ダンジョンキャンプ設置、ナイスパイル、おいしい

 白い亀裂付近に降り立つとすでにダンジョンキャンプの設置がはじまっていた。

 テントを張るのではなく、二点間転移装置で施設をフェリーから空間転移させて設置しているようだ。ブリザードを意識してのことだろう。ハイテクノロジーだ。

 海岸でも行われていたように氷山に穴をあけて、トンネルをつくる作業も進められている。トンネルと言っても道を繫ぐのではなく、人工洞窟のようにしてブリザードを凌げる空間をつくるのが目的である。


「赤木さんもどうぞ」


 修羅道さんが黒い杭を渡してくる。

 

「特殊パイルバンカー『洞窟くん』です。これで氷の壁をぶっ叩くと綺麗な穴をあけれます。横穴でも縦穴でもつくり放題です!」

「これで俺に洞窟をつくれと」

「力自慢の探索者さんに貸し出しているんです。こんな寒かったら体が凍えてしまうでしょう? 身体を動かして温かくなりましょう!」


 ダンジョンキャンプ建設もできて身体も温まって一石二鳥というわけか。

 流石は修羅道さんだ。頭がいい。


 財団職員たちが穴を空けて欲しい場所を指示してくれているので、洞窟くんを渡された探索者は指示された場所を攻撃すればよい。シンプルで脳筋にやさしい仕事だ。


 パイルを叩きつける力に応じた威力がでるらしい。

 安心なのはMAX威力が設定されていて規定値以上は出力されないことだ。

 つまりやりすぎる心配がない。


 指示された箇所を洞窟くんで突くと、スパコーンっとパイルが射出された。

 まっすぐ衝撃波が放たれ、あっと言う間に綺麗な横穴をつくりだしてしまった。

 天井までの高さはぴったり3m。横幅もぴったり3m。奥行は50mである。こりゃあいい。手が滑って高層ビルを壊す心配もないな。一家に一台あると便利だね。


「ん」

 

 周囲を見やると視線を集めていることに気づく。


「あの探索者一発でMAX出したぞ……」

「なんて腕力してやがる」

「どこのやつだ?」

「っ、あいつまさか、フィンガーマン……っ」

「都市伝説の男。実在していたのか」


 一発で完璧にキレイなトンネルを掘れる奴は珍しいようだ。

 みんなにじろじろ見られると恰好つけたくなっちゃうな。

 恰好つけたくなっちゃうと力み過ぎてなにか被害を出す気がしてくる。


「長谷川さん、これどうぞ。身体温めてください」

「では、ありがたく任されるとしよう」

 

 長谷川さんは洞窟くんで壁をぶったたく。

 彼もまた一撃で完璧にキレイなトンネルを穿って見せた。

 周囲からどよめく声が聞こえてくる。


「お見事、長谷川さん」

「はは、こんなもので指男と同じ評価を得られるのなら安いものだ。もっとも評価の最高値が低いがゆえだがね」

「謙遜を。長谷川さんは世界でも指折りですよ。ここはお任せます」


 俺は二点間転移装置で設置されたダンジョン対策本部へと足を向ける。

 探索本部のなかはストーブが焚かれていて温かい空気に満ちていた。


「いまのパイル見ていたよ。まるで力んでいないリラックスした良いパイルだった。ナイスパイル」


 声のするほうへふりむく。

 品の良いスーツに顎鬚を携えたビジネスマン風の中年男性が窓辺に立っていた。

 彫りの深い顔に黄緑の瞳が特徴的な西欧人だ。

 こんな土地でスーツ一丁とは俺と同等にイカれた服装である。


「良いパイルする者はすべからく良い探索者だ。名前を聞いてもよいかな」

「フィンガーマンです」

「なんと! 君が例の超人のなかの超人か。はは、どうりでナイスパイル」

「失礼ですが、あなたは」

「これは失敬。名乗らずに相手に名を求めていたとは。私はセドリック・ディケーゴ。同じSランク探索者だ。『アストラル』という二つ名のほうが有名かもしれない。会えて光栄だよ、フィンガーマン」


 品の良い男だ。

 こういう人は好感が持てるね。

 どこかのいけ好かないアーサー王とは違う。


 セドリックと握手をかわす。

 ふと妙な違和感を覚えた。


「この手……」

「私のことはあまり知らないようだね」


 言ってセドリックはいま握手した腕をもちあげる。

 腕がガシャンっと展開し、内側からヂリリっと電気を帯びた装置が飛び出した。

 びっくりしすぎて言葉を失う。鋼の精神があるのでまるで動揺していないように見えるかもしれないがマジで驚きすぎている。何この人コワい。


「流石はフィンガーマン。腕の中にレールガンを内蔵していても表情一つ変えないとは」

「どうなってるんですか、その体」

「つまり私は世界に誇る大企業アストラのCEOなのさ」

「なるほど」

「CEOならば社の技術力ともちいて全身サイボーグ化して当然というわけだね」

 

 これが真のCEOの在り方というのか。

 素晴らしい。すごい説得力だ。


「とまあ、私のことはコレくらいにしておこう。君の偉業の数々に比べれば私はごく平凡な探索者だ。語るなら君のこと、そう特に先日の海の悪魔撃退の衝撃はいまも脳裏に焼き付いているよ」

「あれで倒れてくれて助かりました。運がよかった」

「驕らない姿勢は美徳だ」


 セドリックは時計をチラリと見やる。


「おっと。我がギルドのミーティングタイムだ。もっと話したいことがあるのだが、まあそれはダンジョンキャンプの設置後でも、あるいはアルコンダンジョンのなかでも間に合うことだ」

「どうぞお気遣いなく」

「ありがとう。では、失礼するよ。偉大なる探索者よ」


 セドリックはスーツ姿のまま施設の外へ出ていった。

 恰好がやばい気はするが、彼はサイボーグ化しているらしいので平気なのだろう。


 ダンジョン対策本部に併設されていたキャフェテリアが営業開始していたので、温かいコーヒーを飲みながらしばらくくつろぐことにする。もちろん砂糖とミルクはたっぷり入れる。


 向かいの席にレヴィが座する。

 興味ありげに見つめて来る。


「これはコーヒーだよ。飲む?」


 レヴィはこくりとうなづく。

 コーヒーを手に取り、そっと口元へ運んだ。


「おいしい?」

「わからない」

「ちーちーちー(訳:おいしいの意味がわからないちー?)」

「おいしいってどういう事なのかわからない」

「難しいな。おいしいは人によって違うからなぁ……あっ、そうだ」


 俺は店員にコーヒーをもう一杯注文する。

 机に戻る。


「さあこの黒いコーヒーを飲んでみて」


 レヴィはコーヒーを口元に運ぶ。

 ピクっとしてカップを落とす。

 慌ててキャッチするハリネズミさん。

 倒れるレヴィの身体を支えるシマエナガさん。

 

「ち、ちー(訳:もしかしてショック死したちー?)」

「儚い……っ」


 俺はレヴィを復活させる。


「コーヒーはきけん……っ」

「あはは、すこし苦かったのかもしれないね」

「にがいはきけん……っ」


 レヴィはぷるぷると震えブラックコーヒーを恐怖の眼差しで見つめる。


「これはおいしかった?」

「おいしい、おいしくない……わからない」


 レヴィは困った顔をして首を横にふる。

 俺はコーヒーカップとふたつを並べる。


「ミルクで白くなってるのが砂糖の入ったコーヒー。黒いのが砂糖の入っていないコーヒー。どっちを飲みた──」

「こっち」


 即答するレヴィの細い指は、砂糖入りのコーヒーを指さしていた。

 素直な子だ。


「それが美味しいだよ、レヴィ」

「これがおいしい?」

「美味しいはまた食べたり、飲んだりしたくなるんだ」


 レヴィは目を丸くし、砂糖入りコーヒーを手に取る。

 コーヒーを見つめる橙瞳は爛々と輝いていた。


「おいしい。おいしい」


 言いながらレヴィはコーヒーを飲む。

 温かい息を吐きだし、無感情の顔にわずかな笑みが宿った。

 はじめて見せた彼女の感情の片鱗に、気が付けば俺の頬も緩んでいた。

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