骸骨王
温かい湯船につかっているような気分だった。
自我が砂のように崩れて粉薬みたいに世界ととけあわさる。
サウナと水風呂を往復した後みたいな感覚だ。
重たい瞼を持ちあげる。
視線の先、黒いサングラスが落ちている。
迷宮の攻略家だ。ダンジョン内で3Dマップを表示してくれる便利なやつ。
右手を伸ばして取ろうとする。届かない。腕が届かない。
首をもたげて左腕を見やる。
壁に埋まっている。いや、埋まっているというか……埋まってるわ。なんで。
訳がわからない。
何が起こってる。
周囲を見渡す。
暗い空間だ。
光なんてほとんどない。
ピチャぴちゃっと水滴のしたたる音が反響している。
空気は湿っている。じめじめ。
昔、鍾乳洞に両親と兄貴と妹といったことがある。
その時を思い出す空気感。ここは洞窟だろうか。
鈍い思考を働かせて直前の出来事をおもいかえす。
南極に上陸して、ペンギンたちとひと悶着あって……それで白い亀裂に──。
そうだ。俺たちは攻撃されたんだ。とてつもない攻撃だった。
今までいろいろな攻撃に晒されてきたがぶっちぎりで一番危機感を煽られた。
しかし、そこで記憶は途切れている。
とはいえつい先ほどのことのような感覚がある。数秒前のことのような。
だとしたら俄然、湿った洞窟で壁に片腕を埋めているのかわからない。
さっきまで確かに森のなかにいたはずなのに。
ポケットをまさぐる。
誰もいない。
ハリネズミさんもシマエナガさんもいない。
あ、レヴィもいない。
みんなどこへ行ったのだろうか?
「ステータス」
────────────────────
赤木英雄
レベル357
HP 8,724,984/8,725,000
MP 1,384,000/1,384,000
スキル
『フィンガースナップ Lv9』
『恐怖症候群 Lv11』
『一撃 Lv11』
『鋼の精神』
『確率の時間 コイン Lv2』
『スーパーメタル特攻 Lv8』
『蒼い胎動 Lv6』
『黒沼の断絶者』
『超捕獲家 Lv4』
『最後まで共に』
『銀の盾 Lv9』
『活人剣 Lv7』
『召喚術──深淵の石像Lv7』
『二連斬り Lv7』
『突き Lv7』
『ガード Lv6』
『斬撃 Lv6』
『受け流し Lv6』
『次元斬』
『病名:経験値』
『海王』
『海の悪魔を殺す者』
『デイリー魚』
装備品
『クトルニアの指輪』G6
『蒼い血Lv8』G5
『選ばれし者の証 Lv6』G5
『メタルトラップルームLv4』G5
『血塗れの同志』G4
────────────────────
すこしダメージを受けている。
16ダメージか。久しぶりにこんな喰らったな。
蒼い胎動での自動回復分を考えればもっと喰らってるか?
おおめに見積もって500ダメージ~1,000ダメージってところか。
銀の盾は自動で発動しただろうから、実際のATKはもっとずっと高いはずだ。
それこそ俺じゃなければ即死もありえる数字だった可能性も十分にありえる。
さっきの攻撃で大規模な損害を南極遠征隊は受けたと考えるべきだろうか?
それにレヴィ……あの子が儚死してないか心配だ。
ここから俺はどうすればいい。
まるで状況がわかっていない。
腕を壁からひきぬいて立ちあがる。
サングラスを拾ってかける。
ダンジョン内なら3Dマップが表示されるはずだ。
「反応なし……か」
となるとこの湿った洞窟はダンジョンではない?
またひとつ状況が不明になった。
俺はダンジョンにいないとすれば、どこにいるというんだ。
ありえるのは南極。その地下とかだろうか。
でも厳しい寒さは感じない。勘でしかないがここは南極じゃない気がする。
俺はメタルトラップルームをとりだして壁を斬りつける。
どこであろうとこの異常物質ならばターミナル転移駅につながる。
駅に移動できればあとはどうとでもなる。
「ありえない……どうして」
メタルトラップルームは『扉』を生み出さなかった。
こんなことは初めてだ。
ターミナル転移駅に移動できない。
「うーん。困ったな」
とりあえず足をつかって周りを見てみようと思い、暗い洞窟を進む。
すこし歩くとジュラルミンケースが落ちていたのでひろいあげる。
ムゲンハイールだ。よかった。近くにあったのか。
苔むしていて滑りやすい道を進んでいくと、不穏な気配が周囲に漂いはじめた。
何かがいる。
俺は悟り歩調を遅くする。
視界の先が青白い炎で明るくなってきた。
そのまま歩き続けると開けた空間にたどり着く。
天井まで100mはありそうなほど広々とした空間だ。
横方向にも果てしなくひろく、東京ドームとかよりも広い気がする。
広大な空間は俺でもわかるくらいの財宝で埋め尽くされている。
金貨の山に、宝箱、宝石のネックレスに、食器、燭台、剣に盾──。
すべてが豪華な装飾がほどこされており馬鹿でもわかるお宝って感じだ。
財宝の奥の方、蒼い白い炎に照らし出されるのは玉座だ。
金銀たくさんの宝石をあしらわれた贅を尽くした豪華な玉座である。
玉座には恐ろしい異形が座している。
体長5mはありそうな巨大な骸骨のバケモノだ。
純白に金の刺繍があしらわれた荘厳なローブをまとって、頭には王冠を乗せ、髑髏のくぼんな眼球のなかは空虚な黒に染まっている。
頬杖をついたままのポーズで止まっており、骨の細い指にはこれまたキラキラした宝石の指輪がハメれるだけ嵌められている。
歩いて近づく。
玉座から30mほどのあたりまで寄ると、骸骨はズズズっと動き、首をもたげてこちらを見て来る。生きてたのかよ。
「まさか、生身の人間が、ただのひとりで辿り着こうとはな……」
発声器官など無さそうなのに、低い威厳のある声を発した。
骸骨は凝り固まった手首をほぐすように左右にひねり、右手を空にかかげる。
財宝の山から一筋の光が飛びだし、骨の手のなかにおさまった。
ファンタジーの魔法使いが持ってそうな、古めかしい樹の大杖だ。
「よいだろう。
骸骨は玉座に座ったまま大きな杖の先端をくるっと優雅に振った。
「
宙に黒い光が収束していき一定量集まると、バジュンッ! と鋭い音とともに発射された。空間を泳ぐように縦横無尽に動くため軌道を予測しづらい。
フェイントを入れまくったあげく、黒い尾を引いて槍のごとく飛翔してきた。
俺はスッと身をひねって躱す。どれくらいのダメージになるのか興味はあったが、いかんせん状況が把握できてなさすぎて、挑戦的なことをする気にはなれなかった。
俺の背後で壁に黒い光が着弾して破裂する。
破裂を見届けて、視線を骸骨へもどす。
話しかけようと思うのだが、こういう時、敬語で話すか、タメ口で話すか迷うんだ。修羅道さんには度々「喋り方から威厳の無さがバレるかもしれません。もっと大仰に偉そうぶってはいかがでしょう。伝説の男なら許されると思いますよ」とアドバイスをもらってはいる。俺を慕う者のためにも威厳は大事なんだ。
「あきらかに邪悪な存在に見えるけど、喋れると判断して話をふる。まず訊きたいことはお前はいったい何者──」
「私の星を容易く見切るとはな。フハハ、面白い。このアブラザの墓所までひとりで辿り着く英雄なだけある──
今度は黒い星がブオォーン! 音を立てて7つ出現し、弧を描いでホーミング軌道で発射された。俺はスイっと横にずれるが弾道が変化してこっちを追ってくる。
ギリギリまで黒い光弾を引きつけてニアミスで避ける。
ホーミング機能で捉えきれない躱し方だ。
「甘いぞ、英雄──
黒い星が顔横をぬけていこうとした瞬間、邪悪にひかりだした。
俺はムゲンハイールを財宝の山へ放り投げる。
黒星は案の定、激しく爆発した。
「他愛もない」
骸骨の声が響く。
ステータスを見やれば『HP 8,724,983/8,725,000』となっている。
今は銀の盾をHP1分だけ展開したわけだが……いま発動したよな?
普段と感覚が違った。それにひとつおかしなことも判明してしまった。
俺のHP……蒼い胎動でHPMAXになってると思ったのに自動回復してない……?
「どういうことだ、俺のスキル故障しちゃったのか……?」
「どういうことだ。今、確かに私の魔術が貴様をとらえたはず……?」
骸骨と俺はお互いに首をかしげる。
ええい。疑問はあとだ。とりあえずこいつに話を聞こう。
「俺は優しいからいまの攻撃を許してやる。もう一度だけ質問をするぞ、骸骨野郎。お前はいったい何者だ」
「貴様……フハハ、よいだろう、そんなに惨たらしく死にたいと言うのなら応えてやろう」
いや、質問に答えろよ。
「見せてやろう魔導の奥義──
今度は7つどころの騒ぎじゃない無数の黒い光が出現した。
収束し、集まった傍からこちらへ飛んでくる。さっきより弾速もはやい。
だめだ。この骸骨は話ができるように見える話が通じないタイプのやつだ。
指を鳴らそうとし、思い直し、絶剣を創造して骸骨へ接近。
「っ、なんという速さ、くっ──
骸骨が腕をぶわっと振おろすと、黒い輝線が空間を斬った。
絶剣で叩き斬り輝線を打ち消す。
「馬鹿なッ!? 我が魔力で編みあげた鞭を……っ!」
意識を集中させる。
時間が細切れになり、極限まで緩やかになる。
俺だけが認識できるごく短い時間のなかで剣を乱舞させ、玉座ごと骸骨を刻む。
計14回の斬撃を食らわせ、集中力を平常時にもどせば緩やかな時間は動きだす。
玉座に背中を向け、剣を光の粒子に還元する。
そこまでしてようやく世界が斬撃を認識し、黄金の斬撃跡が走った。
「ありぇない……お、お前は何者なのだ──」
「遺言はそれでいいのか」
空間が割れたガラスのように砕け、斬られた物どもがズシャっと歪みズれた。
骸骨の身体は身にまとった財宝もろとも跡形もなく破壊された。
斬撃に爆発はさせなかった。
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