっと走っただけだろ。
「なあ、あんた訊きたいだけなんだ」
「うえええええ、殺されるくらいならぁああ!」
叫び斬りかかってきた。
物わかりの悪い野郎だ。
銀の盾を意図的に発動させ、剣を手の甲で受け止める。
ひとつの実験だ。さっきから俺のスキルの様子がおかしいからね。
ん。メタル化しない……今度は見間違いじゃない。銀の盾は確かに発動しない。
手の甲で受けるのをやめ、手のひらで握り受け止める。
「はひぃ!?」
「俺は理性的な人間として有名だ。だから一度くらいは許してやる。ただし二度目は──」
「うあああああああ!!」
剣を離し、腰の短剣をぬいて叫びながら逆手持ちでぶっ刺してくる。
俺は拳を固め、騎士のヘルムをぶん殴った。
騎士は勢いよくふっとんで樹の幹をへし折って二本目の幹に打ち付けられてべちゃっと転がった。
「俺を殺そうとしたってことは殺されても文句はいえねえよなあ?
俺はお人好しじゃあないんだぜ。
「さて。ひとり死んだわけだが。そっちのやつは話をちゃんと聞くように忠告を──」
「ひぃああああ!」
黒いひかりが収束し、星となって放たれた。
まっすぐ向かって来たので手で握りつぶす。
黒い星はシャボン玉のように弾けて、キラキラと輝く粒子となった。
騎士は唖然とし、固まったままになる。
俺は指を鳴らす。
スキルコントロールを加える時間があったので、相手の体内座標に直接、熱と光を送り込んだ。
騎士は目と口をおおきく見開く。穴という穴から黄金のひかりがあふれだし、まばゆい輝きののちに肉体は破壊されつくした。
ATK10憶の黄金が騎士を内側から焼き尽くし、周囲の空気を発火させ、金属鎧を蒸発させ、肉を気化させ、骨を灰へ素早く状態変化させる。
俺が苦手とする超高威力or超低威力──HP1以下の指パッチン──でなければ、こんな曲芸っぽいこともできたりするわけだ。勘違いしないでほしいのは俺はスキルコントロール自体はうまい方だと言うことだ。これも日頃の特訓の成果である。なので俺も本当にわざとみんなに迷惑を掛けているわけじゃない。
正しい情報が広まって欲しいと切に願うばかりである。
ふむ。
これで話のわからない絶叫変質者たちは処したわけだが。
思ったより弱かった。特に剣を振って来たやつ。
以前のメタルの機兵に対してかなり見劣りする。
アルコンダンジョン内だからてっきり相当に強いモンスターだと思ったんだが。
そして経験値ももっとがっぽり入ると思ったのだが……「いま俺経験値獲得した?」って誰かにたずねたくなるくらいショッボい量しか獲得できていない。
端的に言おう。
弱い。渋い。
アルコンのモンスターじゃないのか?
それじゃあ人間? いや人間=探索者なんだ。だとしたら考えづらい。
南極遠征隊に参加している探索者はAランク以上しかいない。
それにこんなに話の通じない人間は遠征隊に参加していないと思う。
俺は訳があって人間をぶっ倒してレベリングするという違法行為を行ったことがあるが、探索者はもっとずっと旨味がある。俺の経験値ソムリエとしての矜持で言わせてもらえば、これは断じてAランクの経験値じゃない。もっとずっと弱い。
「あ、あの……っ」
声にふりむけば蒼い髪の少女がこちらを見上げて来ていた。
疑問が渋滞しているせいで一瞬忘れていた。
「英霊さま、ですよね……?」
英霊さま?
いや、
「助けて、くださり、ありがとうございます……! ここで終わり、かと思いました……!」
話ができそうだ。
状況を聞くにはこの少女を頼ったほうがよさそうかな。
ところでこの子はモンスターなのか? そこだけハッキリして欲しい。
彼女のそばで膝をおって、目線の高さを合わせる。
少女は震えながら大きな涙をにじませている。
そんなに恐かったのか。
「君はどこのギルドの所属ですか。どうしてブローチをつけていないんですか」
「ぇ、ぇ、あ、あの……すみません、なにを私にはどちらもわかりかねる問いです……」
わからない?
こんなわかりやすい質問が?
なんでわからない?
「そ、それより、お願いです! 村が乱暴な騎士たちに襲われていて! みんな死んでしまいます!」
少女は泣きながら頭を地面にこすりつけて来た。
何度も何度も「お願いです、英霊さま、どうかお助けください……!」とくりかえす。
俺はブスには厳しく、美人にはやさしいをモットーに生きている社会的人間だ。
ブスが涙を流しながらお願いしてきても、足蹴にして「近づくな、クソブスがよぉ!」と吹っ飛ばすが、美人にはそうはできない。それは世間が許してくれない。
「顔をあげて。汚れちゃいますよ」
少女の肩を押さえて上体をあげさせる。
「ひとつだけ答えてください」
「は、はい」
「君は人間ですか?」
「もちろん、そうです……!」
少女はなにを当たり前のことを聞いているのだろうという表情をする。
物事の是非はあとから判断するしかない。
いまは手元にある情報を信じてみよう。
彼女は人間だと言っているのだ。ならば彼女は人間だ。
もし彼女が嘘をついて後ろから俺を刺そうとしている賢いモンスターならば、その時また対応すればよい。
「連れていって」
「こっちです!」
少女は立ちあがり騎士の剣をひろいあげ、走りだそうとする。
「ちょっと待って」
振り向く少女。
俺は『蒼い血』を取りだして、少女の首に一瞬だけ突き刺した。
1回しか刺していないように見えるが、実は2回刺す早業だ。
これでMP装填&HP回復は完了だ。
少女はびっくりした様子で刺された首を手で抑える。
「痛いかもしれないけど、誰でも1回なら耐えられる回復剤です」
「っ……温かい、痛みが引いていく……すごいマジックアイテム……」
マジックアイテム? 不思議な言い回しをする少女だ。
首を押さえて呆けている。
反応が奇妙だ。痛くないのか?
これまで少なくない探索者に使ってきたがみんな劇薬だのなんだの言って、かなり苦しんでいたような気がするのに……また疑問が増えやがる。
「こほん。先を急いだほうが良いのでは?」
「っ、は、はい、ありがとうございます」
俺は晴れない疑問を抱えたまま、心に従い、少女のあとを追いかけた。
預言者、あんたの助言が役に立つことを祈るよ。
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